2話 序盤ボス 行列をなす勇者達を返り討ちにする
序盤のダンジョン"盗賊の巣窟"。
その最深部にある"盗賊親分の部屋"。
ベッドとテーブル。そして床一面に散らばった酒瓶と、食い散らかした肉片。
熟練の清掃員でも匙を投げるほどに荒れ果てた部屋の中で、本日136番目の乱入者を迎え撃つ部屋の主。
動物の毛皮を身に纏った大柄な男は、戦闘開始と同時にシャムシールを抜き放つ。
『この俺様の宝を狙ってくるとは良い度胸じゃねえか』
もう何度聞いたかわからないボスの台詞を聞き流しながら、
対峙する勇者も購入したての銅の剣を構える。
本日136回目のボスバトルが開幕した。
ボス攻略の糸口を探るべく、『鋼の盾』のトッププレイヤー・カイエンはその様子をつぶさに観察する。
他に遅れること1週間。突如として業界を駆け巡ったサプライズの真偽を確かめるため、実際にプレイすることにしたのだ。
「ボスバトルを見るのは初めてか?」
「……ああ」
前に立つ小柄な勇者の問いに、簡潔にそう答える。
彼も"Eスポーツ"のトッププレイヤーだ。攻略の手がかりを逃すまいと視線を切らさない。
「ボスバトルといっても、普通のエンカウントとそんなに変わらないさ。戦いが始まると、フィールドには他の誰も干渉できない」
「……ボスは一人なんだな」
「その通り」
「いったい、どこに苦戦する余地があるんだ?序盤の、最初のボスなんだろ?」
「見てればわかる」
ぶっきらぼうな物言いだが、気にせずにカイエンは視線を上げた。
ちょうど、勇者が盗賊親分に斬りかかるところだ。
─勇者の攻撃 盗賊親分に1のダメージ─
─盗賊親分は力をためている─
─勇者の攻撃 盗賊親分に1のダメージ─
─盗賊親分は力をためている─
交互に攻防を繰り返す勇者と盗賊親分。
その様子を観察するカイエンは、すぐに違和感に気づいた。
「典型的なタメキャラだな。しかも、べらぼうに防御力が高い」
カイエンの指摘に小柄な勇者が静かに頷く。
タメキャラとは、先ほどのように『力をためる』コマンドを繰り返し、しかるべきターンの後に絶大な攻撃を放つ敵キャラのことだ。
放たれた攻撃は大抵が即死級で、よほどの防御力でも生き延びることは困難である。
攻略法はいたって単純。力をため終わるまでに敵を倒すしかない。
「しかし、さっきから1ダメージしか通ってないじゃねえか」
「そうなんだ。これがこのボスの厄介なところでな」
「あんなんじゃ攻撃を撃たれる前に削り切れねえ。序盤とは思えねえ難易度だな」
カイエンが嘆息する。前評判で聞いていたはずだったが、それを上回る高難度である。
目の前の戦闘は、決着を迎えようとしていた。
─勇者の攻撃 盗賊親分に1のダメージ─
─盗賊親分の"ぶん殴る"! 勇者に1638のダメージ! 勇者は死んでしまった─
盗賊親分の攻撃を受けた勇者は、がっくりと膝をつき地面に倒れ伏す。
やがて、透明になってうっすらと消えていった。今頃教会で再生している頃だろう。
「……ダメージが通ってるってことは、無敵ではない。特殊なアイテムで無敵を解除するタイプの攻略法ではないってことか」
「それが、いくらレベルを上げても、強力な魔法を覚えても削り切れない。きっと、防御力がカンストしてるんだろうな」
「盗賊親分って名前と全然あってねえじゃねえかよ。普通、素早すぎて攻撃当たらないとか、パーティのアイテム盗むとかするやつだろ……」
場違いな感想を漏らすカイエン。
彼らの目の前の勇者の順番が来た。カイエンほどではないが、大柄な勇者が意気込んで部屋に入っていく。
何かを頼りにするように、腕にはめた金剛の腕輪を大事そうにさすっている。
「お、あの腕輪は……!」
「なんだ?見たことねえ装備だな」
「あれは、レアドロップアイテムだ。あの勇者、良いヒキしてる」
腕輪の勇者のボスバトルが始まる。
しかし、その展開は先ほどまでと変わり映えしないものだった。
─勇者の攻撃 盗賊親分に1のダメージ─
─盗賊親分は力をためている─
「なんだ、全然変わらねえじゃねえか」
「まあ見てなって」
小柄な勇者が見守る中、戦闘は6ターン目を迎えていた。
腕輪の勇者の顔に焦りが見え始めている。
盗賊親分は10ターン力をため続け、11ターン目に攻撃を撃ってくる。
このまま何もなければ、5ターン後には確実な死が迫っているのだ。
いくらゲームとはいえ、死ぬときは死ぬほど痛い思いをするし、それが原因でPTSDを発症するプレイヤーもごく稀にいるほどだ。
「ちくしょう!何とかしろお!」
腕輪の勇者の必死の願いが届いたのか、右手の腕輪が突如として輝きを放つ。
─勇者の攻撃 "会心の一撃!" 盗賊親分に33のダメージ─
─盗賊親分は力をためている─
「よっしゃあ!」
腕輪の勇者が歓声を上げる。同時に、順番待ちの勇者にどよめきが走る。
「はじめて二桁のダメージが通った!?」
「そうだな。ひょっとしたら、親分に2桁ダメージを与えたのは彼が初めてかもな」
「……?どういうことだよ?」
カイエンの問いに、小柄な勇者は少し得意げに説明を始めた。
「あのレアアイテム名前は"会心の腕輪"。文字通り、会心の一撃を出やすくする効果がある」
「それって、おかしくねえか?あの腕輪野郎の貧弱な武器と、さっきの鋼の剣とじゃ基礎攻撃力が違いすぎる。いくらクリティカルヒットでも、その差を埋めるほどとは思えねえな」
「そこがこのゲームの特殊なところでな。会心の一撃だけ最低ダメージが33に補正されるんだ。だから、どんなに弱い武器でも、どんなに硬い相手でも絶対に33以上のダメージが入るってわけ」
小柄な勇者の説明は続く。
一方、ボスバトルは佳境を迎えていた。
11ターン目。勇者の最後の攻撃が始まろうとしていたのだ。
先ほど勢いづいていた腕輪の勇者も、再び顔面蒼白で最後のターンを迎えていた。
あれ以来、会心の一撃は不発が続いている。
「くそっ!もうちょっとで倒せるはずなんだ!頼むよ、動いてくれよ!」
泣きながら、最後の攻撃を繰り出す。
しかし、結果は無情だった。
─勇者の攻撃 盗賊親分に1のダメージ─
─盗賊親分の"ぶん殴る"! 勇者に3276のダメージ! 勇者は死んでしまった─
「惜しかった、のか?」
「惜しかったんじゃないか?盗賊親分のHPは99。あと2回腕輪が仕事をしてくれたら、勝ってたさ」
言いながら、小柄な勇者が肩を回し始める。どうやら次は彼の順番らしかった。
「ちなみに、腕輪なしで会心が出る確率は1/1024。腕輪があると1/32まで引きあがる。それでも、やっぱり無茶な数字だ。みんな薄々気づいてるだろうけど、このゲーム作った奴はプレイヤーをバカにしてるとしか思えない」
「なんだよ!?そのムリゲーは!」
叫ぶカイエン。しかし、続く疑問が口をついて出た。
「しかしテメエ、やたらとこのゲームに詳しいじゃねえか。しかもそんなに落ち着いて……。何か勝算でもあんのかよ?」
20年以上前に発売された超マイナーゲーム。
それにここまで精通している者がいることが信じられなかった。
カイエンの問いに、小柄な勇者はその端正な顔に不敵な笑みを浮かべてこう返事する。
「昔、ちょっとしゃぶったことがあってな。だから勝算はあるさ。それに、万が一失敗しても、俺が痛い思いするわけじゃないしな」
そう言い残すと、意気揚々とボスキャラの部屋に入っていくのだった。
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