18話 最悪の地雷原
「……それで、オジサン。今日はどうするの?」
二日目の朝、城下町のど真ん中でベンが死んだ魚のような目でオレにそう問いかけてきた。
コイツ、完全に飽きてきてるな……。
「とりあえず、昨日手に入れた情報を整理してみるんだな」
「……」
あえて冷たく突き放す。ゲームってのは、誰かにやり方を教えられてプレイするもんじゃねえんだよ。
自分で考えて、自分で試すから面白いんだ。
特に、このゲームはな。
観念したように、魂の抜けた声でベンが独り言を言い始めた。
「『ここはイッスラームの城下町だよ』……『へいらっしゃい』……『ワーイ』……『武器や防具は装備しないと意味がないんだぜ』……『ここはイッスラームの城下町だよ』……『一泊20Gになります』……『教会に何の用でしょう?』……『返事がない、ただのしかばねのようだ』……『ワーイ』……『隣町のおじいさんが探し物をしているらしいわ』……『武器や防具は装備しないと意味がないんだぜ』……」
まるで念仏でも唱えるように淡々と、昨日の出来事を振り返るベン。
このガキ……昨日の町の人のセリフを話しかけた順番に全部覚えてやがった……!
無駄にスゲエ能力だな。
「……これが、全部……。吐き気をこらえて、何度も何度も会話を繰り返して、手にした情報……」
恨みがましい奴だな!
町民に気軽に声かけるなんて、ゲームの基本だろう?
いや、流石にゼロ距離まで接近しての会話はオレでも結構メンタルに来たけどな……。
「それで、探索はやり尽くしたか?」
「……どういう意味?」
要領を得ない様子のベン。
「人に話しかける以外にも、やれることはあるだろ?」
「……?」
往来のど真ん中で首をひねる。
しばらく時間がたったが、一向に気づく気配がない。
「アイテム探索だよ!タンスやツボの中とか、全然調べてねえじゃん!」
しびれを切らして、ついついヒントを口にしてしまう。
答えを聞いても、それでもベンはピンときた様子がない。
「……人の家のタンスを勝手に開けるの?」
イヤ、確かにそう言われると返答に困っちゃうんだけどさ。
ゲームのお約束じゃん?
「……勇者って、そんなのが仕事なんだ……」
言い方!
そんな言い方したら、世界中の勇者たちの立場無くなっちゃうって。
とりあえず、一回やらせてみるしかないか……。
オレは操作権を奪ってベンを無理やり民家の中に侵入させる。
「ほら、試しにこの辺を調べてみな」
「……すぐ隣で、お姉さんがこっち見てる……」
それは、オレも思ったよ!
このゲーム、マップが狭いから部屋の中に入るとすぐ近くにNPCがいることが多いんだよ。
確かに、至近距離に家主がいる状況で部屋を漁るのって無理があるような……。
「と、とにかくタンスを開けてみな」
「……ウン」
言われるままにタンスを開ける。
ああ、お姉さんが無言でこっち見てる!しかも、超真顔で!
あ、何もなかったようにすぐ隣に移動してくれた。
今がチャンス!さあ、タンスの中を漁るのだ!
─エッチな下着を手に入れた─
「……ぶっ!」
「わわわ!ベン、鼻血を拭け!」
慌てて鼻をつまむが、服が血だらけになってしまった。
これって、HPにもダメージ行くレベルだろ。なんて恐ろしい罠仕掛けてんだ。
しかも、あのお姉さん……。清楚な見かけによらず、結構大胆な……。イヤ、よそう……。
「と、とりあえずそれはしまっとけ。狙いのアイテムはそれじゃないから!」
おいチエ!なんでこんなところだけリアルにVR対応させてんだ!
子どもの教育に悪いだろ!
改めて、タンスの中を漁らせると、ようやくお目当てのものが出てきた。
─銅の剣を手に入れた─
「ほら、これで少しはマシな装備になったろ?」
─勇者は銅の剣を装備した─
返事の代わりに、すぐさま剣を装備するベン。
うんうん、ちゃんと町の人から聞いた情報を覚えて、実践してるな。えらいぞ、少年。
「……ところで、なんで普通の民家にこんな物騒なものが……」
いちいちそんなところにツッコむな!
このゲーム、王様がドケチだから、こうやって地道に稼いでいくしかないんだよ!
「後は同じ要領でやっていけばいいさ。ほら、冒険の始まりだ!」
「……押し入り強盗が、冒険?」
ぶつくさ言いながら、ベンは肩を震わせて民家から外に出た。
なにか思うところでもあったのか、その歩みには迷いがない。
「おい、どこに行くんだ?」
「……町の外。もう、人前にいるのは疲れた」
とんでもない理由で冒険に繰り出す勇者がいたもんだ。
オレなら町の隅から隅まで探索しまくってから外に出るが、プレイスタイルは人それぞれだしな。
「言っとくが、町の外にはモンスターが出るからな?」
「……知らない人の目線よりもマシ……」
コイツ、絶対勇者よりもテイマーの方が向いてるだろ……。
このゲームには職業選択なんて制度はないけどね。
何はさておき、二日目にして町の外の探索が始まったわけだ。
「……思ったよりも広い……」
「そうだな。見渡す限り草原で、人っ子一人いやしない」
フィールドに出ると、途端にベンが生き生きとし始めるのが分かった。
背伸びをして、大きく深呼吸して爽やかな風を肺に送り込んでいる。
「……こっちの方が、いい。人もいないし、見たところモンスターもいないし……」
「それで、どっちに行く?」
不親切にも、城下町の人達は次の行き先のヒントを何もくれなかった。
ベンは空を見上げて太陽の方向を確認すると、北に向かって歩き出す。
ちゃんと王様が言ったセリフを覚えてたんだな。
「北に魔王がいる」
とにかくベンは目的の地に近づこうとしているらしい。
「……ピクニックみたいで、楽しいかも……」
「そりゃあ良かったな」
全くゲームを楽しんでいるような感想には聞こえないが、とにかくベンはこの世界を気に入ったらしい。
だが、それもそう長くは続くまい……。
俺がそう思った瞬間だった。
テレレレレレレ
─モンスターが現れた─
「えっ!?どうして急に?さっきまで周りに誰もいなかったのに」
動揺するベン。
この時代のゲームって、モンスターとのエンカウントは一歩歩くごとにランダムで発生するから、さっきみたいに突然目の前に敵が現れるように感じるんだよな。
「ほれ、ようやくRPGっぽくなってきたじゃないか。勇者らしく戦ってみたらどうだ?」
目の前には3体のスライムたち。どこかで見たような、可愛らしいオーソドックスなデザインだ。
手にした武器は銅の剣だけ。普通に考えれば楽勝で勝てるだろう。
しかし、ベンがとった行動は意外なものだった。
「……逃げる」
……なん、だと……?
オレの想像を超えた行動をとるベン。スライムたちに背を向けて、一目散に走りだす。
─勇者は逃げ出した─
メッセージが表示されると、目の前は再び元の穏やかな平原が広がっていた。
ベンは落ち着きなく周囲を見渡すが、さっきのスライムたちは影も形もない。
「……逃げれたのかな……」
「おい、どうして逃げ出そうなんて思ったんだ?」
安心したような声のベンに、オレはそう問いかける。
「モンスターを倒さないと、経験値もお金も手に入らないんだぞ?レベル上げて強い武器を手にしなけりゃ、魔王を倒すことだってできないんだからな?」
またもついゲームの手ほどきをしてしまうが、これくらいは仕方ないだろう。
完全なゲーム初心者に、いろはくらいは教えてやらないとな。
しかし、ベンの回答は意外なものだった。
「……だって、可哀そうでしょ」
「……は?」
「……あんな小さくて、可愛らしい見た目の動物を殺すなんてできないよ」
「動物って……。あれはモンスターなんだぞ?魔王の手下!あいつら、放っておいたら町の人達も襲うかもしれないんだぞ?」
「……襲ったところ、見たことある?」
超絶無双のド正論頂きましたー!
イヤ、確かにこいつらって基本町の外をうろついてるだけで町の中には入ってこないけどさ……。
「でも、どうすんだよ?レベル1のままじゃ、絶対にこの先進めないぞ?」
「……もっと悪そうなやつとなら戦えるかも」
この辺の感覚、ちょっと常識とずれてる気がするんだが、まあいい。
とにもかくにも、こいつは無意識のうちに第二の洗礼を回避したことになるんだからな。
実は、あのスライムと遭遇した時の最善手、というか唯一解こそが『逃げる』だったんだ。
なにを隠そう、最速のスピードと最強の攻防力を兼ね備えた今作最強のモンスター、それがさっきのスライムなんだよ。
おかしいと思うだろ?
オレも何度も殺されてようやくその事実を受け入れたんだから、気持ちはわかる。
始まりの町の周辺に最強のモンスターがいるなんて、普通は思わないもんな。
まあ、敵の城の周囲に強力な魔物を配置するって意味じゃ、魔王の選択肢としてはありなのかもしんないけどな……。
「……とにかく、次の町までこの調子で散歩したいな」
本人は全く自覚していないが、こうして引きこもりの勇者は最強の地雷原を鼻歌交じりに進んでいくのでした……。
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