14話 最悪のバグを回避するには
「……もう、ダメ……」
精魂尽き果てたように地面に座り込むベン。
その姿は、長旅を終えた冒険者か、もしくは死闘の末に辛うじて魔王にとどめを刺した勇者のように、ボロボロに擦り切れていた。
いや、見知らぬ人との会話のし過ぎで気疲れしたってだけなんだけどな……。
実際問題、オレだってこの世界がゲームだと割り切れなけりゃ、ベンと同じように疲弊したかもしれない。
そう感じさせるほどに、このゲームの人達は本物そっくりに作られている。
「そろそろ晩飯の時間だな。今日はこれくらいにしとくか……」
「……ウン……お腹減った……」
腹の虫が夕闇迫る町中に響いた。
いくらゲームの世界で薬草や木の実を喰ったとしても、実世界のオレ達の腹が膨れるわけじゃない。
こういう瞬間、オレ達がゲームをしているんだってことを思い出すことになる。
「それじゃあ、セーブしに行くか」
「……セーブ?」
おい、マジですか。
最近の子供で、セーブって単語知らない奴っているのかよ?
「セーブってのは、今、この状態を保存することだよ。そうしとけば、またいつでもこの続きからプレイできるんだ」
「……本のしおりみたいなもの」
「まあ、良いたとえだな」
いくら引きこもりとはいえ、この少年、社会常識がなさすぎんか?
いや、ゲームの知識って社会常識じゃないかもしれんけどさ……。
「……セーブって、どこ?」
「そりゃあお前、セーブする場所といったらあそこしかないだろ」
オレは少しだけ気まずそうに、視線を向ける。
その先には、この町の中で最も巨大な建造物がそびえ立っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『それでは勇者よ。こちらの2つの宝箱から、好きなほうを選ぶがよい』
「……」
数時間前と変わらぬ台詞を吐き続ける王様を見て、ベンは無言の圧力をオレにぶつけてくる。
自分の顔だから見ることはできないが、きっと完全に目が座っているんだろう。
だが、安心しろ。
「もう一度話しかけるんだ」
「……」
返事するのも億劫なようで、錆びついたブリキ人形のようなぎこちなさで王様の方を向く。
『それでは勇者よ。こちらの2つの宝箱から、好きなほうを選ぶがよい』
「……」
「もう一回だ」
ギギギ、という音が聞こえそうであったが、何事にも根気というものが必要な時がある。
今がその時なのである。
いや、ただゲームのセーブをするだけなんだけどさ……。
『それでは勇者よ。こちらの2つの宝箱から、好きなほうを選ぶがよい。ところで、今までの旅の記録をするか?』
「はい」
時間が惜しいので、ベンの代わりにすぐさま返事をする。
『勇者ベンよ。お主が次のレベルに上がるためには後17の経験値が必要じゃ。このまま冒険を終了するか?』
「いいえ」
「!」
オレの返答に、ベンが抗議の気配を放つ。
まあ、気持ちはよく分かるが、このゲームをプレイするためにはこれが一番大事なんだよ。
セーブが確かにされたのを確認して、オレはそのままVRディスプレイを脱ぎ去った。
一転、豪奢な城の中から殺風景なマンションの一室に世界が切り替わる。
オレは、隣に座るベンのVRディスプレイも同じように脱がせてやった。
慣れない経験で顔には汗をびっしりかいていたし、心なしかやつれているようでもあった。
うーん。初めてゲームをプレイし終えた少年の顔ではないなあ……。
まあ、ゲームがゲームだしな。
「とにかく、今日はここまでだ。お疲れさん」
「……どうして?」
言葉が足りないベンだったが、言わんとすることはよく分かった。
「このゲームを一番安全に続ける方法は、電源を切らない事なんだよ。だから、つけっぱなしにしとくしかないんだ」
「……また、さっきみたいにやれば?」
「だから危険なんだよ」
オレは電源は入ったままのドルクエカセットをそっと指さす。
「このドルクエは、無数のバグを実装している。そしてその一つ一つが非常に独創的なものばかりで、その種類と量は他の追随を許さない」
「……急にどうしたの?」
理解しかねるといった表情のベン。しかし、オレは構わず続けた。
「しかし、このゲームが持っている最強最悪のバグは、じつは同時期に発売された他のゲームにも搭載されてたんだ」
「……他のゲームにもそんな怖いバグが?」
当時の子供たちを絶望のどん底のに叩き落とした、有名、かつ最恐のバグ。
オレだって、何度煮え湯を飲まされたことか……。
「その名は、《セーブデータ消失バグ》だ」
「……え……?」
「だから、さっき城でセーブしたデータが全部消えちまうんだよ!そしたらお前、また最初からやり直す羽目になっちまうんだぞ?そんなの嫌だろ?」
オレの必死の形相に、ベンも血の気が引いたように必死に首を横に振る。
よしよし、オレの気持ちが理解されたようで何よりだ。
厳密にいえば、これってバグじゃなくてカセットの構造欠陥なんだけどな。
当時のゲームの動作は結構不安定で、ちょっとでもデータに不具合が出るとプログラム全体が修復不可能になるリスクがあったらしい。
だから、ちょっとした不具合、それこそ接触不良やわずかなノイズでも、念のためにセーブデータを消して初期化するという対策をとっていたんだ。
「特にこのゲーム。起動するために電源を入れたままソフトを抜き差ししなくちゃいけないから、他のゲームよりもデータが壊れやすいんだよ」
「……つけっぱなしでいいの?」
「まあ、電力消費も大したことないし、この頃のゲーム機って意外とタフだから大丈夫だよ。それより、飯にしようぜ」
「……待って」
外に出かけようとするオレを呼び止めるベン。
「どうした?さっき見たけど、近くにファミレスあったから、そこでいいだろ」
「……もう、人と話すの……疲れ……た」
それだけ言うと、今度こそ精魂尽きたようにその場に倒れこむベン。
マジかよ!?オレ、人が気絶するのって初めて生で見たよ。
って、感心してる場合じゃない!
慌ててベンを抱きとめる。
「別に、熱があるわけじゃないな。病気でもなさそうだ。本当に、精神的な疲労がたまったんだろうな」
ある意味、大したもんである。
初めてのゲームプレイで、気絶するまでやりこめるやつが世の中にどれだけいると思うよ?
いや、実際にやったのは町の人に話しかけただけなんだけどさ……。
「しょうがねえ。この様子だったら、すぐに目も覚めるだろ」
ベンを部屋のベッドに寝かせる。
悪いとは分かっているが、部屋の中を物色するオレ。
だって、このマンションオートロックだから、オレ一人で出て行ったらもう帰ってこれねえし。
絶対に入り口のコンシェルジュのおっさんに竜虎乱舞くらって追い出されちゃうよ。
出前頼もうにも、客を招き入れる方法もわかんねえし……。
そうなったら、家にある者で何か作るしかねえじゃん!
「冷蔵庫の中は……っと」
恐る恐る冷蔵庫を開けると、意外にもそこには生鮮食料品が大量にストックされていた。
チエのやつ、料理だけはマメにやってたみたいだな……。
こうなったら、独身男性が渋々身につけた料理テクニックを披露してやるとするか!
腕まくりをして、手を洗い、オレは台所で第二の冒険を開始するのだった。
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