13話 話しかけることもできやしない
「……ゲームって、こんなに意地悪なの?」
「大体のゲームは意地悪に作られてる。親切すぎても面白くないだろ?でも、こいつはちょっとだけ他のゲームより不親切かもな」
「……ちょっとだけ?」
城下町を散策しながら、オレ達はさっきの王城での出来事を振り返っていた。
2回目の死亡を経てベンが到達した結論は、『どちらの宝も開けずに、無言でその場を去る』というものだった。
『どうした勇者よ?なにか不満でもあるのか?』という王様の声も、ひたすら無視。
ちなみに、レベルを十分に上げればミミックを倒すことはできる。
そのあと王様に話しかけると『なんということだ、宝が魔物にすり替わっているとは』というセリフだけを呟くだけ。
本当にどんな宝をくれるつもりだったのかは、結局はわからずじまいである。
「まあ、とにかくこのゲームの目的はわかっただろ?」
「……魔王を倒して、姫を助ける」
ブツブツと不満そうに呟くベン。
なんだか、のっけからやる気そがれちゃってるなあ。
俺が初めてプレイしたときなんか、ようやく町を自由に歩ける喜びに打ち震えたってのによお。
「まあ、機嫌直せって。それより、この城下町を見てみろよ。こんな景色、日本のどこにだってないぜ」
石畳の道に、レンガで作られた家。
街行く人々は異国情緒あふれる衣服を身に纏い、色鮮やかな髪の色だ。
さっきの自分の言葉をもう一度心の中で反芻する。
オレ、本当に今ドルクエの世界にダイブしてるんだよな。
20年以上前に発売されたゲームにダイブしたことなんてなかったから、すげえ新鮮な感覚だよ。
なぜか泣き出しそうになっているオレをよそに、ベンの奴は相変わらず冷めた目のままだ。
「……この町、なんか狭い……」
「おまっ……!それを言っちゃダメだって!」
「……あそこのお店も……」
ベンが指さした先には『どうぐや』と看板を掲げた店が建っている。
「……あんな狭いところで……一日中働いてるの?」
「だーかーらー!当時のゲーム容量じゃ町のサイズをこれ以上は大きくできなかったんだって!」
必死にフォローを入れるオレ。
でも、言われてみれば確かにおかしい。あの道具屋のおっちゃん、入り口も出口も見当たらない完全な密室に閉じ込められてるように見えるし……。
「いらっしゃい!今日は薬草が安いよ!」なんて元気に声を張り上げてるが、あんな狭い店のどこに道具をそろえてるんだろうか?
ユグドラといえど万能ではない。
その辺を歩いている人や建物の質感はリアルそのものだが、縮尺や距離感はオリジナルから変わらない。その辺をいじってしまうと、ゲームのバランスや設定自体を損ねてしまうからだ。
最近のゲームにダイブすると、そのあたりまで丁寧に作り込まれているから違和感はないが、昔のゲームのように作り込む余地のない世界ではこうして違和感が浮き彫りになってしまう。
さすがのチエでも、ここまで昔のゲームをプレイすることまでは想定してなかったんだろう……。
「……それで、次はどうするの?」
ベンが投げやりな問いかけ。
こいつ、はやくも飽き始めてるんじゃないだろうな?それとも、もともとこういう奴なのか?
「……早く母さんに遭いたい。だから、早く終わらせたい」
この調子から、本心だろう。ゲームを楽しむつもりはないが、チエに遭いたい気持には偽りはないようだ。
それに満足すると、オレは手早く周囲を見回した。
上から見下ろすのと、中から見渡すのでは景色の見え方もまるで違う。
今、自分がどのあたりに立っているのかを確認する必要があった。
「なるほど、道具屋があって、右側に宿屋……。城下町の左端ってところか……」
意外と覚えてるもんだな。
特に最初の城下町はデスルーラ(死に戻り)で嫌というほど戻ってきたからな……。
それに、こうして実際にプレイしてみると当時の記憶も徐々に蘇ってきた。この調子ならば、きっと上手くベンを誘導できるだろう。
ただし……
「なあ、ベン。見知らぬ街に一人取り残されたとして、お前ならどうする?」
「……」
俺の言わんとすることを察したのか、ベンは沈黙でそれに答えた。
あれ?こいつ、ひょっとして……?
「……一人じゃない。おじさんがいる。だから、こうして聞いた……」
「それじゃあ面白くないだろ?チエは『楽しめ』って言ってたんだ。『早くクリアしろ』なんて一言も手紙にはなかったよな?」
「……」
またも沈黙するベン。こいつ、不利になると黙りこくるタイプだな!
「ゲームってのは、自分で考えて、自分で探索するのが面白いんだ。攻略法を聞いて、クリアしたってなにも面白くないだろ?」
「……つまり?」
答えをせかすベンに、オレは指先ひとつでヒントを示す。
ちょうど、目の前に中年の女性が歩いているところだった。
「ヒントは自分で探し出す。初めての町で迷ったら、町の人に道を聞く。基本だよなあ?」
「……」
「ほら、早くしないとどんどん時間が過ぎていくぞ?このゲーム、当時にしては珍しく時間経過の概念も取り入れられてるから、ぼうっとしてたら夜になっちまうからな」
「……!」
いじわるなオレの声に、ベンは意を決したように行動を起こす。
同じ体を共有しているだけあって、ベンの鼓動が激しくなっているのが手に取るように分かった。
やっぱり、こいつ……。
目の前の女性に向けて、ベンが声をかける。
「……す、すいません」
『……』
ベンの声は、小さいながらもよく通った。震えてはいるが、はっきりと目の前の女性に届いたはずだった。
しかし、声をかけら得た女性は、何も聞こえなかったように平然と歩いている。
「……す、すいません!」
『……』
先ほどよりも声を張り上げるベン。しかし、女性は一向に気づく気配はない。
近くには他に誰も歩いていない。誰に声をかけているかは一目瞭然のはずなんだけどな。
「あ……!」
そこまで考え、ようやくオレは原因に思い当たった。
これも、昔懐かしのゲームならではの仕様だろう。
「悪いベン。このゲーム、人に話しかけるためにはすぐ隣のマスまで近づかなきゃいけないんだ」
「……マス?」
涙声のベン。どうやら、精一杯声出したのに無視されたのが相当堪えたようだ。
まったく、豆腐メンタルだな……。
「とにかく、すぐ近くに寄らなきゃ話しかけられないってこと」
言われるままに女性に歩み寄るベン。
そして、ようやく話しかけるコマンドが使える距離まで接近する。
「……これ、痴漢と間違われない?」
「……」
今度は俺が沈黙する番だった。
確かに、近すぎる。相手の体温が感じられそうなほどだぞ、これ。
ゲームの一マスって、現実だとこんなに近いのか……。
「と、とにかく話してみろ」
「……無理。こんな近くちゃ、無理……」
そこまで声を絞り出したベンに、オレは先ほどから気になっていた疑問をぶつける。
「お前、さてはコミュ障だな!」
「……ウン。最近は、ずっと家に籠ってた」
はい、コミュ障の上位互換、引きこもりでしたー!
学校も行ってないとは、こいつは筋金入りだぜ……。
「あれ?でも、お前。よく初対面のオレに話しかけられたな?」
「オジサン……他人て気がしなかった」
はい、そうでしたー!
よく考えたらオレも世間的に言えば筋金入りの引きこもりでしたー!
「ま、まずは……挨拶の練習から始めようか」
「……ゲームって、大変だね……」
許せ、ベン!
本当は、オレだってそんなに他人に話しかけるの得意じゃないんだ!
普通のオンラインゲームだって、ソロプレーがほとんどだったし……。
オレみたいにならないためにも、ここはひとつ修行だと思って我慢するんだ!
オレは心の中でそう唱えながら、全身滝汗を流しながら必死に町の人にインファイト(会話)を挑むベンを応援するのだった。
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