11話 初見殺し
『よくぞ参った、勇者ベンよ。魔王にさらわれた我が娘を、どうか救い出してくれ』
「うわっ!」
『どうした、勇者よ?なにか不満でもあるのか?』
ゲームを開始すると、目の前にはいきなり荘厳な場内の景色が広がる。
ベンのタワマンも豪奢な造りだったが、ここと比べればさすがに格が違う。
まさに王宮ですよ。
分厚い真紅の絨毯に、石造りの壁。無駄にだだっ広い謁見の間。
いきなり目の前にそんなもんが現れたら、誰だって今のベンみたいに声を上げるってもんだ。
「ああ、何でもないです。王様、話を進めてください」
『ウム……。魔王は、ここよりはるか北の大陸に居城を構えておる。後は頼んだぞ』
「ナニ?その適当な物言い……」
『どうした、勇者よ?先ほどからの言動。まさか、勇者の癖に魔王に臆したとでもいうのか?』
「いいえ、そんなことはありません。王様、話を進めてください」
無理やりベンの操作権を奪って話を進める。
昔のゲームなんだから、メインルートに沿ったNPCのセリフのバリエーションは少ない。最近のゲームみたいに懇切丁寧に時代背景や、次の目的地に行くためのヒントを入れ込む余裕なんかないのだ。
ただし、さっきみたいにルートから外れた問答に関しては勝手にユグドラが補完してセリフを継ぎ足してくれる。
そうすることで、
「やあ、いい天気だね」
『ここはハジマリの町です』
「武器屋はどこにあるのかな?」
『ここはハジマリの町です』
「ねえ、話聞いてる?」
『ここはハジマリの町です』
といった、会話のドッジボールをせずに済むってわけだ。
とはいっても、結局は本筋から外れた会話は進行上は全く不要なわけで、さっきみたいに強引に元に戻してやるのが最善手になってしまう。
その辺を説明してやりたかったが、この場でベンに話しかけると一人二役でしゃべる奇妙な少年が出来上がってしまう。
ベンにはあとでゆっくり説明してやるとしよう。
『それでは勇者よ。こちらの2つの宝箱から、好きなほうを選ぶがよい』
その王様の声をきっかけに、体が自由に動かせるようになった。
イベント中は体が動かせない仕様は、引き継いでるってことか……。
左右に視線を送ると、そこには大小二つの宝箱が現れた。
いや、実は最初からあったんだけどさ……。
宝箱を出したり消したりするのも、結構処理が大変みたいなんだよね。
ちなみに、この宝箱。魔王を倒して王様に報告に行くときもこのまま残ってたりする。最後のパレードの最中もずっとこのまま。
「わかりました」
それだけ返事すると、オレはベンに操作権を返してやる。
「好きなほうを選べ」 オレの意図を組んだようで、余計なことは言わずに黙って大きい宝箱に向かっていった。
大きいほうを選ぶなんて、やっぱり日本人離れした発想だよな。
日本人の場合、大抵は小さい箱に手を伸ばしがちなんだが、面白いもんだ。
箱に向かって歩いていく最中、ベンが小声でブツブツとつぶやく声が耳に入った。
「……娘助けたいなら、両方くれればいいのに……」
ナイスツッコミ!でも、それは言わぬが花ってもんだ!
それに、このゲームの底意地の悪さはそんなもんじゃすまされない……。
ベンが大きい宝箱に手をかけた、その瞬間。
テレレレレレレレレレ
小気味良い音楽とともに画面が暗転する。
異空間に飛ばされたように、周囲の景色が突然変わる。先ほどまであった城の景色は、はるか遠方にちっちゃく見えるのみ。
代わりに、目の前に現れたのは一体の魔物だった。
─ミミックがあらわれた─
「ナニ……コレ……」
完全に硬直するベン。
無理もない。まさか始まりの城の中でいきなりモンスターに遭遇するなんて思ってなかっただろうからな。
ドルクエの戦闘はターン制。こちらが行動しない限りは相手も攻撃してこない。
ベンが落ち着くまでの間、オレはまじまじと周囲の空間に目を凝らしてみる。
よくよく見てみると、この場所って怖えな。周りを見回すと、さっきまであれだけ大勢いたNPCが一人もいやしない。
こんな空間に、魔物と二人っきりにされたら誰だってこうなっちまうかもな。
それでも、このままでは埒が明かない。しかたなく、ベンに話しかけてやる。
「ほれ、お前のターンだぞ」
「……どうするの?」
ベンが涙声で俺にそう問いかける。
「ドルクエの戦闘はとてもシンプルだ。『たたかう』『まほう』『ぼうぎょ』『どうぐ』『にげる』。この5つのうちどれかを選ぶだけ。逆に言えば、それ以外の行動は一切許されない。そうだな、試しに歌でも歌ってみな」
「……」
言われるままに歌いだすベン。こいつ、結構歌うまいな……。
─勇者は不思議なうたをうたった。うたはむなしくこだました─
─ミミックの攻撃 56のダメージ! 勇者はしんでしまった─
というわけで、
なんの抵抗もできずに、勇者ベンは初めて遭遇したモンスターに見事に惨殺されたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『おお、勇者よ。しんでしまうとはなにごとだ!』
「……あんたのせいだろ……」
『どうした、勇者よ?なにか不満でもあるのか?』
怒りに身を震わせるベンを無理やり押し込めて、俺は無理やり王様との会話を進めさせた。
『それでは勇者よ。こちらの2つの宝箱から、好きなほうを選ぶがよい』
さっきと同じセリフ。同時に解放されたベンは、無言でツカツカと小さい宝箱に歩いていく。
「……なんで宝箱に罠を仕掛けるの……?」
怒りを隠しもせずに、小さいほうの宝箱を思いっきり開け放つ。
すると、
テレレレレレレレレレ
─スモールミミックがあらわれた─
「……ハ……?」
今度こそ訳が分からないと言った様子で、ベンがその場に硬直する。
わかるわかる!俺も初めてプレイしたときはそうだった!
一週間かけて起動に成功させたと思った次の瞬間だったから、あの時の落ち込みったらお前の比じゃなかったぜ!?
「……どうするの?」
「さっきも言ったろ?5択の中から好きなの選べって。ちなみに、それ以外の行動をとればどうなるかはさっき分かったよな?」
散々迷った挙句、ベンがとった行動といえば、、、
─勇者はにげだした しかしスモールミミックからは逃げられない!─
─スモールミミックの攻撃 56のダメージ! 勇者はしんでしまった─
これが俗にいう”初見殺し(物理)”ってやつだ。
ベンも、そろそろこのゲームの雰囲気に慣れてきたころかな?
え?もうやめるって?
おいおい、このゲームの面白いのはここからだぜ?
もっと面白い話を書くため、ご協力をお願いします
率直な印象を星の数で教えていただければ幸いです
つまらなければ、遠慮なく星1つつけてやってください
感想も、思ったことを気軽に書き込んでもらえるとモチベーションになります。