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味方を殺した罪で事実上追放された私は、死んだと見せかけて旅に出ることにしました 〜生きているとバレて戻ってくるよう命令されてももう遅いです〜  作者: 横浜あおば
第1章 社会統制の国

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第8話 列車乗っ取り

 時刻は十六時四十三分。シンハン駅までの距離は残り一キロを切った。ここまでは定刻通り。

 美空みくがこの列車を乗っ取ってから三時間近く経過したが、未だ乗客がその事実に気付いた様子は無い。


「さて、警察はホームで待ち構えているでしょうか……」


 前方に巨大なアーチ屋根が見えてきた。あれがシンハン駅の駅舎だろう。ブレーキをかけて速度を落とし、ホームへと接近していく。

 すると、ホームには一般客の姿は無く、制服姿の警察官が大量に集まっていた。中には武装している者もいる。これは物騒極まりない。


「扉を開けたらその瞬間終わりですね……。仕方ありません。乗客の皆さんには申し訳ありませんが、このまま通過しましょう」


 美空は徐行でホームに進入し、横目で警察官の動きを確認する。

 警察官たちはドアの位置で綺麗に整列し、到着の瞬間を待っていた。まさか列車ごと乗っ取られているとは考えてもいないのだろう。

 こちらにとっては好都合。停止線を越えたところで、再び加速を開始させる。

 直後、駅構内が慌てたのが分かった。予想外の出来事に指示系統も混乱しているらしい。

 これでひとまず危機は脱した。と思ったのだが、停車駅を通過したことに慌てたのは警察官だけではなかった。運転室に無線が入る。


『車掌のジャンです。シンハンは停車駅です。すぐに停止して戻ってください』


 その無線の奥からは、乗客の怒号や困惑の声が聞こえる。

 さすがに乗っている人にはもう誤魔化しきれないか。

 そこへ、更に追い討ちをかけるように別の無線が入った。


『こちらランシン運転司令室。天馬313、直ちに停止しシンハンに戻れ。シンハンは通過ではない。そして、前方の列車に接近している』


 運転司令室はこの路線の全ての列車の位置や状況を監視している。当然この異常事態もすぐに把握する。


『シンハンに戻れ。その列車が国境線を越えることは出来ない』


 いや違う。何かがおかしい。

 国境線を越えることは出来ないという言葉に、美空はようやくこの無線の真意に気付いた。


「どうやら、バレてしまったようですね……」


 恐らく、シンハン通過を不審に思った警察から運行会社に情報が伝達されたのだろう。これは運転士に対する無線じゃなく、乗っ取った自分に対する警告だ。

 だが、このまま突っ走って国境線を越えればテンシャン側の警察が手出しをすることは出来ない。前方に先行列車なんて存在しないことは運転台のモニターを見れば明らか。美空はマスコンを手前に倒し、速度を上げる。

 そして、マイクを手に取って乗客へ向けてこうアナウンスした。


「乗客の皆様にお知らせします。先程シンハン駅ホームで爆弾が見つかったため、当列車は警察の指示によりシンハンを通過致しました。このままベナムまで運行を継続し、シンハンをご利用のお客様には折り返しの列車をご用意します。大変ご迷惑をお掛けいたしますが、ご理解ご協力のほどよろしくお願いします。次はベナムに停車します」


 マイクをオフにし、大きく息を吐く。

 それっぽく出来ただろうか。車掌を騙すのは無理だとしても、乗客が不信感を抱かなければ混乱にはならないはずだ。


 その時、運転室の扉の電子ロックが解除された。扉が開き、靴音が近づいてくる。


「おい、大丈夫か!」


 突入してきた男は、床で眠っている本当の運転士に声をかける。そして、こちらを背後から睨みつけた。


「列車を停止させ、席を譲れ」


 この男は無線でジャンと名乗っていた車掌とみて間違いない。

 美空は真っ直ぐ前を向いたまま、要求を跳ね返す。


「それは聞けない話ですね」

「皇国人がテンシャンでトレインジャック。その目的は何だ?」

「私だってそんなつもりは無かったのですが。ただ、困っている人を助けたかっただけです」

「乗客を人質にすることが人助けか」

「巻き込んでしまったことについては申し訳ないと思っています。ですが、このまま見逃していただければ安全にベナムまで運転しますよ」

「素人に安全も何も無い。早く席を譲るんだ」


 強引にでも自分をどかして奪い返すつもりか。

 美空はちらりと後ろを見て車掌の立ち位置を確かめると、左手をそちらに伸ばした。


「魔法目録三十三条、拘束」


 魔法を発動させると、車掌は身体が硬直し身動きが取れなくなった。

 それでも尚、必死に脚や腕を動かそうとする車掌。しばらく抵抗していたが、やがて諦めたように動きが止まる。


「くっ、子供のくせに……。訓練も受けていないお前に、時速三百キロの鉄の塊を扱えるはずがない」

「そうでしょうか。鉄の塊だからこそ、むしろ扱いやすいと思うのですが」

「ならば、このまま運転していればいい。いずれ停車せざるを得なくなる」


 その意味深な言葉に、美空は首を傾げる。

 だが、車掌がそれ以上何かを口にすることはなかった。

 長い沈黙。

 そして、その静寂の時は突如として終わりを告げた。


漆原うるしばら美空に告ぐ。こちらは人民陸軍である。国境の強行突破を図る場合、戦車の砲弾が列車に浴びせられることになる。今この瞬間に列車を停めろ。これは最後通牒だ』


 無線から聞こえてきたのはいかめしい男の声。

 人民陸軍。戦車。美空を襲う最後にして最大の危機。これはいよいよテンシャン政府も本気を出してきたか。


 軍の狙いはメイフェンが撮影してしまった空母の写真の国外流出を阻止すること。だから軍は無関係の乗客を巻き込んででも砲撃を行う。しかし、こんなことで乗客の命が奪われるのを美空は望まない。

 考えている間にも、列車は国境線に近づいている。ブレーキをかけるなら今が限界のタイミング。頭の中で様々な思考が交錯する。

 停まった方がいいのではないか。そもそも、逮捕された人間を助けようなんて最初から無謀な話だったんじゃないか。

 でも、ここまで来たんだ。シェンリーとメイフェンのため、やり遂げなければならない。


「……私は、誰よりも強いのです。千人の乗客くらい、私が守ってみせましょう」


 美空は覚悟を決めた。

 すっかり日も落ちて闇に包まれた線路を、戦車の待つ国境へ向けてひたすらに突き進んだ。

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