第6話 逃亡
魔法光線で開けてしまった壁の穴からは明るい陽光が差し込んでいる。自分としたことが、かなり派手にやらかしたものだ。
しかし、ここまで大きな騒ぎになってしまった以上、他の階から人が集まってくるのは明らか。恐らく階段からは逃げられない。
ならばいっそのこと、あの穴を利用してしまおう。開けてしまったのだからしょうがない。使えるものは何でも使う。
もはや開き直りに近い考えに、美空は一人小さく頷いた。
「シェンリーさん、メイフェンさん、あそこから飛びますよ」
「「えっ!?」」
美空から飛び出したまさかの発言に、いやいやいやと戸惑いを見せる姉妹。
実際、それは正しい反応だと思う。普通の人間が建物の二階から飛び降りようものなら、当然大ケガを負うだろう。最悪の場合死ぬことだってあるかもしれない。戸惑うのは当たり前。
だが、美空は魔法能力者だ。そのリスクを回避する術は幾らでも持っている。
「絶対に手を離さないでくださいね」
右手でシェンリーと、左手でメイフェンと手を繋ぎ、美空は穴へ向かって全力で駆け出す。
その時、階段の方からざわざわとした声が聞こえてきた。
「何だ? 何があった?」
「爆発、じゃないよな……?」
「おいっ! 人が倒れてるぞ!」
「救急車だ、早く救急車を呼べ!」
どうやら、この警察署で働くほとんどの警察官や職員が二階に集結してきたようだ。魔法光線によって吹き飛ばされた刑事たちの姿に、場が騒然となっているのが伝わってくる。
穴から飛ぶにしても、階段の前を通らなくてはならない。しかし、ここで逃げなければ完全に手遅れになる。
顔はとっくにバレている。ならば、今更見られたところでデメリットはない。
そう判断し、美空は立ち止まらず、ただひたすらに、真っ直ぐと穴へと駆け抜けた。
「魔法目録五条、電磁誘導」
自分とシェンリー、メイフェンの三人の身体が穴から外に出たタイミングで、美空はすかさず魔法を唱えた。重力で落下し始めるより早く、それを発動させる。すると、三人の身体と警察署の壁や地面との間にビリビリと電磁波が発生した。
その力を利用し、美空は姉妹と共に蜘蛛のように壁を蹴って安全に地面へと降り立つ。
「痺れなどありませんか?」
美空の問いかけに、シェンリーは興奮した様子で、メイフェンは安堵した様子で首を縦に振る。
「うん、大丈夫だよっ!」
「はい、そのような感覚はありません……」
電磁誘導魔法はその名の通り電磁波を発生させる魔法だ。基本的にはレールガンのような攻撃手段として用いるものだが、こういった応用的な使い道も存在する。だが、そこまで上手く扱えるのは限られた上位の魔法能力者のみ。扱い慣れない状態で今のようなことをすると、手を繋いでいる人を感電させてしまう可能性がある。
美空はこの魔法の扱いも完璧にマスターしているのでそんな心配は不要なのだが、先ほどの魔法光線の件もあって少々気になってしまった。
「おい、魔女だ! 魔女が容疑者を連れて逃げたぞ!」
「急げ、逃げられる前に捕まえろ」
二階の穴からこちらを見下ろす警察官と職員たち。
更に、警察署で何かあったことを聞きつけた周辺住民が敷地の周りの道路に集まり始めていた。
「あの顔、どこかで見たような……?」
「魔法使ってたし、どっかの軍のスパイじゃないのか?」
「そうよ、思い出したわ! 皇国軍の魔女よ! 確か名前は、漆原美空。ニュースで見た記憶があるわ」
「世界最強と呼ばれる魔女が、どうしてランシン市に……」
大勢の野次馬が柵越しにスマホのカメラをこちらに向け、シャッターを切る。その写真はすぐにSNSに投稿され、テンシャン国内に拡散されることだろう。
この国に肖像権という概念は無いのか。美空は一瞬そんなことを考えたが、テンシャン人民共和国は国内にいる全ての人間の行動が常に監視、把握されていることを思い出し、元から無いに等しかったと思い直す。
それでもやはり、党や軍、警察に監視されるのとネットに写真が出回るのとでは訳が違う。美空はシェンリーとメイファンの顔が写らないように、二人をそっと背後に隠れさせた。
そして、神経を集中させ、一つ魔法を唱える。
「魔法目録十五条、転移。場所、ランシン駅」
直後、三人の身体が光に包まれ、その場から消滅した。
「今のテレポートって奴か?」
「すげぇ、あんなの初めて見た……」
普段魔法能力者に接する機会の無い市民から感嘆の声が上がる。
一方、警察署の二階では。
「あいつら逃げやがったぞ!」
「分かっている。ワン・メイフェン、シェンリー姉妹および、皇国人の漆原美空を指名手配しろ」
「罪状は?」
「何でも構わないが、そうだな……。国家反逆罪にでもしておけ」
「はっ!」
上官の迅速な指示により、漆原美空逮捕への行動が早くも開始されていた。




