第62話 カタリナの昔話
どうやら美空の悩み事は、壁を通り抜けてカタリナの部屋まで届いていたらしい。
それにしても、数部屋離れた人の心の声まで聞こえてしまうとは。彼女の人生も色々と苦労がありそうだ。
カタリナを部屋に招き入れつつそんな思考を巡らせていると、それすらも読み取ったらしい彼女が口を開く。
「眠れないのなら、ちょっとだけボクの昔話をしようか。……小さい頃は心理読解魔法の常時発動っていう特殊な体質に慣れなくてね。コーシチカの考える通り随分と苦労したものだよ」
カタリナはそう話を切り出して、部屋の片隅の椅子に腰掛けた。
美空が向かい合うようにベッドに腰を下ろすと、彼女は話を続ける。
「街を歩けば周りの人の色んな声が耳に入ってくるし、学校に行けば同級生の聞きたくないような心の声が聞こえてくる。当然、意識するしないに関わらずね。その状況は、子供だったボクには正直言って辛かった。精神的にもボロボロになった。でも、この能力が強みだって気付かせてくれた人がいてね。そのおかげで、ボクは今こうして国のために働けているんだ」
「へえ、その方はどのような方なんですか?」
心理読解魔法の常時発動に苦しんでいたカタリナを救った人物。
きっととても優しい心の持ち主なのだろう。
「ボクよりも五つ年上で、理系の美人なお姉さんだった。家が近所でね、よく相談に乗ってくれていたよ。まあ、彼女が大学に進学してからは連絡も途絶えてしまったけれどね」
「今はどうしているのか知らないのですか?」
「国立大学の工学部に行ったはずだけど、その先は分からない。でも、成績優秀で才能溢れる人だったから、一流企業にでも就職したんじゃないかな?」
そう言って笑うカタリナだが、その表情にはどこか淋しさが漂っている。
やはり、大切な人と疎遠になったままというのは相当に悲しいはずだ。
「いつかまた、会えるといいですね」
呟いた美空に、カタリナは小さく頷く。
「ああ、そうだね……」
そしてしばらくの沈黙の後、カタリナがこちらに視線を向けた。
「ボクの過去は話したから、次は君の番だよ」
「え? 私ですか?」
自分にターンが回ってくるとは夢にも思っておらず、驚いて訊き返す美空。
カタリナは首を縦に振り、言葉を継ぐ。
「考え込んでしまって眠れないんだろう? そういう時に一人で抱え込むのは良くない。秘密は絶対に守るから、何でも話してみてよ」
「ですが、しかし……」
いくら秘密は守ると言われても、そう簡単に話せるものではない。
美空は皇国護衛隊から逃げ出した身で、テンシャン人民共和国の空軍を壊滅させ国際指名手配を受けているのだ。その事実を知った時、彼女は一体どんな反応を見せるのか。
逡巡する美空に、カタリナは大きくため息を吐いた。
「全く、まだボクのことを信用していないのかい? 別にボクはコーシチカがどんな悪人であろうと隠し事があろうと構わないよ。それに、君を裏切るようなことも決してしない。だから話してみてくれないか?」
「…………」
ここまで言われてしまってはもう話すしかない。
美空は意を決し、この国に辿り着くまでの経緯を明かすことにした。




