第50話 お願いと違和感
「私がヴィーカちゃんの先生、ですか……?」
あまりに唐突なお願いに、美空はどうリアクションすればよいのか迷ってしまう。
「別に年単位でって話じゃないよ。ボクも君をここに長期間引き止めるつもりはないからね」
「しかし、私が教えられることなんて特にはありませんが」
十三歳から護衛隊のパイロットとして生きてきた美空は、教えてあげられる知識も経験も普通の人間より乏しいはずだ。基地の中で育ってきたヴィーカにとって、自分が先生として適任であるとは思えない。
だが、カタリナはそんな美空の不安を見抜いたかのように説明を加えた。
「コーシチカ。ボクは最初にヴィーカはこの国の切り札だと言ったね。でも、ボクとしては彼女にそんな役目を負わせたくないんだ。だから君には、ヴィーカを戦えるようにしてほしいと思ってる」
「戦えるように、と言うと?」
美空は軽く首を傾げて先を促す。
「ヴィーカは切り札ではあるけれど、いや、切り札だからこそ、今まで戦闘任務に参加することはなかった。だから彼女の戦闘に関する知識はゼロに等しい。そこで、実践的な近接魔法戦闘と空中戦、あとは戦術面だったり銃の扱いについても分かる範囲で教えてあげてほしいんだ」
「それならば、私は別に構いませんが……」
頷こうとして、何かが引っかかった。
ここまでスムーズに話が進んできたが、その流れに妙な違和感がある。
いや違う、話がスムーズに進みすぎているんだ。
美空はカタリナに対して正体を隠してきた。
皇国出身とは言ったが、護衛隊員だったなんてここまで一言も口にしていない。それなのにカタリナは美空が戦闘経験者であることを知っていた。それは何故だ?
いやいや待て。そもそも美空は自分が魔法能力者であることすら伏せていた。
しかしカタリナは魔法による戦い方を教えてあげてほしいと言った。
まさか、自分が国際指名手配犯の漆原美空だとバレているのか……? だとしたら、全てが仕組まれた罠である可能性が急激に高まる。
「もし断ったら、どうなるんです……?」
平静を装いつつも、警戒心を強める美空。
もしもここで実力行使に出てくるようなら、本格的な戦闘もやむを得ないか。
だが、カタリナは柔らかい微笑みを浮かべて、優しい口調で答えた。
「それが君の下した決断であるなら、当然ボクに引き止める権利はないね」
「そ、そうですか」
予想外にあっさりとした回答に、少し拍子抜けしてしまった。
でもまだ安心は出来ない。どうして美空が魔法能力者であり、かつ戦闘に秀でていると知っていたのか。その謎を解き明かす必要がある。
「カタリナさん。随分と私のことに詳しいようですが、その理由は何です? 答えて頂けないようなら、私はこの基地には留まれません」
半ば脅しに近い態度で、強く告げる美空。
果たしてどんな答えが返ってくるのか。
鋭い視線を向ける美空に対し、カタリナは大きなため息を吐いてから首を左右に振った。
「やれやれ。ボクはコーシチカに嫌われてしまったようだね。やっぱりこの能力は良いものではないみたいだ」
「?」
カタリナの呟いた言葉の意味が理解出来ず、キョトンとする美空。
その表情を見たヴィーカが、カタリナの代わりに口を開いた。
「あのね、カタリナはね、周りの人の心がずっと見えてるんだよ。じょうじはつどう?って言うんだって!」




