第40話 無人の村
テンシャン軍の標的となった村は、シャムコン王国北東部にある国境近くの小さな農村だった。田んぼや畑が一面に広がるのどかな光景。
「この村が焼け野原になってしまうのは、さすがに心が痛みますね……」
美空はそんなことを呟きながら、舗装もされていない一本道を歩いていた。
しばらく進むと、やがて家が数軒建ち並んだ集落にたどり着く。ここが一応村の中心地なのだと事前にティーラシンから聞いている。
「住民の避難は無事に済んでいるようですね」
家の中にも人の気配は無く、逃げ遅れた人間はいないようだ。
ホッと一安心し、家の壁にもたれるようにして地面に座る。
「さてと、そろそろ開始時刻でしょうか」
テンシャン軍は会見の中で攻撃をいつ始めるかについては言及しなかった。
もしかしたら会見終了と同時に着弾なんてことも考えたが、即攻撃という卑劣な真似をしてこなかったのは不幸中の幸いである。
「…………」
風の音と鳥のさえずりしか聞こえない、静かな時間が続く。
ただ死の瞬間を待つだけの、穏やかな時の流れ。
何を考えることも無くぼんやり景色を眺めていると、どこかから不意に視線を感じた。
誰もいないはずの集落、一体何者だろうか。
慌てて顔を向けると、建物の陰から不気味な気配が溢れていた。
「この感覚、気味が悪いですね……」
立ち上がり、恐る恐る近づいてみる。
すると、その謎の存在が美空の前に姿を現した。
「漆原美空、お前がここで死ぬことでこの国が救われるというのは勘違いだ」
そう話しながら不敵な笑みを浮かべるのは、過去に夢の中で出会った少女と見た目も口調もよく似ている。いや、似ているのではない。本人だ。
「どうして、あなたがここにいるのです?」
警戒心を剥き出しにして、問いかける美空。
それに対し、真っ白な肌に艶やかな銀髪、真っ赤に輝く瞳を持つ美少女、魔法総神シーシャープは淡々と応じる。
「そう焦るな。私はお前を高く買っている。だからこそ、こうして現世に出向いてやったのだ」
「どういう意味です?」
「お前が犠牲になったところで、この国は救われない。完全な無駄死にになる」
「なぜそう断言出来るのです? 言い切るからには根拠があるのですよね?」
美空の質問に、シーシャープは何がおかしかったのか笑みを浮かべる。
その態度に怪訝な表情をすると、彼女は冷徹な目でこちらを見据え口を開く。
「私には全て視えている」
「っ……!」
その一言に、美空は反論することが出来なかった。
まるで全身が石にされてしまったかのように、一切の身動きが取れなかったのだ。
「漆原美空、いずれお前は私の元へと来ることになる。だが、今はまだその時ではない。もっとも、ここで命を落とすような腑抜けなら、神になる資格など無いのだがな」
慈悲のこもったような視線とともに、美空の左肩に右手を置くシーシャープ。
黙って赤い瞳を見つめていると、彼女はやがてゆっくりと手を下ろした。
「では、私は神界に戻り様子を見守ることにしよう。タイ人Jリーガー的な王族にもよろしく伝えておいてくれ」
「たいじん……? じぇい……?」
「この世界線では通じぬネタだ。気にするな」
最後の言葉がよく聞き取れず少し戸惑っていると、いつの間にか神の姿は完全に消え去っていた。
「私の実力なら、テンシャン軍を壊滅させることも容易でしょう。しかし、そんなことをしてしまえば世界中を敵に回してしまうのでは……」
不安に満たされ、どう行動すればよいのか分からなくなる。
しかし無情にも、空の彼方からは戦闘機のエンジン音が近づいていた。
今すぐに決断を下さなければならない。
美空は拳を強く握りしめ、青く澄み渡った空を見上げた。




