第36話 穏やかな朝
テンシャンとの会談から一週間後。聖暦二〇二一年一月二十七日。
美空は新聞を読みながらのんびりとした朝を過ごしていた。
一面には王室の支持率が大きく上昇したという記事。世論調査の結果、支持と答えた人の割合が不支持を上回ったらしい。
「美空お姉さんおはよ〜」
「おはようございますシェンリーさん」
目をこすりながら寝室を出てきたシェンリー。
美空が挨拶を返すと、ボケっとしたまま洗面台に顔を洗いに向かう。
「すっかりここでの生活にも慣れたみたいですね」
呟いた美空に、キッチンで作業中のメイフェンが小さく頷く。
「ええ。二月からは学校にも通えると知ってからは、もうここで一生暮らすって言っていました」
「なら、ホームシックの心配は無さそうですね。シェンリーさんらしいと言えばらしいですが」
そんな話をしていると、シェンリーがリビングに戻ってきた。
メイフェンはちょうど止まった電子レンジからマグカップを取り出し、それを妹に差し出す。
「お姉ちゃんありがと」
「ミルク熱いから気をつけてね」
「分かってるってば」
シェンリーはふーふーと息を吹きかけてからホットミルクに口をつける。
「もう、お姉ちゃんはいつまでも私を子供扱いするんだから……」
先ほどのメイフェンの言葉に嫌気がさしている様子のシェンリー。
美空は新聞をテーブルに置き、彼女に顔を向けて言う。
「メイフェンさんから見れば、シェンリーさんはいつまでも可愛い妹なのですから。きっと愛情ですよ」
「そういうもんかなぁ?」
「そういうものですよ」
と、それっぽいことを言ってはみたが、自分に妹はいないので実際のところは分からない。しかし、メイフェンがシェンリーを愛おしんでいるのだけは間違いではないと断言出来る。だからこれで良いのだ。
「シェンリー、美空さんも。朝食の用意が出来ましたよ」
「は〜い!」
「はい」
メイフェンに呼ばれ、ダイニングへと移動する。
美空の椅子の前にはクロワッサンと淹れたてのコーヒー。ここ数日はずっとこのセットを用意してもらっている。
「美空さん、毎日それで飽きませんか? もっと凝った料理をリクエストしてもらっても平気なんですよ?」
「いえ、お気遣いなく。私はいずれ、ここを出ていかなければならないでしょうから。居候である私に料理を作って頂けるだけありがたいと思っています」
「…………」
そう答えると、メイフェンは少しだけ悲しそうな表情をした。
そんな顔をしないでほしい。
彼女たちはせっかくテンシャンから逃れ、幸せな生活を手に入れたのだ。あまり邪魔はしたくない。
それに美空は、先週の会談でテンシャンの高官を挑発し、脅迫まがいの行為をした。彼らには自分が一番に倒すべき敵として認定されているだろう。自分が一緒にいることで姉妹の幸せを壊してしまったらどう責任を取ればいいのか。
だから美空は、あえて二人と距離を置く。
テンシャンに動きがあれば、すぐにここから消えるために。




