第35話 国民の評価
議場からマ外相とリュウが一目散に退出していく。
その様子を見て、ティーラシンが美空の元へとやって来た。
「無事に追い返せたようで何よりです」
「ありがとうございます。しかし、相手が強引な手段に出ようとしたので、少々手荒い真似をしてしまいましたが」
「いえ、構いませんよ。見たところ壁や床に傷がついていることも無さそうですし、正当防衛の範囲内と考えます」
寛大なティーラシンに感謝しつつ、美空はふと疑問を口にする。
「それで、チャナティップ国王とティーラトン王子はどちらに?」
すると、彼は一度扉の外を見遣ってから答えた。
「実はですね、国際会議場の外に大勢の国民が抗議のために集まっているようでして……。護衛とも相談の上、安全を考慮し先に王宮へと戻ることになりました」
「なるほど。だから姿が見えないのですね」
納得し、こくりと首を縦に振る。
それにしても、会談の場にまでデモ隊が押し寄せてくるとは。
王室批判にはテンシャンへの怒りが含まれているとはいえ、外でとやかく言ったところで何がどうなるわけでもないだろうに。
そんなことを考えていると、ティーラシンが話しかけてきた。
「会談が終了したことは、恐らく外の国民にも伝わっていることでしょう。もしこのまま僕がこの場を黙って去れば、彼らの批判はますます激しくなると予想します。そこで漆原様、僕と共に国民の前で結果報告を行って頂けませんか?」
「え? 私がですか!?」
いやいやいやと、後ずさりしながら両手をひらひらと動かす美空。
「正体を明かす必要はありません。交渉人として、結果を伝えるだけで構いません。それに、僕には会談の内容が分かりません。報告を行えるのは漆原様だけなのです」
この国の王子であるティーラトンにここまで必死に懇願されてしまっては断れないではないか。
それに、会談内容を知っているのは自分だけというのも事実。ここはやるしかなさそうだ。
「……分かりました。ですが、変装はさせてください」
国際会議場の外、建物のエントランス前にはプラカードを掲げ叫び声を上げるデモ隊の姿があった。その人数は昨日王宮で見た時よりも若干多いように感じられる。
「漆原様、準備は大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません」
前髪も整えた、スーツの襟も正した、メガネもかけた。
顔立ちに幼さは残っているかもしれないが、遠目からでは十代の少女には見えないだろう。
よしっ、と気合を入れてからデモ隊の前へ。
ティーラシンからマイクを受け取り、美空は右から左へと全体を見渡してから口を開いた。
「国民の皆様、こんばんは。王室からの依頼を受け、今回の会談は私が交渉を務めさせて頂きました。今回、テンシャン側は犯罪者引き渡し協定の締結を求めてきました。詳しい内容は述べられませんが、これは到底受け入れられるものではありませんでした。なので私は、粘り強く交渉を行い、それを完全拒否しました。シャムコン側の百パーセント勝利です」
美空は拙いながらも報告を終え、深々と頭を下げる。
そして、ティーラシンにマイクを渡すと、彼はそのマイクを口に近づけ高々と言った。
「シャムコンはテンシャンの属国になどならない! 我が王室が、シャムコンを正しく導くことを誓おう!」
直後、デモ隊が一斉に声を上げた。
だが彼らが叫ぶのは批判の言葉ではない。賞賛の言葉だ。
これが、シャムコン王室に対する国民の評価が百八十度変わった瞬間だった。




