第32話 テンシャンとの交渉
夜八時、会談の開始時刻。
国際会議場には巨大なテーブルを挟んで両サイドに四つずつ椅子が並べられていた。下手側に第二王子ティーラトン、国王チャナティップ、美空、第一王子ティーラシンの順で座り、相手の到着を待っていると。
「チャナティップ国王、本日はよろしくお願いします」
扉が開き、テンシャンの外務大臣マ・シブンと軍統合本部長リュウ・ロンが入室してきた。
さっと立ち上がり、深々と頭を下げる。
「本日はどのようなご用件でしょう?」
チャナティップ国王が問いかけると、マ外相が椅子に腰掛けながら答える。
「いやね、軍の情報部隊によると、シャムコン国内にテンシャンから逃亡した犯罪者が滞在しているって話でして。ちょっとお話を伺おうかなと思ったんですわ」
「犯罪者、ですか?」
まるで初耳といった様子で首を傾げるティーラシンに、リュウが続ける。
「ええ。軍の機密情報を持ち出した女性とその妹、そして列車を乗っ取り二人の逃亡を幇助した皇国人の魔法能力者。この三名が現在この国に身を隠しているはずなのですよぉ」
「なるほど、情報提供ありがとうございます」
謝辞を述べるティーラシン。
どうやらテンシャン側の二人は、美空が目の前にいるとはまだ気が付いていないようだ。
今の美空はスーツに身を包み、メガネをかけている。その上、ずっと俯きがちの姿勢を取っているので、前髪が邪魔をしてまともに顔が見えていないのだろう。
それからしばらくして、マ外相はテーブルに肘をつくと前のめりになって言った。
「チャナティップ国王。そんでご相談なんですがね、ワシらも協力するんで、その三名をこちらに引き渡してほしいんですわ」
ついに来た。
やはり会談の目的は自分たちをテンシャンに連れ戻すこと。
ティーラシンは一度こちらに目配せしてから、マ外相とリュウに向かって告げる。
「引き渡し、ですか。シャムコンとテンシャンの間には、犯罪者の引き渡しに関する協定は締結されていません。引き渡しを要求されたからといって、素直に従うことは出来かねます」
「ちょっとちょっと、極悪人どもを匿うおつもりですかぁ? こちらとしては強硬手段に出ても良いのですよぉ?」
顔を顰めて、苛立たしげに脅しをかけるリュウ。
だが、奥の手を隠したティーラシンは怯むことなく言葉を継いだ。
「別に断るとは言っていません。僕たちは交渉をさせてほしいのです。お互いにとって利益となるような、未来に繋がる方法を探るために」
「ほう? 交渉ですか」
その提案に、マ外相が興味を示す。
「では僕たちは一度席を外します。ここから先はこちらの交渉人と話し合って頂きたく思います」
美空が一礼し役目を引き受けると、国王と王子二人が議場を後にした。
残された美空に、マ外相とリュウの視線が向く。
「じゃあ交渉人の方、早速交渉を始めましょうや」
「よろしくですよぉ」
挨拶をする二人に、今こそ絶好のタイミングだと顔を上げる。
そして、メガネを外し素顔を露わにして口を開いた。
「どうも。私はシャムコン政府交渉担当の漆原美空と申します」




