第22話 混乱の渦中
激しく燃え盛る首席宮殿を、美空はシェンリー、メイフェンと共に見つめていた。
先ほどまであの場所の地下にいたのだ。脱出は本当に間一髪だった。
「おい、宮殿が燃えてるぞ!」
「えっ、何これ。爆発? テロ?」
「国家主席は無事なのか!?」
直後、異変に気が付いた市民らが続々と集まってきた。
テンシャン人民共和国のメーカーのスマホを手に、各々が写真や動画を撮影し始める。
「ハノミン国民は、きっと国家主席による自爆だとは思いもしないのでしょうね……」
それを知っていたなら、不謹慎にカメラを向けることもないだろう。
そして、時が経つにつれて消防や救急、警察などのサイレンが増えてくる。
やがて規制線が張られ、周囲への一般人の立ち入りは制限された。
「何故だ、全然消えないぞ……!」
「搬送準備は今のうちに済ませておけ。国家主席様の部屋はシェルターになっているから無事なはずだ」
「現場から警察本部。本件は恐らく、何者かによる爆弾テロと思われます」
決死の消火活動を続ける消防隊。救命道具を万全に揃え国家主席の救出を待つ救急隊。状況の把握を急ぐ警察官。その道のプロフェッショナルである彼らでさえ、真相どころか全容すら掴めていないようだ。
残念ながら、あれだけの爆弾が起動すれば火はそう簡単に消えることはない。国家主席は地下室にいたので確実に死んでいる。国家主席本人による自爆なので外部によるテロではない。
「これは迷宮入り不可避ですかね……」
美空は呟き、姉妹の方に向き直る。
「ここにいても疑われるだけですし、そろそろ移動しましょうか」
「…………」
「ええ、そうですね……」
黙って頷くシェンリーと、俯き加減で返事をするメイフェン。
自分は幼い頃から護衛隊員だったので何とも思わなかったが、こんな凄惨な現場を目の当たりにしたら普通の人間には耐えられないか。
「少しショックが大きかったですかね。公園かどこかで一度落ち着きましょう」
美空は元気を失くした二人を連れ、近くの公園に向かった。
ベンチに腰掛け、大きく息を吐く。
「大丈夫ですか? 何か飲み物とか買ってきますか?」
問いかけると、隣で身体を寄せ合う姉妹は同時に首を横に振った。
他にも何か出来ることはないかと訊いてみたが、どれもいまいちな反応で。
「う〜ん、どうしたら良いのでしょう……」
なかなか解決策が見つからず、美空も困って腕を組む。
とその時、メイフェンがふと口を開いた。
「あの、美空さん」
「はい?」
美空が首を傾げると、彼女は小さな声で言葉を継ぐ。
「あなたは、どうしてそんなに強いんですか?」
「強さの理由、ですか? それはやっぱり、生まれながらの魔法能力と、護衛隊で積んだ訓練でしょうかね?」
強さの理由を問われると、これくらいしか思い当たるものはない。
しかし、メイフェンは「そうではなく」と否定を口にする。
「私が言いたいのは、心の強さです。短期間に色々なことがあったのに、美空さんは辛くないんですか?」
「そうですね……」
美空は一瞬迷った。どう答えるのが正解であるのかと。
だが、正直に答えるのが一番だと考え、自身の胸中をそのまま述べる。
「本音を言えば、辛いですよ。味方もいない、敵だらけの状況で、何度も殺されそうになって、目の前で人が死んで……。でも、私が前を向かないと、メイフェンさんやシェンリーさんを助けてあげられないじゃないですか」
「それは、職業軍人としての責任感ですか?」
「いえ、違いますよ。私はもう護衛隊員ではありません。一人の人間、漆原美空として、困っている人を助けてあげたいんです」
優しく微笑みかける美空。
それを見て、メイフェンは深くため息を吐いた。
「私、ダメダメですね。姉として、シェンリーを守らなきゃいけないのは私なのに。全部美空さんに頼ってしまって」
自分を卑下する姉の手を、妹が強く握る。
「そんなことないよっ! 美空お姉さんも凄いけど、お姉ちゃんはもっと凄いんだから!」
その言葉に美空も首肯し、メイフェンの肩にそっと手を置く。
「ええ、シェンリーさんの言う通りです。あなたにはあなたにしかない、素敵な魅力があります。私なんかと比べても無意味ですよ」
「シェンリー、美空さん……」
少し気が楽になったのか、表情が柔らかくなったメイフェン。
シェンリーも元気を取り戻しつつあるようで、美空はホッと胸を撫で下ろす。
街に目を向けると、サイレンを響かせた緊急車両が頻繁に行き交い、市民たちが宮殿の方へと集結している様子が見て取れた。
この国があの爆発火災によって大きな混乱の渦中にあることは明白。その渦はどんどんと拡大していくと予想できる。巻き込まれないためにも、一刻も早く隣国へ逃れるべきだろう。
もう少ししたら早速移動を開始しよう。
美空はそう決断し、すっかりと夜が明け青く澄んだ空を見上げた。




