第20話 国家主席の本性
「っ、痛た……」
ゆっくりと瞼を開け、美空が目を覚ます。
鈍器で殴られた箇所が痛み、頭がクラクラとする。
「ようやく起きたかな?」
聞き覚えのある男性の声に、美空は頭を押さえながら上半身を起こす。
そして、周囲を見回し自分の居る場所に驚いた。
「なぜ私は、首席宮殿に……?」
この部屋は一週間前に一度訪れている。それは目の前で装飾の施された椅子にどっかりと腰掛ける人物、ハノミン社会主義共和国の国家主席に会うためだ。
どうして今、自分はここにいるのか。
優しい笑顔を浮かべる国家主席を見つめながら、美空は働かない頭で状況を整理する。しかし、いきなり背後から殴られて以降の記憶は完全に抜け落ちていて。
「あの、国家主席様。これは一体どのような状況なのでしょうか?」
この国のトップ相手に、そんな下らない質問を投げかけることしか出来なかった。
美空の問いに、国家主席は頷いて口を開く。
「ああ。君のことはね、私の部下にここまで連れて来てもらったんだよ」
「あなたの部下に、ですか?」
「そうだよ。陸軍の者にね」
「それはつまり、倒れていたところを助けていただいたという認識でよろしいですか?」
道端で気を失っていた美空を、陸軍の人間に保護された。
国家主席と面会したことから、自分は要人クラスの扱いのはず。そう考えれば、この不思議な状況にも納得がいく。
だが、次の国家主席の一言で、筋書きは根本から覆されることになる。
「いいや違う。君を襲わせたのが私の指示だと言っているんだよ」
自分を鈍器で殴ったのは陸軍の人間で、それは国家主席の指示?
思考が停止する。そんなことがあるはずが無いと、信じられなかった。
混乱する美空に、国家主席は更に言葉を継ぐ。
「君は弱者の戦い方を知っているかな? 強者の懐に入り込む。これが唯一、弱者が生き残る方法だ。我が国で言えば、テンシャンのご機嫌を取る。それが最適解なのだよ。前政府は過去の栄光に囚われ、現在の世界情勢が見えていなかった。だから私が、この国を正しく導いた」
「…………」
「軍にはまだ間違った考えを持つ人間もいるが、一人は君のために死んだそうじゃないか」
美空が静かに、唇を噛む。
「君とあの姉妹を保護することは、テンシャンの怒りを買う。今の話を聞けば、皇国の魔法能力者なら分かるだろう? 私には、最初から君たちを保護する気など無かったのだよ。ただ、一筋縄ではいかないと理解していたから騙した。それだけだ」
国家主席の表情が、悪い笑みへと変わる。
美空は立ち上がり、腐ったトップを強く睨みつけた。
色々言いたいことはある。今すぐにでも魔法光線で吹っ飛ばしてやりたい。
でも、その前に訊かなければならないことがある。
「シェンリーとメイフェンは、どこにいるんですか?」
気を失う直前まで一緒にいた姉妹の姿が見えなかった。
答え次第では容赦しない。そんな脅迫を込めた問いかけに、国家主席は小さく笑う。
「まだ殺してはいないよ。殺すことは簡単だが、それでは面白くないからね」
「どういう意味です?」
「ついてくるといい」
国家主席が椅子から腰を上げ、どこかへと歩き出す。
美空は不快感を剥き出しにしながら後に続く。
そして、到着した場所は首席宮殿の地下。ひんやりと冷たい空気で満たされ、石煉瓦の床や壁を最低限の裸電球が照らす殺風景な部屋だった。
「さあ、君たちの命運を握る人を連れて来たよ」
その部屋の奥、暗がりの方へ声をかける国家主席。
すると、そこから「ん〜! ん〜!」と必死に呻く二人の人影が。
「シェンリーさん、メイフェンさん……!」
彼女たちは口をテープで塞がれ、手足を縄で縛られていた。
メイフェンは半分諦めているのかあまり抵抗していない様子。不安は感じているだろうが、まだ身体的には余裕がありそうだ。
しかし、シェンリーは身を捻り顔を歪め、どうにか自由を得ようとしている。そのため酸素を多く消耗してしまっていて息苦しそうに見えた。
「早く助けなければ……」
涙が浮かんだ目で助けを求める姉妹に、心がぎゅっと締め付けられる。
その時、美空の足元に黒い物体が滑ってきた。
それが何であるか確かめるべく下を向くと、国家主席がどこか楽しげな口調で言う。
「漆原美空、君に選ぶ権利をあげよう。己の幸せか、他人の幸せか。君はどちらを選ぶのかな?」
その言葉と同時、美空が拾い上げたそれは。
「拳銃……」
美空が右手で握る回転式拳銃の弾倉には、二発の弾丸が込められていた。




