第19話 束の間の休息
グエンの死を無駄にしない為にも、この国を守らなければ。
落ち込んでばかりはいられないと、美空は立ち上がる。
「すみません、もう大丈夫です。ここは危険なので移動しましょう」
「分かりました」
振り返り、しっかりとした口調で告げる美空にメイフェンがこくりと頷く。
空には戦闘機が縦横無尽に飛行している。その数は当初よりも増えている気がする。ただ、増援と思われる戦闘機の多くはハノミン軍の古い機体だったのは幸いだ。さすがにテンシャン軍の最新鋭機があの数で襲って来たとしたら、自分の身を守ることすら不可能だろう。
「さすがに道の真ん中を堂々と、とはいきませんね……」
美空と姉妹は壁や塀を伝うように、極力端を歩く。
だが、それで完全に誤魔化せる訳ではない。実力のあるパイロットであれば、死角に隠れた人間を見つける嗅覚のようなものを持っている。それはかつて、皇国護衛隊航空部隊で空を翔けていた美空も同じだ。
機銃や爆弾の雨に曝されては、必死に魔法で防ぐ。そんなことを繰り返し、やっとの思いでベナムの中心街まで戻って来た。
ここには数多くの市民や観光客が集まっている。空からの攻撃は無差別に人を殺すことになる。もしそれを実行したなら、それはもう立派な戦争行為だ。
「美空お姉さん、私もうヘトヘトだよ〜」
「ごめんなさい、実は私もです……」
安心感からか、急に疲れを感じ始めた様子のシェンリーとメイフェン。
姉妹はここ数日間、まともに栄養を摂れていないようだった。
強制送還者用の収容施設で提供される食事がどんなものなのか想像もつかないが、二人の痩せ細った姿を見ればまともなものでないことは明らかだ。
「では、一度レストランで食事を……。って、それでは同じ過ちの繰り返しですね」
そもそも今こんなことになっているのは、このベナムでレストランに立ち寄ったことが始まりだ。人間は学習する生き物である。二度も同じ失態は犯さない。
しかし、レストランでの食事が出来ないとなると、どうやって食料を調達したら良いものか。腕を組み、美空は周囲を見回す。
その時、シェンリーが「あっ!」と声を上げて一方を指差した。
「あそこに屋台があるよっ! 美空お姉さん、あそこで何か買ってベンチで食べればいいんだよ!」
「なるほど……。確かに、それは名案です」
美空にとって、屋台の料理は人生二回目。
一度目はテンシャン人民共和国のランシン市で食べた肉まん。皇国を逃れた後、異国で食べる初めての食事だったこともあり、とても美味しかったと印象に残っている。
そして、レストランと違って屋台は地元民向けの側面が強いため、より現地の味が感じられるのもポイントが高い。
「この国の屋台料理はどんなものなのでしょう?」
興味津々で屋台のメニューを眺める美空。
書かれてあるのは、フォーやバインミーといった謎の文字列。写真も無いのでそれらがどんな料理なのかは全くの不明。
「う〜ん、適当に頼んで変なものが出て来ても困りますし……」
顎に指を当て、悩ましげな声を漏らす美空。
すると、隣で同じくメニューとにらめっこしていたメイフェンが、ふとこんな提案を投げかけた。
「美空さん、おすすめの品を頼めば良いのでは?」
「それです!」
どうして思いつかなかったのだ。簡単なことではないか。
「すみません、おすすめはどれですか?」
美空が屋台の中に問いかけると、おじさんがこちらに身体を向けて答える。
「フォーだな。ウチは自家製の麺を使ってるから、よその店には負けん」
「麺料理ですか。では、それを三つお願いします」
「フォーをスリーね。はいはい」
おじさんの定番のジョークなのだろうか。無反応で受け流す美空たちを意にも介さない。
おじさんが寸胴鍋から器によそっているのは透明感のある真っ白な麺。白い麺料理は皇国にもあるが、その特徴はうどんやそうめんとも異なる。
どんな食感なのか、そもそも何で作られているのか、疑問とともに期待が膨らんでいく。
そろそろ出来上がりそうだ。ワクワクしながらその時を待っていると、突然背後に嫌な気配を感じた。
「っ、しまった……!」
回避しようとするも、相手の動きの方がわずかに早い。手慣れている。
美空は頭を鈍器のようなもので殴られ、その場に倒れ気を失ってしまった。




