第18話 託されたもの
階段を二段飛ばしで駆け下り、一階の廊下を走る美空。シェンリー、メイフェンの二人もその後を遅れて走る。
この収容施設に自分たちが居ることはバレバレなので、急いで出なければベナム軍やテンシャン軍に建物ごと破壊されかねない。猶予はもうほとんど残っていないだろう。
「ねえ、外がなんか騒がしくない?」
「え? そうかしら……?」
背後で行われる姉妹のやり取りに、美空は耳を澄ませてみる。
すると、確かに何やら音が聞こえた。
「この音……。まさか!」
嫌な予感がして、足を早める。
姉妹も慌てて追いかけるが、つい先日まで軍人だった美空の脚力には到底及ばない。
外で鳴り響くその音は、銃声、砲撃、爆発。それらが組み合わさったような感じで。
「こんなのまるで、戦争じゃないですか」
とにかく、グエンの様子が心配だ。
出口に辿り着き、勢いよく扉を開け放つ。
「ぁ…………」
そこで美空は、息を呑み思わず足を止めた。
目に飛び込んで来た光景が、あまりに残酷なものだったから。
「美空お姉さん、走るの早すぎだよ〜」
「置いていかないでください……。って、美空さん?」
立ち尽くす美空に、不思議そうに首を傾げる二人。
そして、扉の先に広がる光景を見て、メイフェンがシェンリーの目を手で覆った。
「あの方、お知り合いですか?」
問いかけるメイフェンに、美空は力なく答える。
「はい。ハノミン軍のグエン少佐です……」
収容施設の前の道路に、血まみれの男性が倒れていた。その人は皺一つない空軍の制服を着ていて。美空が見間違えるはずなど無かった。あれは先ほど別れたばかりのグエンだ。
近くにはトラックが停まっていて、荷台には空を狙う高射砲。グエンがどうしてこんなことになったのか、美空はすぐに理解した。収容施設への爆撃を阻止すべく、グエンは一人で多数の戦闘機を相手にしたのだ。
「役目とは、そういうことだったのですか」
別れ際、グエンは言った。俺には俺の役目があると。
それがまさか、自分たちを守るために命と引き換えの無謀な攻撃をすることだったなんて。囮になることだったなんて。
分かっていれば、馬鹿なことをするなと止めたのに。
今になって思う。あの時見せた憂いを帯びた微笑みは、生きることを諦めた、死を覚悟した人間の表情だったのだと。
「どうしてあなたはっ。出会ったばかりの、よく知らない私なんかのために……」
美空の頬を一筋の涙が伝う。
その時、グエンの身体が少しだけ動いた。
「グエン少佐……!」
まだ息がある。もしかしたら助けられるかもしれない。
僅かな希望を抱き、美空はグエンのそばへ駆け寄る。
「私の回復魔法なら、きっと」
グエンの胸元に両手を当て、回復魔法を唱えようと口を開く。
だが、詠唱することは未遂に終わった。
グエンが、美空の腕を掴んだのだ。そして、顔をこちらに向けて今にも消え入りそうな声で言う。
「その力は、自分のために取っておけ……」
その言葉に、美空は大きな声で反論する。
「ダメです! あなたには、まだやってもらわなければならない事が山ほどあります。それに、あなた自身の目的だって、果たせていないじゃないですか」
「じゃあそれは、お前に託すよ……」
「そんな無責任な……。偉大なるハノミンを取り戻せるのは、偉大なるハノミン軍人であるあなたです!」
「ははっ、嬉しいことを言ってくれる。けど、俺はもうやり切った。未来あるお前たちを守れただけで、十分さ……」
この男は、不真面目な物言いで痛いところを突いてくる。
これでは何も言い返せないではないか。
「あなたは、本当に意地悪ですね……」
呟いた美空に、グエンは悪戯っぽく笑う。
「皇国の、可愛い魔法能力者様からの褒め言葉と思って、ありがたく受け取っておくよ」
ゆっくりと目を閉じると、美空を掴んでいた手から力が抜ける。
美空の目の前で、命がするりと抜け落ちた。
「グエン少佐。短い間でしたが、ありがとうございました……」
両手を合わせ黙祷を捧げながら、最期の一言が冗談とは実に彼らしいと美空は思った。