第16話 プライド
ハノミン軍機の機体は古く、速度や機動などの性能が良いとは言えない。
だから、飛行魔法で飛び続ける美空にとって、ハノミンの戦闘機は脅威ではなかった。
しかし、テンシャン軍の機体は最新鋭のステルス機。速度、機動ともに高性能で、気が付けばハノミン軍機の群れを追い抜かんとしていた。
「このままではテンシャン機の射程に捉えられてしまいますね……」
三十機のステルス機から総攻撃を受ければ、さすがの美空でも防ぎきることは不可能だ。
やはり危険な戦地へ生身で飛び立ったのが間違いだったのか。保険があるのは悪い話じゃないとはグエンの言葉だが、今になって自分も深く共感する。
美空は魔法力を更に強め、出来得る限り速度を上げる。
その時、胸元の通信機からノイズが聞こえた。この通信機は美空が元々持っていた皇国護衛隊の物ではない。出撃前にグエンから手渡されたハノミン軍の物だ。
『ザザッ……ザッ……。おお、繋がった繋がった。美空ちゃん、とりあえずは及第点ってところだな』
音声がクリアになり、聞こえてきたのはグエンの声。
いきなり意味不明な評価、それも高いとは言えない評価を下され、美空は苛立たしげに返答する。
「グエン少佐。今は冗談に構っている余裕は無いのですが」
『冗談とは何だ。上官として、お前さんの実力を測っただけだよ』
「私の、実力……」
その言葉に、美空は威勢を失う。
もっと実力があれば、もっと知恵が働けば、こんな危機的状況には陥らなかった。グエンの与えた評価は、考えるまでもなく至極真っ当なものだった。
静かになった美空に、グエンは苦笑しながら言う。
『おいおい、急に落ち込むなよ。無事に帰還してくれれば上出来さ。お前さんの連れ、シェンリーとメイフェンだっけか? 助けに向かってるから。現地で落ち合おう』
「現地で? グエン少佐は今どちらに? おっと」
予想外な展開に、美空は一瞬体勢を崩しかけた。慌てて安定させる。
『大丈夫か? 墜落されちゃ困るぜ?』
「私はそんな簡単に落ちません」
『さすが皇国の最高傑作』
「馬鹿にしてますよね?」
頬を膨らませ、美空がいつもの調子を取り戻す。
それにグエンは思惑通りと得意げに鼻を鳴らし、続ける。
『美空ちゃん、あとどれくらいでベナムに着く?』
「そうですね……。二十分もかからないかと」
『なら、まだ少し余裕があるな。こっからはラジオとでも思って聞いてくれ』
こちらにそんな余裕は無いのだが。
反論の隙も与えず、グエンは黙って聞いていればいいと勝手に話を始める。
『この国は一時期、南北に分断していた。理由はテンシャンの侵攻だ。北側をテンシャンに占領され、元のハノミン政府は南側へ逃れた。テンシャンが手を引いた後、北側には親テンシャン派の国家が築かれた。そして今から五年前。南北和平合意がなされ、北側主導による統一が実現した。でも、これっておかしいと思わないか? 元のハノミン政府はどうなった? 俺たちの守るべき我が祖国はどこへ消えた? 気が付けば、ハノミンはテンシャンの属国に成り下がっていたのさ』
「…………」
『ベナムは北側の主要都市だ。北側南側ってのも気に入らないが、話をややこしくしてもしょうがないからな。んで、俺は南側の人間だ。なのにこっちの基地に配属された。上官も部下も全員敵に等しい。だから俺は、いつか反乱を起こしてやろうと、機会を窺っていた。そこに転がり込んできたのが、お前さんの殺害計画って訳だ』
「…………」
『皇国の最高傑作がどれほどの実力者かは知らないが、ここを逃せば一生チャンスは巡ってこないと直感した。そして、今こうして反旗を翻している。……美空ちゃん、偉大なるハノミンを取り戻すのを手伝えとは言わない。せめてこの国の異常さを露呈させてくれ』
「…………」
グエンが美空の味方をしてくれた理由。それはハノミン人としてのプライドだった。
今思えば、ベナムで出会ったレストランの店員や警察官、あの人たちは親テンシャン派の住民だったんだろう。ベナムの人間を基準に考えると、グエンは国民性から外れた人物に思えた。しかし、この話を聞いて納得した。本来のハノミン人の気質はグエンの方なのだと。
『ったく、本当に一言も喋らんとはな。相槌くらい打てないのか?』
呆れたようなグエンの呟きに、美空は口元を緩める。
「ラジオにリアクションする必要は無いと思いましたので」
『そうかよ。じゃ、俺はシェンリーとメイフェン両名の救出に向かう。お前さんには発煙筒で場所を知らせる。撃ち墜とされんなよ』
通信が切れる。
後方にはじりじりとステルス機が接近してきている。
「シェンリーさんとメイフェンさんはもちろん、グエン少佐のためにも、ここは頑張らないとですね」
そうだ、自分は皇国の最高傑作。史上最強の魔法能力者なのだ。
美空は気を引き締め直し、月が照らす夜空を翔けた。