第15話 作戦の真実
すっかり日も暮れ、基地は真っ暗な闇に飲み込まれた。いよいよ作戦開始だ。
「さて、やりますか」
滑走路の傍に立ち気合いを入れる美空に、グエンが話しかける。
「今更だが、お前さんは戦闘機いらないんだよな?」
「はい。飛行魔法は心得てますから」
「でも皇国じゃ、若手一のエースパイロットだったとか?」
「そうですね、そんなこともありました」
「はははっ、過去形か」
何がおかしいのか、グエンは楽しげに笑う。
そして、ふと真剣な眼差しで美空の顔を見た。場の空気がピリッとしたものに変わる。
「……お前さんは不満だったろうが、皇国のやり方は間違っちゃなかったよ。生身で戦うよりも戦闘機に乗せる方がよっぽど安全だからな」
「あなたは何を知って……」
「知らないさ、何も。ただな、保険があるのは悪い話じゃないってことだ」
グエンは美空の肩に手を置くと、優しくそっと囁いた。
「俺はお前さんの味方だ。上手くやれ」
「はい」
それに対し、美空は大きく頷いてみせる。
彼は自分と同じくらい、いやそれ以上に、重い決断を下したのだ。せめて報いてあげなければ。
『第九二一連隊、出撃!』
管制室のオペレーターからの声で、滑走路から戦闘機が土煙を上げて空へと飛び立つ。
「魔法目録三十条、重力操作」
続いて、美空も星が瞬く夜闇へと浮上する。
『作戦の成功を祈ってる。しっかりな』
その時、無線機にグエンの声が入った。
それは隊員に対しての表向きの指示か、或いは美空への隠れた激励か。
どちらにしても、自分がやることは変わらない。
「グエン少佐、感謝します」
無線に拾われないように口の中でそう伝え、美空は戦闘機十機を引き連れてパラトリー群島へと向かった。
『間もなくパラトリー群島上空。戦闘態勢に入れ』
『了解』
オペレーターの指示で、戦闘機が隊列を整える。
「…………」
美空はここで高度を下げる手筈になっている。だが、美空は敢えて高度を上げた。その想定外の動きに、戦闘機の連携が乱れるのが分かった。
ここだ。
「魔法目録十七条、索敵」
美空は目を閉じ、神経を集中させる。
ピッ、ピッ、ピッ……。ソナーのような音が脳内に響き、こちらに迫る三十機の敵機を捉える。方角からして、それらはテンシャン空軍の所属とみて間違いない。
「やはり挟み撃ちにするつもりでしたね……」
レストランで警察官と相対した時点で作戦は始まっていた。
美空はあの時、シェンリーとメイフェンは人質だと主張した。その場合、警察官が取るべき対応は姉妹を解放させることだ。にも関わらず、警察官は自分たち三人を保護したいと態度を変えた。それはつまり、人質発言がはったりであると分かっていたから。
そして、反抗作戦に参加させたのは、美空がパラトリー群島を襲えばハノミンの部隊だけでなくテンシャン空軍も戦力として加えることが出来るから。
この国に足を踏み入れた時点で、美空は国家主席の手のひらで転がされていたのだ。
「早く戻ってシェンリーさんとメイフェンさんを助けなければ」
このままでは警察に保護されている二人も危険だ。
美空は百八十度旋回し、ベナムへ向けて進路を変える。
ハノミン空軍機もその動きに気付いて追ってくるが、十機ならば振り切れる。
しかし、ここで予想外の事態が発生した。
「テンシャン機は領空侵犯になるのでは? まさか、このまま戦争でも始めるつもりですか」
遥か後方を飛ぶテンシャン空軍機三十機もこちらに機首を向けていたのだ。
パラトリー群島はテンシャンが実効支配している。だから自国を守るために出撃したという建前がある。だが、ここから先は完全にハノミンの領空だ。無断で侵入すれば撃墜は免れない。
「いや違う、この国もテンシャンの影響下にある……」
ここで美空は、ようやく事の重大さを理解した。
グエンの真意は分かったつもりでいたが、全く分かっていなかった。
国家主席による独裁。それはテンシャンの政治体制と全く同じだ。
それに加えて、テンシャン側が整備した高速鉄道にテンシャン企業の電子決済サービスの普及。ハノミンとテンシャンが蜜月関係なのは明白ではないか。
「皇国の最高傑作……。私は、とんだ勘違い女だったのでしょうか……」
グエンに最初に呼ばれた異名を思い出し、美空は自分の無能さを責める。
しかし今は、計四十もの戦闘機が後方から迫っている状況だ。
首を振り、美空はひたすらに前へ飛び続けた。