第13話 国家主席
姉妹に手を出させまいと鋭い視線を向ける美空。それに対し、警察官は乱暴な方法を取ることはなかった。
むしろ、態度を軟化させて謝罪を口にしたのだ。
「皇国の魔女様、大変失礼致しました。拘束するという発言については撤回しましょう。ただし、我々に身柄を保護させて頂きたい」
「保護、ですか?」
「はい。ワン・メイフェン、ワン・シェンリーの両名においては、現在非常に複雑な状況下にあります。魔女様はともかく、そちらのお二方は我々が保護する方が良いと考えています」
この姉妹は今、ハノミンに不法滞在している状態の上、テンシャンの警察や軍から追われている身だ。警察が保護してくれるというなら、確かにその方が安全かもしれない。
美空は振り返り、後ろで不安そうに抱き合う姉妹と相談する。
「シェンリーさん、メイフェンさん。警察はあなた達を保護してくれると言っています。私としてはどちらでも構わないのですが、お二人はどうしたいですか?」
姉妹は顔を見合わせ、小声で話し合う。
「お姉ちゃん、どうする?」
「そうね……。あまり美空さんに負担をかけたくないですし、ここは警察にお世話になりましょうか」
「分かった、お姉ちゃんがそう思うならそれでいいよ」
どうやら決断を下したらしい。
メイフェンは警察に保護してもらうことを選択した。そして、シェンリーはそれに賛同の意を示した。
「では、警察の方に伝えますね」
美空は前に向き直り、警察官にその旨を伝えようとする。その時、シェンリーが一瞬だけ表情を曇らせたのを美空は見逃さなかった。しかし、メイフェンとは合意が形成されているので、彼女が何も言わないならそのまま伝えるべきと判断する。
美空は最後にちらりとシェンリーを見遣る。
「…………」
シェンリーは何か言いたげな顔をしていた。だが、何も言わなかった。
こうして、シェンリーとメイフェンの二人は警察に保護されることになった。
パトカーの後部座席に乗り込んだシェンリーは、最後まで美空に縋るような目を向けていたが、ドアを閉められる時にはひらひらと手を振ってくれた。
「ひとまず、これで安心ですね……」
胸を撫で下ろす美空に、この場に残った警察官が話しかける。
「漆原美空、付いて来なさい」
「どちらに連れて行くつもりですか?」
「いいから黙って来なさい」
不信感を募らせつつも、渋々警察官の後ろを歩く。
数分後。着いた場所は西洋風の立派な建物、首席宮殿だった。
「国家主席が面会を希望している。入りなさい」
「国家主席が、私に……?」
どういう風の吹き回しだろうか。
とりあえず門を抜け、首席宮殿へ足を踏み入れる。中で護衛に出迎えられると、そのまま国家主席の下へと案内された。
「失礼します……」
突然の謁見に緊張しつつ、美空は国家主席と顔を合わせる。
「君が皇国護衛隊の魔法能力者かな?」
「はい、そうです。漆原美空と申します。正しくは、元皇国護衛隊所属ですが」
「ああ、そうだったねぇ」
軽く右手を持ち上げ、にこやかに言う。
国家主席と聞いて怖い人物を想像していたが、その人は思ったよりも優しそうな老齢の男性だった。
「それで、国家主席様がどのようなご用でしょうか?」
「うむ。漆原さんには、一つ頼みたいことがあってね」
「頼みたいこと、とは?」
「我が国の領土であるパラトリー群島。そこは今、テンシャンによって実効支配されている。それを取り戻してほしいんだ」
つまり、ハノミン軍の反攻作戦に加われということか。
「私は不用意に他国の戦争に首を突っ込むつもりはありませんが」
「もし協力してくれたなら、君とあの姉妹に永住権を与えても構わないと思っている」
「シェンリーとメイフェンにもですか?」
思わぬ提案に首を傾げる美空に、国家主席はこくりと頷く。
「どうだ、受けてはくれないだろうか?」
美空が島の奪還に手を貸すだけで、姉妹を助けることが出来る。
二人が安心して幸せに暮らせるのなら悪い話ではない。
「……分かりました。その条件であるなら、引き受けましょう」
答えると、国家主席は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そうか。漆原さんには感謝しなくてはな」
「いえ。それよりも、永住権の件は完全に保証されると思っていいんですね?」
「それは当然だよ。なにせ私は、国家主席なのだからね」
はははと笑う国家主席。
「では、失礼します」
「うむ、作戦については軍の幹部に追って伝えさせよう」
頭を下げ、首席宮殿を後にした美空。
ふと、シェンリーの何か言いたげな顔を思い出し、本当にこれで良かったのかと自問自答する。だが、それを今さら考えても無駄なことだ。美空は頬をぱんと叩き、気持ちを切り替えて門の外で待つ警察官の下へと戻った。