第11話 護衛隊からの通信
聖暦二〇二一年一月十一日、午前八時。ハノミン共和国、テンシャン国境付近山中。
耳元で鳴り響く不快なノイズで、美空は目を覚ました。「うぅ」と唸りながら身体を起こす。
ずっと変な夢を見ていたせいか、どこか寝覚めが悪い。
謎の真っ白な空間。そこで出会った可愛くも恐ろしい美少女、その名も魔法総神シーシャープ。彼女のことを思い出し、変な夢だったなと頭をがしがしと掻く。
そして、周囲を見回しここがどこだったかと考える。
隣には自分より年下の少女と少し年上の少女の二人が仲良く眠っている。テンシャン人民共和国で出会った姉妹、シェンリーとメイフェンだ。
「そうでした、洞窟で仮眠をしていたんでした」
穴の外に目を向けると、明るい陽の光が射し込んでいて。
「良い朝ですねっ、んんっ……」
伸びをすると、心地よい朝の空気が身体を包み込んだ。
だが、その心地よさすら台無しにするようなノイズは延々と鼓膜を刺激し続けている。皇国護衛隊の通信機。特攻死したふりをして逃げた美空だったが、これだけはずっと身に付けていた。
さすがにあれだけの騒ぎを起こせば、護衛隊が自分が生きていると気付くのは当然か。
洞窟の中では電波が悪い。姉妹を起こさないよう静かに洞窟を出る。
『…………ら……うい、お……うせよ。……りか……す、うる……ばら中尉、応答せよ』
徐々にノイズが取れていき、はっきりと通信員の声が届く。
美空は深呼吸してから、通信機のマイクをオンにして無線に応じた。
「はい、こちら漆原中尉です」
『まさか、本当に生きていたのか……! 失礼しました、代わります』
すると、通信員が信じられないといった様子で声を上げる。そしてすぐに誰かに通信を引き継いだ。
しばらくして、通信機から聞こえてきたのは。
『漆原中尉、本当に君なのか?』
皇国護衛隊航空部隊、首都基地司令の守田の厳しい声だった。
「はい、漆原です」
きっと罵声が飛んでくる。そう覚悟しつつ答える。しかし。
『おお、漆原中尉……! 今回の件は、本当に申し訳なかったと思っている。心から謝罪する』
「えっ? 謝罪、ですか?」
あまりに突然の出来事に、美空は理解が追いつかない。
美空は味方九人を撃墜したのだ。その上命令無視をして国外逃亡したのだから、怒鳴られこそすれど謝罪される道理は無い。
だが、守田司令は何度も何度も謝り続けた。
『今までの数々の無礼を許してはくれないだろうか? 我々には君の力が必要なのだ。どうか、戻って来て頂きたい』
「戻る……。それは……」
戻る気は無い。ただ、上官にこんなに下から来られては、さすがに戸惑ってしまう。そんな美空の態度に、守田司令は勘違いしたのかこんな提案をする。
『そうか、何が欲しい? 金か、名誉か? 報酬は漆原中尉の言い値で構わん。それと、少佐の椅子も用意しよう。他にも要望があれば……』
「いえ、私は戻りません」
首を横に振り、きっぱりと伝える。
それでも、守田司令は説得を諦めなかった。というより、引き下がれる状況ではなかったのだろう。必死に訴えかけてくる。
『我々は今、最大の危機に陥っている。君に戻ってきてもらわないと困るのだ』
「お断りします」
『そう言わないでくれ。実は昨日、ユナイタルステイツ空軍と戦闘になった。しかし、攻撃はまるで当たらず被弾するばかり。こんなこと、君がいた時には無かった。そして、帰還した機体は丸一日経った今も修理が終わっていない。漆原中尉、もしや今まで……?』
確かめるように訊く守田司令。
それに対し美空は呆れ、大きくため息を吐いた。
「私を追放するまでそれに気が付かないなんて、護衛隊はバカなのですか?」
美空は今まで、仲間の隊員たちの下手なミサイル攻撃の軌道を修正したり、被弾しそうになった機体を魔法防壁で守ったりしていた。更に、基地でも整備兵たちからこき使われていたので、魔法で破損箇所を直すことにも慣れてしまっていた。首都基地の航空部隊が問題なく運用されていたのは、美空の貢献が大きかったのだ。
そのことに、ようやく守田司令は気付いたらしい。
『本当にすまなかった。これは私の落ち度だ。司令の席を譲っても構わん、とにかく戻ってきてはくれないだろうか?』
守田司令が心の底から謝っていると分かる。通信機の向こうで土下座でもしていそうな勢いだ。
しかし、何を言われようが美空の決断が揺らぐことは無かった。
「すみません。今更謝られても、もう遅いです。私が護衛隊に戻ることは決してありません。今後は通信に応じることも無いでしょう」
マイクをオフにし、耳から通信機を外す。
守田司令は今ごろ慌てているだろうが、自分にはもう関係のないことだ。
皇国護衛隊という枷から真に解放された美空は、姉妹の眠る洞窟へと戻った。
私の物語、いかがでしたでしょうか? もし続きが気になったのなら、ブクマ登録や評価等してくれたら嬉しいです。by漆原美空