第10話 神との邂逅
山の中は全く光が無く、完全な闇に包まれていた。亜熱帯地方特有のジメジメとした空気感に、余計に体力を消耗する。
「美空お姉さん、私疲れた〜」
「シェンリー、わがまま言わないの。今は逃げないといけないんだから」
後ろを歩くメイフェンとシェンリーの声に、美空は立ち止まる。
「確かに、このまま夜通し山を歩くのは危険かもしれませんね……」
歩くには暗すぎる上、湿度も高いとなるとリスクは倍増だ。どこか休める場所があるといいのだが。
周囲を見回し、そばの崖に小さな穴が空いているのを見つけた。あれは洞窟だろうか。広さは分からないが、一度近づいてみる。
「……ここなら、一晩休めそうですね」
中を覗き込んだ美空は息を切らす姉妹を呼び寄せ、入るよう促した。
「うわぁ、ここならちょっと休めそう!」
「そうね、横にもなれそうね。すみません美空さん、気を遣っていただいて」
早速洞窟の中で腰を下ろすシェンリーと、申し訳なさそうに感謝を述べるメイフェン。美空はひらひらと手を振って口を開く。
「いえ、私もどこかで仮眠をと思っていましたので」
美空はここ数日、色々あってあまり眠れていなかった。眠気に襲われては回復魔法を自分にかける。そうやって騙し騙し過ごしてきたが、さすがに身体も脳も限界だった。
にしても、この三日間は本当に色々あった。
「お二人もゆっくり休んでください。私は少し眠ります」
大きなあくびをしてから、美空はその場にごろんと寝転んだ。
そして、十秒も経たないうちにすぴすぴと寝息を立て始めた。
……真っ白な空間。どこまでも見渡せるような、目の前も見えないような。
上下左右どころか、前後すら見失いそうな、何も無い空間。
果たして自分は何の上に立っているのか。ちゃんと地面に足がついているのだろうか。もしかしたら、浮いているのかもしれない。あるいは、ずっと下へ落ちているのかもしれない。
自分の所在も不明瞭に感じられるほど感覚がぼんやりとしている中、どこかから声が聞こえた。
『……久しぶりダナ。史上最強の魔法能力者、漆原美空』
美空に話しかけるその声は少女のものだ。しかし、それにはどこか不穏な空気を孕んでいて。
声の主が姿を見せないので、こちらから話を切り出す。
「久しぶり、とは? 申し訳ありませんが、あなたとお会いした記憶が無いのですが。どちら様でしょう?」
向こうはどうしてか自分を知っているようだが、美空にはこんな喋り方をする知り合いはいない。一体何者なのか、探りを入れる。
『覚エテいないか。まあ無理モない。前回会ッタ時は、お前はまだ魂の状態だったからナ』
「魂の状態? 生まれる前に一度会ったとでも?」
それはまた意味不明なことを。
眉を顰める美空に、ようやく声の主が姿を現す。
『そうダとも。私こそガ、お前に魔法能力ヲ授けた魔法総神シーシャープ』
答えながら目の前に立ったのは、自分と同じ歳くらいの可愛らしい少女だった。真っ白な肌に肩まで伸びた艶やかな銀髪、華奢な身体は女性的な美しいラインを描いている。そして何より特徴的なのが、まるで宝石のように真っ赤に輝く瞳。しかし、そんな少女が纏った雰囲気はとても重たくて。
「魔法、総神……」
神を名乗るには十分すぎる威圧感だった。
史上最強の魔女、皇国の最高傑作と呼ばれた美空が、絶対に敵わないと思った初めての相手。今までに感じたことのない畏怖を覚える。
『そう怖ガルな、漆原美空。私ハ別にお前に手を出スつもりは無い』
「では、神様はどのようなご用件で……?」
恐る恐る投げかけた問いに対し、シーシャープはフッと笑った。
『一つ忠告をシテやろうと思ってナ。漆原美空、お前ハ調子に乗りすぎダ。近イ将来、必ず足ヲすくわれるぞ』
神のお告げ。あるいは予言。
しかし、美空にとってはどうでもいいことだった。
「わざわざご忠告ありがとうございます。ですが、この世界に私を倒せる人間はいません。心配は無用です」
『そうカ、まあいい。ただ、皇国に戻レと命令があれば、従ウことを勧メル』
最後にそんなアドバイスをして、姿を消したシーシャープ。
真っ白な空間に一人残された美空は、ぽつりと呟く。
「皇国に戻るだなんて、神様の命令だろうと絶対に嫌です」