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異世界盗賊物語  作者: もちもちパステル
2/2

1話

 目の前に広がっているのは、一面の砂。限界まで上昇した太陽の光が、ぎらぎらと照りつけている。見ているだけでもうんざりする暑さが想起される。

 最も俺は今、その猛暑をじかに感じているわけもなく、車窓からその景色を眺めているだけだ。

 俺を乗せた寝台列車は、このあとどこへ行くのだろう。俺自身特段当てがあるわけでもない。

 転生してみたはいいものの、本当に一般人として転生させられたため、特になすべきこともない。それでいけないとはわかってはいるが、『徳を積む』とざっくりしたことしか言われておらず、具体的なやることは、まだ思いつけずにいた。

 俺はこんな二度目の人生で、<天人>になれるのだろうか。

 

 ※

 

 転生してからの俺の生活はひどいものだった。

 まず、労働などはもちろんしない。面倒だとかそういう話ではなく、単純に人と関わるのをやめた人間だからだ。ここは、変えるつもりはない。そこ変えるなってグリードに言われちゃったしな。

では食事はどうするのか、と思われるかもしれないが、グラニーとの猛特訓のおかげで空気を栄養分として使えるようになったので、必要はない。寝る場所に関しても、特にこだわりがあるわけではないので、すべて野宿。

 結果、本当にすることがなくなってしまい、どうしようもない第二の人生を送っているのだった。生きながら死んでいるとは、まさにこのことである。

 とはいえ、自殺しようという気も起らなかった。一度自殺して死んだ身としては、自殺することなどどうとでもないことだが、俺はできなかった。

 その理由には、おそらくグリードの存在があるのだと俺自身考えている。

 言ってみればグリードは、一度生きることを諦めて死んだ俺に手を差し伸べてくれた唯一の存在なのだ。進んで手を差し伸べてくれる人の存在を、表面上は、拒んでいたとしても、いざ手を差し伸べられた時に感じたのは、肯定的な感情だった。

 自分でも矛盾してるな、と思う。でもこのように考えた時、俺はもう一度、手を差し伸べてくれた人を裏切って、死ぬことはできなかった。

 そうしてずるずると今まで第二の人生を送っているというわけだ。

 ちなみに、俺が今寝台列車に乗れているのには、これまた人のお世話になったことがある。

 


俺がいつも通り近場の公園(?)で野宿をはじめようとしていると、同じように野宿しようとやってきた浮浪者のおっさんが絡んできた。

 おっさんは、着ている服はボロボロのレザージャケットだし、髪も長いこと切ってない様で白髪が垂れて落ち武者みたいになってるし、ひどいありさまだった。おまけに臭いし。あ、俺はその辺ちゃんとしてるからな。においも木属性魔法で鼻につかない香りにしてるし、体も水属性魔法で洗ってるし、服もなんか今のところは大丈夫だし。一度死んだといっても、人に迷惑をかけることだけはしたくないという俺自身の意思決定は変わらないから、人を不快にさせない配慮だけは怠っているつもりなはい。

 ともかく、そのまさに浮浪者って感じのおっさんが俺の隣に来て俺に話しかける。

 「こんなところで野宿かい、少年。若いのに大変だねぇ」

 「いえ、お構いなく。」

 「おお、しっかりした話し方だ。そんなに若くしてこんなとこで野宿しようとしてるみたいだったから、てっきりぐれた子かと思っちゃったよ、はっはっは」

 そんな警戒してんなら話しかけんなよ、と心の中で突っ込みつつも、また人と関わってしまったという罪悪感が、俺を支配し始めたので、早々に立ち去ろうとした。

 「ありがとうございます。では俺はこれで」

 「ああ、待ちたまえ少年」

 しかし呼び止められてしまったので、振り返る。

 「何でしょうか」

 「お前さん、そんな暗い顔をするな。わしにはわかる。きみはとてもやさしい人間じゃ。自分で自分を苦しめるでない」

 その言葉をかけられた瞬間、心が揺らぐ。この人は人の心が読めるのかと、動揺する。同時に、頭の中で進んですごい勢いで警報が鳴り始める。このままではまた、他人に心を許してしまう、二度と他人と関わらないと決めたのに、と。

 同時に、今目の前にいる人はとてもやさしい人なのだろうと思った。それは、グリードが俺にくれた優しさと似たものがあった。昔ならその優しさに感激し、喜ぶことができただろう。しかし、俺にとって今その優しさは恐怖でしかなかった。

 俺が何も答えられないでいると、おっさんに先手を打たれる。

「まあ、とりあえずわしの話を聞きなさい」

 無下に断ることもできず、結局座ってしまった。

 また、矛盾している。老人に悪いからと理由をつけて、また他者の優しさに甘えてしまっているではないか。だからあの時**は巻き込まれていじめられたというのに…。

 その時、肩に温かい感触があった。それを見ようと顔を上げたことで、俺は初めて自分がうつむいていたことを知った。

 温かさをくれた老人は、手を俺の肩に乗せたまま話す。

 「きみの考えは間違っているとは、わしには言い切ることはできない。しかし、その一つの考えに縛られていてはなにもうまれない気がする。何か、もっと別のことを考えてみてはどうかね」

 何か、別のこと…

 呆然とする俺に差し出されたのは、一枚のチケット。

 「これはすぐそこの駅から寝台列車で十日間かけて西へ移動する切符じゃ。それだけあればいろいろ考えることもあるだろう。大事に使いなさいよ。」

 そういって切符を渡した老人は、そのまま公園をでていってしまった。

 


 こうして俺は、今寝台列車に乗っている。

 

 ※

 

 気づけばもう出発して三日目の夜である。砂漠を照らしていた太陽も今は姿を隠し、代わりに出てきた月が、今度は寝台列車を照らしている。

 老人からもらった切符は一等車のものだったらしく、俺の部屋には俺以外誰も入ってこない。それが、本当にありがたかった。

 今になってみれば、うまく行きすぎな現状である。突然現れた老人に寝台列車の一等車用切符を無料でもらうなんて。

 そもそもあの老人はなんだったのだろう。

 神という存在を知ってしまった今となっては、神であるグリードが何かしてきたのだとも考えてしまう。俺の心を覗いたような発言からも、超人的な何かを感じるし。でも、転生先は僕の管轄外だ、と言っていたのを思い出し、その可能性は却下する。しかし、<世界>というものがそもそも、神の意思が反映されたものである以上、あの老人に何かしら、この<世界>をコントロールする立場の神の意志が反映されていてもおかしくはないだろう。

 電車に乗った日から、いろいろなことを考えてきた。でも、楽しいことだけは考えられなかった。

 楽しいという感情を、忘れてしまったのだ。

 俺は、何か間違えたのだろうか。

 いや、間違えていないはずだ。むしろ俺は、間違えたことを正したのだ。間違えて、傷つけて、傷ついて、また傷つけて、傷つけて。もう誰も傷ついてほしくないと願った結果、今の俺がある。

 実際に今のところ第二の人生で俺によって傷つけられた人はいないし、俺も傷つけられた覚えはない。これは俺が望んだ結末で、俺のハッピーエンドだ。

 しかし、何かが、何かが間違っていると、心のどこかが主張し続けている。それが何なのか、自分に問いただしてみても、間違っているとわめくだけで、何も答えらしい答えはくれない。

 俺は、何か間違えたのだろうか。

 そればかり考えてしまって、老人の言う「別のこと」など考えられそうもなかった。

 

 ※

 

 そうして考え事をしているうちに、また夜が明けた。気が付けば列車は鬱蒼とした密林の中を走っている。

 のびのびと成長した木々の間で、小さな動物や大きな動物がにぎやかに動き回っていて、朝から楽しげな景色が、外に広がっていた。

 本当に、楽しそう。

 楽しいという感情を忘れてしまった俺にとってみれば、彼らが今まさに体験している「楽しい」気持ちを想像することはできない。でも、おそらくその状態が幸せであり、正解なのだろうとは感じる。

 「…はぁ」

 なんだか疲れてしまった。いくら長い時間かけて考えようとしても気が付けばさっき考えたことと同じことを考えている。同じところをなぞるだけで、先になんて進めない。答えなどにたどり着けはしない。

 それは不幸にも、俺が飛び降りる瞬間に夢想した、自身の未来と全く同じだった。

 結局、あの日飛び降りたことで、俺は止まってしまったのかもしれない。止めてしまったのかもしれない。ならば、もう生きていても俺は…

 「っ、だぁーくっそぉぉぉぉおお!」

 今の考えを振り払うように、力に任せて窓枠をたたく。

 なんだかんだ言って、最後には自殺に頼ることしかできない自分に、無性に腹が立つ。死ぬことは、せめてもの救いにと手を差し伸べてくれた人達に、グリードやあの老人に、あまりに失礼だからと。そう考えて、この第二の人生を、今まで死なずにいたけれど。

 「もう、くるしいよ…」

 こぼれたのは嗚咽と、涙。

 もう、何も考えられない。

 考えたくない。

 見たくない。聞きたくない。感じたくない。

 俺は顔を伏せた。

 泣き叫んだ。

 もう、何も感じたくないから。体の中にあるものすべてが邪魔だった。

 すべてを吐き出さんために、俺はただ、叫び続けた。

 

 その姿を、彼女に見られていたのだ。

 

 ※

 

 どれくらいそうしていたか。日はまだ高く、それほど時間はたっていないと思われる。

 それでも、一晩中叫んでいたような気分にあっていた俺は、…とりあえず寝ることにした。

 最初の人生の時も、考えがまとまらなかったり、何も考えたくなかったりしたら、いつも寝ていた。すいみんまいすたーとか名乗っておきながらどうして忘れていたのかと、自分で自分を嘲笑する。

 疲れた。永眠とまではいかないが、少し寝ることで何か変わるかもしれない。

 思えば、寝台列車と言われながらも、俺はこの部屋のベッドを未だちゃんと堪能していない。初めに部屋に入った時に、いいベッドだな、とは思ったものの、以前のようなときめきを感じることができずに、すぐ考え事に入ってしまったのだ。

 もしかしたら、このベッドに寝ることでかつてのときめきを取り戻し、楽しいという気持ちが取り戻せるかもしれない。俄然、そんな期待すらも抱けるようになった。叫んだおかげで、気持ちが少し楽になったのかもしれない。

 結論らしい結論が出たところで、俺はベッドで寝るために必要な実質的行動を始める。具体的には、とりあえずベッドの方に向き直ることをする。

 今までの椅子に座った状態はそのままに、体をひねっていく。それに合わせて、視線もベッドのほうにむかっていく。やがて、ベッドは俺の視界に入ってくる。

 この動作にかかった時間は、一秒にも満たないだろう。俺自身も、特に何か考えながらやっていたわけではない。

 しかし次の瞬間、俺の時は止まり、その瞬間が引き延ばされたように感じられた。

 

 ベッドには、一人の少女が座っていた。

 

 グリードの銀髪のショートヘア同様に、彼女はつややかな髪をもっていた。その色は、何色にも染まっていない真っ白な髪で、長くしなやかなそれは、まるでヴェールのように彼女をやさしく包み込んでいた。さらに同じく白を基調としたワンピースを着ているせいで、体全体からどこか神聖な感じがしてくる。そしてその白さが、彼女の金色の瞳をより際立たせていた。

 くりんっと丸っこくてかわいらしい目が、やたらとこちらを見てくる。何かを探ろうと真剣なのかと思えば、よく見ると口は半分開いていて、ぽけーという擬態語が似合いそうな様子だ。今にもよだれが垂れてきそう。

 俺が彼女を見始めてからしばらくして、やっと俺が自分を見ていると気が付いた彼女は、我を取り戻したらしかった。

 「…はっ、いけないわ!すっかりぼーっとしちゃってた!」

 彼女は今まで腰かけていたベッドから、よいしょっと、と声をかけて降りると、相変わらず窓際の椅子で動けずにいる俺に話しかけてくる。

 「あなたはどう?落ち着いたかしら?」

 「いや、落ち着いたも何も…」

 こういうとっさのイベント系は、転生とかに比べればどうということもないから、動揺とかはないのだが、

 「君はどうしてここにいるんだ?というか、君は一体誰?」

 疑問はある。いくら神の存在を認知したからといってそれによってすべてが説明できるわけでないだろう。前に生きていた世界だってグリードが作っていた世界だったが、自分のいる部屋に突然かわいい少女が現れるなどということはなかった。

 少女は一瞬きょとんとすると、華やいだ笑顔を浮かべる。

「私ね。私は、日比谷ゆい!あなたの不幸を奪いに来たの!」

「…」

…と、言われても。

確かに俺は今幸せって何だろうとか考えてるヤバイやつだし、言ってしまえば不幸なわけだから、それがなくなるに越したことはない。

「何言ってんだこいつ?って顔ね。ひょっとして私のこと知らない?結構有名だと思ってたんだけど」

「…ごめん、知らない」

「あら、そう!世界はまだまだ広いのね。ちなみに今のは、私のお決まりのセリフなのよ!」

「そうなんだ…」

テンションたけぇな…。

いくらさっき死ぬほど叫んで多少すっきりしたからと言って、こんなテンションの高い人を相手にするポテンシャルは今の俺にはない。というか、もうなんも考えたくないから寝ようと思ってたのにこの子と話し始めたせいで、なんかまた考え始めそう。

あー、また人と話してるわ俺…。

少女は俺の気も知らず、話を続ける。

「私ね、盗賊なんだけど、さっきまでこの列車でサンドアラビア王国の偉い人がやってる取引の品を盗んでたところなの。で、うまくいって逃げ切れたからこの列車内を歩いてたらすごい叫び声がして、」

「ちょ、ちょっと待て」

「?なにかしら?」

「いや何かしらじゃなくて、あー…」

突っ込みどころが多すぎるだろ。しかしとりあえず手始めに…

「君は盗賊なのかい?」

「ええ、そうよ!」

「盗賊っていうのは、あの、人のものを盗んで自分のものにする、あの盗賊かい?」

「ええ、まさしくその盗賊よ!そっか、ごめんなさいあなた私のこと知らないのだものね、当然の疑問だわ。」

「まぁ、うん…で、その一環として、その、何たらって国の人のものを盗んでいたと」

「そうね。あってるわ」

「…という事は、君は今追われているのだよね?」

「?心配してくれているの?大丈夫よ!さっきちゃんと逃げたし!」

「そうか…」

これあれだよな、この状況見つかったら俺も巻き添えくらうやつだよな。

俺は少し考える姿勢をとる。それをにこにこしながら眺めるゆいとかいう少女。

見た目からして彼女は、グリードの<世界>基準で、だいたい高校生くらいか。この世界の教育制度がどうなってるのかは知らないが、おそらく本来まだ親の庇護下にあるべき年齢だろう。仕事につけず仕方なく盗みに走った、ということではない気がする。それは年齢的なこともそうだが、何より彼女自身が切迫している様子がない。生きるために自分は盗みをするほかないという切羽詰まった感じが、彼女にはないのだ。

となれば。

俺は、さっきから俺が考え事をしているのをいいことに、俺の部屋を物色し始めているゆいに水を向ける。

「おい、何してるんだあんたは。勝手に人の部屋あらすな」

「え?ああ、ごめんなさい。何があなたをそんなに悩ませてるのかと思ってね。」

「は?ああいやそれは…」

「それより考え事は終わったの?」

「あ、ああ。大丈夫だ」

「そう、それはよかったわ。それで?何を考えてたの?」

グリードといいこのゆいとかいう少女といい、人の話聞かないで自分のペースで話進める女の子が多いのはなんでなんだ。心の中で、不満を垂れつつも、ゆいの質問に答える。

「いやな、俺はこの場合どうするべきかなぁと思って」

「どうするべきって?」

ゆいは、部屋の端にある鏡台の机に腰掛けながら、小首をかしげて尋ねる。いやに光る金の瞳を俺は直視できず、彼女から目をそらす。

「あー、…あんたが盗みで追われている以上、もしこの場を誰かに目撃されたら、おそらく俺も巻き込まれるだろう?その前にあんたを警察のもとに引っ張っていけば俺は逆に喜ばれるかもしれないが、こんな若い子が盗みをしてるところを捕まえて、何の話も聞かずに警察に突き出すのも、なんか違う気がしてな」

「ふーん、なるほどね。…それで?」

「だから、とりあえず質問しようと思って。別に狂気的な感じもないし」

「質問?私に?」

今までそらしていた視線を、一応彼女に戻す。

「何が目的でそんな、どえらそうなものを盗んだりしたんだ?」

聞いてどうするんだと思う。別に答えがどうであれ、彼女と何かしらの関係を持とうなんて考えていない。しかし、こうして同じ空間に居合わせてしまった時点で、『ある時点において同じ空間を共有した』という関係は生まれざるを得ない。一度生まれてしまった関係を断ち切るためには、正確な断ち切り方をしなければ、変に持続してしまって、お互いのマイナスになる可能性がある。

それなら、一度彼女の現状を正しく理解した後で、相応の断ち切り方をしたほうがよい。

彼女は俺の質問を聞くと、一度俺から視線を外した。下に。何か悪いことでも言っただろうか。

「なるほどね。あなた、結構珍しいタイプの人ね。」

「そうか?」

「そうよ。だって、自分の部屋にいきなりあらわれた人が盗みをして追われてるなんて、しかも追われてる相手が国単位だ、なんて聞いたら、だいたいの人は状況に流されて変なこと言い出すわよ?警察に突き出す、とか。僕も協力する!とか言ってきた人もいたわね。ああ、でもそれは、私が誰か知ってたからか。」

明るく彼女は反し続ける。下を見たまま。

「でも、今答えてあげる暇ないかも」

「…え?」

彼女がそういった瞬間、俺の部屋の床が爆発した。瞬間、その煙で彼女が見えなくなる。煙はどんどん広がって、部屋中を満たしていく。

反射的に口元を抑えて彼女のいたほうを見ていると、彼女の気配が一瞬で俺の隣に並んだ。

「おい、まさか…」

隣の彼女は、明るく答える。

「うまく振り切ったと思ったんだけどね、見つかっちゃったみたい。あなたの質問、答えてあげられなくてごめんなさいね。またいつか、会えた時に」

最後の一言だけは、俺の耳元で。

「あなたも助けるわ」

その言葉に振り返った時には、隣に彼女はいない。

代わりに爆散してできた俺の部屋の床の穴から、男が出てきた。

「おい!どこ行った!出てこい、プリンセス・ゆい!」

「…プリンセス?」



ジャンブル。それは、大陸中央に広がる、熱帯雨林帯の総称である。ここでは、大陸中の生き物が集まってくると言われるほど、植物や水源などの自然が豊富に存在している。貴重な素材となる生き物も多く生息し、猟師たちからしたら恰好の狩場になりうるだろう。

しかしこのジャンブルは、あまりの自然の多さから、一度入ったら抜けるのに数年要するといわれているので、人がこのジャンブルを陸路で通り抜ける際は、基本的に寝台列車を利用する。

その寝台列車から飛び出したゆいは現在、木と木の間を飛び移りながら、とてつもない速さで移動していた。恐るべき身体能力である。

正確には、自身の得意としている風属性魔法を使用している面もあるのだが、それを加味しても余りある身体能力だった。

「まずいわね、今日の分の切り札も使っちゃったし、…どこで私が寝台列車に乗ったなんてつかんだのかしら」

ひとりごちながらも、逃走の足を弱めることのないゆい。すでに寝台列車を飛び出した地点からは、数分のうちにすでに五キロほど進んでいる。

先ほどは、目の前の少年と話すことにもリソースを割いていたせいで、何も考えず飛び出してしまったゆいだったが、冷静に今になって考えてみると、まずいことになってしまったかもしれない。

いくらゆいが凄腕の盗賊だからといって、さすがに自然の迷宮ともいわれるジャンブルの地理がすべて頭に入っているわけではない。それ故に、これは当てのない逃走になってしまうのだ。普段なら、逃走することが確定した時点である程度の逃走パターンを周辺の地理から想定し、ほぼ完ぺきな逃走を可能にするのだが、ジャンブルではそれができない。ゆえにひたすら走るしかないのである。

これなら、寝台列車から降りたと見せかけて残るとかすればよかったかもしれない。

そんなことをゆいが考え始めていると、後方でとてつもない爆炎が上がった。

「?何かしら?」

爆発は連続して発生しているらしく、それはゆいのほうに接近してきている。

「逃がさんぞぉぉぉぉ、プリンセスぅぅぅぅぅぅうう!」

それに応じて、おっさんの声も接近してくる。

「え?コンバット警部?なんで私の逃げてる方向がわかるのよ!」

必死に逃げるゆい。それを追いかけているのは、ゆいにコンバット警部と呼ばれた身長一メートルくらいのおじさんと、その部下大量だ。

コンバット警部はずっとゆいを追いかけている警察官だ。魔法は火属性を得意とし、先ほど悠斗の部屋の床を爆破したのも、彼である。

彼は今、前方に炎を放射し続けており、ゆいが木から木へ移りながら逃げているのを、風属性魔法を得意とする部下に抱えてもらいながら、追跡しているのだ。

コンバット警部は基本的に詰めが甘いタイプなので、ゆいは追いかけられても普段なら特別苦にしないのだが、たまに勘が鋭いときがあり、その時は少しゆいも苦しめられる。今日も一度その勘が発動して危ないところを切り札で逃げ切ったのだが、今日のコンバット警部は調子が良かったのか、勘が再度発動したせいで、寝台列車にいることも突き止められ、今こうして追いかけっこ状態になっているというわけだ。

必死に逃げるゆいだが、炎で拓いた道を一直線に進んでくるコンバット部隊に速度で負けているために、そろそろおいつかれてしまいそうだ。

ゆいの額に汗がにじみ始めた時、ついにコンバット警部の火炎放射が、ゆいの足場としていた木の枝を燃やすことに成功する。

「わっ!」

突然のことで体勢を崩すも、風属性魔法で不時着には成功する。

しかし、着陸している間にコンバット部隊に囲まれてしまった。

囲んでいる戦闘員たちの人数および戦闘力をゆいが推測していると、その中からコンバット警部が前に出てくる。

「久しぶりだな、こうして落ち着いて話せるくらいに君を追い詰められたのは。ええ?プリンセス・ゆい?」

「ええ、そうね、コンバットのおじ様。今回はたくさんの私のファンと一緒に来てくれたみたいで、うれしいわ。」

挑発に挑発で返すゆい。その返答に、コンバット警部は不敵な笑みを浮かべる。

「うれしいのは私のほうだ、プリンセス。今日はついに君をとらえることができるのだからね。いくら、君の対人戦闘力が高いとはいえ、この人数の鍛え抜かれた戦闘員をすべて相手するのは厳しいのではないかい?」

確かに、すごい数の戦闘員である。ゆいは先ほどからしていた推測から、百人の戦闘員がいるらしいと結論付ける。それに気づいたゆいは、内心少し動揺する。過去最大人数で攻めてきたからである。

一度コンバットが七十人ほどの戦闘部隊で攻めてきたときにギリギリだったことを思い出し、不安を感じるゆい。

コンバットもそのことを覚えているらしく、先ほどから睨みつけてくるゆいをみて、喜びに顔をゆがめる。

「気づいたみたいだな、プリンセス。この人数は君の許容量を著しく超えているとな。君の切り札はもう使っているみたいだし、もう詰みではないかね?」

「…」

沈黙を肯定ととったコンバットは、ただのいやなおっさんから指揮官の顔になる。

「早くゆっくり君と話がしたいのだがな、それは確保した時の楽しみにしておくよ。さて、」

部下を見回すコンバット。そのコンバットを見て、警戒を最大に引き上げるゆい。

そして、両者の視線が一瞬交錯した瞬間、

「総員、確保ぉぉぉぉぉぉぉおおおお!」

コンバットの開戦合図。あわせて彼の部下たちが、一斉にゆいに飛びかかる。

ゆいは、確かな覚悟を込めた一撃を放とうとする。

数十人単位の戦闘員たちが、ゆいに向かって飛びかかってきている。

ゆいが、攻撃せんと体をねじる。

まずひとりと、彼女が狙いを定めた一人の戦闘員に渾身の回し蹴りをみまおうと胴をねじる。

戦闘員の顔面に彼女のかかとが急接近する。

激発すると思われた、その瞬間。


ゆいの攻撃を受けることなく、その場の戦闘員全員が気絶した。


「…え?」

自身の渾身の一撃が不発したこともそうだが、コンバット含め戦闘員百人がすべて目の前で気絶しているという事実に、驚きを隠せないゆい。

「いったい、何が…」

本能的な不安に駆られ、あたりを見回す。そこにいたのは。

寝台列車の中で泣き叫んでいた、あの少年だった。



「っはぁはぁ、…あー、こんな大量の魔力いっぺんに使うのはなれてないから…っ、さすがにきついな…はぁ」

俺は肩で息をしながらも、このあと目の前の彼女と話をすることを考えて、座り込むことだけは避ける。

「どうして、あなたがここに…」

俺から数メートル離れたところにいる彼女、盗賊のゆいは、いかにも呆然という様子で立ち尽くしている。当然だろう。俺もびっくりしてるんだから、自分の行動に。

「いやー、…なんでだろうな」

正直、自分でも論理的に今ここにいる理由を説明することは無理な気がする。だって、支離滅裂すぎるだろ。あれだけ人とかかわるのを敬遠しておいて、今度は自分から離れていった人をわざわざ追いかけてるとかさ。意味が分からん。

それでも、このまま俺が黙っていたら話が進まないだろうと思い、とりあえずなんかしゃべる。息も落ち着いてきたし。

「とりあえず寝台列車戻らないか。それで、いろいろ話を聞かせてくれよ」

やべ、なんか知らんがかっこつけてしまった。しかし俺としては、なけなしの所持金もおいてきてしまったのでどのみち戻らなければならない。ちなみに、部屋に魔方陣書いといたから、ここからのワープは簡単だ。

ゆいは、何か納得できないという表情だったが、今の俺の言葉で我を取り戻せたらしく、テンションの高さが戻ってきた。

「…ワープもできるなんて。あなた、すごいのね!どうやってやるの⁉」

お気に召したようで何よりだ。俺のしたことは間違ってなかったらしい。

「まぁ、もろもろは部屋に戻ってからということで」

そういって俺は、地面に魔方陣を展開する。



寝台列車の廊下に設置されている無人の飲み物売場で飲み物を購入して、俺は部屋に戻る。ちなみにこの金は、ゆいの金だ。別に俺がイケメンしておごったりしているわけではない。パシラれているだけなのだ。

部屋に戻ると、ゆいはベッドで寝息を立てていた。しかし俺のドアを開ける音で、むにゃむにゃと起きだす。

「…ん、ふぁぁぁ、ごめんなさい、さっきの逃走で少し疲れてしまって」

「いや、別にいいけど」

そういって俺は、買ってきた紅茶的な何かをゆいに渡す。ゆいがそれを受け取って、俺が彼女に向かい合う位置にいすを置いて着席したところで、俺が口火を切る。

「で、さっきの話の続きだが、」

「ちょっと待ってよ!その前に私が質問したいわ!」

さえぎられてしまった。仕方ないので、主導権を譲る。

「どうした?」

「どうしてあなたは私を追いかけて助けてくれたの?普通の人は、あのコンバットさんを見たらさすがに少し、躊躇すると思うのだけれど。あ、あとあなたの能力!百人の戦闘員を一気にやっつけたり簡単に数キロ単位の距離をワープして見せたり。ひょっとしてほかにも何かすごい魔法が」

「ちょ、ちょっとまってくれ」

「?」

いきなりすごい質問攻めだな。そんな興味深い人物か、俺って。

と、一瞬頭の中に疑問符の浮かんだ俺だったが、客観的に見たらそうか、と思い直す。お別れしたと思ったら突然現れて、自分を助けてくれるほどの能力見せてくるんだもんな。そりゃ興味深いわ。

ま、しかしそんなことは些事だ。いずれ関係を断ち切る以上、詳しい俺の情報は彼女に必要ない。

よって、適当に受け流すことにする。

「ああ、能力はまぁ、なんかこう…特訓したらそうなっただけだから特に語ることはないかな…」

「そんなはずないわよ!あの人数一度に気絶させる魔法なんて、あの伝説の古代ロンマのイクリプス部隊のローガイ隊長でも使えるかわからないレベルよ!」

やっぱ俺はチートだったらしい。というかなんだその隊長。すごい部下から嫌われてそうな名前してるぞ。

「そうはいっても俺は特訓しただけだからな…」

嘘は言っていない。うん。師匠がチートなだけだ。

ゆいにも俺が嘘は言ってないということと、俺がこの話題が避けたがってることはわかってもらえたらしく、しぶしぶの体で引き下がってくれたっぽい。

「そう。でも、すごいわね、ほんとに!」

「ああ、それはどうも。」

「それで?その力で私を助けてくれたのはなんで?どちらかといえばあなたはまじめそうな人だから、私を逮捕させる側かと思ったのに」

まじめ、という言葉に、体が反応する。その言葉は、俺にグリードのことを思い出させた。

どうして死んでから俺の前に現れる人は、こんなにも自分に優しいのだろうか。

「…俺ってそんなまじめに見える?」

「そうね、まじめかそうじゃないかっていわれると、たぶんまじめに見えると思うわ。だって、私が盗賊だって知っただけであんなに考え込む人、そうそういないもの」

その時を思い出したのか、ゆいは口元に手を添えて上品にくすくすと笑う。

「そうか、そりゃほめてもらってると思っていいのかな?」

「ええ、そうね。ほんと、あなたってそういうとこもまじめだわ」

急に彼女の笑顔が、直接俺に向けられて、心臓が一度、大きく跳ねた。ゆいにはグリードにはない幼さの入ったかわいさがあって、そこにはまだ慣れ切れていないどうも俺です。

一度目をそらしてしまったものの、咳払いでごまかして話を続ける。

「ああ、そう…ゴホン。それでだな。俺が、なんで君を助けたかって話か」

「そうね!忘れかけてたわ!教えて!」

「忘れかけてたのかよ。別に知らなくてもいいと思うから、あんたがいいなら話さないけど。」

「え?そんな!ケチなこと言わないでよ!怒らせたなら謝るから!」

そういってゆいは合掌して懇願ポーズをとった。

わかったわかったと、適当に流そうとしていると、ゆいがなんかグリードみたいなことを言い出した。

「というか、さっきからずっと私たちお互いのこと名前で呼んでなかったわね。私に至っては名前教えてすらもらってないし。ね、あなたの名前教えて!」

これはあれか、また名前で呼んでって言われるやつだな。

しかし今回に至っては、とくに抵抗感はなかった。前回は初めてだったから食わず嫌いしていたが、いざ名前で呼んでみたら打ち解けやすい空気が作れることが分かったし。

短い時間とはいえ、わだかまりを作るよりは、打ち解けたほうがいいだろう。

「名前か、月ノ瀬悠斗だ」

「悠斗!いい名前ね!今から悠斗って呼ぶわ!」

「そりゃどうも」

「私のこともゆいでいいわよ」

「ああ、わかったよ、ゆい」

「うん、改めてよろしくね、悠斗!」

「ゆい、わかったけど話脱線しすぎだから、そろそろ俺マジで話す気なくなってくたんだけど」

「あら、ほんとね!でもいいわ!なんとなくわかったもの!」

「…え?」

俺が聞き返すと、ゆいはベッドから飛び降りながら楽しそうに話す。

「悠斗ってまじめで頑固じゃない?だから、今回も自分で一度決めたことはやり通さないと気が済まなかったんだと思うの。それで私を助けて、自分の質問の答えを聞こうとした。違う?」

振り返りながら、尋ねるゆい。その問いに俺は正確には答えられない。知らず、顔もうつむく。

「…どうなんだろうな。いや、ここまで引っ張っといて申し訳ないんだけど、俺もよくわかんないんだ。ゆいの言う通りかもしれないし、単純にゆいに興味があったのかも」

「興味?私に?」

「ああ」

言ってから、自分で納得してしまった。そうか。俺がこの子を助けたのは、単にこの子に興味があったからなのか。

「だって、その年で盗賊やってるっていうし。もちろんさっき寝台列車にいた時に説明した理由も嘘じゃない。ゆいが俗にいう犯罪者である以上、ゆいに関する情報がある程度ないと俺も動きずらかったって。でも、たぶんそれは理性的な理由で、ゆいが言ってた方。それとは別に心のどっかで、ゆいのこと知りたいって感情があったのかも…」

最後のほうは自分に言い聞かせるみたいな感じになって、ひとりごとに近かった。

というか、でも、それにしたって最後の方もう告白に近くね?と思い、あわてて弁明する。

「いやほんとに深い意味はなくてだな、知的好奇心というか、だからその、」

「なるほどね、わかったわ!じゃあ今度は私の話をするわね!」

ゆいが話を聞かないタイプのおかげでなかったことにできたっぽい。けど、人の話は聞きましょうね、ゆいさん。

とはいえ、ゆいがついに俺が知りたかった話をしてくれるらしい。俺も切り替えてゆいの話を聞く体勢に入る。



「私が盗賊をやっているのはね、さっきも言ったけど、人の持つ不幸を奪うためなの!」

「おう、それはわかったんだが、具体的にどういうことだ?」

『不幸を奪う』という表現は、最初に寝台列車にいた時にも聞いた話だが、具体的にどういうことなのか今一つわからなかった俺は、再度ゆいに質問する。

するとゆいは、急に改まった調子で、手を後ろに組んだりなんかして、部屋の中を歩きながら話し始める。

「私ね、この世界には、それさえなかったらみんな幸せになれるものってあると思うのよ。たとえば宝物ってあるじゃない?あれってとてもすごいものだと思うの!あ、私が言う宝物って宝石とか高いもののことだけじゃなくてね。そこにあるだけで、別に特別な力があるわけじゃないのに、おじい様から受け継いだとか、愛する人からのプレゼントだとか、何か特別な気持ちがものに込められることで、人を幸せにできる宝物に変わるのよ!…でもね、それってたまにある人から見たらとても邪魔なものだったりするの。」

楽しそうに話していたゆいだったが、最後の一言を言う時だけは、どこか物憂げな雰囲気があった。

ゆいは続ける。

「もし、誰か一人でもその宝物をいやって思う人がいたら、もったいないじゃない!せっかくいろんな人の思いで大切にされてきたものなのに。しかもね!もしそうやって邪魔だなって思う人が、今度はその宝物を壊そうとしたとするでしょ?もうこんなのいやだ!って。そしたら今度は、幸せだった人が不幸になって、最後にはみんな不幸になっちゃうの。それって、とっても悲しいことだって、私思うの。だからね、」

ゆいは、そこで目線をどこか遠くへやる。それは、グリードがした、あのもの悲しい雰囲気を伴ったものではなく、何か明るいものを求めて遠くを見ているような、明るい雰囲気のものに、俺には見える。

「私、そういう、誰か一人でも不幸になるものは、この世界からなくしたいの!それでみんなが幸せになれるようにする!そのために私は盗賊をしているの!」



ひとしきり話した後で、ゆいは少し恥ずかしそうにこちらを見る。

「ごめんね、悠斗ならまじめに聞いてくれそうだったから、つい熱が入っちゃって」

「…ああ、いや。むしろなんだ、ちゃんと話してくれて、ありがとう」

なにお互い照れてんだよ、付き合いなれてない付き合いたてのカップルか。そして、こんなくそキモい想像してる俺、砕け散れ。

「別にお礼なんていいわ。私だって質問、答えてもらったじゃない。それに私、こうやって落ち着いて人と話すの久しぶりだったから、私もありがとう、悠斗」

「いや、俺のほうこそ、礼なんて、」

まずい、お礼の言い合いになってる。これはあれだ、早いとこ切り上げないとお互い気まずい奴だな。うん。

「…ゴホン。ま、そうか、そうだな…」

とりあえず咳払いして切り替えしていこうとしたけど、話すこと思いつかなかったんだが。

一瞬動揺したものの、ゆいの話の内容に関して何も言及していなかったことを思い出し、そこについて話すことにする。一つ、気になることがあった。

「ゆいが盗みをする理由はわかった。うん。だが…すまん。もう一つ質問していいか?」

「何かしら?」

照れていたゆいも落ち着いたらしく、いつもの調子で明るく応答する。

そのゆいに俺は、感想・兼質問をする。

「ゆいは本当に、その動機だけで盗みをしてこられたのか?」

ゆいの言いたかったことはわかる。しかしそれは、冷静になって考えれば、実現するにはおよそ不可能であることは、容易に想像できるはずだ。

確かに、この世のもの全てがこの世の生き物全てを幸福にするものなら、それほど素晴らしいことはない。でも、物事には必ずと言っていいほど、二面性というものがある。プラスに働く側面がありながらも、それに反するマイナスの面が控えているのが普通だ。たとえば今まさに俺とゆいが乗っているこの寝台列車だって、一度に多くの人を最小限の労力で遠方に運ぶことができる一方で、この寝台列車が走るための線路を引くためには多くの森林を伐採し、多くの生き物に対して被害を与えてきたことも事実である、というようにだ。

だから、ゆいが自らの野望を達成するためには、この世のおおよそのもの全てを盗まなければならないといえる。

俺はそのことを言外に告げて、先ほどの質問をした。

ちょっとトーン低かったかな、変な雰囲気になっちゃったかな、とか考えて不安になってくる。

対してゆいは、

「そんなに深く考えなくていいわよ!やっぱり悠斗はまじめね!」

あっけらかんと、笑顔で、俺の質問に答えた。

「確かにいたちごっこかもしれないけど、でも、別に私は好きでやってるだけだもの。きりがないからって嫌になったりしないし、目標も変えないわ。みんなが幸せになれるようにする。そのために私は盗み続けるの!」

「…」

俺が、ゆいの言葉に呆然としていると、勢いづいたのかさらに楽しそうに語る。

「それにね!私が盗むのが嫌になったりしないのはね、みんながそれで幸せになってくれているのを見ると、私も幸せな気持ちになれるからなのよ!幸せってね、うつるのよ!一人が幸せそうにしていると、その幸せがどんどん広がっていって、みんなが幸せになれるの。もちろんそのうつっていく中で、悪い人がいたらだめかもしれないけど、普通はそうなの!そんな感じで誰かが幸せになってるのをみると私に幸せがうつって、私以外の人にもうつって、そうやって幸せが広がっていくのを見てるとまた幸せな気持ちになれて、ってね。だから盗賊って、やめられないのよね!あ、ちなみに私が今日盗んだのはね、…」

ゆいはその後も何やら語りだしていたが、俺の耳にはあまり入ってこなかった。

幸福は、うつる。か。

言われてみれば確かにそうだったかもしれない。

一人で考え込んでいるときには楽しいことなどみじんも考えられなかったが、ゆいと話していく中で自分の中に何か温かい気持ちが感じられてきていたことは、納得できる。それが幸福感だというのは気づかなかったが、言われてみれば、心とともに体が一緒に軽くなっていくまさにこの快感こそ、俺がかつて感じていた幸福感なる感触だった。

そして、その幸福感が感じられたのは、ゆいが俺と話している様子が、幸せそうだったからだったのだ。俺の一挙手一投足に、時には感心し、時には笑う。かと思えば、自分の感情を体全体で俺に伝えようとしてくる。そんな彼女の様子を見て、俺は幸福感を得たのだ。

ふと、老人の言葉が思い出される。

「何か、もっと別のことを考えてみてはどうかね」

別のこと。

俺は、人とかかわることをやめようと決めてきた。そしてそのために、自分自身が軽率なことをしないように、自分で自分を監視し続けてきた。それが、俺自身にとってもほかの人にとってもいいことなのではないかと考えて。

しかしそれはうらをかえせば、自分のことだけしか見てこなかったということなのかもしれない。ほかの人のためといいながら、自分が人を傷つけること、そして何より自分が傷つけられることから、おびえていたのかもしれない。

だから、他人からもらえる気持ちを、幸福感を、感じられなかったのかもしれない。

老人が言っていた別のこと、それはもしかして、

「ちょっと、悠斗ひょっとしてぼーっとしてる?」

気が付くとゆいの顔が俺の顔のあと五センチくらいのところにあった。考え事が過ぎたらしい。…って、

「うわぁぁぁああ!…びっくりしたぁ!」

いや近すぎるでしょ、グリードにもたぶんそれくらい寄られたことあるけど、あれは正面じゃなかったし。さすがにおこちゃまな悠斗君には刺激が強すぎました。

「もう!それで、結局、悠斗はどうしてあの時泣いてたの?悠斗を不幸にするものって何?」

むくれながら質問するゆい。

「え?ああ…」

俺が苦しんでたこと。それは、自分の今のあり方について。どうしてこんなに、苦しくなるのか。

幸せって、なんなのか。

そのヒントは、もうもらった。

「いや、もう大丈夫だ。ゆいと話してたら、なんか、ちょっと解決した気がする」

「?そう、ならよかったわ。でも確かに、悠斗、最初に見た時より元気になった気がする!」

初めはきょとんとしていたゆいも、俺が本当にすっきりした表情をしているのを見て、納得したらしい。

「そうだな。ゆいのおかげだ。ありがとう。」

「ええ!どういたしまして!」

礼を言うと、ゆいは手を出してきた。握手をしようということか?

ゆいの顔を見ると、満面の笑みだった。

幸せだな。

知らず俺も笑顔になり、ゆいの手を握る。

感謝の気持ちを込めて。

彼女とこうして会わなければ、俺の不幸が誰かにまき散らされていたかもしれない。

まったく、大したものだ、プリンセス・ゆいは。

本当に、俺の不幸を奪ってしまった。

ん?あ、そういえば。

「そういえばゆいさ、ゆいを追っかけてたおっさんがゆいのこと『プリンセス』って言ってたんだけど」

「え?あ、コンバットのおじ様ね!プリンセスっていうのは私の通り名なの。二つ名みたいに使ってるんだと思うけど、どうかした?」

「ああ、なるほどな。いや、特に深い意味はないよ」

ま、そこは別にどうでもいいや。

…さて。

ここからどうしようかね。



時刻は夕刻。ゆいにあったのがたぶん昼くらいだから、そんなもんか。

長かった密林も、あと小一時間で抜けられる。その証拠に、列車の進行方向に、中世ヨーロッパの街並みに似た景色が広がり始めていた。

その景色を見て、俺はゆいに言う。ちなみにもう手は握ってないからな。

「ゆい。そろそろ逃げたほうがいいんじゃないか?」

「あら、さすが悠斗ね。私もそろそろ逃げ始めなきゃとおもってたのよ」

そろそろさすがに俺の脳震盪を利用した相手を気絶させる魔法(特に名前はない)の効力が切れているだろうということもある。

あと、こっちが主たる理由だが、コンバット警部がゆいの逃走経路を予想できそうだからだ。

あの密林の中では、探す方もそうだが、逃げる方もどこに行けばいいかわからない。しかし、俺のワープの魔法がなくても、一つだけ確実にたどり着ける目的地がある。それは、寝台列車の線路だ。寝台列車の線路から俺がコンバット部隊を気絶させた場所までは、コンバット警部が木を燃やして一本道を作っているので、迷うことなく到着できる。そこから俺たちが進んでいる西に向かうか、俺が来た東へ向かうかはわからないが、とにかくその線路を使って逃走するだろうことは予想できてしまうのだ。

幸いなことに、先ほどから電属性魔法を利用した探知機の代わりになる電気の塊を相手につけることでそこから発せられる電波を観測し相手の位置を探る魔法(特に名前はない)でコンバット警部の位置を観測しているが、こちらに接近してくる様子はない。しかし、気絶させてからいかんせん時間がたっているので、密林から脱出できそうなこのタイミングで、そろそろ警戒し始めたほうがいいきがする。

よいしょっと、と言いながら、ゆいが窓枠に足をかける。飛び降りるつもりらしい。ゆいのバックに夕日がかぶっているため、逆光で真っ白なはずのゆいが黒く見えた。

「じゃあ、そろそろ行くわね」

「ああ、気を付けてな」

「ええ!…ふふっなんだか悠斗に見送られてると、家を旅立つみたいな気分になるわね。」

そういって、はにかむゆい。もちろん、逆光で表情はうかがえないが、そんな風に俺には見えた。

シルエットで、ゆいが窓の外に体を向けたのがわかる。

ふと、言葉がまろびでる。

「ゆい」

ゆいは、ちゃんと振り返ってくれた。

「?どうしたの、悠斗」

本当に何も考えずに呼び止めてしまったために、一瞬口ごもる。でも、俺が今言いたいと思っていることをいうべきだときづけた。

自然と、肩の力が抜けた。

「応援してるからな、ゆいの夢」

みんなが幸せになる。普通なら、そんなの無理だと、やっても無駄だと、そう笑うところかもしれない。でも、実際に彼女に救われた後で、その夢を笑うことは、俺にはできなかった。

ゆいが、振り返った姿勢のまま、硬直する。窓から吹き込んでくる風に、彼女の髪がなびいた。

一呼吸置いた後で、ゆいがささやくように言う。

「ねぇ、悠斗」

「どうした?」

聞き返すと、ゆいは振り返った姿勢からもう一度、内側を向いて、窓枠に腰掛けた。そして、ゆいは問う。


「私と一緒に、みんなの不幸を盗みにいかない?」


差しのべられたのは、細くてきれいな手。

逆光で黒いシルエットの中で、金色の彼女の瞳だけが、光り輝いている。

俺を迎え入れるように。

俺は、一瞬驚いたが、落ち着いて返す。


「また、会えたらな」


確かに、ゆいと一緒にいても、互いに傷つけあうことはない気がする。何より、人と一緒にいることの大切さを教えてくれたのはゆいだ。俺も、ゆいがいいと言ってくれるなら、一緒にいたい。かもしれない。

でも、俺は過去にそうやって他人に甘えて失敗している人間だ。そんな人間が、少し安心できる人を見つけたからと言ってすぐに、『ずっと他人とかかわらない』信念を曲げることは、同じような失敗を招くことになる可能性がある。

だから、まだ早い。俺が、他人と共存できるようになるのは、もっと先だ。

少なくとも俺は、そう思う。

でももし。

もしこの<世界>をつかさどる神の導きによって、もう一度引き合わせてもらえるのなら。

その時は、ゆいと一緒にいたいと思う。

それは、ゆいと一緒にいるべきだという、客観的評価だと思うから。

「…そっか。」

一瞬驚いた様子だったゆいは、それでもすぐ、何度も見せてくれた明るい笑顔になってくれた。

「そう。じゃあ、楽しみに待ってるわね」

俺も、笑顔で答える。

「ああ。俺も楽しみにしてる」

心から。

そう、心の中で付け足して。

「またね!」

そういうと、ゆいはそのまま背中に体重を預けて。

ゆいの姿は見えなくなった。

さっきまでゆいのいた場所を、沈みかけの太陽が照らす。

ああ、幸せだ。

俺は、わきにあったベッドに飛び込んだ。

さて、俺はこの後、どうしようかな。



マーちゃん!

わっ!びっくりした!グっちゃんか☆

そうだよ。どう?悠斗君は。

あ~彼ね、面白いことになってきたかも☆

そうなの⁉どんな感じに?

え~…秘密☆

え~、教えてよ。

ま、特に秘密にする意味もないんだけどね☆でも、なんかお偉方からしたらちょっと減点対象かもしんないから、いいほうに行ってからグっちゃんに話そうかなと思ったんだけど。

それ、僕に言ったら意味ないよね。でも…そっか。だめなのかな、悠斗君。

私はいいと思うけどね☆彼なりにしっかり考えてくれてるみたいだし。だから、グっちゃんが気負う必要ないって☆

マーちゃん、…ありがとう。

まーでも盗賊だからな~、お偉方も減点しゃ~ないか、…っていっちゃった、やべ☆

…え?盗賊⁉それだめじゃない?マーちゃん、それ…ほんとに悠斗君大丈夫?



今後連載は、しばらくできないかと思いますが、コメントくださいますと幸いです。

よろしくお願いします。

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