お寿司が食べたいな
こんな題名で済みません
余談だが、父さんは医者だった。これは歩けるようになった時に父さんの部屋の本棚を見て知ったのだが、大学病院で外科医をしているらしい。公務員だった前の父さんが夜には必ず家に居るのに、父さんは、休みの日でも夜中でも電話一本で出掛けて行く。
父さんには、どうやったら親孝行が出来るのだろう?仕事が趣味みたいな人だから、思いつかない。けど、人生何が起こるか分からないのは、身を持って知っている。前世は、何も出来なかった。今から取り返せるか分からないけど、いい事を沢山して、アカトリエルに褒めて貰いたいな。そして出来るなら、魔法のある世界に今度こそ異世界転生したい。
とりあえず頭は使わなきゃ馬鹿になるので、父さんの医学書を読んでみる。前世で15迄しか生きられなかった自分には難しいけど、さすがに母さんが読んでくれる絵本じゃ物足りない。図書館に連れて行ってもらった時にこっそりラノベ読んでたら、ひどく驚かせてしまった。絵が綺麗だと言ったら納得して貰えたけど、歳相応に振る舞うのは、大変だと思った。
俺は、可愛い気のない、面白見のない子供だろうか?けど、今日みたいに、遊園地を楽しむ余裕位はある。母さんは可愛いから、男達の視線が気になる時もあるけど、大概は手を繋ぐ俺の姿を見て、諦める。父さん大好きな母さんには、お前らなんてお呼びじゃないんだよ。まあ、その割にはまだ、兄弟が出来る気配はないけど。
アスレチックを楽しんで分かったけど、今回の体は前と違って運動神経がいいらしい。前はこんな風に跳ねてたら、絶対変な方に飛んで行って、落ちたり、激突する未来しかなかった。綱渡りも、スイスイいける。楽しいかも。
透の母である宇賀神春菜は、心から笑っている息子の姿を見て、頬を緩める。何処か醒めた所のある透は、おもちゃを与えても、あまり喜ばない。主人の医学書を隠れて読んでいるのを見かけた時は、その真剣な表情に、声もかけられなかった。遊ぶ子も、同年代ではなく工藤さん家の茜ちゃん。年上好みなのかしら?嫌だわ、私に似たのかしら?
「ねえ、一人?」
「良かったら俺達と遊ばない?」
春菜は、ため息をついた。年下に見られがちだけど、二十歳を超えて子供だっているんだから。それに貴方たちみたいなチャラ男、好みじゃないのよね。
透が走ってくる。いけない、巻き込んじゃうわね。
手を握ろうと伸ばしてくる腕を逆に掴み、引っ張ってバランスを崩してやると、呆気なく転んだ。
「!何しやがる」
異変に気が付いたもう一人の踏み出した前足をふみつけ、体を捻って躱すと、簡単にもう一人も転がった。
「母さん!…凄いね」
「お父さんは、もっと凄いのよ?長距離の大会で、一番になったんだから」
「記録保持者?」
「難しい言葉知っているのね。そうよ?未だに破られていないんだから」
いつの間にか男達は、逃げ出していた。父さんに追いかけられたらやばいと思ったのかな?…居ないのに。
「母さんは、合気道?」
「そうよ?透にも教えてあげるわね。透は可愛いから、攫われちゃったら大変だから」
いや、俺は男だけど。母さん似で可愛いのは認めるけど。運動神経は、血筋かな。有難い。
「じゃあ強くなったら、母さんを守ってあげるね」
「うん、期待してるね」
いいつつ、上気した息子のぷにぷにほっぺにキスをした。ちょっと変わってるけど、私達の可愛い息子には変わりないのだから。
家に戻ると、父の智久がテレビを見ていた。今朝は夕べからの長時間オペで、まだ戻って居なかった。
「お帰り、春菜。透は寝ちゃったのか」
「あなたもお帰りなさい。寝てなくて大丈夫?」
「午前中には戻れたから、それから寝てたから大丈夫だよ」
「透も今日は楽しかったみたい。乗り物乗るより、アスレチックで体動かす方が好きなのね。きっと」
ソファーに寝かされて、僅かに意識が浮上する。
「そうか。良かった。俺も行きたかったな」
「また今度、行きましょう?透も喜ぶわ」
「俺だけ楽しめなかったのは、淋しいな。俺も喜ばせて欲しいな、可愛い奥さん」
「やだ、まだ夕方よ?透だって起きちゃう」
「大丈夫、ぐっすり眠ってる。ちょっとだけ」
「…本当にちょっとだけよ?夕飯の支度もあるんだから…」
すぐに聞こえてきた衣擦れの音に、俺は必死で意識を手放した。
仲良き事は、美しきかな。空腹に目を覚ますと、母さんは慌てて支度していた。
「透、起きたか。今晩は美味しいものを食べに行こう。透の好きなものでいいぞ?」
ああ、はいはい。愉しんでたら、夕飯の支度をする時間がなくなった訳ね。
「わーい、僕、お寿司がいいな」
可愛いらしく抱きつくと、残り香が…前世も併せて童貞だった俺は、唇を歪めて、鼻で笑った。
(別に、悔しくなんて、ないんだからな)
子供の舌には、わさびの刺激はちょっと辛い。半分だけわさびを落として、大好きなマグロをほおばる。
「透は、運動が好きか?」
「僕、かけっこだって一番だよ!」
「そうか。なら将来はオリンピック選手だな」
「父さん、それは親馬鹿って言うんだよ。僕は、僕の周りの人が幸せなら、それが1番いい」
「正義のヒーローって言わない所が、透らしいな」
「僕は俳優になりたいとは、思わないからね。どうせなら、父さんみたいな医者になりたい」
「そうか?大変だぞ」
「父さん見てれば分かるよ。だけど僕は、周りの人が困っている時、助けてあげられる人になりたい。」
「そうか、透はこんなに小さいのに、偉いな。父さんは鼻が高いぞ」
その時、父さんの携帯が鳴った。コール一つで出て、真剣な表情になる。
「悪い」
「大丈夫よ。透もいっぱい食べたでしょ?」
「うん。もうお腹いっぱいだよ」
会計を済ませ、家の前で二人を下ろすと、そのまま行ってしまった。
「淋しいの?母さん」
「ちょっとだけね。でも透が居るから大丈夫よ。あーあ、何か甘い物が食べたいわね。コンビニ行く?」
「僕、アイスがいいな」
少しだけ母さんの手を強く握ると、いつも通りの優しい笑顔を見せた。