なんてことはなかった人生
男主人公は初めてです。
なんてことはない人生。地元の公立中を、今日卒業した。4月からは地元の進学校に通う。大学まで卒業したら、公務員になる予定だ。家庭環境も至って普通。ただ、産みの母は俺が小さい頃に癌で亡くなり、再婚相手との間に10歳年下の妹がいる。母さんも、分け隔てなく俺と接してくれているし、不満はない。
今日は家に戻って着替えたら、友達とカラオケに行く予定。高校では俺だけ離れちゃうから、今日はしっかり楽しんでこようと思う。
電車通学なので、降りる駅の階段が最も近いいつもの後方車両が止まる、黄色い線の内側の先頭に立つ。同じホームには、同じく今日卒業した女子達が群がって何やら盛り上がっている。俺はそれなりにはもてていたと思う。けど俺は、年上好みで好きになるのは先生とか、近所のお姉さん。初恋は忘れもしない幼稚園の先生で、勇気を出して電話番号を聞いたのに、幼稚園の番号を教えて貰った、苦い思い出。
アナウンスが聞こえ、左を見ると近づいて来る電車がみえた。その時だ。ドンッと背中に衝撃を受け、俺の体は線路に投げ出された。何とか振り向くと、してやったりの顔をした知らないオヤジの姿が見えた。
気が付くと、辺り一面真っ白で、ふわふわとした雲の上にいるみたいだった。何故こんな所にいるか思い出せない。確かカラオケ…!そうだ、俺はあのオヤジに突き飛ばされて…ならここは、所謂天国ってやつなのか?なんか天使っぽい美人のお姉さんも近づいてくるし。
「あ、いたいた、工藤透君、でしょ?」
「あ、はい。お姉さんは天使ですか?」
「そう。アカトリエルよ。…全く、困るのよねぇ、寿命前に死なれると、準番てものがあるんだから。ま、君のせいじゃないけど」
「あの、俺結果的に電車止めちゃいましたよね?それの保証って」
「心配しなくても、目撃者もいるから、君のせいにはならないわ」
「そうですか、良かった」
「案外落ち着いているわね、君。普通はもっと取り乱すものよ。加害者を恨むとか」
「あまり実感がないからですかね。痛みもありませんし。で?これから僕はどうなるのでしょう?このまま天国ですか?」
「な訳ないでしょ。目立った善行も悪行もない、君みたいな子は人生やり直し。所謂転生ね」
「おお!転生キター!魔法のある世界だと嬉しいな」
するとアカトリエルはあからさまに深いため息をつく。
「頭沸いてるの?そう簡単に世界跨げる訳ないでしょ。全く最近の若い子は。まあ、君みたいなかわいそうな死に方をした子は、ちょっとした特典をつけるけど」
「!なら、なら生き返らせて下さい!希望の高校にも合格して、これからって時だったんで」
「何言っちゃってんのよ。死体が蘇ったら怖いでしょうが。おまけに君の死体はぐっちゃぐちゃぐちゃなのよ?肉片じゃ生きられません。現実見なさいよ。とりあえず時間もないしさ、サクッと転生してよ。自殺とかする困ったちゃんが多くて、そっちも対応しなきゃならないんだからさ。目、瞑って?」
「あ、はい。…お世話になりました」
「ん、次は寿命まで生きてねー」
お腹が空いて目が覚めた。目の前にあったおっぱいにしゃぶりつき、心行くまで飲み尽くす。
「げふっ」
「透、いっぱい飲んだねー、満足しましたか?」
女の人…母さんが覗き込んでくるけど、目はよく見えない。あれ?てか俺…前世の記憶持ってんじゃね?これがあの天使の言ってた特典て奴か?名前も透だし。いや、漢字は分からんが。
半年が過ぎて、はいずりまわれるようになった。母さんは結構美人だ。父さんは、あまり家に居ないけど、起きてる時に逢えば、可愛いがってくれる。余談だが、高い高いは恐怖だ。もし間違って落とされたら、またアカトリエルに文句言われそうだ。
日課のはいはいで家の探検をしていると、絨毯の上に落ちていた封筒を見つけた。どきどきしながら住所を見ると、
(マジかよ。近所じゃねーか)
何と、同じマンションだ。けどご近所さんに今の両親は居なかったし、宇賀神ていう苗字に覚えもない。俺の死後に引っ越してきたのだろうか?
死後何年経っているか分からないけど、そんなには経っていないだろう。電化製品が、進化してないしな。こうなったら、一刻も早く歩けるようになって、両親と妹に会いたい。特に妹はお兄ちゃん子で、俺が死んだ時は凄く悲しんだだろうから。