4. 切り札
VSディンエル、クライマックスです。
『自分のしたいように』
デックに諭され、自覚した自分の目標。
不思議と、すとんと胸に入ってきた彼女の言葉が、僕をかき立てる。
自由にしたいことを、そう思うがままに。
そう上手くことばかりじゃ無いとは思う。したいと思っていても、できないことも往々にしてあるのが現実というもの。それでも、決めたからには、やるしかない。
自分が望むことを精一杯。
それでいいと、そう覚悟ができたから。
「そのために、黒溶龍を叩きつぶす」
それは決意だ。
口に出せば、それは誓いとなる。誓いは力に変わり、この腕に宿る。
はっきりと、ヤツを見据えると、鋭い血のような瞳と交錯する。
──ヴグゥゥゥゥゥゥゥァァァァ。
低く唸るようなディンエルの吐息に、気圧されまいと柄を握る。『向日葵』の透明なオレンジの柄からは心なしか暖かさを感じ、僕に勇気を与えてくれる。
相対すべく、僕はその刀を引き抜く。刀身は薄く黄色に照らされ、太陽を彷彿とさせる。
柄に両手を添えて、構える。
「デック、作戦通りにいこう」
「よろしいのですか? マスターのHPは回復したとは言え、危険ではあると思いますが」
「……それはそうだね。でも試してみたいことがあるんだ」
「試してみたいこと?」
きょとんと首を傾げるデック。分からないのは無理もない。
僕が『雲海の柱』にて発見して、今再確認したあることについて。それが試してみたいこと。僕が考えついたもう1つの作戦。
上手くいけば、ディンエルに大ダメージを与えることができるかもしれない。
期待半分、願望半分の博打ではある。けれど、可能性は決して低くはない。
誰かが作ってくれたチャンスが確かにあるから。
失敗はきっとしない。
怖いけど、怖くても立ち向かう理由がある。ボクが僕でいるために。
「任せたよ」
西洋刀をぎゅっと握り、呟く。
「……分かりました。お気を付けて」
「ありがとう、デック」
彼女が離脱するのを視界の端で確認して、僕は踏み出す。
〈身体強化Ⅰ〉や〈身体強化Ⅱ〉などのスキルによって、飛躍的身体能力を生み出した、僕の一歩。
踏みしめるたびに加速する。加速、加速、加速。
道となっていた〈雪華〉の花びらは、ディンエルの範囲攻撃〈内破壊の咆哮〉によって粉々になっている。だが、その効果は健在のまま、黒炎を抑え続けている。そのために、まだ走ることができる。駆けることができる。
一歩、また一歩。踏みしめてヤツの眼前で握った刃に力を込める。
僕の戦闘態勢に気づいたのか、ディンエルは火傷を負った左腕を振りかざす。
デックが喉を潰してくれていたおかげで、少しの間は〈内破壊の咆哮〉を発動させることはできない。ならばと、痛みを押して振るうことにしたらしい。
〈物理反射Ⅶ〉で黒炎を跳ね返しダメージを負わせられたとは言え、元はディンエルの生み出した炎。その耐性は保持していたようで、振るうスピードは先ほどと遜色ない。ダメージを感じさせない動き。
ずずっと黒炎を滲ませた前腕攻撃が迫る。〈絶望の炎〉の攻撃は、強力無慈悲だ。喰らってしまえば、先ほどよりも大ダメージを負うことになるのは目に見えている。
だが、対策らしいものは1つだけ思いついた。
「〈白炎〉……解放」
『向日葵』の特殊な技──〈白炎〉。刀身から黒炎と対照的な"白い炎"が溢れる。纏われていく白炎は、太陽のように刀身を輝かせ続ける。きらきらと燃える炎は、確かにどろどろと燃える黒炎に対抗しうると思わせてくれる。
太陽の光を浴び続けることでチャージすることで、白炎は勢いを増して燃え上がる。そして今は雲1つ無い快晴。
『向日葵』を最大限使用できるコンディションが整っていた。
それが、今持ちうる対策の全てだ。
「いくぞ」
──ヴヴゥゥゥゥァァァァァァ。
きっと、たまたまであろうが。
呼応するように、ディンエルは唸る。刺すような視線。
受けて立つ、とそう言われているようにも感じられた。
そこにいるのは、化け物ではない。相対する敵である。
黒龍からしてみれば、僕の存在は羽虫のようなもの。対等な返事などあるはずはないと、分かっていても、そうであればいいなと夢見てしまう。
〈物理反射Ⅶ〉で手ひどいダメージを受けた。〈波動砲〉で喉を潰された。
そのことで、敵として認識していて欲しい、なんて。
夢の見過ぎだと笑われるかもしれない。それでも、これほどの圧倒的強者に認めてもらえたならば、僕の存在に一片でも価値を見出すことができるのに。
それが残念ではあった。
──合図は、必要なかった。
〈絶望の炎〉と〈白炎〉が激突する。
黒と白が景色を覆う。燃え広がる。互いに互いを燃やし尽くそうと、勢いを増していく。
拮抗する2つの炎は、混ざり合い、溶け合い、殴り合う。
一歩も引かぬ攻防。
だが、徐々に形勢は決まってくる。
「ぐぅぅぅぅッッ!!」
押し負け始めたのは、僕の白炎だった。
ばちばちと音を立てて、黒炎が広がるのを止めきれずにいた。
そもそも、黒炎は〈雪華〉の効果によって抑えられていた。時間が経てば、雪は溶け、黒炎が漏れ出すのは当然の帰結。黒炎に有利な状況に変わってしまっていた。
対して、白炎は太陽光をチャージして貯めているために、貯蓄が目減りしてしまうことは避けられない。常にチャージと放出を繰り返して、勢いが弱らないようにと維持するのが精一杯。
長期戦は不利。そのことは、僕も理解していた。
それでもあえて挑んだのには理由がある。
それは、意地になっているとか、そういうことだけではない。
ディンエルが黒炎に意識を集中させていることによって、そして僕が植えつけた攻撃によって、一瞬だけ意識を刈り取ることが可能になる。
黒炎に押されている衝撃に、歯向かう。そして。
「……ざ、〈残心〉ッッ」
発動を口にする。
──グブゥゥァァァァァァ!?
黒溶龍が仰け反った。顎から下、その不意をつく衝撃によって、体勢を崩されている。
これは反射とは違う、一度した攻撃を時間差で再び放つスキル〈残心〉の効果だ。
さらに、“龍骨”を放つ際に発動していたスキル〈進撃〉によって、硬い龍鱗を顧みずに攻撃は進み続ける。皮膚を切り裂き、削ぎ落とし、突き進む。
〈残心〉の特性で威力は半減してしまうが、意識を逸らすことに成功する。
撒いておいた種は、しっかりと花開いてくれた。
そして、その花がさらなる一手に導いてくれる。
「〈白炎〉……最大出力ッ!!」
刀は、溜め込んだ光を一気に放つ。
吐き出された炎は濃度が高められ、白というには眩しすぎる熱量が黒炎を包み込む。
1秒にも満たない勝利、過ぎてしまえば今度こそ黒炎に抗う術はない。それでもこの一瞬を作り出すために、全てを振り絞った。
──ヴヴゥゥァァァァ!!
閃光が走る。
その白炎の輝きによって、黒龍はモロに光を浴びる。白炎自体は黒炎を飲み込むのに、殆どの力を使ってしまっているが、その光は止まらない。
拡散する白を、瞳に捉えてしまったが故に、ディンエルの視界が光で満たされる。その瞬間、僕を見失う。
これが、僕の秘策。そして次なる一手のための布石。
試してみたいこと。大ダメージの引き金となるかもしれないこと。
このコンボが、僕の作戦の全て。
「〈直線加速Ⅲ〉」
景色を全て置き去りに、最高速で加速する。
曲がることができずに愚直に進み続ける、それだけの単純なスキルでリスキーなスキル。代わりに僕は他の追随を許さない電光石火の速さを手に入れる。その目的地に向かって、止まることなく歩み続ける。
その猪突猛進さがあるために、相手の視界を奪う必要があった。そして、黒炎の猛攻から逃れる隙を作る必要もあった。その2つを成功させる、その目的のために、力押しが必要だった。
その力の一騎打ちは、確かに僕の負けには違いない。
だが、技での勝ちは譲るつもりがない。
最後の閃きが、僕に勝機をもたらす。
〈直線加速Ⅲ〉のスキルによって、〈白炎〉の目眩ましによって、ディンエルの妨害なくその場所にたどり着く。その場所は、青い血が流れる龍燐。ディンエルの右腕。
そこには、僕がつけた覚えのない傷があった。鋭利な武器によって刺されたであろう細い刺し傷、打ち付けられたであろう打撲痕が。
そして突き刺さっている白いナニカ。
そのナニカを掴み、抜刀のように引き抜いた。
「〈神無月流抜刀術 五式『吸鬼』〉ッッ!!」
ナニカが赤黒い光を放ちながら切り抜かれる。
その技はすでに差し込まれた武器を引き抜く勢いを利用して、抜き斬るためのもの。
抜刀と同時に青い液体が噴出する。
──ヴヴォォォォァァァァッッッッ!!!!
ディンエルが猛り吼える。
利用したソレが思っていた以上に巨大であったことで、想定以上のダメージになる。
ソレは白い柄の刃が黒い大剣。
見覚えのある武器。だが、使用したことは一度もない武器だった。
本来は使用者にしか靡かないじゃじゃ馬だと聞いているが、今回ばかりは力を貸してくれたらしい。
その威力を持って、ディンエルの巨木のような黒腕の3割を刈り取った。基本的に4足歩行のディンエルにとって、支えとなる腕が動かせないのは致命的だ。
だが。
「嘘っ……!?」
息つく暇もなく、青い血が牙を剥く。風が吹いたかと思うと、頬からピリピリとした痛み。
流れ落ちるだけの青い血が、鋭く僕の頬を掠めた。そのことに驚く。
血はオーダーズにはなかったもの。だから、それが使われることを予測していなかった。そうした新たな力がアップデートされた可能性。そのことを考えてはいなかった。
頬から流れる赤い血を拭う。
意外と冷静に考えられている。
どうした力なのか、どうすれば良いのか。
答えは、すぐに思いついた。
「〈神鉄斬撃〉」
黒剣が、蒼く煌めく。
飛来する血の刃を、弾く。
片手では持ちきれないはずの大剣は、いとも簡単に右手のみで振り切れる。その事象によって不思議な力を感じずにはいられない。
それでも好機。蒼剣を滑らせる。
一撃、また一撃。
弾くたび、青い血はその形を崩し、元の液体へと戻っていく。ペチャペチャと前方に落ちるのが見える。その血はもう刃として用いることはできない。
さらに弾く、弾く、弾く。
無数の弾丸を、切り結ぶ。
蒼い斬撃が、線を描く。
いつまでも続くような、そんな乱舞に、僅かに高揚する心を抑える。
これは、僕の時間稼ぎ。ディンエルの気をそらすための。
僕の役割はこれでいい。
時間は十分。もう、既にチャージは終わっているはず。
「……だよね、デック」
『もちろんです、マスター。チャージ完了です、いつでも発射できます』
「……わかった。いつでもいい、よッ」
〈通信〉が、デックから入る。《最果ての地》に帰還しているはずの、僕の相棒の声が。真っ直ぐな彼女の声が。〈神鉄斬撃〉を振るいながら、僕は答える。
それで彼女は最高の力を振るう。
『〈波動砲Ⅹ〉……発動します』
紫の閃光が世界を包んだ。
* * *
──本当に、変わりすぎている。
〈波動砲Ⅹ〉は、《最果ての地》に搭載された防衛システムをフル稼働して、そしてデックの演算で最大限に威力を高め、ようやく発動することができる超強力なスキルだ。
それ故に、デックに決定打を放ってもらう必要があった。最後の最後に、大きな一打を。
領域を守るための人工知能である彼女にしか、できないことだ。
それ故に、ディンエルの眼をこちらに向けさせ続ける必要があったわけなのだ。
だが、その最大威力に巻き込まれるとは思わなかった。
考えて当然のことだったとは思うが、ゲームの時と同じ感覚でさらっと「いつでもいい」と答えてしまった自分が恥ずかしくて仕方ない。
フレンドリーファイヤが実装されているなんて、想定できるわけもなかった。自分が購入したNPCに攻撃されるとはこれいかに。
だが、まあ〈内破壊の咆哮〉よりちょいと強いぐらいだったはず。体感では。
「マスター……すみません」
「いや、いやいや、全然大丈夫だけどね?」
平謝りするたびに紫色の髪がふわりと揺れる。
その謝罪を見上げる形になっている僕。
地面に突っ伏したままで、〈回復〉をかけてもらっている僕。
なんと情けない主人だろうか。
「それで、ディンエルは?」
「逃げていきました。撃退は成功したようです」
撃退。どうやら、討伐には至らなかったらしい。
それでこそ『オーダーズ』最凶の黒龍、といったところだろうか。
紫の砲弾がディンエルを飲み込む所までは見えた。その後、ディンエルはなんらかの力で逃亡することにしたと、そういうことらしい。
「ひとまず、脅威は去りました。お疲れ様でした」
「……本当に疲れたよ」
余波がなければ、僕も満身創痍でなかったものを。そんな負け惜しみを心で呟く。
きっと、僕だけでは決定打がなかった。
ディンエルには、届かなかった。
紫色の髪が、風に舞う。
一陣の風が、僕とデックに吹くのを頬に感じる。
彼女がいてくれたから、僕は勝つことができた。
だから、今だけは。
「ありがとう」
「どういたしまして」
戦いでの課題は多い。
この世界の知識も乏しい。
それでも、彼女といればどんなことでも出来そうな、そんな温かい気持ちになる。
全能感とは違う、安心感よりもっと深い気持ち。
彼女がしゃがみ、そっと僕の髪に触れる。
この気持ちに名前がつけられるように。
この曖昧な不鮮明な気持ちを。
彼女は髪を撫でて、可憐に微笑んだ。
──戦闘終了を確認。
──戦闘データの解析を開始。
──解析……解析……解析……解析、完了。
──個体名:ディンエルの詳細な情報を入手。閲覧を開始。
──……不明な項目を確認。疑問を提示。
──疑問、“なぜ破棄された個体が出現した”?
──……回答を得られず。引き続きの調査項目として加える。
──戦闘が終了したことにより、プレイヤー名:リオは《最果ての地》へと帰還する模様。
──これまでのデータを『プレイヤーフォルダ3』に保存。
──保存……保存……保存……保存、完了。
──報告、終了。