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2. 初めての血

初のボス戦!

 広大を誇る《最果ての地》は、様々な『幻想』が形になった場所になっている。

 そんな幾多の夢・幻の世界で最大の建物と言えば、『覇王城シエスタ』に他ならない。が、最も高い場所は別の場所になる。雲の上にまで悠々とそびえ立つ『雲海(うんかい)の柱』、その頂上からはこの世界を一望できると思わせるほどの遙かなる高み。雲海の眺めは、陽光があれば暖かく照らされ、月光があれば静かに輝く。


 雲の出ていない今日、この場所が1番都合が良いと考えた。


 デックが装備やアイテムを準備してくれているその間に、僕は相対する敵の正体を掴む必要があった。ただでさえ苦戦は免れない最凶のモンスター。フィールドボスの中でもどの種類なのか、サイズはどれほどか、気を付けるべきはどの攻撃か、どのアイテムが効果的かなど、分析し対策を練ることで勝率を上げようと考えたのだった。

 『雲海(うんかい)の柱』の上からなら、その巨大な体躯を確実に見つけることができる。


 その想像は間違っていなかった。

 ただ、規模があまりにも違いすぎる。


「……っ、これは」


 その姿は、太古の昔に存在したという恐竜のようだとも思えた。

 漆黒の龍燐に、鋭い牙と爪、赤く染まった血のような瞳に、その凶暴性がにじみ出ている。その巨大な4本足で地面を踏みしめると、僅かに生えていた木がなぎ倒されていく。その周りでは土が溶け、燃え広がる黒炎が、どろどろとマグマのように浸食していくのが分かる。もし立ち上がれば、雲の上にすら手が届く。その黒炎が空を焼き尽くすことになるだろう事が想像できてしまう。


 雲の上からこんな詳細に知ることができる。それが、このモンスターの異常性を示している。

 そして、その正体も、瞬時に掴む。


 ──黒溶龍(こくようりゅう)ディンエル。


 全てを溶かし、全てを破壊する黒龍種で最狂の存在。

 通った後の道には、何も残らないという曰く付きの化け物。


 近くの領域(テリトリー)を丸々1つを黒で飲み込んで、その怪物は前進する。

 ずしんずしんと、揺れて溶ける。


 ディンエルについての情報は、ほとんど無い。『オーダーズ』にて、文献のみが残されていただけのモンスター。未知数な相手であるため、既存の対策に頼ることはできない。


 相当にやばい相手だということは分かっていた。僕が打つことのできる策が、果たしてどれほど通用するのか。

 息を吐き出して、さらに観察を続ける。どうにか突破口が見つかることを祈りながら。


「……ん? あれは……」



 * * *



「マスター、こちらの準備は整いました」

「オッケー。じゃあ、手はず通りに」

「了解しました。……ご武運を」


 デックの優しい激励を胸に、領域(テリトリー)の外へと躍り出る。

 まだ、溶けていない地面に足をつけて、ヤツを目の当たりにする。やはり、上から見ていたよりも迫力がある。1つの山を相手にしているかのような圧迫感と緊張感。その2つを脳裏に追いやり、見据える。


 ディンエルの歩みが、真っ直ぐに《最果ての地》へと向かっている事を再度確認する。

 やはり衝突は避けられない。

 そして仕掛けるならば、気づかれていない今が好機だった。


 あれほどの巨体、普通の人間種の身体である僕の存在は、アリやハエほどの物だろう。よくてネズミレベルでしかない矮小な存在。

 だからこそ、今チャンスがある。


頼りになるのは、培ったスキルと腰に下げた2本の刀。


「……〈限界突破〉、〈身体強化Ⅰ〉、〈身体強化Ⅱ〉、〈身体強化Ⅳ〉、〈跳躍〉、〈疾走〉、〈逃げ足〉、〈風纏い〉、〈黒炎耐性~極~〉、〈冷気付与~上~〉、〈物理反射Ⅶ〉」


 考えていた自己強化のスキルを発動させる。効果時間や冷却時間を考えるとここら辺までだろうか。他はアイテムで補うこととする。その1つ目は、自らの足場を創ることだ。

 腰に携えていた刀剣の1つを右手で引き抜く。その剣は氷のように冷たく、周囲に冷気を発し続けていている。透き通った刀身は蒼く、握るとひんやりと気持ちいい。ぎゅっと握りしめる。


「……『白銀の王子(スノー・プリンス)』、起動」


 日本刀の一種である『白銀の王子(スノー・プリンス)』。

 右手で握るそれを、勢いよく地面に突き立てる。ディンエルとの距離は、黒龍の頭2つほど離れてはいる。しかし、ヤツにとっては目と鼻の先。そう遠い距離ではない。

 そして、『白銀の王子(スノー・プリンス)』の間合いでもあった。


 白銀が、突き立てた地面から溢れ、濁流のごとき勢いで周囲を覆い尽くす。瞬間、黒溶龍のテリトリーを示していた黒炎をも、白銀の花が飲み込んだ。


 それは雪だ。白く美しい雪の結晶。


 雪が溶けることなく、辺りを包んでいく。

 夏に降る雪、そんな言葉が頭をよぎった。それほど非現実的で、幻想的な光景。

 吐く息を、冷気が白く染め上げる。


 これが『白銀の王子(スノー・プリンス)』の持つ特性、〈雪華(せっか)〉の力。本来は、刺したり突いた場所に雪の花を咲かせる追加攻撃としての用途なのだけど、今回はイレギュラーな使い方をしている。


 白銀の花はその範囲を広げ、黒溶龍(こくようりゅう)の前足付近に届く。

 様々な耐性を持つ装備を整えたとして、黒炎はびこる溶けた地面を踏みしめることは容易ではない。だから、〈雪華(せっか)〉の効果によって、安全な道を生み出したのだ。

 その目論見が成功したことに、一先ず安堵する。

 〈雪花(せっか)〉を使用しているために、地面に突き立てたままの刀を手放し、そして一歩踏み出す。


 雪の花でできた道。安定した足場になっているそれでも、〈跳躍〉〈疾走〉などで強化している僕の一歩によって花弁が崩れてしまう。だが、それでも近づければ十分だ。


 スキル〈跳躍〉によって前方へと、〈疾走〉によって勢いよく躍り出る。

 真正面から近づいても全く気づかれる様子はない。油断なのか、目視できていないのか。今回は、その事実が僕に有利な状況を作り出す。


 この最初の攻撃は奇襲だ。

 相手の意識の外から、大きな攻撃と衝撃を加える。

 そして気を逸らす。


 そうすれば、僕の役目は達成される。


 近づけば、近づくほど、ディンエルの発する振動は大きくなる。踏みしめた足からは、僅かな黒炎が再び発現し始めているのが分かる。時間は限られている。

 はやる気持ちを脚へと込める。

 跳躍したそのままのスピードで、景色を置き去りにしていく。さらに、さらに先へと。


 ディンエルの巨大な頭部まで、あと少し。

 『白銀の王子(スノー・プリンス)』の効果によって多少は緩和されているとはいえ、相当な熱気が襲いかかる。

 身にまとう装備も『覇王シリーズ』という全耐性に優れたものにしているが、それでもここまでに熱を感じるというのは、黒溶龍(こくようりゅう)の名が伊達ではない事を証明していた。

 『オーダーズ』において、ここまではっきりとした体感は初めてだったため、僕は戸惑う。だが一瞬のみで、すぐに切り替える。


 今は斬撃に、全意識を込める。


「〈騒音耐性~上~〉〈集中〉、〈一点突破〉、〈初心の一撃〉、〈龍殺し〉、〈奇襲の心得〉、〈残心〉、〈進撃〉、〈孤高の翼(ロンリー・ウィング)〉」


 自己をさらに強化する。これらのスキルは、先程発動したものとは異なり、クールタイムが長く、効果時間が短いものだ。

 使い所が難しい分、この直前のタイミングで使わざるを得ない。だが、それだけ強力なスキルでもある。


 とん、と方向転換。地面を思いっきり蹴り、僕は浮遊する。スキルなどの効果によって、ロケットのように飛び出した、その目的地はディンエルの顎下。黒い鱗がびっしり覆うその場所に、この強力な攻撃をぶつけるつもりだ。

 そして、もう一本腰に差していた西洋刀の鞘に手を添える。

 銘は『向日葵(サンフラワー)』。僕が愛用している一振りだ。


『覇王シリーズ』の1つ、『覇王の外套』が風になびく。その純白な装備が、勢いよく地面から離れ、黒龍に肉薄する。


 時はきた。

 口に出すには恥ずかしいこの技で、確実な一手を。


「……〈神無月流抜刀術 三式『龍骨(りゅうこつ)』〉ッッ!!」


 とあるプレイヤーが創り出したスキル〈神無月流刀術〉。これが既存のスキルよりも大幅に戦闘に特化した特殊なもので、その技を創った本人から受け継いで今に至る。

 強いことは強い。比較しても、普通の〈刀術〉スキルよりも約2倍の出力と多彩な攻撃バリエーションを兼ね備えている、完全無欠なスキルなのだ。


 その技名が、かなり()()の入ったものでなければ、という注釈は付いてくるが。


 そんな強力なスキルの数ある技のうちの1つ、それが『龍骨(りゅうこつ)』という技であった。


 地面から天へと、登りゆく龍のように。

 相手の下から、抜刀の勢いを利用して刀を上へと走らせる。それは斬るというよりは殴る、と言った方が正しいかもしれない。

 だが、龍と呼ぶには無骨にすぎるその技。


 故に、龍の骨──龍骨(りゅうこつ)と呼ぶ。


 そんな『龍骨(りゅうこつ)』が、ディンエルの顎門を捉えた。

 鈍い音が、辺りに響く。

 斬りふせるのではなく、衝撃を加える。これ以上の技はない。



 ヤツの赤い目がぎょろりと僕を捉える。



 ──グルゥゥゥゥァァァァァァォォォォォ!!!!


 巨獣の叫びが響き渡る。

 ここまで巨大に放たれる騒音と今の僕の位置を考えると、耳に多大な影響が出るだろう事は想定していたため、『耳栓~極~』を装着して、〈騒音耐性~上~〉のスキルを使用した状態ではあった。それでも、この振動が鼓膜を殴る。耳を塞いで、耐える。


 それだけ、ディンエルの意識を刈り取る一撃だったということだ。様々なブーストを併用した、協力無慈悲な一撃は、流石のフィールドボスと言えど通用してくれたようだと、そんな安堵にも似た気持ちだった。


 だが。


「……やばっ!」


 叫びとともに、僕の横方向からディンエルの鋭い顎門が迫る。

 空中に浮いているため、回避は容易ではない。

 だが、そのためのアイテムも所持している。

 腰につけたポーチから、その対策アイテムを取り出し、唱える。


「『重力輪』……起動っ!」


 鉄の球体のようなそれは、自身にも作用する重力操作アイテムだ。

 半径5メートルにある重力を、強くすることや弱くすることが可能なアイテム。その強弱は上限が決まっており、また発動時間も10秒と短い時間であるため、使いづらいものではあったが、この状況では緊急脱出方法として優れていると言えた。


 『重力輪』で発生した強力な重力によって、地面に引き戻される。

 少し遅れて頭上を、ぶぉんと音が通り過ぎた。真上を風が勢いよく吹き荒れる。


「あ、危ない……ぎりぎりセーフだったぁ……」


 ディンエルの顎門が、通り過ぎるのを下から見て恐ろしくなる。

 巨大なそれが当たれば、ひとたまりも無い。3発も当たれば、目には見えないHPがぐんぐんと減って、《最果ての地》まで死に戻るという可能性が高い。

 そういった緊急回避の方法はいくつか用意している。それでもどこまで避けられるか、それが問題だった。上手くいってあと2,3回。それ以上は厳しいだろう。


 ズドン。

 膝をついて着地をする。ずしんと重い感触。

 地面に着地したとしても、未だ重力輪の効果は続く。そのため少しだけめり込んだ膝元を見て、頬を引きつる。


「うっへぇ、ちょっと加減間違えちゃった。……『重力輪』解除っと!」


 使用を止めると、重力は元通り。少し体が軽くなった感覚を受ける。

 これを繰り返して、彼女が準備を整えるまで、粘れば良い。


 そう、希望を見たその時。


 ──グヴヴゥゥゥァァァァァァォォォッッ!!


 先ほどの叫びと似たような、それでいて全くの別物の雄叫びを聞いた。


 そして衝撃。


 ヤツを中心に波状に広がる衝撃に、飲み込まれたのだと遅れて気づく。

 その攻撃方法は、『オーダーズ』になじみのあるものだった。


「全体、攻、撃……かっ!!」


 顎門を振るうといった単体攻撃ではなく、周囲を巻き込む全体攻撃。それが黒溶龍ディンエルのスキルによるものだと、すぐに気づいた。

 吹き飛ばされる体をなんとかバランスを取り、地面に『向日葵』を突き立てる。仄かに黄色に発光する刀は、硬い土と石によってズガガッと擦れる音を鳴らす。武器に優しくない方法だが、その甲斐あってか僅かな時間で減速し、なんとか勢いを逃がし切ることに成功する。


 だが、離れてしまった距離はどうしようもない。この衝撃波はディンエルに体勢を整えるという役目を持っていたらしい。ヤツはこちらをはっきりと目視している。その燃える双眸で睨まれると、胃の辺りが縮んでしまうような気持ちになる。


 だが、もう少し時間が必要だ。

 あれの準備には時間がかかる。

 まだ、続けない訳にはいかない。止めるわけにはいかない。


 ()()足と腕、そして胸の辺りをなんとか気張って立ち上がる。 



「…………ゲホッ」


 ふと妙な吐き気によって、ソレを吐き出した。

 奇妙な感覚だった。内側から何かがせり出す感覚。『オーダーズ』には無かった感覚だ。


 その感覚に沿って、吐き出したモノを見て目を見開く。


 真っ赤に、そしてどろどろとしたソレ。



 ──血が滴り落ちていた。

──《最果ての地》の戦闘展開を確認。


──個体名:ディンエルの融解現象を確認。


──特異なエネルギーを検知。


──以後、このエネルギーを“マナ”と呼称。


──さらなるデータ収集の必要性がある。


──報告、継続。

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