11. 花園/合言葉
久々の更新になりまして!すみません!
1週間以上も空けてしまったから、書き方がわかりません!!
……リハビリしよ。
「『暗躍流星』……セット完了」
「あ、あ、あのっ」
「じゃあ行くからしっかり捕まってて。……発動ッ!!」
ひゅるひゅると音を立てて宙へと飛翔する。『暗躍流星』の長距離飛行が始まったのだ。
木精霊シュラウのアナウンスに沿って、彼女の本拠地へと向かうためだった。
「僕に常識を教えて欲しい」
そんな珍妙な交換条件に驚いていたものの、彼女は深くは聞かずに僕の知りたい事を教えてくれた。
その情報は〈コール〉のスキルを用いてノインにも伝えられている。それらの情報の精査をノインに頼んでいる。さらに『影隠れの悪鬼』との戦闘で得た戦利品についても彼女に一任している。仕事は多いが、頑張ってもらいたい。
そうした情報を照らし合わせて、《最果ての地》に有益な情報を揃えていく。そうなれば、この戦闘に参加した意味も深まるというもの。考えなしに行動した訳ではないことが立証されるに違いない。たぶん。
そうして教えてもらった後で、シュラウが住んでいるという場所へと向かうことにした。曰く「『水石』さえあれば、私達は生き延びることができるから」ということらしい。そもそも今日はそのアイテムを探すことが目的であったと。あどうやらかなり切迫した状態であるらしいことは朧気に理解することができた。
悪魔の軍勢に支配されたフィールド。聞くだけで厄介ごとのにおいがぷんぷんしている。
「下ろしてぇぇぇぇ!!!!」
「下ろせないから我慢して! 大丈夫、振動もほとんど無いでしょ?」
「ないけど怖いものは怖いのっっ!!」
「あ、ちょっと掴まないで、コントロール難しくなるから!」
コート型のアイテムである『暗躍流星』には振動遮断効果も付与されている。乗り物酔いとは無縁のチートアイテムなので、恐怖している彼女にも安心安全の構造のはずなんだけど。
暴れるシュラウをなんとか落ち着かせて、飛行が万全に行える体勢を取り戻す。先ほどまで、僕にこの世界の常識を教えてくれた人とは思えない。やはり彼女も根は子供という事なのだろうか。
「あ、ここですここ! 早く下ろしてっ!」
「……早く降りたいだけなんじゃ。いや、おっけー。降りるよ」
テンパって敬語が抜けてきた少女を連れて、荒れ果てた大地へと着陸する。悪魔達と戦闘を行う前とは違って安全にゆっくりと降り立つ。『暗躍流星』を解除すると、真っ先にシュラウは飛び出していく。
「……もう2度と乗りたくない」
「こんなに苦手な人が、いや苦手な精霊がいるとは思わなかった。安定感は抜群だったはずなんだけど」
「安定感はあったけど、そうじゃなくて、その……」
「その?」
「……高いところ、苦手なの」
服の裾をきゅっと握って、バツが悪そうにシュラウは答える。
なるほど、そっちか。墜落の危険とか乗りごこちではなくて、高所がだめだったのか。
「ごめんね? でも言ってくれれば歩いてもよかったのに」
「……早く着けるならそれに越したことはないかなって思って。でも、こんなに苦しいとは思ってなかったから」
「それで、うっかり乗ってしまったと」
ふむ、と僕は納得する。確かに彼女にとってはすぐにでも離脱したい場所ではあったはずだ。襲われた場所に長居したいと思う者は誰もいないだろう。
僕が理解を示していると、シュラウは頬を赤らめる。そして急いたようにぱんぱんと手を叩く。
「も、もういいです! 早く行きましょう!」
「……はいはい」
妹がいたらこんな感じかもしれない。そんな気持ちになる。
シュラウの歩みに合わせて、僕も歩き始める。
周りを見ると、『常世の鏡』でみたような荒れた土地。先ほどの岩石地帯ほどではないにせよ、ここでは花は育ちそうにない。これがあの花々が咲き乱れる《花園》の末路だというのだろうか。
シュラウの話では、この場所がこれほどに変化してしまったのは悪魔の軍勢の影響であるらしい。僕の思い出の中にあった《花園》から変わってしまっているのは、その悪魔の侵攻があったからだということらしい。
そして、現状ではこの場所は悪魔達に放置されているという。その理由は不明だが、おかげでシュラウ達は地下にある施設へと逃げ延び、今日まで生き残ることができている。
そんな場所に僕は招待されている。その地下施設は、彼女達にとっての生命線。見ず知らずの僕を招いて良い場所ではない。
だがシュラウは、気にした様子はなく歩みを続けている。
「シュラウさんは、僕を地下に案内してもよかったの?」
「……シュラウでいいです。助けてもらったのは私の方ですし、それにこれでも少しは信頼いしているんですよ。私、人を見る目はあるので」
シュラウは自分の眼を指さして笑う。その瞳は深い緑色に煌めいており、自らの根底を見透かされているとさえ思わせる深みを帯びている。
精霊種は、そもそも本質を見抜くことに長けた種族であるらしい。そのような話は『オーダーズ』では聞いたことがない。これもゲームとの乖離がもたらす現象に他ならないのだろうか。
本質を見抜く、そのことについてはシュラウから話してもらっている。
『相手の考えていることが全て分かる訳じゃないです。ただ、善意・悪意の違いを見分けることくらいはできますし、何者なのかを理解することもできます。それが本質を見抜く、精霊種の種族が持つ力です』
ということらしい。
心を読むには至っていないようだが、それでも強力な力であることにはかわりない。セルフ嘘発見器のようなものだ。例えばスパイを発見することも可能であるし、情報の真偽を測ることもできる。彼女がいることによる効果は計り知れない。
そんな彼女が僕を信頼してくれているというのは、嬉しいがこそばゆい。
「信じてくれるのは嬉しいけど……悪意がなくても、騙そうとしてるかもしれないよ?」
「もしそうだったら、見る目がなかったと思って諦めます。それにリオさんが本当に害するつもりなら、私達なんて瞬殺ですし」
「いやいや、瞬殺はさすがにできないからね」
「……嘘はよくないです」
むーっとシュラウは横から僕を睨む。残念ながら精霊に嘘は通用しない。見破られた後ろめたさも相まって、僕は息を吐く。
彼女から聞いていた話を統合すると、地下にいる戦闘員はそれほど多くはない。その彼ら彼女らを排除することができれば、確かに容易に制圧することはできよう。『影隠れの悪鬼』のような特殊個体がいないことが前提条件ではあるけど。その場合は、僕の手持ちアイテムやスキルを使って対応するので大差はないかもしれない。
これでも黒溶龍ディンエルとある程度戦うことができるだけの力はあるのだ。そんじょそこらのモンスターには負けないという自信がある。
苦戦するのって、本当に別格の強さを持つボスモンスターやフィールドボスモンスターだけなんじゃないだろうか。
「つきました、ここが地下への入り口です」
思考を巡らせていると、いつの間にか目的地にたどり着いていたようで、案内が終了していた。
シュラウが示す先にあるのは何の変哲も無いと思われる地面。荒野のカラカラの大地があるのみだ。一見すると、そう見える。
だが、僕はこのような場所に覚えがあった。《花園》を管理する一角に設けられた地下施設。植物を育てるのに適した環境を揃えた空間に、談話するための部屋、この世の楽園を詰め込んだ秘密の部屋などなど。そうした彼女の理想が詰め込まれたオアシス。
その入り口は、彼女が他から見ても分からないようにと細工をしていた。
『入り口は、外からでは分からないようになっている。リオ、パスワードを教えておくので覚えておくように』
『……その口調は?』
『き、気にするな。いいか、この入り口を開くパスワードは──』
「じゃあ、中にいる子にあけてもらい……」
「──”さようなら、愛しい人よ。私を忘れることなく、健やかに咲け”」
僕は記憶の中にあった彼女の言葉を思い起こす。案外そんな細かな言葉も覚えていたようで、すらすらとキーを唱えることができた。
地面に擬態していたそのフタらしき物が、ゆっくりと静かに開かれる。
「……え?」
「あ、開いた。よかった、開かなかったらどうしようかと」
「……え、えぇ!?」
盛大にシュラウは驚いている。一体どうしたんだろう。
「……リオさん、なんで合言葉を?」
「え、合言葉? あーそれは友達に教えてもらったんだよ」
「私達ですら知らない合言葉を教えてくれる友達って一体……?」
「えーっと、もしかして合言葉必要なかった?」
「必要なかったですけど、それはもうどうでもいいです!」
『オーダーズ』ではその方法でしか入れなかったんだけど、別にこの入り口を開く方法があったということらしい。これは失敗した。
「……本当にリオさんって何者なんですか。後でたっぷり聞かせてもらいますからね」
「お、お手柔らかに……」
なんだか墓穴を掘ってしまったが、それは兎も角としてようやく地下に降りていくことができる。そう考えて、入り口をのぞき込む。
「……わーお、入り口が勝手に開いた」
のぞき込んだ先に、口をぽかーんと開けて唖然としている少女がいることに遅ればせながら気がつく。
少女はいわゆるマリンキャップと呼ばれる帽子を深く被っている。そのため目元が若干隠れ気味になっているが、整った顔立ちの少女だと思わされる。肌は色白でインドアな印象を受ける。とは言っても、地下で暮らしている以上は仕方のないことかもしれなかった。
そうして、帽子少女もようやくこちらを認識してくれる。ピンク色のボブカットの髪をいじりながら、少女は恐る恐るといった風に話し掛けてくる。
「……あの、あなたは?」
「僕はリオ。この精霊さんに案内されてここまでやってきたんだ」
そう言いながら、ちょこんと横にいるシュラウに触れる。ひんやりとして気持ちがいい。
少女はその段にいたってシュラウも認識したようで、ぎくしゃくしていた雰囲気が霧散する。
「……シュラウ様、おはようございます」
「お、おはよう? 相変わらずのマイペースね。もうお昼なのに」
「……そう? ……お昼、ご飯」
「そんなに食べたかったのね……後で来ると思うけど、リオさんに自己紹介は?」
「……おっと、みすていく」
シュラウがマイペースと言った少女のおっとりとしたムード。これが本来の姿なのだろう、随分とリラックスしているように見える。
まあ初対面の人がやってきたら、そんな反応になるのも頷ける。さぞ怖かろう。
シュラウに促されたからか、シュラウと再会したからか、僕に対しても先ほどより幾分か柔らかい表情で帽子少女は挨拶をする。
「……ニナ。門番、兼子供の世話係。よろしく」
ポツリと紹介され、手を差し出される。
単語を繋げたように喋る子。そんな印象を受ける。マニュアル対応、という言葉が思い浮かんだ。
「よ、よろしく」
不思議な子だと思いながら、出された手を握り返す。ぼろぼろする感触とひんやりとした手のひらから、少女──ニナがこれまで生きてきた人生の重みを感じた気がした。
擦り切れたり、腫れていたりする生傷だけではない。栄養が足りていないのか細まった指先は、今にもぽきんと折れてしまいそうなほど。
僕のイメージする女の子の手とは明らかに違っている。それが痛ましくて、切なくて。
「……っ、ひどい怪我」
僕が思わず呟いてしまった言葉に、きょとんとした様子のニナ。
「……なんで? これくらいなら全然大丈夫。私はシュラウ様みたいに治らないから、こうなってるだけ。……それに、みんな同じ」
「……っ!」
痛みに苦しむでもなく、悲観するでもなく、淡々と受け入れる女の子。
それがなによりも堪えた。
その心の内を見透かしたのか、ニナはにんまりと頬を釣り上げる。
「……お兄さん、いい人。だから案内する」
不器用な笑顔だ。健気な笑顔だ。
痛いのは少女の方で、僕はそれを見ただけだ。
なのに、僕が元気付けられてしまった。
ニナは、とてとてと階段を降りていく。横を見ると、シュラウがこくりと頷く。降りてもいいということだろう。
案内してくれる帽子少女の、健やかな後ろ姿を見つめながら、僕は階下へと降りていった。
──報告、精霊種の特徴について。
──精霊種は、身体中をマナで構成したアストラル体を主とする種族。心臓部には『精霊魂』と呼ばれるマナを司る器官が存在し、マナを吸収・放出を繰り返すことによって存在を維持している。
──この『精霊魂』になんらかの障害が発生すると、生命活動が困難となる。具体的な症状で言えば、マナを放出しないためにマナ過多を引き起こす、マナを吸収しないために身体を構成することができなくなるなど。
──どちらも精霊種にとっては致命的な病気となる。
──また精霊種は自然を体現する種族として知られており、火や木、水や土などの属性的特徴を有することがある。そうした属性ごとに火精霊、木精霊、水精霊、土精霊と呼ばれる。
──他にも属性が存在し、それぞれに種別されている。
──精霊が真実を見ることができる種族であるという情報もあるが、未確認の情報であるため、調査が必要である。
──報告、終了。