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第五話:人間になって話せたら

「やあ、本当まめに来てるねー、秀ちゃん。受験で忙しいのに大丈夫なのかい?」

庄太さんが秀一さんに聞いた。

「あ、はい。大丈夫です。何とか。こっちこそ、純平の面倒ずっと見てもらって申し訳ないです。」

秀一さんが答える。今日も学校が終わって塾へ行くまでの間の時間をぬって、僕に会いに来てくれていた。

{本当まめだよなー。秀ちゃん}

小庄太さんが言う。

{ええ、本当に。何か凄く嬉しいけど、秀一さん、忙しいのに申し訳ないです}

{お前、本当にそう思ってんのか?}

{えっ、何で?もちろん本当にそう思ってますよ。何でそんな事言うんですか?人聞きの悪い}

僕は膨れっ面に言った。

{だってお前、たまに秀ちゃんが来なかった日は、ご機嫌斜めで、もう秀一さんったら何で来ないんだよーって俺に八つ当たりしてるじゃん}

{・・・えっ、いや、それは・・そんな事してましたっけ?}

{んー、しらばっくれるのか?いつも顔をプウーと膨らませてご飯も早々に切り上げて、うちの主人の庄ちゃんをたまに困らせているのは、何処の誰だったけなー}

そう言って小庄太さんは僕を横目でチラッと見る。

{あ、いや、それは・・。ただ偶然秀一さんが来ない日は何か食欲がなくって。たまたまですよ}

{そんな、毎回たまたまの偶然が重なるかー?全く。本当まるで恋わずらいだな}

{だからー、そんなんじゃないって言ってるでしょ!}

僕は顔を赤らめながら言った。

{あははー、顔が赤くなってるよー、純平君。本当可愛いんだから}

小庄太さんが僕の体をツンツンと突付いてくる。

{もう、からかわないで下さい}

全く、いつもこうやって僕をからかうんだから。

{そんなんじゃなくって、僕はただ・・}

{ん・・?}

{僕はただ、秀一さんはぼくにとって、本当の家族だって思ってるっていうか。秀一さんからしてみれば僕はただの犬で、ペットにしか過ぎないんだろうけど、でも僕は秀一さんのことを本当の家族だったらいいなーって思ってるんです。もちろん人間と犬は個体自体完全に違うし、住む世界が違う事は僕にだって十分良く分かってる。けど、僕は本当に秀一さんの家族になりたいなって思ってるんです。こんな風に思ってるなんて秀一さんにとっては、迷惑な事かもしれないけど。だから僕は秀一さんの為に何かもっと役に立ちたいってずっと思ってるんです。・・こんな事を思う事自体秀一さんにとっては迷惑な事なのかな}

僕はそう言って下を向いた。小庄太さんが珍しく優しい口調でこう言った。

{迷惑なんかじゃねえよ}

僕は小庄太さんの顔を見た。

{迷惑なんかじゃ絶対無いよ}

{本当・・?}

{ああ、本当}

小庄太さんが優しい目で僕を見る。

{何で、そう思うの?}

僕は尋ねた。

{だって、本当に迷惑だって思ってたら、わざわざこんな所まで来ねえだろ。学校からここまでの道はそう近い場所じゃない。しかも塾は逆方向。満と違って受験で忙しい、一分でも時間が大事な秀ちゃんにとって、この時間は惜しいに決まってる。それでもわざわざ、その惜しい時間を裂いてお前の所に会いに来てるんだぜ。もし迷惑だって思ってたら、こんなとこまで来ないでしょ。しかも、ほぼ毎日ときてる、大事にされてるって証拠だと俺は思うけどね}

僕はそっと秀一さんを見た。わざわざ大事な時間を裂いて、僕の為に・・。

{何か、僕に出来る事はないのかな}

いつも僕は秀一さんにしてもらってばかりいるような気がする。庄太さんはいいって言ってくれてるけど、僕が居候の身だから秀一さんは定期的に僕のご飯と小庄太さんのご飯を買ってきてくれたり、受験で大事な時なのにわざわざ僕を見に来てくれたりして。

{結局迷惑しかかけてない・・}

僕は肩を落とした。

{何か僕に出来る事・・}

{そう、考えすぎるのもよくないぜ。俺達は所詮犬、言葉か何かが通じればいいけど、人間と犬の世界じゃどう頑張っても、これだけは無理だもんね。でも・・・}

{でも・・?}

僕は小庄太さんを見た。

{理解する事は出来るだろ。機嫌がいい時や落ち込んでるとき、相手の喜怒哀楽ってのは俺達は敏感にキャッチ出来る。その点では人間より優れてると思うしね}

{はい。それは、確かに}

{その気持ちを十分分かってあげるだけで俺達はいいんじゃない?分かってあげようって言う気持ちは、相手への思いやりの一つでもあると俺は思ってるからね}

{それも思いやりですか?}

{ああ、と俺は勝手に思ってるだけだけどね。だって、興味のない奴の気持ちなんか理解しようなんて普通思わないだろ?でも自分にとって好きな人だったり大事な人に関しては、少しでも気持ちを分かって何とかしてあげようとか、一生懸命相談に乗ったりして相手の力になってあげようとか相手の気持ちを少しでも楽にしてあげようとか思うじゃない。そうやって思う事自体、相手を思いやってる事の一つだと俺は思うけどね。お前だってそうだろ?人間みんなに何かをしてあげたいって思ってるだけじゃなくて、相手が秀ちゃんだからこそ何かしてあげたいって、それだけ真剣に考えてる訳なんだろ?そうやって一生懸命相手を思ってあげている事自体、俺は十分秀ちゃんの何かの役に立ってると思うけどね}

{・・何かの役に・・。本当に立ってるんでしょうか・・?}

{立ってるって、きっと。これって答えははっきり言えないけど、お前だって秀ちゃんが元気なときは一緒になって元気になってるだろうし、秀ちゃんが悲しいときは一緒になって悲しんでるだろ。よく言うじゃん、悲しみは半分に、喜びは二倍にって。その時々によって元気に走り回ったり、そっと傍にいて寄り添って慰めようとしたりして、知らず知らずのうちに一生懸命秀ちゃんの事考えてあげてるじゃねえか。それが十分相手を思いやってるってことじゃねえ?}

{相手を思いやる・・・。そんな風に考えてやってなかったし・・}

{いや、だからいいんでしょ。相手を思いやろー、あるいは思いあってあげようなんて思いながらやってるのは、計算かあるいは同情でしょ。}

{そうなんですかね・・?}

{いや、そうなんじゃない?自分が気付かないうちに、一生懸命誰かの事を思ってあげることってなかなか出来るもんじゃないと思うよ。普通は皆自分が大事だからね。秀ちゃんだってきっと通じてると思うよ、純平がこんなにも秀ちゃんのことを思ってるんだってことを}

{本当に?}

{でなきゃ、毎日わざわざ来ないって、さっきから言ってるでしょ。それに秀ちゃん純平と会ってるとき・・}

{会ってるとき・・・?}

{凄く嬉しそうな顔してる}

{本当?}

{ああ、本当}

そう言って小庄太さんは僕を見て頷いた。僕は嬉しくて顔がほころんでいくのが分かった。

{思いやりとか相手を思う気持ちとかって、目には見えないから、凄く難しいんだろうけど}

{はい、凄くそう思います}

{何か測る基準もなけりゃ、答えもないし}

{はい・・。}

{でも、純平も、秀ちゃんの事凄く好きで、色々お世話になってて本当にありがとうって心から思ってる訳でしょ}

{はい!それはもちろん!}

{きっと、秀ちゃんには純平が一生懸命自分の事を思ってくれてるって事が通じてて、だから秀ちゃんもあれこれと純平に対して気を回してくれているんだよ}

{そうなんですか?}

{お互い思いあってるって事だよな。美しき思いやり愛}

{思いやりあいです。何でそこに愛が入ってくるんですか!違いますって、もう!}

{純平、ストーカーにだけはなるな。思いが一方通行なのは思いやりとは別のものなんだぞ}

{分かってますよ、それぐらい。っていうか、ならないですって!何で僕がストーカーになって秀一さんを追わなきゃならないんですか。しかも、僕犬ですよ、なるわけないじゃないですか!}

{いやいや、一応。唯の忠告だよ、忠告。お前可愛いからなー。見た目だけじゃ、俺的にはオッケーだもんなー}

{ちょっと、何言ってるんですか、小庄太さん!小庄太さんの方が危ないじゃないですか!}

{あはは、冗談だろ、冗談。全く冗談も通じないんだから}

{今の冗談になってなかった気が・・}

{大丈夫、大丈夫。そんな、心配しなくてもいいわよん}

小庄太さんがウインクする。もしかして、小庄太さんって犬じゃないんじゃ・・。やる事なすこと犬より人間っぽいっていうか。訳の分からない事を考えていると、秀一さんと庄太さんが何か僕に話し掛けてきた。

「良かったなー、純平!」

秀一さんが頭を撫でながら僕に言う。

{ん?何だろう}

僕は秀一さんを見た。

「家が出来るぞ、純平。お前の家が。」

{え、僕の家?}

「庄ちゃんが一緒に作ってくれるそうだ。」

僕は今度は庄太さんを見た。

「んー、秀ちゃんの家に行ってからでも良いかと思ったりもしたんだけど、それも、まだもう少し先の話だからね。あんまり小庄太と一緒の部屋ん中ってのも、窮屈で可哀相だしね、お互い。」

そう、居候といっても僕は庄太さんの家に居させてもらってるばかりじゃなく、寝る部屋も小庄太さんの部屋、つまり犬小屋に一緒に入って寝させてもらっていたのだった。犬小屋自体は確かに大きめには作ってはあるけれど、流石に二匹は狭い。

{本当にいいの?}

{良かったな、純平}

{うん、凄く嬉しい!}

{俺はちょっぴり残念だけどな}

{え、それって、どういう・・}

{いや、深い意味なんて全然ないよ。ただ、まあ、別に自分の部屋が出来ても、寂しくなったらいつでも俺の部屋に泊まりにおいで}

そう言って小庄太さんはまた僕にウインクした。

{絶対、行きません!}

僕はそう言って秀一さんの背後に隠れた。今まで、僕よく無事だったよな。

{あっははは、冗談に決まってるだろー。本当、からかいがいのある奴だなー}

大声で小庄太さんが笑う。

「どうした、純平。そんなに隠れて。部屋ほしくないのか?」

{ううん、すっごく欲しい!}

僕は秀一さんの足に飛び乗って喜んだ。

「よしよし、純平、今度の日曜日作りに来るからな。」

そうやって優しく頭を撫でてくれる。僕はまた嬉しくなって、秀一さんの頬を舐めた。

「あはは、くすぐったいよ、純平。」

「本当、よく懐いてるねー。」

庄太さんが僕達を見て言った。

{もちろんですよ、だって、僕秀一さん大好きだもん!}

「犬小屋作りがいあるねー。これで、二人ともゆっくり寝られる訳だし。万事解決だね

な、小庄太。」

庄太さんが小庄太さんの頭を撫でながら言った。

{僕は、ちょっと、残念なんだけどね}

小庄太さんは冗談っぽくポツリと呟いた。


「行ってきます。」

相変わらず返事のない独り言の挨拶を呟いて僕は玄関を出て行った。

「時間ちょっと早いかな。」

僕は時計を見て言った。今日は、庄ちゃんの家で純平の犬小屋を作る日だった。僕は久しぶりに玄関を出る足が軽くなるのを感じていた。いつもなら学校か塾へ行くだけに玄関を出る僕。いつも重くなる足をなんとか振り出して外への一歩を踏み出す。こんなに足が軽くなるなんて本当久しぶりだ。今日のこの日が僕なりに何故か凄く楽しみで約束の時間より大分早くに家を出ていた。

「純平きっと喜ぶぞ。」

僕は知らないうちに半分駆け足になる勢いで庄ちゃんの家に向かって行った。

「こんにちはー。すみません、お邪魔します。」

庄ちゃんの家の玄関を直接入っいって、僕は裏庭の方へ歩いて行った。何やら話し声がする。

「こんにちはー、庄ちゃんお邪魔します。」

庄ちゃんの姿が見えて僕は挨拶をした。

「お、来たな、こっちこっち。」

庄ちゃんは僕を裏庭の奥の方へ案内してくれた。

「おおー、やっと来たか。遅えぞー、秀一。」

縁側で何やら聞きなれた声。

「あれ、満、お前何で此処に?」

聞きなれた声は、紛れもなく満だった。

「ごめんよー、秀ちゃん、余計な奴まで一緒で。」

庄ちゃんが言う。

「おい、余計な奴とは何だよ。大事な受験生のこの時期に、せっかく手伝いに来てやったのによー。」

満が答える。

「お前はただ、勉強サボりたいだけだろ。別にお前いなくたって秀ちゃんと二人で作れるのにさ、勝手にどっかからか聞きつけて、勝手に俺ん家来たんじゃねえか。」

「ああ、またそんな事言って酷い人だねー。手伝ってあげようという僕の優しさがそんな歪んだ形で伝わるなんて僕は何て可哀相な人なんだ。」

「お前の場合は魂胆が見栄見栄なんだよ。まあ、こんな邪魔者は無視してやろっか、秀ちゃん。」

「あ、はい。」

「あー、本当に何て酷い奴なんだー。秀一まで。お前はいつだって俺の味方のはずだろー。」

「え、あ、う、う、うん。」

「こら、何でそんなにどもりまくってるんだよ。」

「え、いや、別に、そんなことは。」

「いいよ、いいよ、秀ちゃん。こんな奴遠慮しないで、さ、作ろ。秀ちゃんは誰かさんと違って受験で時間が無いんだから。な、満。」

「お前―、後でぶん殴る。」

そう言って、満は座ったまま庄ちゃんめがけてジャブの真似をした。

「あははー、いつでも、相手になってやるぜー。また、後でな。」

庄ちゃんもジャブの真似をする。いつも二人はこんな会話を交わしながら、冗談を言い合って笑いあっていた。

「羨ましい・・。」

僕は思わず呟いていた。

「ん、何か言った?」

庄ちゃんが聞いてくる。

「えっ、あ、いや、別に。」

僕は口をつぐんだ。僕はいつも二人の会話を聞きながら、ただ聞いて横で笑ってるだけなんだ。どこまでが冗談でどこまで言ったら本気で冗談じゃなくなるのか、いつも考えてしまって、あんな風に適当に思ったことをぽんぽんと言ったりする事が多分出来ないでいるんだ。だから僕は言いかけて言葉を飲む事がよくある。

「さ、ここで作ろうか。一応材料はこれだけあれば出来ると思うんだけど。」

庄ちゃんが犬小屋にいる材料を準備してくれていた。

「あ、材料。すみません、僕何も考えないで身だけ来ちゃって。」

「え、ああ、そんな事全然良いんだよ。知り合いの人に言って貰っただけだから。」

「あ、そうなんだ。すみません、色々。」

「いや、良いって良いって。じゃあ、作ろう。」

庄ちゃんは座って木材を合わせ始めた。印を付けて手早く作業に取り掛かる。

「これはこれでいいか。じゃ、秀ちゃんこの木印付けたとこで切って。」

「あ、はい。」

僕は置いてある鋸を手に取って、木を切り始めた。

「何か、凄い久しぶり。こういう事すんの。」

「あ、そう?」

「うん、学校の授業でちょっとやったくらい。」

「へえー、家のおやじなんかしょっちゅうやってるよ。お父さんやんない?こういうの。」

「うん、見た事無い。」

「あ、そういえばそうだよね。秀君のお父さんはこんな事しないか。」

「そうそう、こんな事しなくても、もっと贅沢な犬小屋を買ってるよ。」

満が言った。

「確かにそうだわ。黄金の犬小屋とか。」

「部屋も10畳ぐらいあったりして。」

「うわー、俺の部屋より広いじゃん。それだけはやめて、悲しくなるから。」

「俺もだよ。今、自分で言って悲しくなった。」

「でも俺自分の感覚で何気なく犬小屋作ろっかって、秀ちゃん誘ったけどよく考えたら、親に買って貰った方が良かったのでは。それの方が、きっと豪華だし、時間も節約出来たのに。」

「え、いや、そんな。とんでもない。庄ちゃんも忙しいのにわざわざ時間裂いて一緒に作ってくれて有難いです。」

僕は不器用に鋸を使いながら庄ちゃんに答えた。

「ちょっと、聞いたー、満、今の秀ちゃんの言葉。満なんか絶対、忙しいのにわざわざなんて言わないぜー。俺がいつも仕事で忙しい中、時間を裂いてわざわざ満に付き合ってやってるってのに、お礼の一つもないもんね。」

「あ、よく言うぜ。付き合ってやってるのはこっちだっつーの。いつも一人で寂しい庄ちゃんを俺がわざわざ家にまでいって付き合ってあげてる俺の苦労をそんな風に言うなんて、冷たい奴だねー。秀一騙されるな、今日だって時間を裂いてわざわざなんて言わなくていいんだぞ。庄ちゃんは暇で寂しかったからその寂しさを紛らわす為にお前を呼んだだけなんだ。都合よく使われているだけなのに、有難いなんて勿体ない勿体ない。」

「お前言ったな。そんな事言っていいんだな。明日っから、俺の部屋立ち入り禁止にするぞ。俺はお前が来なくても、一向に寂しくなんかないもんねー。」

「あ、またそう、素直じゃないんだから。そんな事言って、俺が来ない日は寂しく部屋で三角座りしてるくせに。」

「三角座りって・・お前それ、どんな暗い奴なんだよ。するかんなもん。お前そんな事ばっか言ってっと、お前のプラモどうなたって知らないぞ。」

「あ、どうする気だよ。」

「別に。お前のプラモの続きを作っといてやるだけさ。」

「何―、お前、まじでそれだけはやめろ。あれ作るのにどれだけの歳月が掛かってると思ってんだよー。」

「知るか、んなこと。それが嫌なら俺様には逆らわんこっちゃ。」

「うえー、見ただろ、秀一。庄ちゃんの本性を。怖い怖い、怖いねー。秀一、あんまり近寄るな、危険だぞ。」

「・・・。」

「秀ちゃんはそんな事しないよ。秀ちゃんは俺の味方だもんなー。」

「え、いや、あの。」

「あ、ずるいぞ。秀一はもう俺の味方だぞ、な秀一。小さい頃よく一緒にお風呂入ったよな。」

「え、入ってないよ。」

「お前なんでそんな訳分からん嘘付くんだよ。秀ちゃん困ってるだろ。」

「うんって言っとけよー、秀一。」

「え、ああ、ごめん。」

「あ、また、謝ってる。駄目だよ、秀ちゃんこんな奴に謝ったら。ごめんが勿体ないって前も言ったろ。」

「あ、そういえば、ごめん。」

「あ、また、謝ってる。本当秀ちゃんと満と足して二で割ったら丁度いいのにねー。」

「それ、どういう意味だよ。」

「んー?そういう意味。」

「ったくー。」

「あ、ていうか、全然進んでないんだけど・・。」

三人は顔を見合わせた。

「あ、本当だ。」

「あはは、よくある、よくある。ほらー、ちゃんとやろうぜ。満と違って秀ちゃん受験で貴重な時間裂いて、わざわざ来てるんだから。」

「もう、いいっちゅうに。」

満が庄ちゃんに突っ込む。再度作業に取り掛かろうとしていると犬の鳴き声が聞こえてきた。

「お、二人とも帰ってきたな。」

庄ちゃんが言った。

「二人って犬じゃんよ。」

満が言う。

「いいんだよ。家族みたいなもんなんだから。」

僕達はまた作業に取り掛かった。庄ちゃんが指揮を取って手早く作成へと取り掛かる。満も負けず手馴れた手つきだ。

「二人とも上手いねー。僕なんかと手つきが違うもん。」

僕は感心しながら言った。

「そう?まあ、これぐらいは。簡単だし。」

庄ちゃんが言う。

「でも、組み立てとか、説明書無いのに良く分かるねー。」

「説明書って、そんな大げさな。貰いもんの木材に犬小屋の作り方の説明書入ってたらびっくりするでしょ。」

「そうそう、伊達にプラモ作ってないぜ。秀一も説明書ないと分かんなーいなんて女の子みたいな事言ってないで、これ、ちょっとそっちと合わせて。」

満が手早く指示する。僕は言われるままに手伝っていた。

「でも、良かったじゃねえか、満。秀ちゃんに勝つ所が見つかって。」

「ん?どういう意味だよ。」

「ほら、いつも満言ってるだろ。俺は頭でも勝てないし、顔も負けてるし、勝つとこねえーって叫んでるだろ。でも、これで秀ちゃんに勝つ所が一つ出来たね。」

「俺がいつ顔も負けてるなんて言ったんだよ、勝手に話作るな。そりゃ、頭は完全に負けてるけど、顔じゃそこそこいい勝負してると思うぜ。な、秀一。」

「え、あ、うん。」

「またー、秀一君そんなご謙遜を。はっきり言ってやった方がいいぜ。有りもしない嘘を信じて、満が調子に乗っちゃうだろー。」

「・・・お前ね。」

「いや、いいじゃん。今日秀ちゃんに勝てるものが見つかったんだから。」

「何だよ、それ。」

「んー、犬小屋作り!レベル低!あはは、でも良かったな、満。秀ちゃんに勝ったぞ。」

「あんた、本当にぶつよ、私。」

「え、何でー。嬉しくて大いに喜ぶとこなんじゃないの?いいから、素直に喜べよ、恥ずかしがらずに。」

「あのなー、たくっ。誰がんなもん喜ぶか。そんなもんマジで喜んでたら、俺なんちゅう小さい人間なんだ。バカか、てめえ、ったくよー。」

「そんなことないぞー。見ろよ、この釘の打ち方。綺麗だねー、天才的だ。秀ちゃんもそう思うだろー。満お前大工になったら?才能あるよ。」

「犬小屋一つで人の人生決めるな!だいたいこんなもん誰だって作れるだろ!」

「いやー、そんな事無いよ。現にここ見てみろよ、秀ちゃんが釘打ったとこ。途中で釘折れ曲がってるもん。」

「あ、本当だ。秀一お前何でそんな不器用な出来なんだよ。」

「え、いや、ちょっと、失敗。」

「失敗―?ああー、お前嘘付くなー!お前がやったとこ全部折れ曲げってるじゃねえか。どうやって釘打ったら全部そんな風になっちゃうんだよー、おめえはよー。」

「だって、ごめん。結構難しくて。」

「難しいたって、学校でもやったろ。これだから頭のいい奴は。実践に不向きなんだから。」

「悪かったな、不向きで。」

「あはは、秀ちゃん。今の満のひがみ、ひがみ。」

「うるせいわい。ほら、秀一これはこうやってやるんだよ。ちょっと見てな。」

「あ、うん。」

簡単に綺麗に釘が打ち込まれていく。こんな単純なことなのに、満が余りにも上手くするから僕は少し見とれてしまった。

「惚れちゃ、駄目だよー。秀ちゃん。」

庄ちゃんが意地悪っぽく言う。

「何言うんだよ。庄ちゃん、有り得ません!」

「あはは、冗談冗談。」

庄ちゃんが笑いながら言う。

「あらー、冗談だったの?秀一?残念だわー。」

満が言う。

「満、気持ち悪いって。」

「あ、満。お前、二股かける気か。お前は俺のもんじゃなかったのかよ。」

庄ちゃんが続く。

「御免なさい、庄ちゃん。私、本当は、秀ちゃんの事がずっと好きだったの。」

そう言いながら、満が僕に擦り寄って来た。

「うわー、満まじでやめろって。」


{うーん、どっかで聞いた会話だな}

小庄太が言った。

{はい・・}

僕、純平は頷いた。

{やっぱり、飼い犬は飼い主に似るんだな}

{はあ}

{ジョンは満に、純平は秀ちゃんに。同じ会話してるもんな。見てて怖いくらいだよ}

{はい、確かに。僕も余りにも同じ会話なんで、ちょっと怖くなりました}

僕達は三人の会話を聞いて話をしていた。

{でも秀一さん楽しそう}

僕は秀一さんが家では見せない楽しそうな顔をして笑っているのを初めてみた。・・・初めて・・?そういえば秀一さんが家で笑ったりしている所、僕は見たこと無い気がする。

{何でだろう・・}

{ん?何か言ったか?純平}

小庄太さんが声を掛ける。

{あ、いや、別に}

僕はこのとき不思議に思った疑問を打ち消す事が出来ずにいた。僕が秀一さんと話す事が出来るならこんな不思議も不思議のままで終わらずに、聞く事が出来るのに。

{ああー、何か僕人間になりたいなー}

僕は叫んでいた。何か聞きたい事聞けずに、でも僕は犬だからどうする事も出来ずに何かもどかしい。

{どうしたんだよ、純平}

{だって、僕が人間になれたら、いっぱい秀一さんと色んなこと話せるのに}

{ああー、成る程ね}

{だって、小庄太さんもそう思いませんか?小庄太さんも人間になったら庄太さんといっぱいいっぱい色んなこと、話したり出来るんですよ}

{ん、成る程ね}

{成る程、成る程って。そうは思わないんですか?}

{ああ、思うよ。そう思う時もあったよ}

{あったって、過去形ですか?}

{ああ、まあね}

{・・それって、どういう意味ですか?}

{俺が純平と同じように小さい頃、俺だってそんなことは死ぬほど何回も思ったさ}

{え、そうなんですか?}

僕は少しびっくりした。小庄太さんがそんなシリアスなこと考えるなんてっていう思いが少し、小庄太さんも小さい頃っていう時代があったのか、そういえば、って言うのが少し・・

{似つかわしくないセリフだって、思ってんだろ}

小庄太さんに図星を指されて僕はびっくりした。

{あ、え、あ、いや、そんなこと}

僕は動揺を隠せずにおたおたしていた。

{返事も態度もどもりまくってるじゃねえかよ}

{あ、え、あ、いや}

何で、僕の考えてること分かったんだろ。

{顔に書いてあるんだよ}

{ええ、何で?}

僕はまたまたびっくりした。何でまた僕の考えてる事が?

{顔にでっかい字で書いてあるじゃねえか。似つかわしくないってね}

{え、嘘、本当に?}

{ああ、これでもかってぐらいに、でっかい字でね}

{え、ああ、あの、ごめんなさい}

{あはは、まあ、素直に謝ったから教えてやろう}

小庄太さんは言った。

{あ、はい。お願いします}

{僕達は結局犬で良かったってことさ}

小庄太さんのまた何か悟ったような言い方に僕は耳を傾けた。

{俺も純平のように何度も何度も人間になりたいって思ったさ。でもあるとき少しずつ気が付いていく事があったんだ}

{気が付いていく事?}

{そう、家族にも話していない事を、俺だけに話している事に}

{え・・}

{庄ちゃん自身、もともと家族に何でも話す奴だったんだけど、その中でも、家族にも話さずに俺にだけ話してくれることがある事に気付いたんだ}

{それって、例えば、どんな事なの?}

{例えば、好きな子の話とか、今日その子とこんな話できて、すっげー、嬉しかったんだ、とか}

{へえー、凄い。いいなー。でも、それ、家族に話してないって何で分かったの?}

{だって、庄ちゃんが俺に話しながら、絶対内緒だぞって言いながら、話すんだもんよ}

{え、それを信用して?}

{ああ、そうさ}

{・・・}

意外と小庄太さんって純粋なのかも・・。

{ってそんな訳、ねえだろ}

小庄太さんが突っ込んできた。

{そんな純粋なわけねえだろ。この俺様が}

え、また、何で?顔に純粋って書いてあったのかな?

{だから、顔にでっかく書くなって言っただろ}

小庄太さんが言う。やっぱり、ばれてる。

{え、でもじゃあ何で分かったの?}

{親は親で俺に話するからさ}

{話って?}

{庄ちゃんに好きな子が出来たとき、庄ちゃんのお母さんが言ってたんだ}

{え、何て?}

{あの子、好きな子でも出来たのかしら?ってね}

{ええー、何でお母さん分かったんだろ}

{最近あの子、何かおしゃれして学校行くのよねーって、お母さん言ってた}

{凄い、お母さん見抜いてる}

{そんなことぐらい、ちょろいもんだぜ。もっと言えば、庄ちゃんが、友達なんだって連れて来た女の子も、お母さんは彼女だって見抜いてたぞ}

{ええー、お母さん、流石だね}

{ちなみに俺も見抜いてたけどな}

{え、嘘、何で分かったの?}

{そりゃ、何年も一緒に住んでりゃ、何となく分かってくるもんよ}

{ふーん、そうなんだ}

{んで、その夜に、庄ちゃんは庄ちゃんで俺にこそっと教えてくれたんだ}

{何を?}

{今日連れて来た子、本当は彼女なんだって。誰にも言うなよって}

{へえー}

{既に皆には、ばればれだったんだけどな}

{何か、庄太さんらしい}

僕は思わず笑ってしまった。

{んで、お母さんはお母さんで僕に話してるんだ}

{え、何て?}

{今日、連れて来た子、庄ちゃんの彼女だと思わない?って}

{え、何て答えたの?}

{実はそうなんだよなー、やっぱ、母さんも気付いてた?って、答えれるわけねえだろ、俺達は犬なんだからよ}

{あ、そうか}

{でも、例え喋れたとしても、言わねえけどな。庄ちゃんと俺の男の約束だからな}

{成る程ね}

{でも、あんときは、お母さんちょっと、愚痴ってたな}

{え、何て?}

{もうちょっと、可愛い子が良かったわー、ねえ、小庄ちゃんもそう思わない?}

{ええー、本当に?}

{まあな、俺も確かに、ちょっとはそう思ったけどな。思ったけど、庄ちゃんもそんなに言える立場じゃねえよなって}

{・・・}

{まあ、最近は、仕事の愚痴が一番多いかな}

小庄太さんは続けた。

{でも、仕事の愚痴や心配も俺には言って、家族には言ってないんだ}

{そうなんですか}

{でも、それも薄々親は気付いてるんだけどね}

{え、そうなんですか?}

{ああ、もちろん細かいことまでは分からないけど、今、仕事大変そうとか、今はちょっと落ち着いてるのかなとか。日頃の仕草の変化で気付くものなのさ}

{ふーん、凄いですね}

{ああ、家族だからね。でも俺もそそれは分かるぜ。まあ、当たり前だけどな}

{へえー。でも何で言わなかったりするんだろう?}

{そりゃ、単純に恥ずかしいってのもあるだろうし、心配かけたくないとか、色々あるだろうしな}

{ふーん、成る程ねー}

{だから、誰かに伝えたいとか、吐き出したいとか、心ん中に置いておけないことを俺達に話してくれるのさ}

{置いておけない・・}

{まあ、口に出して外に出すことによって、人間はある程度楽になるようにセットされているのさ。まあ、それは、楽しいことだったり、辛いことだったり、そのときによって色々だけどね}

{そうなんですか・・}

{まあ、そのときの思いを出来るだけ汲み取って接していく事が、俺達言葉を話せないハンディを乗り越える唯一の手段なんだろうな}

{はい・・}

僕は深く頷いていた。僕にだけ話してくれること。一体それはどんな事だろう。いつも僕のことを気遣ってくれる秀一さん。でも、そういえば、悩み事とか心配ごとを僕は聞いたことが無い。受験で大変なんだから、愚痴の一つや二つ有りそうなものなのに。そういえば愚痴すら聞いたことが無いような気がする。いつも、机に向かっていたときも、黙々と勉強をしていた。唯一聞いたのはため息だけか・・。

{いいなー、小庄太さんは。色んなこと話してもらって}

{何言ってんだよ、これから幾らでも話してくれるようになるよ。何年も一緒にいる俺達と一緒にするなって}

{そうですね・・}

でも、僕はやっぱり少しでも多く色んなことを秀一さんに話して欲しいと思った。そして、やっぱり言葉が話せたなら・・色んなことを伝えたい。

{お、そろそろ、純平、お前さんの家が完成しそうだぞ}

そう言われて僕は顔を上げた。

{あ・・、本当だ}

組み立てが完成し小屋に色を付けている。

「ここは何色がいいかな。」

庄太さんが話し掛けていた。

「んー、シックに全部黒にするとか。」

満が答える。

「えー、やだよ、そんなの。」

僕は答えた。

「そうだよ。やだよ、そんなの。夜小屋が見えなくなるだろー。散歩に連れて行くとき足ぶつけて怪我したらどうすんだよー。」

庄ちゃんが続く。

「そうだそうだ。」

僕と庄ちゃんは声をそろえて言った。

「何だよ、二人して仲良く意見まとめやがって。この組み立て部分をこんなに手早く完成することが出来たのは俺様のお陰なんだぞ。秀一一人じゃ、完成どころか指怪我して終わってたな。」

「うん、それは確かに。」

庄太さんが深く頷く。

「あ、庄ちゃんまで。酷い。」

僕は答えた。

「とにかく、色を考えよう。」

「じゃ、ゴールドなんてどうだ?年中光輝いてるんだぜ。」

「あのな。」

「夜も光ってるから足ぶつける心配もないし、安心だぜ。」

「じゃあ、今度ジョンの家ゴールドに塗り替えといてやるよ。」

「え、何てことを。それだけはやめてくれ。」

「お前ね・・。」

やっぱり、全然進まない。

「じゃあ、黒と白のしましまなんてどう?」

「お前それ葬式みたいじゃねえか、よくそんな縁起でもないこと思いつくよな。」

「冗談、冗談。」

「じゃあ、赤と白のしましまなんて言うんじゃねえだろうな。」

「あれ、何で分かったのかな?」

「もう、秀一、こんなやつほっといて、二人で考えようぜ。」

満が僕の肩に手を置きながら言った。

「・・僕はオレンジとかがいいな。何か明るいし。」

「お、いいねー。じゃあそうしよう。」

「綺麗に塗れよ、秀一。何か塗るのも下手そうだぜ。」

満が言った。

「確かに。」

庄ちゃんが続く。

「またー、色ぐらい塗れるよ。」

僕はペンキを取り出して小小屋に塗り始めた。

「ああー、ああー、もう、そんなにぼたぼた下に落として。下が汚れちゃうでしょ。もう、本当に秀ちゃんったら、不器用なんだから。」

女言葉で満が言う。

「うるさいなー。っていうか、お前気持ち悪いぞ。」

僕は言い返した。

「だって、秀ちゃん。何か色がムラになってるし。まじ、汚いんですけど。」

「え、嘘。」

僕は手を止めて見渡してみた。

「そんなに、汚いかな。こんなもんじゃないの?」

「おっと、出た。不出来の見分けがつかないとは。よっぽど、不器用な奴だな。」

「なんだよー、満。そんなに言うなら見せてみろよー。」

僕は膨れっ面になりながら、満に言った。

「おうよ、秀一。良く見とけよ。」

満がサラサラと小屋にオレンジを塗っていく。

「あれ?」

僕は思わず口にした。

「何で?何か違う気が。同じように塗ってるのに何で違うんだろう?」

「ふふふ、分かったか、違いが。実力の差だね。」

満は誇らしげに言った。

「そんなに、自慢することか。ちっちゃい自慢だなー。」

庄ちゃんが言う。

「うるせいわい。そんなこというとペンキ顔に塗っちゃうぞー。」

「うわーー。」

庄ちゃんが叫んだ。

「お前、まじで塗ってから言う奴があるか。このペンキ取れにくいんだぞー。」

みると、庄ちゃんの顔が半分オレンジになっている。

「あはははー、面白れー顔。」

満が大声で笑った。

「満―、貴様―。」

素早く庄ちゃんが刷毛を手に取り、満の顔に思い切り一塗りした。

「ぎゃあー、てめえー、何すんだー。」

満が叫ぶ。

「お前から先にやってきたんだろー。ざまあみろ。ええい、この色も食らいやがれ。」

近くにあった別のペンキを取り出し庄ちゃんが満につけた。

「うわー、やったな。じゃ、俺は、青色攻撃だ。」

「ぎゃー。」

二人の全身が、みるみるいろんな色に変わっていく。

「ええい、秀一。お前も食らいやがれ。」

満が僕めがけて走ってくる。

「うわー、まじでやめてよ。」

走って逃げるが勝つわけがない。べちゃと音を立てて僕の顔が青く染まった。

「ええい、ついでだ。小庄太、純平にもつけてやれ。」

庄ちゃんが走っていく。

{ぎゃー、何で俺達まで。俺達こそ関係ねえのにー}

べちゃっとまた音がして犬達を含め全員がペンキだらけになっていた。僕達はずっと走り回って、大声で叫びながら、腹の底から大声で笑って、まるで幼い子供の頃のように日が暮れるまで遊んでいた。

「・・やっと、出来たな。」

遊びながら塗った犬小屋は、ところどころ色んな色が混じってしまっていた。

「何だ、この犬小屋。」

「色んな色が飛び散ってるぞ。」

「・・・。」

「まあ、これも、味があっていいんじゃないの。どこにも売ってなさそうで。」

「売れねえだろ。」

「まあ、でもとにかく完成だ。」

「まあ、そうだな。いやー、頑張った、頑張った。」

「お前、すげえ顔になってるぞ。」

そう言って、また大声で満は笑った。

「お前も人のこと言えねえぐらい変な顔してるぞー。」

そう言って、改めて見た変な顔に僕は大笑いした。

{本当に変な顔だー。}

小庄太さんを見て僕も笑っていた。僕達も顔や体にペンキを塗られ被害にあっていたのだ。

{お前もな}

「皆―、そろそろ、ご飯よー。」

庄ちゃんのお母さんが声を掛けに来た。

「まあ、あなた達。」

僕達の姿を見て、庄ちゃんのお母さんは目を丸くしてびっくりしていた。僕はとっさに汚れた服を見てどうしようと一瞬にして我に返った。こんなにも服を汚してしまって怒られると体が硬くなった瞬間、

「あなた達、一体いくつなの?」

と庄ちゃんのお母さんが聞いてきた。

「すんません、社会人です。」

庄ちゃんが舌を出して言った。

「もう、そのペンキ取れにくいんだから、服洗濯しても多分落ちないわよ。お風呂沸いてるから先にシャワー浴びちゃいなさい。その前に、小庄ちゃんと純平ちゃん綺麗にしてあげなさいね。」

「はーい。」

満が元気よく返事をした。

「もう、いつまでたっても、子供なんだから。」

そう言って、庄ちゃんの母は部屋に入っていった。

「おう、早く、小庄と純平洗っちゃおうぜ。」

庄ちゃんが言った。

「おう。流石に腹減ったもんな。今日のご飯は何かなー。」

「満、お前はここの子か。普通にご飯俺ん家で食って行こうとしてるだろ。」

「あれ、ばれてた。庄ちゃんのお母さんのご飯美味しくて俺好きなんだもん。」

「ったく。秀ちゃんも食べていくだろ。もう遅いし。」

「え、僕?」

どうしよう、そんな勝手なことしたら怒られるし。

「まあ、無理には言わないけど。でも、せっかくだし食べていきなよ。」

「う、うん。ありがとう。」

いつもなら、きっと帰っていた僕は皆といるのが楽しくて、思わずうんと返事をしていた。相変わらず高いテンションのまま皆で純平と小庄太を洗い、ペンキの塗りあいの次は水遊びに変わっていた。

「あっ、純平、じっとしてろ。」

逃げ惑う純平を抑えてなんとか洗う。

{だって凄くくすぐったいんだもん}

「うわー、洗うの僕じゃないだろ、満。何で僕にかけるんだよー。わざとだろ。」

僕はびしょびしょになった顔を拭きながら言った。

「あ、悪い、悪い、ちょっと手が滑っちゃって。」

にやにやしながら満が言う。

{うわー、大丈夫、秀一さん}

「お前だけはー。小庄太に逆襲させるぞ。」

「げっ、それだけは勘弁。」

小庄太が満を見る。

「こら、小庄太。戦闘準備に入るんじゃない。俺をそういう目で見るなって!冗談だよ。いい子だな、小庄太。」

そう言って、満は小庄太の頭を撫でる。

{ワン!}

小庄太が返事をした。

「おおー、小庄太は本当いい子だな。」

と満が言った時、ブルブルッっと小庄太が体を震わせて水をはらった。

「おい、お前な。」

びしょ濡れになった満が言った。

「小庄太、お前今のわざとだろ。」

{ワン! ―よく分かったね}

小庄太が元気良く返事をした。

「こいつだけは、あなどれん奴だ。」

満が小庄太を横目で見ながら言った。

「あはは、小庄太はいつでも俺の味方だからね。」

庄ちゃんが言う。

「俺何にもやってねえって。」

「ちなみに、秀ちゃんの味方でもあるのさ。」

「ったく。俺一人もんじゃねえかよー。」

「あはは、やっと気づいた?遅い遅い。さあ、ご飯にしようぜ。」

「ああ、もう、分かったよ。ほら、小庄太体拭くからこっち来い。」

満が小庄太に言う。

{大丈夫だよ、これぐらい。子供じゃないんだから}

最後に軽く水を切って小庄太は言った。

「ほら、純平。お前もこっちおいで。乾かすから。」

{はーい。秀一さん}

ひとしきり遊んだ後、僕達は食卓へ向かった。

「はい、秀ちゃん、ご飯。あんまり豪華じゃないけど、いっぱいあるから、たくさん食べてってね。」

庄ちゃんの母は言った。

「あ、いえ。とんでもないです。いただきます。」

テーブルにはご馳走が並んでいた。満は本当に遠慮なくガツガツ食べている。

「あー、やっぱ、美味いっすねー。庄ちゃんのお母さんの手料理は。」

満が言った。

「お前、そんなにがっつかなっくても、ご飯は逃げないって。」

庄ちゃんが言う。

「本当、ゆっくり食べないと消化に悪いわよ。」

「大丈夫、大丈夫。ああ、これも美味いなあー。」

「そう、有難う。満ちゃん、いつもそう言ってくれるから、作りがいがあるわ。」

「そういえば、満君達は今年受験じゃなかったっけ?」

庄ちゃんのお父さんだ。

「あ、はい。そうです。」

僕は答えた。

「そうか、大変だなー。あんまり、無理するなよ。」

「はい、有難うございます。」

満が答えた。

「お前全然無理してねえじゃん。むしろ、もうちょっと無理しろよ。」

「あ、またそういうこと言う。受験ってだけで僕達受験生は大きなストレスを感じながら毎日を過ごしているんだぞ。」

「お前見てたら、どうしてもそんな風に見えないんだよ。秀ちゃんが言うんなら、ああそうかー、そうだよねって納得するけど。」

「ああ、ひどい。実はストレスで眠れない夜を過ごしてるんだぞ。」

「何、言ってんだよ。何回起こしても起きなくて本当困ってんのよねーってお前の母さん困ってたぞ。」

「え、あはは。たまたまじゃない?」

「何回たまたま続ける気だよ。」

「えーいや、まあまあ。でも何かと受験ってだけでストレス感じるよな、秀一。」

「え、う、うん。」

「秀ちゃんはストレス溜まりまくってるよ。凄い、勉強してんだから。な、秀ちゃん。」

「え、あ、まあ。」

「あんまり無理して体壊さないようにね。」

優しく庄ちゃんの母が言った。

「あ、有難うございます。」

「そうだな、体壊したら、何にもならないからな。風邪引かないようにしないとな。」

庄ちゃんの父が続く。

「本当ねー。あ、秀ちゃんご飯おかわりは?」

「あ、でも。」

僕も満同様あっという間にご飯を平らげていた。

「遠慮するなって。」

「何でお前が言うんだよ、満。」

「あはは、ついつい。」

「たくさんあるから、本当遠慮しないで。」

「あ、じゃあ、すみません、いただきます。」

そう言って僕はお茶碗を差し出した。

「いいえー。ゆっくりしてってね。秀ちゃん久しぶりなんだし。」

「あ、有難うございます。」

僕はかしこまって礼をする。

「でも、秀一君が家で一緒にご飯食べるなんて初めてじゃないかな?」

庄ちゃんの父が言った。

「あら、そういえばそうだっけ?うちの家狭いけどいつでも遊びに来てね。」

「はい、有難うございます。」

「そうだよ、ここで一緒にプラモ作ろうぜ。」

満が言う。

「お前は自分家で一人で作れっての。既に俺の部屋で作ることになってるじゃねえか。」

「まあまあ、固い事言わずに。」

「あははは。」

僕は今日たくさんたくさん笑っていた。こんなに楽しく楽しく笑ったのは、いつ振りだろう。いや、その前に僕はいつからこんなにも笑わなくなっていた?周りからの何かの圧力で僕は次第に小さくなって笑う事を忘れていた。毎朝僕は重たい頭を抱えながら目を覚まして、学校にいって勉強をして、帰ってからまたすぐに塾へ行って勉強をして帰ったらご飯もそうそうにまた勉強をする。ほとんどの一日を勉強に使って、唯一僕の休憩はTVゲームで消えていた。唯一解き放たれた僕の世界はTVゲームに投影されていた。非現実の世界で僕だけの想像の世界を描き出す。僕はその世界に入り込んで世の中を支配するんだ。そこにまた、会話が無いことに僕はもちろん気付かない。笑う事すら、それ以前に僕は会話をすることすら忘れて笑う事より数学の方程式を解くほうがずっと得意になっていた。誰かと何かを会話するよりもゲームの攻略を覚える方がずっと得意になっていたんだ。そのことに僕はおかしいとも気付かない。何も変化のない当たり前に繰り返される毎日の中でそんな風に慣らされてしまった僕はいつの間にか笑わない僕に慣れてしまっていた。そう、むしろこの時の僕は笑う事よりも一つでも多くの方程式を解くことのほうが大事だったんだ。自分でも分からない何かの圧力に僕は逆らえずに、むしろ気付かずに、笑う事すら許されず楽しい事を置きざりにして幾つもの方程式を覚えていた。そう、何も気付かずに。少しずつ壊れていく自分自身に僕は気付く事すら出来ずに。それでも多くの方程式を解こうと僕はもがいていたんだ。


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