表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

第一話:飼う側、飼われる身

―あの頃の僕は、唯もがきながら、それでも立ち止らずに、ずっとずっと走り続けて、暗い闇の中にいた。その闇の中に自分が入っている事にも気付かずに。その下に、綺麗な花が咲いていることにも気付かずに――。


  

                        

「あらー、奥さんお久しぶりね。お元気でした?」

「まあー、広川さんの奥さん、お久しぶり。何とか元気でしたわー。あら、あそこにいるの武田さんの奥さんじゃなくって?」

手に大きな指輪とネックレスを光らせながら、武中さんの奥さんが手を振った。

「あら、ほんとね。奥さん、奥さん、こっち、こっち。」

広川さんの奥さんも、大きく手を振り上げる

「あらー、お久しぶりね、元気だった?」

同じようなあいさつが続く。

「そういえば、武田さんとこの満ちゃん今年受験じゃないの?」

「そうなのよー、今年から、塾に通ってるんだけど、今からじゃ遅いわー、もっと早くから、行かせるべきだったわ、親として後悔してるの。」

武田満ちゃんの母は言った。

「あら、でも満ちゃん、サッカー頑張ってたじゃない、推薦でいけるんじゃないの?」

おっとりとした口調で広川さんの奥さんが言う。

「だめよ、無理無理。推薦で行こうと思ったら、もっと上を目指さないと。あのレベルじゃ難しいわ。」

あっさりと満ちゃんの母が返事をする。

「まあ、そうなの。結構大変なのね。」

「でも確か宮本さんのお子さん推薦で行くって言ってたわよ。何でも柔道で全国大会3位だったとか。すごいわよねー、親が道場してらしゃいますもん、やっぱり指導が違うわよ。」

「親が良いとやっぱり子供の出来も違うわよねー、ねえ武田さん。」

またも、手に指輪とネックレスを光らせながら、武中さんの奥さんは言った。

「・・・そうね。」


{・・・、何かちょっと、雰囲気悪くなったぞ}

{ああ、そうだな。明らかに雲行きが怪しい}

{お前んとこの主人が悪いんだぞ、親が良いと子供の出来が良いなんて言うから}

{そうだよ。まるで、満ちゃんが推薦できなかったのは親が悪いみたいじゃねえか}

{そんなつもりないと思うけど。仕方ないじゃない、家の主人はいつも一言多いんだから}

{だから、前からそれ直せって言ってるだろ。だから、お前んとこの主人は評判が悪いんだよ}

{家の主人の事あんまり悪く言わないでよ。可哀相じゃない}

{お前の主人への教育が悪いんだ}

{そうだ、そうだ}

{そうだ、そうだって、私達は無理に決まってるじゃない。むしろ私達は、教育する側じゃなくてされる側。飼われてる身なんだから}

{それもそうだったよな}

・・・・そう、そういえば{ }からの俺達の会話は人間ではない。俺達はれっきとした犬なのだ。

{飼われる身は辛いよな。俺達は主人を選べない訳だし。}

{そうそう、どこへ飼われるかは時の運だもんな。}

{ペットショップの小さい小屋から早く出たくて、必死に可愛さをアピールするけど、飼われたら最後、一生とらわれの身だもんな}

小庄太と名乗る犬が言う。

{本当そうだぜ。俺の家なんか、結構貧乏でさ、せっかくペットショプのあの窮屈な小屋から出られたと思ったら、今の家、ペットショップより家小さいんだぜ。初めて見たときはどうしようかと思ったよ}

この犬の名前はジョン。武田家の犬。先程話に出た、満ちゃんの家の犬だ。

{本当、お前ん家小さいもんな}

しみじみと小庄太が言った。

{うるさいわ、改まって言うな。家帰るの嫌になるだろ}

ふて腐れてジョンが言う。

{悪い、悪い。でもどうせ飼われるなら、金持ちの家が良かったよな。ジェーン家はフォアグラ入りドッグフードらしいぜ、俺も一度でいいから食ってみたいぜ}

{ああ、あれね。そんなにたいして美味くないぜ}

ジョンが言った。

{えっ、お前なんで知ってるの?}

小庄太が聞く。

{一回だけ食べたことあるんだ。ジェーン家に行ったときに。}

{そういや、お前んとこのご主人、ジェーンの城川さん家の家族と仲良かったもんな}

{ああ、まあ、見かけだけね}

{えっ、ああそうなの?すげえ仲良いと思ってたぜ}

{そうでもないぜ、俺ん家のご主人、家帰ったらいつも悪口たたいてるぜ}

{えっ、何て?}

{あそこの家は見栄っ張りだの、自慢話ばっかりで話に落ちがないだの、とにかくおもしろくないらしい}

{だったら、行かなきゃ良いじゃん}

{そういうわけにはいかないのよ、何でも仕事の上司と部下らしくて}

{ああ、それは辛いよなー。邪険にできないし。っで、どっちが上司でどっちが部下なの?}

何気に小庄太が聞く。

{こっちが部下に決まってんだろ、俺の犬小屋どれだけ小さいと思ってるんだよ}

{ああ、そうだったよな、ごめん、ごめん。あの犬小屋みりゃ、聞くまでもなかったよな}

{・・・お前な。}

横目で小庄太を見ながらジョンが言う。

{いやいや、まあまあとにかくフォアグラ入りドッグフードはあんまり美味しくないってことだよな}

{そうそう}

{でも、城川さん家に行ったらいつもその後夫婦げんかが始まるんだよなー。嫌になるぜ、全く}

息を吐きながら、ジョンは言った。

{あそこのお宅はこんな素敵なソファーがあって、ン百万のネックレス}

小庄太が満ちゃんの母の物真似をしながら言う。

{そうそう、}

{なのに何で家はこんななの!あなたがもっと稼いできてくれないからじゃない!}

{そうそう、それで、いつも大喧嘩}

{大変だな、お前ん家の御主人様も}

{本当、可哀相に。肩身が狭いんだよねー、娘には洗濯物一緒に入れないでって、怒られてるし}

{涙ぐましいお話だね}

小庄太が涙を拭う振りをする。

{でも、そんな時に限って俺を散歩に連れて行くんだよなー、家の御主人様は}

{ふーん、そうなんだ}

{それで散歩しながら、俺に過去の栄光話を何度も語るんだ。}

{昔、俺はこんなに凄かったって?}

{そうそう。高校のサッカーで最後の試合のシュートを決めたのはこの俺なんだって。もうこの話300回くらい聞いてるよ}

{成る程なー、それで、満ちゃんが後を継いでる訳だ}

{ほどほどにね}

{まあ、人生そう甘くないっていう訳だ}

{そういう事。でも何だか背中が寂しいんだよねー、そん時の御主人様って}

{んー、分かる気がする。お前んとこの御主人、幸薄そうだもんな}

小庄太がさらりと言う。

{こらこら、お前、どさくさに紛れてなんて事を。でも、家族で一番優しいんだぜ、日曜日には朝からずっと俺と遊んでくれてるし}

ジョンが御主人様のフォローを入れる。

{それは遊ぶヤツが他にいないからだよ。家族から、見放されてっから}

さらりと小庄太が崩す。

{お前、本当ね、しまいには怒るよ}

{まあまあ、そう、カリカリすんなって}

{お前がカリカリさせてんだろ。全く。でも、御主人様が俺の所に来るってことは何かあったんだろうなーって思う訳。だから、そん時は、御主人様がちゃんと癒される様に俺はめいいっぱいシッポを振ってサービスしてるんだ}

{お前も大変だな、色々}

{まあね、でもそれが、飼われているという俺達の使命なのさ}

{成る程ね}


「あら、やだ、奥さん、もうこんな時間。時間経つのって本当早いわねー。」

満ちゃんの母が、まるで話を切り上げるかのように言った。

「あら、本当だわ。スーパーに買い物しにいかなくっちゃ、今日ミドリスーパーで特上肉が100g800円だったの、安いでしょー、買いに行こうと思ってるの。奥さんもどう?」

武中さんの奥さんが言う。

「あら、それは安いはねー、私も後で行くことにするわ。」

微かにワントーン低い声で満ちゃんの母は言った。

「そう、それじゃ、また。」


{ああ、もうこんな時間か。しかし長い間よく喋ってるよな、疲れちまったぜ、全く}

{本当よね、たいしたことなんか、何一つ喋ってないんだから}

もう一人、いや、もう一匹。紅一点の女性であるこの犬の名はマミ。

{ああ、お前もまだいたのか}

{失礼ね、ずっといたわよ}

{とにかく、話し長過ぎるよ。待ってるこっちの身にもなってほしいよ}

あくびをしながらジョンが言う。

{全く}

{でも、お前んとこ良いよな、今日の晩ご飯は特上肉らしいぞ}

小庄太がマミに言った。

{そんなの、人間だけよ、食べるのは。私はどうせいつもの安いドックフードよ}

{そりゃ、そうだよな。そんなもんだよな}

{ええ、そうよ。いいもん食べてる所に限って、犬のエサを節約してるんだから}

{そんなもんか?}

{ええ、そんなもんよ。だってうちの家がそうなんだから。激安セールの中でも一番安いエサ買ってくるんだから}

マミが膨れっ面で答える。

{へえー、そうなんだ。}

{そうよ、ほんっと美味しくないんだから。でも、あの人は、まあー、マミちゃんはいつも本当に少食ねーだって。あんたが買ってくるご飯がまずいんだって、頭きちゃう。それで自分は特上肉よ}

{あのおばさんなら、やりそうなことだよな}

{でしょー、本当むかつくんだから。なんであの時ペットショップでシッポなんか振っちゃたのかしら。私って見る目ないわよね}

{いやいや、あの時点で飼い主を見抜くのは難しいって、仕方ないよ}

{はあー、それもそうよね。あ、何か今度は本当に行くみたいよ}

{ああ、そうだな、じゃ、またな}

{ああ、またな}

{ええ、じゃあ、また}

俺達はそれぞれの飼い主に繋がれている鎖に引っ張られて歩いていった。夕方になると、風が気持ちいい。

「小庄太ちゃん、今日は昨日余った野菜炒め晩御飯に付けてあげるわね。」

俺の御主人、広川庄太郎の母は言った。のんびり、おっとりしている人だ。風に当りながら、ゆっくり歩く。

「いい風ねー、小庄ちゃん。」

{ワンッ!}

と俺は元気よく返事した。こののんびりした時間が俺は結構気に入っている。

「皆、本当にお肉買いに行くのかしら?お金持ちねー。」

お母さんが呟いている。でも、俺はドックフードより野菜炒めの方が好きだし、何より手作りっていうのがいい。肉は特上肉じゃないけれど、家の中の家族と同じモン食ってるってのが他の家の奴と比べて、ちょっと自慢かもな。


「ああ、でも何か嫌な感じだわ。奥さんもお肉どう?ですって。あんな高い肉買えるわけないじゃない。買ったら今月赤字じゃないの。フン、あそこの奥さんも、嫌味な人なんだから。」

満ちゃんの母である。

「ねえー、ジョンちゃんもそう思うでしょー?」

ねちっこく俺の名を呼ぶ。

「あの人、本当いつも嫌味っぽいのよねー、一言多いし。ねえ、ジョンちゃんもそう思うでしょー?」

こうやっていつも同意を求めてくる。知るかちゅうに。別に買えないんだから、正直に買わないって言えばいいのに。そんな、見栄張ったって家がでかくなるわけでもあるまいし。どーでもいいじゃん。と思いつつ、

「ねえー、ジョンちゃんもそう思うわよねー。」

と何度も聞いてくる満ちゃんの母に対して、

{ワンワンッ! ―そうだね!}

って、可愛くシッポを振って話しを合わせる俺だった。

「ああー、やっぱりジョンちゃんは分かってくれるのねー、本当いい子ねー。」

嬉しそうに、満ちゃんの母が僕の顔を見る。人はこんな時ただ同意してほしいだけなのだ。俺はさらにハアハアと言ってシッポっを振って満ちゃんの母に甘えた。

「まあ、ジョンちゃん、甘えちゃって。本当にかわいいわ。ジョンちゃんは、いつでも私の味方なのよねー。」

{味方って。一体何処に敵がいるんだ。訳分からん}

と思いつつ、ワンワン!って返事する俺がいる。そうこれで、満ちゃんの母の心が少しでも癒えるなら、俺はお安い御用なんだ。そう、これが俺達犬の飼われている使命ってやつなのさ・・・。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ