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第八話 「まぁ、こんなもんよ」

最初の村を出発してから二晩を越し、俺たち三人と馬一頭は目的地である東の村へたどり着いた。


途中、俺がぶっ殺した二人の兵士の死体があったが、あの時のまま何もいじられている様子がなかった。

やはり読みが当たっていた。偵察兵はこの二人だけで、追加はいない。


俺はその二人から長剣三本と短剣一本を拝借して、死体は道から外して森の中に隠した。

特に何かの効果を期待してではなく、なんとなくだ。





「ビンゴ、だな」


東の村は、俺たちのいたエルフの村よりも少しだけ規模が大きかった。

ドワーフの住む町に一番近いからだろうか。


予想通りというべきか、俺達が到着した時点でその村の人口はすでに許容範囲を超えていた。

疲れた顔のエルフがけっこうな数で歩き回っている。

子供が母親に抱き着いて大泣きしている様子も遠巻きに見えた。


村の周りには全体を囲うようにして、申し訳程度に等間隔で木の杭が打ち込まれているようだった。

一応馬防柵(ばぼうさく)のつもりだろうが、あれではほとんど機能していないだろう。


村の入り口にはエルフが立っていた。不安と緊張に満ちた顔で短めの槍を持っている。


「とまれ! 何者だ!」


ユトピーに乗ったまま近づくと、二人のエルフのうち片方が槍の切っ先を俺に向けながら怒鳴った。

後ろでリコが短剣に手をかける気配がしたので、振り返らないまま〝何もしなくていい〟と軽く膝をたたいてやる。


「この村の中へ入りたい」

「貴様人間だろう! 何のつもりで村へ――――っえ?」


俺の前に座ってるアシエが、寒さ避けで首に巻いていたストールをずらして顔を出すと、門番のエルフは驚いた顔で俺とアシエを交互に見た。


「に、人間が、なぜ、エルフの子を?」

「僕が死にそうだったところをユキさんが助けてくれたんだ!」


アシエは胸を張りながらそう言って、続けて門番のエルフにお願いしてくれた。


「ユキさんたちを入れてあげて欲しい。この人たちは人間だけど、僕たちの味方なんだ」

「そ、そんな言葉、信じられるわけがないだろう!」


だよなぁ。


エルフの村が人間たちに襲撃されているのは聞いているだろうし、見た目だけなら珍しい服装の〝人間〟だ。

やすやすと最後の砦へ入れるわけにはいかないだろう。


俺はユトピーからゆっくりと降りて、門番のエルフを刺激しないよう注意を払いながら近づいた。

槍を構え、しかし怯えているのがまるわかりの表情で、エルフは再び叫ぶ。


「と、止まれ! それ以上近づくと、さ、刺さなきゃいけない! たのむ、来るな!」

「わかったわかった。止まるからそう怯えんなって。いいか? 俺たちがこのエルフの子供を助けたのには事情がある。簡潔に言うと〝この世界の情報が欲しいから〟だ。取引しよう」

「……え?」

「俺がこのエルフの子、アシエを助けたついでにお前たちエルフを窮地から救ってやる。その見返りとしてこの世界の情報を、お前たちエルフが知る限り俺に提供しろ。これは取引だ」

「そ、そんな、それは……えっと……」


頭悪いのかこいつぅ……。

えぇいもう、ままよ。


「おまえらエルフを助けるためにここへ来た。村の最高責任者と顔合わせ願いたい」

「う……」


半信半疑、しかし、俺の言っていることがもし本当なのだとしたら、人間が容赦なく攻めてきているこの状況では救いの一光だろう。

信じたい、という気持ちが見え隠れする表情をし始めた。


もうひと押しかな。


そう思って口を開きかけた時。


「もうよい、客人ぞ。中へ迎えよ」


二人の門番の後ろから、髭を生やしたよぼよぼのエルフが表れた。





村の中心にはちょっと大きめの丸太小屋が建っていて、俺たちはそこへ案内された。


「物資に余裕がありませんゆえ、もてなしの品を出せませぬ。申し訳ない」

「いいっていいって気にすんな。あんたがこの村の村長さんか?」


少々無礼な口調かもしれないが、このくらいで〝対等な〟会話をしなければ、この後の俺の要求は通りにくいだろう。


情報と引き換えにエルフを助けるなどというのはとっさに思いついた口実よ。

大事なのはここからだ。


「左様、わたくしがここ、アド村の長を務めております、〝パシク〟といいます」

「パシクさんな。俺は〝ユキ〟って呼んでくれ。んで、こっちの鎧の女の子が〝リコ〟で、エルフの男の子は〝アシエ〟っていう。ここから馬で三日くらいのところにある村の子だ」

「三日……襲撃を受けたミケ村ですな」

「そうだな」


あそこミケ村っていうのか。知らなかった。

立派な髭のエルフの村長、パシクは何度かうなずくと、顔をあげて真剣なまなざしで訊いてきた。


「見張りの者から聞いております。〝我々と取引をしに来た〟というのは(まこと)ですかな」

「おう、正真正銘、俺とリコはエルフ族の滅亡を阻止するためにここへ来た。その対価として情報の提供を要求する。この世界の事ならなんだっていいぞ。虚言妄言を除いてな」

「なるほど……」


パシクは悲痛な面持ちで、視線を下げた。

言いにくいことをどうやって口に出せばいいのか悩むとき、人もエルフもこんな顔をするんだろうな。


意を決したようにパシクは口を開いた。


「お言葉ですがユキ殿。我々には、人間に対抗する(すべ)がありませぬ」

「というと?」

「我々にはどうやって人間と戦えばいいのかがわからない。人間は強い。恐ろしいほど強力な武器でいともたやすく我々を蹂躙する。魔法も使う。傷ついても魔法ですぐに回復してしまう。我々エルフは……エルフは……」


後半は声が震えて何を言っているのかわからなかったが、とりあえずこの村長、パシクさんは〝あきらめて〟いるらしい。

まぁ、だよな。そりゃあきらめたくもなるだろう。


状況は絶望的だ。エルフに勝ち筋なんてものはミリ単位でも見えねぇだろう。

めそめそと人間に囲まれて、女は奴隷、男も奴隷、余ったら殺される。それだけだ。


エルフだけ(・・)だったらな。


「じゃあ、パシクさんよ。俺から聞くがあんたはこのままエルフが滅んでもかまわねぇのか?」

「……じゃが、我々にはもう」

「人間に虫のように踏みつぶされて、女は捕らわれて家畜にされ、子供は売られてオモチャにされる。それでいいのか?」

「…………」

「あんたらエルフの生きてきた歴史が、ここであっさり無かったこと(・・・・・・)になってもいいのか?」

「…………」

「女房子供は、泣いて助けてと叫ぶと思うが、あんたはそれでいいのか?」

「…………いい…………わけが、ないじゃろうッ!」


パシクの握った拳が震えている。血が出んばかりに握りしめている。


「じゃが! 我々エルフは! 人間になんて勝て――――」

「その発想がおかしいんだよ」


目に涙を浮かべながら叫ぼうとするパシクを、俺は手のひらで静止してあくまで冷静に彼の目を見た。


「確かに勝てねぇよ。今のエルフじゃたとえ一万人いても人間には勝てそうにねぇ。残念だがこれは事実だ」

「おぬし、それがわかっておるなら――――」

「〝勝て〟なんて誰が言ったんだ?」

「…………?」


パシクは口を結び、何を言われたのかを考えているようだった。


そうだ。考えろ。

考えることを放棄するな。

圧倒的な弱者が考えることを放棄したとき、それは〝自殺〟したことと同義になる。


「パシクさん。すこし、この村の様子を見させてもらえないか?」

「は、え? あぁ、それはまぁ、いいですぞ」

「見回りながら俺の考えを説明する。その説明を聞いてから判断してもらえればいいが――――」


俺はまっすぐに、よどみなく、しかし断ったらただでは済まないぞという念を込めて、パシクの目を見ながら告げる。


「この村に居る人間の指揮権を一時的に譲渡してほしい。男も女も子供も老人も全て全員の指揮権を」





村の様子はものの見事に俺の予想通りだった。


女が多い。子供も多い。

対して若い男は少なく、全体の三割にも満たないようだった。


しかもけが人がほとんどである。

闘えそうな男のエルフは、もともとこの村に居た者を合わせても圧倒的に少ない。


この村にエルフが集まってくることから、人間が最後に襲うのはこの村かもしれないという予想はエルフ達にもついているようだった。

ドワーフの街に近いからか、いくらかの鉄の剣や槍が散見される。


だが武器よりも男の数が少ないのが現状だ。


ドワーフらしき者は一人も見当たらないので、やはりエルフを救援するような余裕がドワーフにはないようだ。

なぜドワーフが救援に来ないのかパシクは気が付いていたが、それがわかった時、もうエルフは滅ぶしかないのだとあきらめの念を持ったそうだ。


頼みのドワーフは一度だけこの村を訪れ、武器だけを置いてすぐに帰ったと。

やっぱり、と言わざるを得ないな。エルフ達だけで何とかするしかない。


次にここへ集まっているエルフ達の人数を数えた。

ざっと見ても女の数は百を超えている。子供や老人は五十人ほど。男は四十人くらいか。


数だけ見ればそこそこに多いのだが、女子供が大半を占めていることを考えると、まっとうな戦闘――――男を兵力として考え、女子供を防衛するとなると、無理だ。守り切れない。


人間の目的である〝エルフの女を奴隷化する〟というそれは、確実に成功の一途をたどっている。


「ユキさん……その予測は、確かなのですか……? 人間が、我々を滅ぼす理由が〝エルフの女を奴隷にしたいから〟などというのは……ッ」

「予測というかもう確信だ。さっき話を聞いたエルフの奥さんは、別の村でも少なからずエルフが捕らえられているって話だったしな。十中八九間違いなく、奴らはそれが主目的だ」

「なんと……」


人間の侵攻目的が〝エルフの奴隷化〟であることを話したとき、パシクの目に怒りの色が見えた。


握っている拳がわなわなと震えている。

パシクの歩みが止まった。顔を落として影になり、拳だけでなく肩も震わせている。


俺も立ち止まってパシクの様子を伺うが、彼は怒りにわななく声でうめいた。


「人間……そのような、生き物だったのか……人間め……」


――――あら。おいおい、何言ってんだじいさん。

ファンタジーあるあるのクソ鬱展開フラグ立てんじゃねぇよ。

ここでへし折っといてやる。


「おいパシクさんよ。カン違いしちゃいけねぇぞ」

「…………? 何をじゃ」

「〝人間が〟じゃねぇ〝そいつらが〟だ。人間全員を恨むな。お前たちを奴隷にしようとしているクソ人間は、人間全体で見れば小指の先ほどに過ぎねぇ」

「ぬ……?」

「種族を恨むな。種族を恨みだしたら、その先にあるのは無限に続く怨嗟の殺し合いよ。いいか。恨み、呪い、嫌悪し、殺意を抱く対象は〝あいつら〟だけにしろ。〝人間全部〟なんて雑な恨み方すんな」


パシクはハッとしたように目を見開き、深く、一度だけ頷いた。


エルフの老巧だ。俺なんかよりもはるかにいろいろなことを経験しているだろう。

後は自分でうまく飲み込んでくれ。





アド村の中央に建つ丸太小屋へ戻った俺たちは、再び対面して座り、会談を始める。


村の様子はざっと見てきた。

現状の把握はすんだ。

予測が合っていることも確信できた。


あとは、この村全員を俺の言葉で動かす権限が欲しい。

言ってしまえば、これができなければいくら俺が考えたところで無駄だ。


「さて、パシクさん。難しいことを言っているのは百も承知だ。ついさっき会ったばかりの、それも人間に、エルフの最後の砦を任せろなんてのは正気の沙汰じゃない。それはわかる」

「…………」

「だがあんたたちだけでこの状況を乗り切れるか否かは、あんたが一番知っているはずだ」

「…………」

「指揮権のすべてを、俺に渡してほしい」


パシクは悩んでいた。眉根を寄せ、固く口を閉じ、うつむいて腕を組んだまま微動だにしなかった。


そんなパシクへ声をかけたのは、俺の隣に座っていたアシエだった。


「パシクさん」

「……む、どうした、ミケ村の少年よ」

「僕はこの人、ユキさんに助けてもらった。僕はユキさんが治療してくれなかったら死んでいたんだ」

「…………」

「僕はユキさんを信じる。ユキさんならきっとこの村を、エルフを、みんなを助けてくれる!」

「…………少年、どうしてこの人間をそこまで特別視するのじゃ」


言われたアシエは俺のほうへ困ったような視線を投げてきた。


そんな顔すんなよ。別に隠したいことじゃねぇ。

言うなら今だ。今が一番効果的だ。


「言っていいぞ、アシエ」

「! …………うん。わかった!」


笑顔でうなずくと、アシエは怪訝そうな顔をしているパシクに面と向かってはっきりと言った。


「ユキさんは〝異世界人〟なんだ。ただの人間じゃない。特別な人間なんだよ」

「俺だけじゃなくてリコもだけどな。リコも特別な人間だ」


パシクは目を大きく見開き、しばらくそのまま、驚きを隠しきれない様子で固まっていた。

詰まる声でやっと発した言葉は、


「い、異世界人なんて、そんなことがあるのですか……?」

「証拠が見たいってんなら俺のこの服そのものが証拠になるが、もう一つある。これだ」


俺はポケットからスマホを取り出し、パシクへ渡した。


「丁寧に扱えよ」

「こ、これは……?」

「〝電気〟というこの世にない概念で動くカラクリだ。ほんとはかなり便利なんだが、これ一台だけじゃ使う用途は限られる」

「たしかに、こうも煌々と輝くものはドワーフの金細工でも見たことがありませぬ。しかしこれだけで…………いや、いいや、うむ……エルフの子が嘘を言っても仕方のないことですな。信じましょう」

「ありがとよ」


パシクからスマホを返してもらい、ポケットに入れている途中、彼はそれでも疑念の声を崩さずに質問した。


「ユキ殿、失礼を承知で申し上げさせていただきますぞ」

「なんだ?」

「ユキ殿には、この今のエルフの状況を打開するだけの考えがおありと見て取れた。もしよろしければその考えと、根拠を提示していただきたい」

「うー……ん。考えはダメだ。考えのほうは〝エルフの全指揮権を俺に移譲する〟という取引の対価として説明する。根拠のほうは今教えてもいい」

「むう…………わかりました。では、その、根拠とはいかに?」


俺は生まれて初めて、自覚する〝マジキチスマイル〟をかました。


「異世界の歩んだ殺し合いの歴史、約四千年分」





パシクの顔が、今度こそ凍り付いた。


「四千……年?」

「あぁ」


ヒッタイト王国がオリエント地方で初めて鉄製武器を実用化したのが紀元前千六百五十年。

それよりも前からエジプトなんかは文明を持っていたので、地球の殺し合いの歴史は現代からさかのぼって〝四千年〟と言っていいだろう。


実際にはもっと前から殺し合いならやっている。それこそ棒切れの先に石を括り付けている時代からだ。


この世界にどれくらいの歴史があるかはわからない。

五千年か。一万年か。それとももっとか。


だがさすがに、歴史上使われてきた〝戦略〟という概念はエルフ達の知るところではないだろう。


たかがゲームの知識。

されどゲームの知識。


勝つためには何をすればいいのか。

損害を抑えるためにはどうすればいいのか。

弱兵ユニットを引き当てた時にはどうすれば滅びないのか。

強兵を手にしたときには何に気を付ければいいのか。


小学生の時からかれこれ八年以上も調べてきた〝戦略〟という概念は、きっと人型をした生き物相手で、心があるのなら、どこでも通じるし、どこでも使える。


「パシクさん、この世界の歴史って何年ぐらいあるんだ?」

「えぇ……それは、その……」

「それくらい教えてくれてもいいだろ?」


こくり、とぎこちない頷き方をしたパシクは、蒼白した表情で言った。


「約千年です」


短けぇマジか。

いくら文明が地球レベルで中世だからって千年って。

うそだろ本気か? 千年だろ、マジで言ってんの? 

むしろどうやって千年で(くら)とか(あぶみ)とか甲冑鎧なんて開発できたの?

まじでファンタジー。ファンタジーやべぇ。

ファンタジー…………。


お、おぉ?

あぁ………あぁそうか、魔術があるからか。

ファンタジー(幻想世界)の名は伊達じゃねぇ。

何がきっかけでそんなもん生まれたのかわからんけど、魔術さえあれば確かに技術力は飛躍するわな。

地球でも、錬金術と呼ばれるものがおおよそ科学にすり替わってからは、信じられねぇような〝それこそ魔術〟と言える科学技術が数十年で量産されたもんな。

スマホだってそうだ。四十年前は完全にSF作品のアイテムだったのが、今じゃ誰のポケットにでも入っている。


なるほどねぇ。見つかる概念が違ったらこうまで文明の歴史って変わるんだ。

おもしれぇなやっぱりファンタジーって。最高だなおい。 

ワクワクする。

うひょおおぉぉ――――。


「ユ、ユキ殿? 大丈夫ですかな?」


妄想の世界に浸っていると、急に目の前に心配した様子のしわくちゃな顔が現れて俺はちょっとびっくりした。

いけないけない集中集中。


「わりぃな。ちょっと俺たちの感覚とずれてたから、びっくりしただけだ」

「そうですか。いや、驚いたのはわたくしの方もですぞ。四千年ものあいだ争いの絶えない世界……いやはや、想像しただけで恐ろしく思います」


そういわれてみると確かに。地球って案外物騒なんだな。


「して――――ユキ殿はその血なまぐさい歴史の技術を使えるということですな?」

「いんや。使うことはできない。知っているだけだ」

「…………? どう違うのです?」

「使うのはお前たちエルフだ(・・・・・・・・)。俺じゃない。使い方は教えてやる」


さて、本題と最初に戻るとしよう。


「だから、お前たちエルフを動かす権利を俺にくれ」


パシクはいまだにあっけにとられた顔をしていたが。


突然、ふっと険の取れた顔をすると、


「――――わかりました。ユキ殿を、信じましょう」


深く頭を下げて、しわがれた声でそう言った。





その後、パシクを通してアド村に居るエルフ達に指示したのは全部で四つ。



一つ、村の周りを囲う〝背丈より高い格子状の柵〟を設置する事。


一つ、その柵の外側に〝深さ1メートルほどの溝〟を掘ること。


一つ、柄の長い〝六メートル近い槍〟を木で大量に作ること。


一つ、木の葉や土で細工した〝景色に溶け込むような衣服〟を作ること。



動ける男と、大量の女と、立てる老人と、歩ける子供たち。

この村に居るすべてのエルフに、協働でこの作業をやらせた。


人間がこの村へやってくるまで、残りあと六日。

…………エルフの運命が決まるまで。

やれることはやってやる。





東にあるエルフの集落、アド村でのある昼下がり。

俺は村の中をシャベル片手に歩き回っていた。観察のためだ。


ここ数日進めてきた村の周りの〝工事〟が、しかしなんとなく、ペースダウンしてきているように見える。

作業をするエルフ達の表情が暗い。


男だけでなく女も、子供も、老人も、動ける者には皆で作業を手伝わせている。

重労働だ。深さ1メートルの穴を掘るのは容易ではない。しかも村を囲うように掘れと命じている。

長さは結構なものだろう。エルフはもともと力仕事に向いていない。

その上食料も満足にない中、ひたすら穴を掘れと指示されて嬉々として掘るやつはいないだろう。


まして状況が状況だ。あきらめの声を上げるやつもいた。


〝もうだめだ〟

〝エルフは終わりだ〟

〝人間には勝てない〟

〝エルフは滅ぶ〟


彼らの誰の顔を見ても、瞳はよどみ、希望はなく、ただただ言われたことをやっているように見えた。


俺が指示しているというのは、どこからともなく噂になったそうだ。

俺とリコが異世界から来た人間であることも、当然含めて。

…………というのが、表向きの口実。


本当は俺がアシエを使って噂を流させた。


〝異世界から来た人間が、急にエルフを救うと言って村長を説得し、村のエルフを動かしている〟と。


ちょうどいい塩梅で噂は広がったらしく、作業をしているところへ俺も手伝いに行ったとき、疲れ切った彼らの目にほんの少し別の色が見えてきた。


奇怪の目。興味の目。不信の目。


それぞれ様々だが、とにかく〝絶望の目〟とは少し違った色を見せてくれる。


いい調子だ。そろそろ、アレをしよう。

希望を無くしかけている彼らにこのまま戦われては、やれる試合もやれなくなる。


俺はエルフ達に村の中央、一番広いところへ集まってもらうよう招集をかけた。

その日の作業が終了した直後だ。太陽が西へ傾き、空は真っ赤に染まっている。


「…………」


俺は、自分で設置した一段高い木板の上に乗って、エルフ達の表情を見回した。


皆疲れ切っている。疲れた表情で、しかし下を向いていた者たちが、俺の姿を見るや顔を上げだした。

疲れた目の中に、興味の色が見え始める。

それだ、それこそが、俺が噂を流した目的になる。


「お前たち」


拡声器などない。


だが周囲は森の木々に囲まれていて、風もほとんど吹いていない。

物音をたてる者もいない。


俺の声は、村中によく響いていた。


「お前たち、家族は生きているか」


「お前たち、恋人は生きているか」


「お前たち、親は生きているか」


その言葉に、眉根を寄せる者もいた。

しかし大半が視線を下げ、暗かった表情をさらに暗くした。


多くの回答が〝おそらく生きていない〟だろう。


生死はわからない。だが非道の限りを尽くす人間たちに村を襲われ。

必死になって逃げて来た者のほとんどが、自分の生死以外にそれを知る(すべ)がない。


そしてここに居るエルフの大半がそういう者たち(・・・・・・・)であると知ったうえで、俺は語り掛ける。


「お前たちの中にもし〝生き残りは自分だけだ〟などと考える者がいるのだとしたら、それは誤りだ」


下を向いていた者が、ゆっくりと顔を上げた。


「人間の目的は〝エルフを捕らえる事〟だ。〝エルフを殺すこと〟ではない。お前たちエルフを、人間はなるべく生かそうと努力する」


「これは根も葉もない妄想ではなく、れっきとした根拠と考察のもとに成り立つ宣言(・・)だ」


エルフ達の表情にわずかな光が差す。

希望の光とは程遠いが、安堵の気持ちを表すような、疑いと安心の混ざり合った顔。


その顔を、俺は今から一瞬にして曇らせる。


「お前たちエルフは生かされる」


「お前たちエルフは捕らえられる」


「お前たちエルフは縛られる」


「女は犯され、子供は(なぶ)られ、男は酷使される。お前たちエルフの未来は、ただこの一途の上にある」


光の灯りかけていた民衆の顔が、絶望に染まった。

誰もが頭を垂れ、希望を消失し、存在そのものに影を落とすかのように静まり返った。


「――――もう一度問う。お前たち、家族は生きているか? 恋人は? 両親は?」


エルフ達の中でわずかに、顔をあげる者がいた。

その顔は微小ながら、何を言われんとしているのかがわかっている顔だった。


「お前たち、その大切な者の未来が、奴隷として歩まされることを良しとするのか?」


俺はわざといやらしく、それこそまるでそうしたいかのような嬉々とした声で、奴隷に落とされた者の未来を語る。


「服を脱がされ、押さえつけられ、泣き叫びながら助けを乞うお前の妻を」


「恐怖に震え、痛みに苛まれ、ただ嗚咽する事しか許されないお前の子供を」


「嗜虐され、酷使され、家畜よりも価値のないものとして使い潰されるお前の夫を――――お前たちは見捨てるのか?」


拳を、握りしめている者が表れた。

肩を、震わせている者が表れた。


「――――三度(みたび)問う。お前たち、守りたい者はいないのか!」


「お前たちがその手で守ってやらなければならない存在は、本当に一人も(・・・)いないのかッ!?」


エルフ達の全員が瞳に光を灯し。

そしてその表情に〝あきらめ〟の影を消失させた。


「夫でもいい。妻でもいい。息子でも、娘でも、両親でも、友人でもいい。お前たちエルフは、お前たちの大切な者(・・・・)のために戦うのだ! 剣を抜け! 槍を持て! 弓を射かけて矢を放てッ!」


「その両手で守るものはお前の体ではない! お前の命ではない! お前の、守りたい者の未来そのものだッ!!」


エルフ達はお互いに顔を見合わせていた。

見合わせ、歯を食いしばり、拳を握り、地面を踏みしめ――――


「――――守るぞおめぇら! 戦うぞおめぇらッ! 戦い方は教えてやるッ! 守り方は教えてやるッ!! だからその手で守り抜けッ!!!」


ウオオオオオオォォォァァァァッッッッ――――!!!!!


空気と大地と森を揺るがす大歓声を上げ。


エルフ(最弱)の群衆は、覚悟の声を高らかに上げた。

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