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第七話 「これを人は失念と呼ぶ」

ユキ視点に戻ります

目が覚めると、部屋には日の光が差し込んでいた。


「…………」


いえーい寝坊したァァァ……。

やっべリコは? どこいった?


「……リコ?」


返事がない。もぬけの殻のようだ。


隣のベッドを見るとアシエが気持ちよさそうに眠っていたので、俺は物音をたてないようにそっとベッドからおりつつ、小屋の中を見回した。


リコがいない。

というか、リコの声は外から聞こえてくる。

念のため警戒装置の枝を確認して、昨日の位置からまったく動いていないことに安心しつつ小屋の入口へ歩く。


外に出るとすぐ前の広場で、リコは日課の訓練をしていた。


「リコ?」

「あ、おはようございます! ユキさん!」


元気ハツラツな笑顔で、リコは振り向きながら短剣を腰へ戻した。

運動していたからか額に少しばかり汗が浮いている。


「えー……起こしてくれなかった理由を聞いてもいいか?」

「〝あまりにも気持ちよさそうに寝ていたし、リコは眼が冴えていたから〟です!」

「だよなぁ」


夢も見ずにぐっすり寝ていた。

おかげで頭はクリアだし、体の疲れも全く感じない。


「悪いな、リコ」

「お互い様ですよ。今日は、じゃあ、リコが寝てもいいですか?」

「もちろんだし、何なら今から仮眠をとってきてもいいぞ」

「眠たくないので大丈夫です!」


にこっ、と笑ってリコは向こうをむいた。

やんわりと、腰を落とす。


ぴゅん。


相変わらず〝最初と最後〟しか見えない神速の抜刀術で三メートルほど移動した。


「ん? 短剣、二本にしたのか」

「はい!」


見るとリコの腰の右側には、やや長めの短剣が一本増えている。


「エルフさん達の短剣です。軽くてリーチがあるので、これを借りました」


右手で逆手に抜いたそれを、リコは俺に見せながら笑顔で解説してくれた。


「どこに付けようか悩んだのですが、こうやって両方の腰に一本ずつ持っていればとっさの判断でどちらからでも攻撃できます。順手でも、逆手でも抜けるので、これが一番いいかなって」

「リコがいいと思うなら、たぶんそれが一番いい」


俺が口出しできるようなことじゃないもんなぁ。

リコはその後も、少しの休憩を取りながらせっせと短剣を振っては戻し、振っては戻し、たまに二本とも手に持ったままピュンピュンと飛び跳ねていた。


縦横無尽、という言葉が俺の頭に思い浮かぶ。

鎧を着た少女が結構な速さで双剣乱舞しているさまは、はたから見ると美しいものだった。


一方俺の頭の中はというと、これまた美しいぐらい冴えているような気がするので。

舞っているリコのそばに腰をかけつつ、ぼーっと考え事をした。





しばらくしてリコと小屋へ戻ると、アシエが起きてベッドに座っていた。


「おはようアシエ。傷は大丈夫か?」

「うん。もうあんまり痛くないや」

「…………?」


取るぞ、と一声かけてシャツを脱がす。相変わらず少し恥ずかしそうにしているが、上半身くらいは勘弁してほしい。まぁ慣れだろう。


巻いている包帯を慎重に外して、傷口を見る。

ほとんどつながっていた。縫い合わせた糸の跡はまだくっきりとしているが、切られた傷はほとんど痣のような様子で、縦につながっていた。

どのタイミングで抜糸すればいいのかわからない俺には、これ以上この傷に触っていいものかと悩んでしまうほどに回復している。


「突っ張ったりとか、動かしにくかったりとかってあるか?」

「ちょっと皮が張るような感じはするけど……たぶん、大丈夫だよ?」


すげぇなエルフ。

傷のほうはもうほとんど治っている。

これなら立って動いても、なんなら軽く運動をしても大丈夫なぐらいだ。


恐るべしエルフの回復力。うれしい誤算だ。

これなら予定を早めて行動してもいいかもしれない。

余裕のなかった計画にゆとりができそうだ。やったぜ。


とりあえず、朝食にしよう。





鍋で塩茹でした野菜を、煮汁ごと皿によそってスープとして食べる。

肉でもあればうれしいんだが村の小屋からは見つからなかった。

人間に略奪されたのかもしれない。


三人で温かいスープを飲む。

野菜のうまみとちょうどいい塩気が、優しく体にしみこんでくる。

まともな食事ができるだけ、野宿よりずっといい。


「さて、今後どうするかなんだが」

「はい!」

「うん」


木のスプーンでニンジンをすくいながら、今朝の考え付いた案を二人に話す。


「東のエルフの村へ行こうと思う」


ユトピーの背中には俺を含めて三人が乗れる。立派な軍馬だからな。

俺の前にアシエを、後ろにリコを乗せて、手綱は俺が握ればいい。


リコがアシエのほうを向いて質問した。


「東の村……アシエ君、ここからどれくらいかかるの?」

「馬なら三日で、僕たちエルフの歩く速さだと五日か六日だったと思う」


なるほど。


「ぶっ飛ばせば一日か二日で行けるわけだな?」

「え? うん、たぶん」

「よし。アシエの傷の様子を見つつ、なるべく早く東の村へたどり着けるよう動こうと思う」


リコもアシエも、なぜ東の村へ向かうのかがわからない様子だった。

この三日間、この村には敵である人間が現れていないからだ。

表面上だけ見ればここが安全に思えるだろう。


怪訝そうな顔でアシエが訊いてきた。


「ここに居たほうが安全じゃないですか?」

「まぁな。俺たちだけが生き残ることを考えるなら、ここに居たほうがいい」

「じゃあどうして……?」

「ここに居ても反攻できる機会は永遠に来ないからだ」

「…………?」

「順を追って説明するぞ」


いま俺たちのいるこの村は、人間の住む地域から最も近い。

だからこそ一番最初に襲撃を受けて、片っ端からボロボロにされて捨てられた。


そう、捨てられたんだ。

言うならば占領価値のない村ということだ。そんなところへわざわざ兵を置いたりはしないし、当然兵を巡回させる必要もない。

人間にだって兵員数には限りがあるからな。


だからこそ、この三日間だれ一人この村へは来なかったわけだ。来たら来たで困りものだったが、薄々〝来ない〟という確信が俺にはあった。

小屋に火をつけて、村人の三分の二を殺し、目につく物資を根こそぎ取っていた時点で〝占領統治するつもりはない〟という影が見えていた。


加えて。


この村へ入った時、村人の遺体の数を確認した。

その時点で生存者がいることはわかったのだが、後で改めて男女比を見てみると不自然な点に気が付く。


女性の死体が少ない(・・・・・・・・・)のだ。

男性のエルフとほぼ同数の女性エルフが村に居る、と考えるのが普通だし、


「アシエ、この村の男女比って男に偏っていたりするか?」

「そんなことないよ。どの家も家族で住んでる」


という確認もとれた。


遺体の数は24体。

そのうち大人の男が15体、女が5体。残りは子供。


おかしい。これはどう考えてもおかしい。

逃げ出せたエルフの中の生き残りの、大半が女性ということになる。


そんなことを人間がするわけがない。


逃がすのは男のエルフだけ。

女は捕まえ、使うだけ使って殺すだろう。


通常、敵国の村を襲ったとき、女をとらえたら〝殺す〟のが定石だ。

なぜなら生かしておいたところでこの先の進軍には邪魔であるし、慰安婦として連れて行くにしても食料を与える必要がある。多くを連れていくことはできない。

だから、その村の女はその場で楽しんでその場で処理する。

足りなければ次の村でまた捕らえればいい。普通はこの考え方をする。


だが、今この村の女性の遺体は異常なほど少ない。


その理由が〝捕らえた女性エルフを人間が連れているから〟なのであれば。

次々に村を襲っている人間たち――――いわば進軍している軍隊にとって、多数の拉致した女性は〝お荷物〟でしかない。


エルフの村を見つけ出すためにわざと一定数を逃がすような、そんな効率主義の権化のような指揮官がとるような作戦じゃない。


じゃあ、なぜそんなことをするのか?

この人間どもの目的は何か?

そもそもエルフの村を攻撃する理由とは?


――――答えは〝エルフの女性をなるべく多く捕らえ、奴隷として売る〟ことだ。





リコもアシエもスプーンを動かす手が止まり、俺が汁をすする音だけが小屋に響く。


「……冷める前に食べよう。食べながら聞いてくれればいい」

「あ、はい」

「じゃあ、僕たちが襲われたのは、そうやってお母さんたちを奴隷にするために……?」


リコは食べ始めたがアシエはそれでもスープを飲まず、震えそうな声でそう言った。

お母さん、か……もう少しオブラートに包んで言ってあげたかったが。

今の俺にはごまかし方が思いつかない。


「そうだ。エルフの村を攻撃する理由はおそらくそれだ。そしてこの推察が当たっていようとそうでなかろうと、やはり東の村へ行く必要がある」


村の女性を片っ端から捕らえ、縄で縛って連れまわすとなると現実的ではない。

やるならやはり泳がせておいて、それから一か所に集めてまとめて捕る。そのほうが効率的に奴隷にできる。


これらの読みが外れたとしても〝わざと逃がされたエルフ〟は、やはり東へ行く。


どっちにせよ逃げたエルフのいきつく先は東の村だ。

そうなるように人間が誘導する。


そして頃合いを見て、まとめてごっそり捕らえて奴隷にする。

エルフ=奴隷という常識が誕生してしまう。


「それじゃあ、僕たちが行っても何もできないんじゃ……」

「行くだけじゃ意味がないな。他のエルフと仲良く死ぬか、鎖につながれて商品になるだけだ」

「…………」


アシエがうつむいた。

本当にごめんな、夢のない話ばかりで。





「…………ユキさん、ひとつだけ聞いてもいい?」

「おう」

「ユキさんは、一体なにをしようとしているの」

「うん?」


なにって、どういうことだ。


「ユキさんは、どうしてわざわざ、攻められるってわかっている東の村へ行こうとしているの?」

「どうしてって……そりゃあエルフを救うためには行くしかないだろ」

「……え?」


きょとん、とした顔でアシエは固まった。

おいおいまてて。

なんか話がかみ合ってないぞ。


ちょっと考えよう。

この村へ来てからの俺とアシエとのやり取りを思い出していると、リコが耳打ちしてきた。


「ユキさんは、アシエ君に直接〝エルフ族を助ける〟とは言ってないと思いますよ」

「あ……」


そう言われれば、そうか、そう……うわぁほんとだ。

一番の協力者に俺の目的を話し忘れるとか、そりゃマヌケすぎるだろ。


「すまん、アシエ。言い忘れていたが俺はお前たちエルフを助けようと思う」

「え、でも、だってユキさんは人間で……」

「人間だがこの世界の人間じゃない。まぁ種族の違いうんぬんでエルフを助けるわけじゃなくてだなぁ」

「じゃあ、どうして……?」


アシエは俺を信頼していないわけじゃない。

命を救ってもらったという恩は、彼なりに感じているのだろう。


だがそれと俺がエルフ族を救済するのは別の話だ。

助けた結果、俺がエルフに何を要求するつもりか。


そのあたりをもしかするとアシエは気にしているのかもしれない。


いいだろう。ここは、素直に俺がエルフを助ける理由を伝えたほうがいい。

俺は打算や損得勘定で動いているわけではなく、


「――――エルフの子供に手をかけた連中(人間)が気に食わなかった、ただそれだけだ。それだけだが、俺は本気だ」


アシエは驚いて固まった後、


「あ……あは、あはは……」

「んー……? 笑われるようなことは言ってないと思うんだけどなぁ俺」

「ご、ごめん……ううん、そうじゃなくて、やっぱりユキさんってすごい人だなぁって思ったの」


柔らかな金髪を持つ美しいエルフの少年は、ホッとした顔で微笑んだ。





ここから東の村までは、普通に馬で動くと三日かかるらしい。

飛ばせば二日だが、あまり無茶な移動はアシエに負担となる。


「ユトピー、なるべく速く、なるべく揺らさずに走れって言われたら嫌か?」


ブルルルゥゥ……。


これどういう反応なんだろうな。

ってか、ユトピーってやっぱり言葉が通じているのか? 俺には馬語がわからんので意思の疎通はちょっと無理だが。


でも嫌そうな顔はしていない。なんとなくだが〝やれるだけやって見せる〟と言ってくれているような気もする。

どうせ特典を付けてくれるなら動物とも会話できるようにしてくれたらよかったのにな。


「よし、出発しよう」

「はいっ!」

「うん!」


三日分は耐えられそうな食料と、三人分の毛布を皮袋に詰めて、俺は背中へ回した。


「あ! すみませんユキさん、ちょっと待っててください!」

「どうした?」

「すぐ持ってきます!」


そう言うとリコはユトピーから飛び降りて、パタパタと小屋の中へ入ってしまった。


しばらくして戻ってきたリコの手には、すっかりその存在を忘れていた黒いコンビニ袋が。

あれ……俺なんか大事なことを忘れているような…………。


あ。


リコにコンビニ袋を差し出され、慌てて中身を確認すると。


半分くらい残ったサイダー。

開けていない板チョコが二枚と、もうちょっとで食べきりそうな板チョコが一枚。

サンドイッチを包んでいたゴミがワンセット。


そして、エ○本(ロリ成分多め)が一冊。


俺は、たしか、この袋を。

三日前に袋ごと(・・・)リコに渡しちゃったような。


「ユキさんには〝チョコを全部食べていい〟って言われましたけど、やっぱりいっぺんに食べるのはもったいなくって、毎日少しずつ食べようと思ったんです」

「あぁ……そうか……」


なんか俺の声がやけに枯れているような気がする。


「ユキさんその……今度からも、チョコを少しずつもらってもいいですか?」

「お、おう、もちろんいいぞ……なぁリコ」

「はい! 何でしょう」

「この袋の中の分厚い本、もしかしてみちゃった?」

「ゑ?」


あ、見てるわこりゃ。





ユトピーに揺られて走ること一日目。

ユトピーは、結果から言うとかなり速く、それでいて丁寧に走ってくれた。


「大丈夫か、アシエ」

「まだ大丈夫だけど、もうちょっと走ったら休憩してもらってもいい?」

「おう、んじゃあもうあと五分走ったら休憩だ」


茜色に染まりつつある森の一本道を、時速にすると30キロぐらいだろうか。

それくらいの速度で俺たちは移動していた。


にしても……。

まさかリコにみられるとは迂闊だった。


怖くてそれ以上は聞けなかった。まかり間違っても「どんなだった?」なんて聞けない。

っていうか法律的にアウトじゃね? いやこの世界にそんな法律はないだろうけどさ。


管理はちゃんとしないとなぁ。

いや、ずさんだったというか買ったことをすっかり忘れていたのがマズかった。


表紙の娘と同い年ぐらいの女の子がこれを見るとか一体どんな心境になるんだか。

いやでも案外そういう知識がなかった場合そういう感情(・・・・・・)は持たないんじゃないだろうか。

どうだろうなぁ、もしかして、いやしかしあれは――――。


「あの、ユキさん」

「うひゃあ!」

「ユ、ユキさん?」


ろくでもない考え事をしていたので変な声が上がってしまった落ち着け俺。


「いや、すまん、なんでもない。どうした?」

「袋の中の本、リコは表紙しか見ていません」


表紙見ちゃったのかぁぁぁぁ…………。

あぁでも表紙だけならまだよかったぁぁ……。

いやダメかぁぁ……。


「リコは、その、〝芸術〟を見たのは初めてだったのでよくわからないんですが、とっても綺麗な絵だと思います!」


ん? この少年十字軍の女騎士様は何をおっしゃっているのかな?


「なので……いつかでいいので、その画集、見させてもらってもいいですか……?」

「ごめんリコほんとごめんこれはリコの言う芸術とはある意味対極にあるものでまぁ俺にしてみると確かに一種の芸術作品ではあるんだけどそれは齢十二の女の子に共感を求めていいコンテンツではなくてつまりこれは――――」

「ちょちょちょユキさん!? 大丈夫ですかぁ!?」


俺はなんとなく世界が白く、いや、まぶしく、それはまるでコスモスのように宇宙がコスモでバーンしてああぁぁぁぁ…………。


かろうじて仰ぎ見た夕焼け色の空。

黒い鳥が一羽飛んでいるのが、俺の涙でぼやける視界に入った。

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