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第四話 「別に俺はショタコンでもない」

まぶたの向こうに光を感じる。

まだ眠っていたいという欲求がほんの一瞬頭を流れ。


しかしそれは一瞬の事。

俺は途端に眠気が飛び、がばっ、っと音を立てて顔を上げた。


「…………リコ?」


日の差し込む、少しあたたかな小屋の中、俺は地面に横になっていた

身体には丁寧にマントが掛けられて、その隣には誰もいない。


背筋がさっと冷たくなる。

小屋の中にリコの姿はない。


外していた鎧もなくなっている。

最悪の事態が頭をよぎり、俺はその場に立ち上がった。


「リコ!」


起きたばかりでまだふさがっていた声帯を無理やり震わせ、冷え切った声で彼女の名を呼ぶ。


果たして、一秒もせずに、彼女の返事は返ってきた。


「あ! ユキさん!! おはようございますッ!」


声は割れた窓ガラスの、その向こう側から聞こえてきた。





「訓練?」

「はい。毎日欠かさずやっているんです」


リコはすべての装備を身に着けて、若干息の上がった調子で俺を見上げながらそう言った。


太陽は完全に顔を出し、夜の間に冷え切った世界を、徐々にゆっくりと温めている。


といっても寒いことに変わりはない。

リコの口からは、早いペースで白い息が吐きだされていた。


「短剣をおさめた状態から、なるべく一歩で、なるべく遠くの敵を切り付ける練習です」

「あぁーなるほど。だからあの時、男の手を攻撃できたのか」

「本当は首を狙っていたんですけどね」


てへへ、と照れ隠しをしつつリコは後ろへ振り返り、

軽く腰を落としながら、左腰の短剣へ右手をのばした。

瞬間。


ピュンッ!


美しいとさえ思わせるような風切り音がしたかと思うと、リコは、俺から三メートル以上離れたところで短剣を振りぬいていた。


――――見えなかった。


リコが踏み込んだ瞬間も。

リコが短剣を抜いた瞬間も。


俺が視認できたのは、リコが腰を落としたところと短剣を振りきった後の、言うならば〝最初と最後だけ〟だった。


「リ、リコ? なんでそんなに早く動けるんだ?」

「………? そんなに早くないと思いますけど」


こて、と首をかしげながらリコは短剣を腰に戻した。


速いなんてものではない。見えなかったというレベルだ。


毎日欠かさず練習して、もしも恐怖で身体が強張らなかったら。

こんな小さな女の子でも、あんなに速く攻撃できるのか。


いやいやまてまて、鎧を付けてこの速さはおかしいだろう。

常識的に考えて。


……案外、俺の常識がおかしいのか?

鎧は重いが、その分重量が分散するように設計されている。これはよく聞く話だ。

身体の小さなリコなら鎧の総重量そのものもそれほど重くない、とか。


いやしかし筋肉量は年相応だろう。


うー……む。

まさか、リコだけ〝チート能力〟を授かっているとか?

本人に自覚がないのだから何とも不親切な特典だが。


わからん。


まぁ、それを俺がどうこう考えることは難しい。

近接戦闘なんてちょっと本でかじった程度だ。使ったのは昨日のアレが初めてだ。


素人感覚もいいところ。

俺がリコの戦闘能力を評価するのは筋違いというやつだろう。

案外、その道の人間はこれくらいの速さで動けるのが普通かもしれないし。


それは置いといて、だ。


「リコ、明日からは申し訳ないがその訓練はやめておこう」

「え、どうして、ですか?」

「水分も食料も限りがある。無くなってしまう前に人里へたどり着ける保証がない。可能な限り、体力は生き残ることのみに使うべきなんだ」

「あ…………」


何か思い当たることがあったのか、俺の言っていることの意味を瞬時に理解した様子で、リコは一度うなずいた。

しゅん、とした表情になりながら、


「ごめんなさい…………もうしません。気を付けます」


うなだれた。予想以上の落ち込み方だ。

こりゃいかんフォローしよう。


「せめて水だけでも見つかれば、リコの好きなようにしていいから。それまでの我慢だ。いいね?」

「あ、は、はいッ!」


ぱぁ、と明るくなったかと思うと、リコは元気にうなずいた。


こういう場面で大切なのは叱ることだけじゃない。

たしなめる時は、その理由と、この先どうすればいいかの〝前向きな予定〟を教えてあげると子供は安心する。


はは、マンガの知識上々だ。ありがたやありがたや。





その後。

チョコをそれぞれ二切れずつと、サイダーをリコは三口、俺は一口飲んで。


いざ、近くに繋いでいた馬に乗って出発した。


チョコを食べた時のリコの顔は、なんというかスマホで取っておきたいくらい可愛かった。

シャッターチャンスを逃すとは惜しいことをした……。


しかしあんな甘いものを食ってしまうと、元の世界へ帰った時に舌が肥えて苦労しないだろうか。

あの時代の平民ってチョコ食えたっけ?


あぁいや、コロンブスがヨーロッパで初めてカカオを見た人のはずだから、13世紀のヨーロッパにチョコはないか。

コロンブスは15世紀だし。


食べようと思っても存在しないってのは、つらいかもしれんなぁ。まぁ、どうしょうもないが。


「ユキさん」

「おう、どうした?」

「このお馬さんに名前とかって付けませんか?」

「名前、か」


確かに。


この世界にきて最初に友好的な関係を築けたのは、実際のところこの馬だ。

ここまで背中を貸してもらっているわけだし、この先もお世話になるかもしれん。


「いいな。名前付けようか」

「実は今朝の練習中に考えたんです!」


弾んだ声でリコは続けた。


「〝ユトピー〟って、どうですか?」

「ユトピー……めずらしい響きだな」

「昔、お父さんが教えてくれたんです。古い東のほうの言葉で〝理想郷〟って意味があるんだ、って!」

「あぁーなるほど」


それあれだ、ラテン語の〝ユートピア〟からきているぞ。

リコがもじったのかお父さんが間違えているのか、若干言葉が違うようだけど。


しかし、いいな。〝ユトピー〟か…………。


「うん、覚えやすいし、呼びやすい。いいんじゃねぇかな。理想郷まで連れて行ってくれたら最高だ」

「ほんとですか!! やったぁ!」


馬の背中で身を躍らせるもんだから、馬――――あらためユトピーは、すこし迷惑そうな顔で俺たちのほうを振り向いた。


「ユトピー! 君の名前はユトピーだよ!!」


ビヒヒ、と小さくユトピーが鳴いたのは、もしかして言葉を理解したからだろうか。





ユトピーの背中に揺られること二時間。


途中でチョコを一切れずつ食べる休憩をはさんで、それからはひたすら、森の中の一本道を突き進んだ。


上を見上げると白い雲が少し散らばって、あとは地球と同じ青い空が広がっている。

気温も昨日と同じくらい。寒いのは寒いが、夕刻や夜中に比べたら幾分か温かい。


リコにはコートとマントを二つとも着させているし、俺は俺で黒のジャケットだけだが今は十分温かい。

お日様の力だな。


ぱからぱからと進むことさらに一時間。


ひより日の中の道の端に、何かが落ちているのを発見した。


「なんだ?」

「なんでしょうか……」


リコが俺の腹から左手を離し、腰の短剣に手を伸ばすのが気配でわかった。

二人で警戒する。


少し離れたところでユトピーを止め、俺とリコは道の端の〝なにか〟から目を離さず、ゆっくりと降りた。


「ユキさんは、リコの後ろに居てください」

「いやそれは……うん、そうだな」


たぶん俺よりリコのほうが強い。

直感と、今朝のあの動きを見て俺は判断した。

何かがとっさに起きた時、丸腰の俺よりもリコのほうが対処できるかもしれないし。


リコは警戒の色を濃厚にしつつ、落ちている〝なにか〟に近づき、


「――――ッ! ユキさん来てください!」


血相を変えて俺のほうに顔を上げた。


周囲を広く警戒していた俺は一瞬、敵か何かかと思って体を強張らせたが、リコがその〝なにか〟を指さしているので慌てて駆け寄った。


「……っ」


息を飲んだ。

〝なにか〟は人だった。


いや、正確には。


子供だ。さらりとした金髪に、少しとがっている長い耳。

粗末な薄緑色のチュニックは、左肩のところからどす黒い血で染められている。


エルフの、少年の、死体だった。


「ぅ……ぅぅ…………」

「ッ!!」


いや! 違う!! 生きている!!


「リコ! 短剣を貸してくれ!」

「え!? い、いやユキさん、この子、まだ、子供で……」

「殺さねぇよンなことするかッ! 手当てする、貸してくれ!」


リコはうろたえながらもすぐに短剣を抜き、俺に渡してくれた。

俺は自分の肌着を短剣で切り裂き、包帯になるように細長くする。


少年の左肩、紅く染まったチュニックの上からだいぶきつめにそれを巻いていき、とにかく止血できるように固定した。


「リコ、手を貸してくれ」

「はい!」


少年をそっと抱えながらユトピーに乗る。

不思議なことに、俺たちが何をしようとしているのかユトピーは理解している様子で、意識のない少年を乗せやすいように足を少し曲げてくれた。

ユトピーすげぇ……いや、今は感心している場合じゃない。


「リコ、掴まってろよ。ユトピー、なるべく揺らさずに、でもさっきより早く走れるか!?」


ビヒヒヒヒヒッ!


言葉を理解しているのか。

ユトピーは頼もしくいななくと、確かに先ほどよりも早く、もっと言うならば先ほどよりも揺れの小さな走り方をしてくれた。


「死ぬなよ……生きろよッ……!」


細く、か弱く、今にも命の糸が切れそうなエルフの少年を乗せて、ユトピーは森の道を駆けていった。





しばらく進むと村があった。

道が途端に広くなったかと思うと、そこら一帯の木がなくなっていて、代わりに木材で建てられた小さな小屋が、二十棟ほど乱立していた。


俺たちの来た道とは九十度違う方向、南の方角にも、村と森をつなぐ入口があるのが見える。


村は、めちゃくちゃだった。


火がつけられ燃えている家がある。

いたるところに血だまりがある。


死体もある。胸が、腕が、足が切り付けられ、真っ赤に染まっている死体がある。


中には女性の姿も見える。

服が…………服が、剝ぎ取られていた。すでに息もない。


そのすべての人の耳が長く、髪は美しい金髪だった。


何が起きたのか、だれが見てもすぐにわかる。

ここはエルフの村。そして村は、何者かによって襲撃されていた。


怒声や叫び声といった物音が一切しない。

それどころか、剣戟の音も、馬の足音も、人のいる気配すらも感じられない。


「ひどい……ですね」

「あぁ、すでに攻め入られた後だ」


血の付いた短剣や折れた矢もそこら中にある。


この一晩の間に襲撃があったとみるのが妥当か。


「少年を治療できるようなものがないか探す。リコは、悪いが俺の護衛をしてくれ」

「はい!」

「万が一人間が襲ってきたら……その時は、頼む」

「当り前です、任せてください!!」


元気よく決意のこもった眼でリコはうなずき、俺のそばでぴったりと辺りを警戒し始めた。


一番近い小屋に入る。


ドアを開けた瞬間、一糸まとわぬ女性の死体が転がっていて、そこで何が起きていたのかが瞬時にしてわかるような空気が立ち込めていた。


――――くそ人間どもが。


頭では、わかっている。

敵対する国の村を襲うならば、徹底的にやるのが定石。

殺すし、犯すし、攫うし、奪う。

地球だろうと異世界だろうとそれは変わらない。


だが。


実際に目の当たりにすると、理屈抜きで殺意が籠る。

こんな、小さな、子供にまで、手をかけやがって。

許さねぇぞ。


奥歯をかみしめながら、一方で俺は冷静に、少年の傷を縫合できるようなものがないかを探した。


針と糸。それから鍋と水だ。


ほどなくしてすぐに見つかった。

炊事場らしきところに鉄製の鍋も、それから生活用水を確保するための井戸もあった。


リコに手伝ってもらって、火をおこし、熱湯を作る。


針と糸も無事見つかった。服が重なっている場所に置いてあった。

どっちも沸いた湯の中に一度通す。


少年を小屋の中のベッドに寝かし、巻いた包帯を外してからチュニックを破る。

肩の傷を露出させる。


「ユ、ユキさん、何を、しているんですか……?」

「傷口を縫う」


本で読んだ程度の知識だが、何もしなければこの子はどのみち死ぬ。

傷口は刃物で切られた様子で、不幸中の幸いか、ぱっくりと見えやすい状態だった。


リコが今にも泣きそうな目で不安げに見ている。

仕方がないんだ。こうしないと血が止まらない。


「辛抱してくれよ……」


少年には聞こえたのか、聞こえていないのかわからない。

熱湯から取り出した針を、少年の傷口に刺していく。


裂けた皮膚を引っ付けるように、なるべく感覚を狭く、丁寧に、しかし素早く。


俺は生まれて初めて、人の肌を縫い合わせた。





糸を止め、近くにあった服を遠慮なく切り裂かせてもらい、これも熱湯で消毒して少年の傷口に巻いていった。

その間、リコには屋外で動きがないか警戒してもらっていたが、人ひとり、動物一匹いる気配がなかったそうだ。


「…………ふぅ」


いつのまにか噴き出ていた額の汗を、安堵の息とともに手の甲で拭う。


ひとまず、俺にできることは全てした。

少年は小屋の中のベッドに寝かし、かまどの火は落とさず部屋を温めるために燃やし続ける。


「あとは、運しだいか」


生きてくれよ。

ここで死なれちゃ寝覚めが悪い。


いや、それ以上に。何があったかがわからないと、今度は俺たちも危険にさらされる。


「…………」


小屋の中の女性の死体は、服をかぶせ、申し訳ないが一度外に出させてもらった。

腐敗して細菌が蔓延すると、せっかく縫合した傷口がやられてしまう。


あとで、弔えるのなら、村中の死体を集めてこよう。


「…………これが、戦争か」


そうだろう。


エルフ以外の死体が見た所皆無だったことを察するに、こんなものは〝戦争〟ではなく〝虐殺〟だが。

いずれにしても、ゲームや漫画の世界ではない。


いま、俺の目の前の、現実に起こっていることなんだ。


村の男は殺され。

女は犯され。家は焼かれて金品は略奪される。


知識としては百も承知だ。


ゲームでも、漫画でも、教科書でさえ、敵国の村々は徹底的につぶされる。

そこには戦術的にも戦略的にも十二分な合理的理由がある。


「…………それでも、子供が、こんな目に会って」


〝そりゃそうだよな〟――――では、済ませられない。


こらえがたい怨嗟に歯を食いしばりながら、俺は、少年の呼吸が整うのをひたすら待った。





「ユキさん、言われた通り、落ちていた武器を拾ってきました」

「ありがとなリコ。少し休憩してくれ。チョコも全部食べていいし、そこの鍋で野菜を煮込んである。塩もあったから振りかけて食べていてくれ」

「はい、ありがとうございます!」


リコには村中に落ちている武器を、この小屋へ集めてもらっていた。


短剣、長剣、弓、短めの槍。

どれも血がついている。戦闘で使われ、持っているものが命を落とした証だろうか。


リコと入れ替わりに村の中を探索する。


完全に生存者の気配は皆無だった。

村中の小屋と、村の周辺で倒れていた死体の数を調べていく。

男女比、子供の割合もスマホにメモしていく。


…………つらい、作業だった。

しかし目を背けてはこの世界で生きていくための最も大切な〝情報〟を、自ら捨てることになる。


俺の私情は関係ない。

怠れば、俺だけでなくリコも危険な目にさらされる。そしてあのエルフの少年も。


村人の死体は全部で24体。

そのうち女性は5体。子供が4体。


…………。


「おかしい」


どう考えても数が合わない。村が全滅なら、小屋の数から推察するに60近い死体があるはずだ。


生存者がいる。それも少なくはない数の。

逃げ切れたと考えるべきか?


村に続いている道は三本あった。

俺たちの入ってきた西側(村の中心から見れば東側)。

それから南と、北だ。北の道のほうは、確かに足跡がたくさんあった。


ユトピーに乗って少し北の道を進んでみたが、死体はなかった。


血痕は少しあったが、そこで争ったというよりは村で受けた傷の出血がそこでも続いていたと考えるのが妥当だと思われる。


つまり、エルフの村を襲った連中は。

逃げるエルフに追いつく手段は持っていなかった。


むぅ…………もしかして、襲ったのは人間じゃなかったとかか?


てっきり、この世界にきて最初の敵対関係が人間だったから、先入観で思い込んでいたが。


人ならざる者の襲撃。なるほど恐ろしい。


しかし、エルフの村のあの惨状は。

憤死ものだが、女性の身体に付着していたあれは人間のものだろう。

ファンタジー世界特有設定の、オークやオーガの存在も気がかりだが……。


なんにせよ、この村を襲った連中は〝騎馬兵ではない〟ということだろう。

馬に乗った人間なら大抵の生き物の移動速度には追いつける。

だからこそ騎兵突撃がある。


エルフの連中がどれくらいの速さで移動できるか、そこが気になるな。


「少年が無事に回復するかどうかで、今後の行動指針が決まってくるぞ」


…………ひとまず、小屋の食料を拝借させてもらおうか。

すまないな、エルフの皆さん。


食わねぇと俺もぶっ倒れちまう。





「ただいま、リコ」

「はい! おかえりなさいです」


小屋に戻ると、リコは茹でたニンジンを手で持ってかぶりついていた。


「…………フォークがあったろ?」

「……? なんですか、それ」


あら。

もしかして〝フォーク〟って、13世紀に存在しない?


「これだ、これ。食いもんはこれで刺して食べるほうが、お上品で清潔だ」

「はぇ……初めて見ました。これを、こう、ですか?」


リコは目から鱗といった調子で木製のフォークを握ると、丸ごと茹で上がってホカホカと湯気を上げるニンジンにぶっ刺した。


そのまま、掬うようにして持ち上げてかぶりつく。


もぐもぐ。


「……これなら手が熱くないですね!」

「故郷に帰ったら、ぜひ木で作って家族にプレゼントしてあげてくれ」

「はい!」


明るくうなずくリコを横目に、俺も木皿にニンジンを放り込んで、塩をひと摘み振りかけてかじる。


飢える心配はもうないだろう。

無許可で人の家の設備と食料に手をかけている現状はやや良心が痛むが、少年の治療費だとかそんな感じで収めたい。


食わねば始まらぬ何事も、だ。


ニンジンを頬張りながら俺はリコに、この村の現状と大まかな敵の予測を説明した。

説明と言っても情報が不足しすぎている。


今できることは二度目の襲来への警戒と、万が一その時が来てしまったら、ここに集めた武器で応戦しつつ、ユトピーに乗って逃げるという作戦だ。


上手くいくかは甚だ疑問だが、行動予定は一応決めておいたほうがいいだろう。

犬死するよりはるかにマシだ。


外の様子を見ると、いつの間にか太陽が傾き始めていた。

今日は時間が経つのが早い。そう思わせるような一日だった。


一時間もすればまた世界は宵闇に包まれるが、幸いにもかまどの火があるので室内は比較的明るいだろう。


そろそろ少年の包帯を取り換えて、それからユトピーに水とニンジンを与えよう。

日が落ちる前に、だ。





夜。


そういえば、村の死体を一か所に集めるという作業をしていないな。

服を剝かれていた女性には、ひとまず衣服をかぶせたが、どうにも腹の虫が落ち着かない。


明日朝一で弔おう。火葬するか……いや、においが風に乗るとまずいか。

集めるだけにとどめておこう。


そんなことを考えながら、リコの分の寝床を用意する。

小屋の床は木板のフローリングで、しかし土足で上がっているのでそんなにきれいじゃない。


ベッドは二つあってうち一つはエルフの少年のために使っているので、もう一つをリコに使わせることにした。


「ユキさんは?」

「俺は見張りがあるからな」

「じゃあ、交代でしましょう」

「んんー……」


遠慮せず寝ておけ、と簡単には言えなかった。

俺も疲れている。疲れた状態の見張りが果たして意味があるかと言われると微妙だろう。


「わかった。三時間ごとに交代しよう。アラームをセットしておく」

「わかりました」


あらーむ、ってなんだろう…………とリコは小声でブツブツといいながらベッドに潜り、十分もせずに寝息を立てて眠りに落ちた。。


さて、夜の見張りか。なんだかそれっぽくて緊張する。

万が一襲撃があったら本当にどうするかな。


「……生き残れる気がしねぇよ。ったく」


この世界にきて散々な目にしかあっていない。

胸糞悪いか、気分が悪いか、虫どころが悪いか。


「はぁ…………」


どうなんのかな、俺たち。


見えない未来に思わずため息をついた俺だったが。


「…………ぅん。…………あれ?」


リコのものではない、子供の寝起きの声が聞こえた時。

俺は心臓が踊りだしそうになった。





少年のベッドのそばに立つ。

目を覚まして起き上がろうとする彼を、俺はやんわりと押し戻した。

なるべく優しい声音で、声量も絞って、敵意の欠片もない様子を意識しながら話しかける。


「まだ起き上がらなくていい。傷口が広がるからな」

「う……い、痛い」

「剣で切られたところを、糸で縫ってある。痛み止めがないからしばらくツライだろうけど、動かず、じっとしているんだぞ」

「は、はい…………」


目を明けた少年は、涙をため込みながらも、言いつけ通りおとなしく横になってくれた。


「腹は減ってるか? すり潰したニンジンがあるぞ」

「い、今は減ってないよ…………」

「食べたくなったら言うんだぞ」

「うん」


俺は意図せず笑みが漏れた。

よかった。息を吹き返した。

案外治癒能力が高いのかもしれない。


運がよかった、というのもあるだろう。すべてがいい方向へ向いたおかげだ。

俺の意図せず出てしまった笑顔のおかげか、少年も、俺の存在を不思議がりはしても警戒するような様子はない。


弱々しい声で、少年は俺に話しかけてきた。


「お兄さんが、助けてくれたの?」

「そうだ。道を馬で移動していたら、お前が倒れててな。ひどい傷だったが、何とかなったようでよかったぞ」

「あ、ありがとう」


力のない笑顔だったが、やっと心から安心したのだろう。

肩の力が抜けたような、本当の意味でリラックスした様子で俺のほうに視線をよこした。


「お兄さんは、でも、人間だよね?」

「そうだぞ。特殊な人間だがな」

「特殊?」


言ってしまうか。どのみち隠してもバレるだろうし、異世界人であることを武器にしたほうが後々都合もいいだろう。


「俺は、というか、その隣で寝ている女の子もそうだが、俺たちは異世界から飛ばされて来たんだ」

「え、どゆこと……?」

「この世界ではない遠いところから来たってわけだ。いきなりなもんだったから、俺たちはこの世界のことを何も知らない」


きょとん、とした様子で、エルフの少年は俺を見ている。

まぁそうなるわな。続けて話そう。


「というわけで、俺は君の味方だし、なんならこの村の人たちの味方でもある。何があったのかとか、君たちはだれなのかとか、ここはどこなのかを話してくれたら、必ず力になってあげられる」

「…………うん。よく、わからないけど、お兄さんは優しい人間なんだね」

「君の味方、ということは変わらないよ」


優しくはないぞ。

ここを襲った連中は絶対に許さない。

それこそ、非道の限りを尽くしてでも〝報復〟するつもりだからな。

子供をこんな目に会わす奴はぶっ殺してやる。


「お兄さんに、僕は、何を話せばいいの?」

「つらいかもしれないがこの村であったこと、君の身に起きたこと、見たこと、聞いたことすべてを話してほしい。…………が、まずはその前に」


俺は少年の掛け布団をそっとめくり、慎重に少年の手を握ってやった。

いわゆる握手だ。


「俺の名前は〝ユキ〟っていう。君は?」

「ぼ、僕は〝アシエ〟って言います。よろしくお願いします、ユキ…………さん?」

「あぁ、それでいいよ。よろしくなアシエ」


エルフの少年――――アシエと、その晩はずっと話していた。

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