第二話 「別に俺はロリコンではない」
かくして、俺は三人の人間を見つけることに成功した。
息を切って走る先。
森の中からでもわかるくらい、少し開けた場所があった。
どうやら道のようだ。まだ五十メートルほど先にあるが、落ち葉も腐葉土もかぶさっていないのが確認できる。
当然、背の高い木も生えていない。森の中の一本道と見た。
土が踏み固められて出来たであろうその道に、三人の人間がいるのが、木々の合間からちらちらと見えている。
嬉しい。うれしすぎる。人に会えたことをこれほどまでにありがたく思う日が来るなんて。
ぶっちゃけ、もしかしたら森の中で寒さに凍えながら野宿をしなくて済むかもしれない。
まずは彼らに接触して、できうる限りの情報を集め――――ん?
思わず立ち止まり、すぐそばの木の陰に身を隠す。
頭だけ出して、道と森の境界にいる三人の様子をじっと見つめる。
様子がおかしい。
この距離なら人間たちの身なりもわかる。二人は馬に乗っていて、一人はその場に立っている。
三人とも鎧を着こんでいた。
馬に乗っている二人は似たような鎧を。鈍い鉄製の鎧で、腰のところには剣が見える。
兜はつけていなかったが、こちらに背を向けているので顔の様子まではわからない。
立っている人間は全く違う鎧を付けている。
どんな鎧かはイマイチ見えない。しかし白いマントを羽織っているので、馬の二人とは違った雰囲気を醸し出していた。
――――そしてその表情は怯えていた。
白いマントの人は正面をこちらに向けている。
否、人ではなく彼女だ。
否、彼女というより、あれはまさしく少女だろう。
顔の細部まではわからない。
しかし肩に届くかどうかぐらいの金髪に、幼い顔立ち、馬と比較してもかなり小柄に見える体躯。
それらを考えるに…………12歳ぐらいか。あるいはそれより小さいか。
年端もいかない子が鎧を着込んで、馬に乗った騎士二人に迫られている。
どう見ても異常だ。
いたずらをした子供を叱っているようには見えない。
「くそ……どうなってんだ? まさか切ったりしねぇよな」
妙に粘っこい唾液を飲み込みながら、俺は息を殺して馬の上の二人を観察した。
髪型から判断して二人とも男だ。短く刈り込んだ同じような頭をしている。
と、一人が下りた。
手慣れた様子で馬から降り、手慣れた様子で腰に手をやり。
手慣れた様子で剣を抜いた。
太陽の光に反射して、抜身の刀身が鈍く光った。
「ッ!」
瞬間、俺は地面を蹴りだして、全速力で走っていた。
寒さで固まった筋肉が悲鳴を上げるが、お構いなしに腕を振る。
――――何のために? どうするために?
決まっている、止めるためだ。
あのままじゃ女の子は殺される。
――――何を根拠に?
根拠はない。ただ、そのまま見過ごしていいような空気じゃない。
走る間も敵の様子は見逃さない。
長い剣を抜いた騎士は、いやらしい足取りで少女ににじり寄っている。
――――止める、どうやって?
大丈夫だ、俺は知っている。
あと少し。
もう少し。
もうちょっと。
ここだ。
俺は左手のコンビニ袋から500ml入りのペットボトルを取り出して、走る勢いを殺さないままもう一人のほうの馬の顔に向かってぶん投げた。
寸分たがわず、狙い通り飛んで行ったペットボトルは見事に命中。
馬は激しく驚いて前足をあげ、乗っている騎士を振るい落した。
背中から地面に叩きつけられた騎士は、カエルをつぶしたような声をあげる。
――――上手くいった。
甲冑というのは意外と重い。総重量は約60㎏に達する。
立って動くには重さが分散されて問題ないのだが、落馬した時には命すらも奪ってしまう。
これが原因で死んだ王様が何人いたことか。
「な、なんだ!」
少女を切ろうとしていた騎士は、すぐ横で落馬した味方のほうへ注意がいき、少女から目を離した。
よし狙い通りだ、あとはあいつを――――。
直後、目を疑う光景が広がった。
少女は左腰から短剣を抜くと、恐怖に染まった表情を噛み殺しながら、剣を持った男の手を切り付けた。
ひどくゆっくりと見える世界で、俺は、男の右手の小指と少女の涙が宙を舞っているのを目視した。
「ッンのガキがぁ!!」
次の瞬間、鎧の男は左手に剣を持ち替え、流すように少女の胸を切り裂いた。
鉄の当たる音がして少女は後ろにぶっ飛び、小さな体がそのまま二回ほど転がって地面に叩き付けられる。
――――脳裏に、あの、雨の日の光景がフラッシュバックする。
4年前に起きたあの出来事が。
車が、妹を、ちいさな、身体が。
「ッッぁぁあああああああッ!!!」
頭の中で何かが切れる音がした。
耐え難い感情が腹のうちから支配して、俺はのどが裂けそうなほどの声をあげて突っ込んだ。
男の腰へ全体重をかけてぶち当たる。
ごち、と鈍い音がした。
金属製の堅い鎧に、俺は頭を強打した。
きっと打ち身の一つくらいにはなっているだろう。薄皮が裂けて、血がにじむくらいにはなっているだろう。
普通なら転げまわるほど痛いはずだ。
額だけじゃない。肩も、手も、腕も、鉄の壁に全力で突っ込んだらどんなに痛いかなんてわかりきったことだろう。
なのに痛くない。まったく痛みを感じない。
「なッ! なんだ貴様!!」
思惑通り、男は叫びながらも体勢を崩し、重い鎧は重力に逆らうことなく土の地面に引き寄せられる。
もつれるような形で男と地面を転げまわる。
大量の土が服につく。
乾いた砂が舞い上がる。
はっとして顔を上げると、男の左手に先ほどの剣は握られていなかった。
俺はすぐにそいつから離れて、投げ出されていた剣をとっさに掴む。
鎧の重量で素早く起き上がれなかった男が、困惑と怨嗟のない交ぜになった眼で俺を見た。
瞬間、男の手に、二本目の剣が握られているのが目に入って。
俺の頭は真っ白になった。
――――剣だ。男は剣を握っている。
――――なぜ? なぜ男は剣を握っている。
――――二本目だ。反対の腰に差してあった。
――――何のため? 何のために握っている?
――――俺を、俺を殺すために握っている。
――――じゃあ、ならば、どうすればいい?
「ッッッァァァァアアアアアアアッッッ!!!」
答えを出すよりも早く。
俺は男の首へ、拾った剣を突き立てた。
剣先が肉に入り込む感触と、確かに骨と骨との間を割って食い込ませた手応えとが、
一度に、鮮明に、あまりにも生々しく手から伝わってきた。
だが。
ここで動きを止めてはならない。
全力で歯を食いしばり。
振り返った俺は、落馬したまま動けない男にも、その生白い首元へ、紅くぬめった剣先を突き立てた。
両手を通して伝った感触は、先ほどよりも確実に、命を奪う感覚だった。
○
「はー……はー……」
足元に血だまりが広がっていく。
目を開けたまま断末魔の表情で死に絶えた騎士を見下ろして、俺は、震える両手で突き立てた剣を引き抜いた。
抜いた穴からどす黒い血がゴポゴポとあふれ出る。
「…………」
人を、殺した。
その実感が容赦なく波となって襲ってきた。
違う、俺は。殺したんじゃない。
守りたい人がいたから、守らなきゃいけなかったから、だから。
――――いや、そんな高尚なものに置き換えるのはよしてくれ。
俺がやったことは人殺しだ。
二人の人間を、この手で殺めた。
それは紛れもない事実なんだ。
ただ、今は。今だけは。その罪悪感と後悔を胸の奥にしまってくれ。
俺は自分の心にそう言い聞かせ、いたって平生を保てるよう必死に自分を取り繕った。
果たしてそれは報われたらしい。
自分のうちに広がりつつあったどす黒い後悔と罪悪感は、一つ呼吸をするたびに、その吐息が落ち着いていくのと同じようにして、形を潜めていった。
「ふー…………」
深く、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、吐き出して、それからあたりを見回した。
細かい砂利を赤く染めていく死体が二つ、真っ先に視界に入っても。
俺は何も感じなかった。
それどころか〝後で観察しないとな〟とまで思い至ることができた。
よし。
よし、いいぞ。
いつも通りの頭が戻ってきた。クールに、冷静に、平静に。
「あの子は……あの子はどこだ」
ひび割れた声でつぶやきながら、踏み固められた道と森との境界を目でたどる。
その子はすぐに見つかった。
俺は剣を放り出し、すぐさま駆け寄って倒れたままの少女を抱き上げる。
口元に手をかざすと息の当たる感覚があった。
首筋に人差し指と中指を当てる。
脈もあった。無事だった。
「…………ふー……」
自然と安堵の笑みがこぼれる。
大の大人、しかも鎧を着込んだ偉丈夫に、剣で弾き飛ばされたのだ。
鎧を付けていようとも、衝撃で死ぬ例はいくらでもある。
ダメかと思った。死んだと思った。
また目の前で、と思った。
「よかった。ほんとうに、無事で」
少女は気絶しているだけだろう。今はそっとしておこう。
俺はコートを脱ぐと何度か叩いて砂埃を落とし、上向きに寝かせた少女の上からそっとかけてやった。
「…………っと、これも戻しといてやろう」
近くに落ちていた少女の短剣も、拾って腰の鞘に収めてやる。
刃渡りは20センチくらいだろうか。
騎士の小指を落とした割には、刃が汚れていなかった。血が付いていなかった。
さて、ひとまずはこれで良し。
この世界へ来て最初の殺し合――――戦闘、だ。
そう、戦闘、バトル、試合とかそういう感じのことをした。
戦闘の後は剥ぎ取りとか調査とかをするのが定石だ。
…………その前にまずはコンビニ袋とサイダーを回収しよう。
○
ほどなくして、ぶん投げたサイダーと落っことしたコンビニ袋は見つかった。
サイダーはなんかちょっと膨らんでいるような気がする。
開ける時が怖いな。
ついでに、二頭いるうちの一頭の馬も近くに引き寄せておいた。
俺がサイダーをぶち当てた馬は、そのまま暴れつつ野生に帰ってしまったらしい。
姿がどこにも見当たらず、俺はもう一匹のほうの馬に話しかけた。
「よう、お馬さん。単刀直入に聞くけどお前喋れたりしない?」
黒くて真ん丸の大きな瞳は〝バカじゃねぇのこいつ〟とでも言いたげに俺のほうを向いていた。
もちろんしゃべるはずもなく、馬はだまってふさふさの尻尾を何度か振った。
馬に乗ったことはないが、馬具は十分についている。
後ろから近づくなんて愚行を犯さなければ、俺にも乗れるかもしれない。
そりゃ、走ったり飛んだりは無理かもしれんが、歩いてこの林道を移動するぐらいはできるだろう。
テレビの見よう見まねだが、やってみる価値はある。
こいつまで野生に帰ってしまわないよう轡を近くの枝に結んで……っと。
これでよし。
さて、ここからだ。
「…………うん」
俺は横たわっている死体のうち、最初に落馬した男のほうへ歩み寄った。
しゃがんで、開かれたままのまぶたを下ろしてやり、開け放されたままの口も閉じる。
酷く冷たい感触だった。人の肌には思えないものだった。
「…………」
まぁそれはいい、おいておこう、それよりも。
男の装備は長剣が一本に短剣が一本。
鉄製で鋳造技術の施された、鈍く銀色に光るプレートアーマーだ。
頭と手先以外のすべてを覆ったそれは、よく見るといろいろなところに傷がついている。
ぶつけてできたとかいう傷じゃない。どうみても剣撃でできたものだ。
この鎧を着て戦闘があったのは間違いなし。
つまりこの世界では〝鎧を着て剣で殴りあう〟という行為そのものは存在する。
同時に、今の俺の現状は二つの仮定まで絞れたことになる。
ひとつ、俺のいた世界はそのままでタイムスリップしてしまった。
ひとつ、まったく異世界のファンタジー世界に来てしまった。
どちらかを決定することはできない。
鎧だけで時代や場所を特定できるような知識はさすがに持っていないからな。
でも帰ったら調べとこう。
もう一人の男のほうもほぼ同じような装備だった。
短剣の代わりに二本目の長剣を装備していたぐらいで、鎧の形状も体を覆っている部分もまったく一緒だった。
ひとつ引っかかることがある。
なぜ馬には鎧が付いていないのか、だ。
普通、戦いとなったら馬にも鎧を付けるはずだ。
名前までは知らないけど世界史の資料集とか漫画とかゲームとかでは必ずと言っていいほど馬にも鉄の鎧をかぶせている。
そりゃそうだ。矢が一本刺さっただけで騎手を死に追いやりかねないんだ。
サイダー一本でついさっき、それが成し遂げられてしまったのだから言わんこっちゃない。
…………と、いうことは。
こいつらは戦いの最中ではなく、単にこの馬は移動用ということになる。
んで、移動していたらたまたまおかしな鎧を付けた女の子がいたから殺そうとした、と。
タイムスリップにしろ異世界にしろ、物騒極まりない連中だな。
こりゃあ、ちょっとあれかもな。
この先もこんな事が続くかもな。
どうして主人公たちはバッタバッタと人が殺せるのだろうか。
俺にはまねできそうもない。到底まねできそうにない。
あの、剣が首へ入った時の、骨と骨の間を裂くようなミシリとした感触は、絶対に手から離れそうにない。
軒並み主人公たちのメンタルは強いんだろうな。だから主人公なわけだ。
ともかく。情報の整理にかかろう。
こいつらは〝どこかに移動していた〟と考えられる。もっと言うなら目的地があって、そこへ移動している最中だった。
あまりよろしい状況ではない。
仮に、こいつらが伝令だった場合、異常を察知した本隊やら増援やらがここを通るだろう。
こいつらの装備は野盗とか野伏せりの類じゃない。どうにも整いすぎている。
こいつらの仲間に、俺が殺したとわかればアウトだ。そうなる前に逃げるしかない。
……ここがどこかの国で、この兵士がその国の兵士だった場合、めんどくさいことになる。最悪デットエンドだ。
絶対にバレないようにしないとな。
「こんなもんか」
情報の整理はこれくらいだろう。一応、スマホで死体を撮っておく。
写真フォルダは俺にしか見れないしな。死体の無修正画像がフォルダにあると思うと気分は最悪だが、後々、こいつらが何者かを確認するときには必要になってくる。今できることは今しておこう。
これでよし。
俺は立ち上がり、まだ気絶したまま目覚めない少女の元へ歩み寄る。
しゃがみこんで顔を観察する。
「…………かわいい、な」
長いまつげ、小さな鼻、柔らかそうな頬。
目鼻立ちのはっきりした、いかにも外国人の子供って印象だ。
髪は金髪。少しくすんだそれは肩口ほどの長さで、くせ毛なのか毛先が跳ねている。
すん。
そして、若干におう。
おそらく汗のにおいだ。いい香りとは決して言えない、酸っぱい感じのにおい。
このにおいがするということは、少なくとも一日……いや、この外気温を考えるに数日間風呂に入っていないことになる。
中世ヨーロッパには〝風呂に入る〟という文化がない。
全く入らなかったわけじゃないが、少なくとも一般的ではなかった。
と、いう授業中の先生からの言をもとに考えるに。
やっぱり中世ヨーロッパなのだろうかここは。
しかし男どもからは特に何もにおいがしなかったな……なぜだ?
わからない。なんでだろうか。
男どもはその〝一般的〟から除外した存在だからとか? たまたま風呂に入ったか、あるいは水浴びをした後だったか。
この外気温で水浴びとか修行僧かよと思っちゃうが。
わからない、保留だ。次。
気絶しているうちに、この世界の子供服を観察させてもらおう。
一般的な子供服でないことは確かだけど、少なくとも〝子供用の鎧がある〟世界らしいし。
なにより、この子がどんな鎧を着込んでいるのかが気になってしょうがない。
コートをそっとめくって少女の身に着けているものを観察する。
…………現代でやったら一発アウトだなこれ。
全体的にくすんだ金属製のアーマー。
肩あてと肘あてと手甲があり、
胸あてには先程受けた剣撃の傷跡が、少しへこむ程度に付いている。
これのおかげでこの子は死ななかった。
ナイス鎧。良い働きだ。
腰回りはプレートが垂れてスカートのようになっていて、足は太ももから黒いソックスが見える。
膝から下はまた金属の鎧でガードされていて、たぶんまわりと同じ素材だろう鈍い金属色を放つ。
ガッチガチだ。ここまで鎧でガードしているのに頭の装備がないのが不思議すぎる。
首元を見るに兜を付ける用の溝みたいなのも掘られているから、頭装備が存在しないわけじゃない。
付けていない理由があるのだろう。その理由までは推察できない。
それから、今は身体の下敷きになっている白のマント。砂埃でうすく汚れている。
――――ん?
白いマント、その裏地。
少女の身体で隠れてしまっていて全体が見えないが、何やら赤い線がある。
「…………なんだ?」
気になる。白と赤なんてまるでお祝いじゃないか。紅白歌○戦の衣装でしたとか。
そんなわけないな。
ちょっとなら見てもいいだろう。
そう思い、俺は少女を抱きかかえてマントの裏地を見た。
――――そこには、赤い線で十字が刻まれていた。
○
「〝白地に赤十字〟……だと」
背筋にチリチリとした嫌な汗が噴き出てくる。
そんな文様を使う団体は、俺の頭の中では三つしか出てこない。
うち二つは〝赤十字社〟と〝テンプル騎士団〟だ。
赤十字社は言わずと知れた世界のお医者様たちだ。でも彼らは鎧と短剣をもって走り回ったりしない。
テンプル騎士団。騎士修道会として設立され、巡礼者の旅の護衛や銀行業もやっていたガチの騎士団。
でもこれは、ぶっちゃけ大人しか入れないはずだ。
じゃあ、最後。
〝白地に赤十字〟を背負って、鎧を着て、しかもこんな小さな子供が所属するような団体とは。
「――――まさか、あれ……か?」
○
13世紀初頭。
ドイツとフランスのとある農村で、神の啓示を聞いたとする二人の少年がいた。
二人は「キリスト教徒の聖地・イェルサレムを取り返すため」に立ち上がる。
当時のイェルサレムはイスラム教徒に占領されていたからな。
それはそうとドイツのほうはどうでもいい。あんまり覚えてない。
問題はもう一人のほう。
北フランスから旅立った〝エティエンヌ〟って少年だ。
彼も神から啓示を受けたとして、民衆を導きながらひたすら南を目指したそうだ。目的地はイェルサレム。目的はその奪還。
完全に、いわゆる〝十字軍〟と呼ばれるやつだった。
そしてその、付いて行った民衆の平均年齢が12歳程度だったと。
諸説あって、中には数人大人もいたそうだけど、どちらにせよであったことに変わりはない。
彼らは幼いながらに本気でイェルサレムを取り返そうとしていた。
なんでそんな無茶ができたかというと〝神の加護があるから〟とマジで信じていたからだ。
純粋な信仰心ゆえに起きてしまった無謀だ。
当然そんな子供たちに満足な装備や食料があるはずもなく。
食に飢えるわ盗賊に会うわ途中で死ぬわで散々だった。それでも彼らはフランスの南端、マルセイユまでたどり着いた。
でも船がない。船がないとイェルサレムには行けない。
そこでとある商人が船を調達してくれた。全部で七隻の船だ。
それも、曰く「君たちの信仰心に感動した。無償で船を貸してあげよう」とな。
よかったね、これでイェルサレムへ行けるね――――まぁ、そんなわけないわな。
七隻のうち二隻は嵐にあって沈没。
残り五隻は中身を丸ごと奴隷として売り飛ばされた。
…………まじで、可哀そうだと思うよ。
世界史の中でもトップクラスに胸糞悪い話だと思うよ。
子供たち何も悪くないもんな。
本気で神様を信じて、本気で神様のために戦おうとしていたんだもんな。
で。
今俺の腕の中にいるこの子の、この身なり。この鎧、このマント。
満足な装備が無かったとはいえ全員がそうだったわけじゃない。
公式じゃないとはいえ十字軍と呼ばれただけのことはある。
極々少数でもいただろう。
鎧を付け。
剣を持ち。
確固たる意志のもとに〝騎士〟を自称する少年少女が。
そんな彼らを、世界は〝少年十字軍〟と呼んでいた。
で、あるならば。
もしこの世界が、俺のいた世界の過去なのだとしたら。
この時代は〝13世紀初頭〟と断定できる。
…………まぁ、この子が十字軍を自称したらの話だけどな。