怪談噺 ー或る老人の話ー
やぁ、これはこれは、今日は。
いや、今は今晩はと言うべきなのかな? それともお早う?
おっと、驚かせてしまった様で。すみませんね、変な事を言ってしまって……。私はこの通り、目が見えなくってさ、今が何時なのか分からないんだよ。そうそう、だからね、目蓋を閉じているのは、その所為さ。
ん? ……嗚呼、嗚呼、そうだったね、君は気味の悪そうな怪談噺について聞きに来たんだったね? まるで、肝が冷えるような。
こんな老耄の話が、貴方みたいな若いフリーライターさんの目に止まるとはねぇ。いや、全く、思ってもみなかったよ。
しかも、その為に態々こんな所まで来てもらって……私が家を出れないもので、申し訳ない。
いや、済まない、世間話はこれ迄にしようね。どうも、歳をとると、どうも話が長くなってしまって。女房も早くに逝ってしまってね……。話し相手が居ないもので、どうも話し込んでしまう。
では、本題へと行こうかね?
一字一句、聞き漏らさずに、しっかり文字に起こしておくれよ?
【ソレ】に遭ってしまうのは、真夜中の森なんだ。真ん丸のお月様が、なんとも不気味に血に染まっている夜に限って現れるんだそうで。
そんな夜に、一人の男が森の中を歩いていたんだ。カサカサ、と木の葉を風が鳴らしている夜だった。男は、大切な大切な、両親の形見の品を、その森に落としてしまったんだそうで。
懐中電灯で照らしながら、そのか細い光を頼りに、男は森を歩き進んでいた。木々の間から差す、紅い月光の不気味さが、普段の森とはかけ離れた、なんとも言えぬ空気を創り出している夜だった。
怖いなぁ、不気味だなぁ、なんて思い乍らも、両親の形見の品を男は探し続けていたのでした。
その男の両親の形見の品と言うのがね、鈍く銀に輝く、透明な輝石の付いた細身の腕輪だったそうで。
月光や、日光に反射してキラキラ綺麗に輝く品だから、簡単に見つかるかと思ったら、それがまた中々出てこない。
そうして、長らく森の中を彷徨い続けていると、男は赤く照らし出された人影を見つけたんだ。
はて、こんな夜遅くに人影なんて、どうしたんだろうか? 自分と同じく、何かこの森で落し物をしたのだろうか?
そんな事を考えながら、男は人影を不思議に思いながらも、話しかけてみようと歩み寄る。すると、その人影は、シルエットから短い髪の女の人だとわかったのだった。ザワザワと、気をざわめかした風が、その短い髪とロングスカートをはためかせていたからだ。
周りを暇なくキョロキョロと見渡す仕草をしながら、その女は森を進んで行く。しかし、どうもその足取りは覚束ず、ふらりふらりとしている。
どうにもおかしい、変だと思った男は、滔々女に話しかけたんだ。
『あの、今晩は。こんな不気味な夜中に、どうしたんですか?』と。
すると、女は月を背にして振り返り、男のを方を向いたんです。そして、こう言いました。
『貴方こそ、貴方の言うこんな不気味な夜中に、森の中までどうしたんですか?』とね。
響いたのは、か細く、今にも消え入ってしまいそうな少しやつれた声だった。その女の表情は、暗がりに隠れて全く、見えなかったけれど、これといって男は気にも留めていなかった。
男は、女の前に立ち止まって返答するんだ。
『落し物をしてしまったんだ。細身の腕輪なんだけれど、知りませんか?』と。
すると、女は、その左手首を右手で触れる。
『もしかして、これですか?』
そう言って、左手首から腕輪を取り出して、男に差し出したのだよ。男は最初は全く気がつかなかったが、その細身の腕輪はよく見ると背後の月に照らされて鈍く、光を放っていたんだ。
正しく望み求めていた品物に、男は喜んで手を伸ばす。
『嗚呼、嗚呼、正しくそれだ! 無くしてしまった両親の形見は! 有難う!』と言って。
女から形見を受け取った男は、大事そうに其れを懐にしまい込み、女の方を見る。
すると、女が口を開いた。
『お探しのものが見つかったようで何よりです』とね。
そして、続けるんだ。
『宜しければ、わたくしの探し物も手伝ってくださいませんか?』と。
もちろん、自分の大切な宝を見つけ、そして返してくれた女の頼みに、男が断る訳がない。鷹揚に頷いて、そしてこう言った。
『勿論ですとも。して、その探し物とは……一体、何なのですか?』と。
その言葉に、女は少し俯いて、答えるんだ。
『……長らく、月を見ていないのです。昼間の太陽も、青い空も、星瞬く空も。ずっとずっと、懐かしい景色を探しているのです』と。
男は、女が何を言っているのかが解らず、首を傾げる。
女はくるりと振り返り、大きく空を仰ぐ。男は、不思議に思って、女の隣に回りこんだのだ。
『ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと探しているんです__』
女はそう言って、男を見る。いや、実は見えてはいなかったんだよ。そして、女はこう言い切った。
『わたくしの、両の目玉をぉぉおオオ!!!』
男は叫び声をあげたよ。男の視線の先で、女の、その、二つの目玉が在るべき所は、真っ黒な虚無の空間が有るだけだったから__。
はっはっは……! そんなに悲鳴をあげてしまって、怖かったかい? そうかそうか。
そんなにもしっかりと反応してくれると、話している此方も嬉しいものだねぇ。
ん? ……その男がどうなったか?
ふふふ、聞きたいのかい?
『見つけた、見つけた、わたくしの、大切なわたくしの、両の目玉!!!』
そう言って狂喜した女は、その両の手で、悲鳴をあげて腰を抜かした男の目玉を__くり抜いたんだよ。その、十の指に有りっ丈の力を込めて、一思いに、そして欲望のままに!
『うわぁぁぁあああアアア!!!』
男は叫ぶ。女の行為は、地に赤い液体を撒き散らし、男にえもいわれぬ激痛を与えた。
そして、不幸な事に男はその日から全ての景色を失い、女の如く失われた両の目玉を探し求めている、と。
さて、私の話はこれでお終いだ。どうだったかな、フリーライターさん?
……そうかそうか! 怖かったかい!
嬉しいねぇ、老耄の話でこんなに震え上がってくれるとは……話し手として嬉しいよ。よっぽど、肝を冷やしてくれたみたいだ。
ん? ……今の、その【男】の行方?
知りたいのかい? ……いや、まぁ、そりゃあ知ってるとも。
この話は、私の作り話なんかじゃあないんだ。本当にあった話、実話なんだよ。
じゃあなんで知ってるかって?
それはもう、君も予測がついているだろう?? 人が悪いなぁ、認めたくなくてもそれは一つの可能性で、時に真実であったりするもんなんだよ?
私は目が見えなくってさ。
それはね、或る女に両の目玉を抜き取られたからなんだよ__!!!!
……ふふふふ、はっはっはっはっはっは!
そんなに驚いて逃げなくても、ねぇ。足音が五月蝿いぐらいだったよ、フリーライターさん。
別に目玉なんて、この世の中に幾らでも有るんだから、態々君のを採ったりしないさ。
珍しく向こうから現れてくれた話し相手さんだからね、丁重に扱わなければと思ったのだが……やはり、この【呪い】じみた二つの虚無からは逃げられないのかね。
フリーライター君、呉々も、私に目玉をくり抜かれぬ様に気をつけてくれよ? この話を書き終えるまでも、それからも、ね。
はぁ、……欲しい、欲しいね、欲しいよ。
欲しい、欲しい、欲しいほしいホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイ__。
目玉ガ、欲シイ。
その目玉は、君の目玉でも構わないよ?
読んでいただきありがとうございます。
ホラー小説を初めて書いたので、そんなに怖くなかったかもしれません……。