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(株)ミクジョ。   作者: 青髭 理希
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第一話

「こいつら、親父の……?」


 上司のパソコンのディスプレイに映し出された社員のリストに、青白い顔の一ノ谷弘は驚愕した。

 眩い画面のLEDライトが、20平米ほどの少々狭い事務所を仄かに照らしている。ブルーライトで目がやられそうとか、そんなことは取るに足らず、完遂すべき任務を可能な限り迅速に済ませたいがため、今はディスプレイを直視する他ない。

 時刻は23時を過ぎた。毎時の警備員巡回が差し迫っている。

 マウスホイールを人差し指で舐めるように転がし、ひと通り顔ぶれを流し見したところで、氏名を速記さながらの文字でメモ帳にボールペンを走らせる。この日のために独学で身につけた自分のためだけの造語だ、仮に見られても誰もわかりはしない。完璧な計画だ。

 出目金のような眼でまばたきもせず見つめているのは、自身が勤務する会社の管理職一覧である。通常、社員のデータなどは社員検索ページで個人検索をかけない限り閲覧することはできないようになっていた。検索しようにも毎度毎度知りもしない名前を勘に頼りながらでは非効率だし、社員全員が閲覧できる情報はメールアドレスなど使用価値のないものしか探れない。ただ、管理職同士は専用のデータベースを持っている。公には明かされない営業損益の話や贈賄は勿論のこと、管理職の着任日等の個人情報も共有されていた。管理職の情報をどうしても素早くかつ詳しく手中に収めたかった弘は、上司が休憩中でパソコンがロックされているのを見ては話しかけ、何かに理由をつけてログインさせるよう促し、上司のキーボードを叩く一指一指を3週間かけて観察した。それこそ、指使いまで余すところなく。

 ここまでに多大な時間を要したのは、連日同じことをしていては企みに気づかれるかもしれないと思い、観察は数日に一度が最適だと判断してのことだ。


 その甲斐あって、上司のアカウントに難なくログインし、言うなれば物理的ハッキングを、今見事に成功させたのだった。

 もちろん、モラルに反することを犯しているのは認識している。しかし、ここで手を止めるわけには行かない。

 妙な背徳感に駆られつつ、弘はメモを終えた。


 一息ついて、情報と事実関係のつながりを確認する。

「これが本物の情報なら、ほぼビンゴだ。父さんが見つからないのを見限って、俺にシフトしたと考えると合点がいく――」

 そう呟きかけた刹那。


―――ガチャ。

 ドアノブが動く音に、弘は慌てふためいた。物音を微塵も立てるな、我が身よ石になれと全身の筋肉を使って、正確には使っているようなイメージで身体の反射を堪えた。それとは相反する様に、心臓が激しく鼓動を鳴らす。

 警備員が、来たらしい。幸いにも音がしたドアは、事務所に2箇所あるドアの内、上司の机から遠い方のドアだった。

 ディスプレイの電源を切って、自分が机の下に隠れれば間に合う。

 本体の電源を切っている余裕はなさそうだが、大方24時間稼働のパソコンだと勘違いされて終わるはずだ。

 ここから先は、2秒もない。ミスは許されない。弘の指が、ディスプレイ目掛けて伸びる。

 ディスプレイを動かさないように右端を掴みながら親指で正確に押すと、弘の顔を照らしていた光が消えた。電源ボタンが右端に有るモデルだと、事前に確認しておいてよかった。

 暗い部屋で光源を見ていた時特有の残像に不快感を覚えている暇もなく、一目散に机下に身を投じる。

 この時も足音を最小限に抑えるように、机の縁を掴みながらしゃがみ込み、体を180度回転させ、交差していた両腕を入れ替える。

 そして、机の縁をてこにし、身体を隙間に入れる。その間、ディスプレイの消灯含め2コンマ5秒。若干オーバーしたが、警備員が入ってくる直前に ほぼすべての証跡を残すことができた。あとは椅子を戻すだけだ。

 しかし、これが仇となった。

 椅子を腕の力だけで引っ張った反動で身体が持ち上がってしまい、頭を机の引き出しに勢い良く強打した。

 外のパトカーの音がはっきりと聞こえるほど静寂なオフィスに、ガタッと音が鳴り響く。


「ん、誰かいらっしゃいますか?」

 音に気づいた警備員の靴音が、徐々に近づいてくるのがわかった。

 動悸で激しく脈打つ心臓と汗腺から滲み出る脂汗が、思考回路を完全に停止させた。視線は行き場を失った―――。

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