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枯れろ、フリージア  作者: たかやまきょうこ
3/3

王様と道化

こどものくにのこどものおうさま。

どうけとじゅうしゃはおきにいり?








 『諸君は“はぐれもの”だ。自分本位かつ自分勝手に生きすぎて群れからハブられ居場所を無くした、もしくは自分から居心地の悪い社会観に見切りをつけた愚か者である』




 不敵に嗤う生徒会長。その物言いに容赦はなく、新入生の誰もが心の奥に鬱屈と抱えている傷跡に名をつけ暴いて塩を塗りこむ。

 本来生徒の見本たれ、優秀生徒の筆頭として相応しくあれと厳重に注意されて然るべきマナー(例えば制服のシャツはかっちり第一ボタンまでとめるなど)を完璧に無視し、ズボンからシャツの裾が出ている上なぜかパーカーをブレザーの下に着込んだまま登壇するなど、もはや生徒会長というよりだらしない問題児にしか見えない風貌で、しかし人の上に立つに遜色のない威圧感をマント代わりに着込んだ王様は、見下すでもあざ笑うでもなく、挑むものの目で新入生たちをねめつけた。

 『だがしかし、この学園では俺が主だ。諸君を蹂躙し調教し消費する権利を持つのは俺だ。その俺が保障しよう。

 諸君に輝かしい未来を。

 誰におびえる必要もない、ルールに囚われる必要はない。この学園では、すべての決定権・及び権力は俺のもの。諸君はただ、俺に逆らいさえしなければ、隅々までが自由である』

 尊大不遜唯我独尊、ついでに傲慢。一般的な習慣に習うなら校長挨拶が入るべき項目に「生徒会長の歓迎の言葉」が入っているあたり、もはやどうしようもない。若干たれ目の黒目が言葉以上に語る彼の本気具合に、

 ―――こっそりと拍手を送る新入生がひとり。

 少年は感嘆半分感激半分に細めた眼差しを、【立派な暴君に成長した幼馴染】におくっていた。後に、拍手の音につられて横顔を見たとある生徒は語る。


 「あれはまさしく、こどもの成長を喜ぶ母親の目でした」


 新入生の大部分がぽかん、と反応できずに呆けている間に、言いたいことは言い切ったとばかり、降壇した挙句席に戻らず体育館から出て行く少年。彼の背を追ったのは、『以上、生徒会長暁幾斗さまによる、新入生への歓迎のお言葉でした』という、放送部女子のアナウンスのみ。

 ……同じ顔をした女子生徒を負ぶった少年に手を引かれ、拍手をおくった少年が連れ出されたのは、その直後のことである。












 「「ハロー、しーくん♪ひっさしぶりー♪」」

 よく似通った声に、生徒会室から退出したダークグレーのスーツ姿の教師は渋面で振り返った。

 鷹也少年、通称“タカ”に負ぶわれた愛理、彼女に良く似通った風貌で同じ笑顔を顔面に貼り付け、タカに手を引かれ連行されている戒理を視界に映し、さらに冷え冷えと煙る、切れ長の瞳。玲瓏かつ酷薄、よく尖った氷柱じみた透き通って冷たい美貌。整った柳眉を顰め、かすかに鼻を鳴らす仕草は、どこからどう見ても「軽蔑」「嘲笑」のそれだ。

 「よくよく物好きな連中だな……お前たち。ここに来なければならないほど中途半端な壊れ方をしていないだろう?ガラクタはガラクタなりに、スクラップはスクラップなりに、社会適応の術がある。お前たちはそれを、暁家から仕込まれているはずだ。何故こんな学校(檻)に入る必要があった?」

 本気で不思議でならない、と、彼は言う。ちなみにガラクタ=戒理、スクラップ=愛理である。

 知り合いか?と戒里を伺い、満面の笑顔を直視したタカに、追い討ちのように彼と彼女への罵倒が降りかかる。友人達が嘲られてはいい気分がしない。ぐっと眉根を寄せる黒髪の少年。しかし当の本人達はといえば、にこにこにこにこして、ご機嫌のお手本のよう。

 「あっはっは、何を言ってるのかなしーくんってば!」

 「あっはっは、相変わらず真面目さん、真っ当な真っ正直さん!」




 「「そんなの、面白そうだからに決まってるじゃん!」」




 「……確かに、聞くまでもなかったな、悪趣味精神マゾヒストコンビ」

 訳あり、はぐれ人、狂人。もしくはそれらの卵。社会に適応できないと判断されたつまはじき者。見捨てられ、行き場をなくした彼らが流されてたどり着く流刑地。

 御津麗学園―――通称、“監獄”。

 好き好んで入学したがる人間は数少ない。娯楽のために自ら監獄入りしたのだと高らかに笑う、ある意味希少種の二人を、改めて、明らかなる蔑みの目で睥睨し、色素の薄いブロンドを揺らして廊下を去っていった。




 「……なんだアイツ」

 むすぅ。不服そうなしかめっつらで、タカがうめく。視線はばっちり、かの暴言教師が去っていった方向に固定されている。彼から戒理へと手渡され背負いなおされた愛理がこらえきれないとばかりに吹き出し、ついで戒理は苦笑した。

 「オイ、なんで笑ってんだ!?」

 「あははははははははは……ッ、ちょ、タカちゃ、かわいいっ!かわいすぎるっぶあははははははははは!」

 「ははははは。うん、相変わらずだなタカは!すっかり立派になっちゃってるから、ちょっと安心したよ」

 「男に可愛いとか言うなって言ってただろーが!!戒理は戒理でマイペースすぎだ!!!」

 顔を真っ赤にして怒鳴るタカ。ますます声高に笑う愛理。面映そうに目を細める戒理。なんとも微笑ましいカオスっぷりである。

 「でもまぁ、許してあげてよ。たぶんタカちゃんはアウトオブ眼中だからなにも言われなかったけど、いや単純に好感度が低すぎて会話を交わす相手として認識されてないけど、人間だと思われてないけど、それ以前に存在にも気づかれなかったけど、許してあげて☆」

 「一体全体どこに許せる要素があると!?教師以前に大人として最低な部類の人間じゃねぇか!!」

 「今更今更♪つか、僕ら、たぶんこの世で一番しーくんと仲良いぞ?」

 「好感度マックスであれかよ!!」

 ほんとにどうなってやがるんだこの学校はあああああ!!!

 少年の嘆きが廊下に反響する。相変わらず楽しい子(玩具)だなぁ。可愛い子(遊具)だねぇ。無邪気に笑う二人の幼馴染兼同級生に撃沈された彼は、がっくりと廊下にorz状態で突っ伏した。

 「……もう、いいから、入るぞ」

 「「はーい」」

 しゃきっと背筋を伸ばして良い子のお返事。もはやツッコむ気力もないのかがちゃり、ドアノブを無言で回す。

 「ししょ、じゃなかった、生徒会長!二人とも連れてきました!」


 「遅ェよ」


 がぅんっ!!

 「ふぎゃぁぅ!?」

 重低の一声と同時に、やたら濁音と耳に軽い激突音。

 その時点で何が起こったのかを察した背後の良い子二人は顔を見合わせ、即座に少年の背後から撤退。ゆっくり廊下の冷たい床にぶっ倒れてあお向けになる少年の顔には、手乗りサイズの自由の女神像(銅製)がめり込んでいた。

 「すぐつれて来いって言っただろうがもう四十分すぎてるんですけどォ!?ていうか廊下で騒ぐな喚くな生徒会室で一人ぼっちな俺の耳に声が届く範囲で楽しそうに戯れるな!!寂しいじゃないか!!」

 「ツンデレ乙、そして」「ナイスコントロール☆」

 キラッ☆といい笑顔の双子(偽)のサムズアップを受ける、肩を怒らせ八つ当たりにしか聞こえない超理論を声高に宣言する生徒会長。微妙に涙目になっているようないないような、と双子(偽。あくまで偽)が判断しかねているうちに見る見る笑顔になった中性的な面持ちの青年は、弾む様子で二人に席を勧めた。スプリングの利いた黒皮のソファ。お昼寝に最適な幅広さ。

 ぱたりと背負われたままの愛理がドアを閉め、「失礼します」と戒理が会釈。

 ちなみにタカ少年は当然のように廊下に放置のままである。

 「久しぶりだな、二人とも!相変わらずか?」

 「当然。醜くておぞましい人間を愛してるよ」

 「勿論。さっぱり蠢く人々が理解できないや」

 「はははははっ、本当だ、全ッ然変わってない!あはははははっ!」

 「ふふふふふ。相変わらず貴方もステキだ幾斗さん。しーくんの前に貴方に出会ってたら、初恋は貴方で間違いなかったのに残念……」

 「あはははは。うん、相変わらず君は元気で素直ないい子だ。若いって素晴らしい。あと愛理、君にとっては全人類が初恋だろ」

 「あはははははははははははははははははははははっ!!!」

 「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 「はははははははははははははははははははははははははは」

 (……悪魔三匹の雑談……)

 全員笑顔かつ爽やかな口調なので余計に怖気が走る。仰向けにぶっ倒れたままドアの向こうで会話に耳を傾けていた不憫な彼は、ますます硬直しきりで動けなくなった。

幾斗、タカ、戒里、愛理。かつてそれぞれの事情により、幾斗の実家、兼この学園を運営している大財閥“暁家”で暮らしていた四人組だ。

 幾斗は次期暁家頭首、タカはその弟子、ゆくゆくは彼の右腕となるべくして引き取られた孤児。愛理と戒理は情緒不安定により精神崩壊の恐れがあった時期、幾斗の“教材”として傍に置かれた。要するに元同居人。気心の知れた、幼馴染である。

 「それで、話ってやっぱりアレ?」

 「ん。色々と洗いなおしたけど、お前たちが適任だ」

 「無理だ。僕ら道化に大臣の真似事なんかできるわけがない」

 「笑う。歌う。踊る。悪戯に興じる。狂言と空言を弄ぶ。道化のお仕事はそれだけ。人を誑かすのが私たち。人を導くのは王様の役割でしょ?」

 同じ顔に同じ笑みを浮かべ、少年少女はきしきひと耳障りな声を奏でた。男女の制服の作り以外ほとんど違いが見つからない容姿の二人が身を寄せ合い、性質の悪い笑みを口に刷く姿は、かなり奇妙でどことなく魔的だ。

 相手取る暴君は、彼らの独特さに呑まれることなく、鼻で笑ってみせる。

 「俺は王様じゃなくて暴君なんでね。使えるものはとことん使う。それに導けなんて言ってないだろう?」

 そうは言っても、と、くすくす笑いながら同じ顔を見合わせる道化たち。

 広いソファの真ん中で、胸を軽く反らして足を組む堂々たる姿に、「王様」の呼称との落差は感じられない。態度や偉ぶった言動だけでなく、雰囲気が並の人間のそれとはかけ離れているのだ。

 理不尽といえど、それに従うに足るカリスマ性と権威を見せ付けるこの少年にふさわしいのは、悲嘆にくれる民草より畏敬に跪く忠臣だろう。というか前者は気にも留めずに蹴散らしそうだ。それだから暴君などと称されるのだろうけれど、本人は満更でもないらしい。

 もしもしと、手慰みに砂糖菓子を口に運んでは溶かす戒理は味に頓着しない。諌めるべき身内(たちば)にありながら一切の興味を示さず、マイペースにソファに脱力してまどろむ愛理の口元に、時折一口サイズの砂糖菓子をつまんではふすりと押し込み咀嚼させ、完全に眠らないようにしている辺り手馴れている。




 「命令だ。

 お前たち―――風紀委員長になれ」



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