彼はひとり
上下芽は、自身を強者と認識している。
実際、その認識を裏付けるほどに、彼は強かった。彼が握り締めれば、たいていのものは耳障りな音を立てて形を変える。彼が手足を振るえば、周囲のものはほぼ確実に原型をとどめずに崩れ壊れた。
そんな彼は、ごくごく自然に、周囲から拒絶されるようになった。
当然、賢明と、芽は彼らに賞賛を呈した。手放しで、心の底から。
何せ彼は、ひとたびスイッチが入れば時も場所も考えずわきまえず傍にある物を壊しにかかる。生物を壊したことは今現在は無いものの、無機物ばかりという偶然がいつまで続くかなど、彼自身にさえ分からない。
必然、生存本能を持つ人間や動物は、彼から離れ、――――――ゆえに、彼は誰からも愛されず、誰からも理解されず――――――自分の持つ衝動が、自分特有のものだと知る頃には、その異様さを指摘し、矯正してくれるはずの大人でさえも、彼の一切を諦めてしまっていた。
そうして芽は、自分を、強者であり、壊すために生まれた存在だと認識した。
芽を、まともな子供として育てることを早々に諦めた親―――芽が原因で夫婦間に溝が生まれ、離婚し、押し問答の末父に預けられた―――も、世間体を気にしてだろう。学校にいかせなかったものの、普通教育は受けさせた。ただし、鋼鉄の椅子に、金属で固められたベルトで縛りつけ、暴れだそうものなら即電流を流すという、猛獣の調教のような方法ではあったが。
この時点で、ある意味での誤算が判明する。
芽は、破壊衝動を除きさえすれば、天才と呼ぶに相応しい子供だった。
基本数式を教えればあっという間にそれを吸収し、応用のはずの難解問題を解いてみせた。応用とは基本を使う問題のことで、基本さえ押さえていれば、さして難しいとは感じない。一を聞いて十を知るとはこのことだろう。物覚えも物分りも人三倍良く、運動能力に関して言うならば、握力も脚力も腕力もついでに運動神経も、既に人間離れしているといってよかった。
そして、破壊衝動が発動していない状態の芽は、素直で表情の柔らかい、温和な少年だったのだ。
光の加減によっては、深く澄んだ濃紺をのぞかせる黒髪と瞳、中世的な顔立ちに白く澄んだ肌理の細かな肌、とても破壊衝動を実行するために特化した生物とは思えない細身の体躯。
そんな彼の外見と普段の柔和な仕草に、初対面の人間はころりと騙された。
そして例外なく、彼の持つ危険な衝動に気づくたび、彼を罵り詰って離れていく。
バケモノ、と。
こうして芽は、強者であり、壊すために生まれた存在であり―――
人とは違う、バケモノなのだと。自覚せざるを、得なかった。
それでも。
何かをごまかすかのように。人に紛れ、隔離され。
引いては返す波のように。人に愛され、拒絶され。
そうして。ひそやかに、優しく、冷酷に――――――――――時間は過ぎていく。
ひとりの少年の心を、確実に殺しながら。