表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
OverourSky  作者: 富谷 遊音
1/2

「卒業」

初投稿です!

暖かい目で見守ってやって下さい!

OverOurSky第1話「卒業」


1

3月20日 AM10:17

「3年4組!1番、相川俊樹!!」

「はい!!」ホールに声が響き渡る。

「2番、秋山司!!」

「はい!!」

この声もまた、ホールに響き渡る。

「ふわぁ~…。」

左端でつまらなそうにあくびをする一人の生徒がいた。

彼の名前は桜井優輔。この天崎東中学校の3年生である。

「なぁ、優輔?」

隣にいる佐久間 敏弘が声を書けてきた。

「なんだよ敏?」

小声で優輔は答える。

「前から思ってたんだけどさ…。」

ここで佐久間は言葉を切った。

「あの先生絶対カツラだよな?」

敏之は小さく笑いながら仏顔面で壇上に座っている教師を見て言った。

「ちょっ…!?なんで今??」

「いやだって暇じゃん?こーやって先生を観察するのが楽しいんじゃん。」

「確かにそうだけど〜。」

優輔も冴えない顔で答える。

「ったく、式の時ぐらい黙ってろよ。」

「なんだよー、仁は暇じゃないってのかよ?」

しゃべり始めた敏之に、優輔の隣に座っている駒田 仁は少し不機嫌な顔をする。

「暇だからって騒いでいいわけじゃないだろ?」

「真面目だなー。」

「メリハリの問題だ。別に真面目じゃねぇよ。」

そういうと、仁は前を向いた。

「で、話戻すけど、絶対カツラだよな?」

「…お前、今更?」

優輔は飽きれた様に小声を出す。

「え?」

「それずーーっと前からあった噂だぞ??」

「嘘だろ!?

この前風でカツラ飛んでるところ見て大発見だと思ったのに…。」

「かつらがねぇ・・・確かに大発見だわ!

写真とかは?」

「ふふふ…。

敏カメラはキッチリ激写しましたよ。」

「おっしゃナイス敏!

その写真はどこに?」

「イン・ザ・教室。」

「マジか!帰ったら見せてく…」

「何を見せるって?」

ゲッ、と二人は同時に声を出し、振り向く。

そこには大柄、かつ強面の体育教師・楠木先生が笑顔を浮かべていた。

二人とも話に熱中し過ぎてしまい、声が大きくなってしまったらしい。

「お前ら、職員室まできやがれ。」

「「まじかよ…。」」

二人は同時に呟いた。


それから少し離れた位置に、凛とした目、黒髪をポニーテールに束ねた少女ー藤長 沙依がいた。

優輔の隣の席の女子で、吹奏楽部で部長もやっていたこともある実力派だ。

しかもかなり可愛く優しいときており、男女共に人気があった。

優輔とは特に馬があっており、よく話していたために好きなんじゃないかとよく噂されていた。

(なにしてんのよ優輔ぇ~。)

楠木先生に連れ去られた優輔を見て、沙依は少しため息をつく。

「ちょっとちょっとあの二人、バカじゃないの~?」

「そうですね。式の間に席を追い出されるなんて、言語道断です。」

隣にいる堀川 凛がクスクス笑いながら話し掛け、その隣ではショートヘアーで眼鏡を掛けた花澤 雪子が賛同している。

「もう~凛も雪子も笑わないの!あの二人みたいになりたいの?」

「はいはい、わかりましたよ部長さん。そんなに桜井のことが好きなのね~。」

「男女の交流は節度を守ってくださいよ?」

「だから違うわよ!」

沙依は一度否定して、前に向き直った。

(優輔は…。最高の友達。

だけど、私は好きになる資格なんて無い。)

彼女はまた軽くため息を付く。

部長になってから、自然とため息の回数が増えてしまったようだ。

優輔はテニスで中学生大会で優勝するほどの実力者で、高校もその実力で進学を決めたものだ。

きっとこれからは、会えなくなる。

所詮普通の学生生活を送るだけの自分に、好きになる資格は無い。


暇だ暇だとうるさくなりそうな凛を雪子と二人でなだめながら、卒業式の予行は進む。

2

PM5:00

「ちきしょ~!もう5時じゃねぇか!」

優輔は校門を出て、叫んだ。

「まーまー、カツ丼貰えんだからそれでチャラってことで。」

「いい訳あるか!つーかお前が長引かせんだろうが!!」

二人はぎゃあぎゃあ言い合いながら帰っていく。

普段は一緒に帰ってくれる仁も、さすがにこの時間まで待ってくれるほど暇ではない様だ。

敏弘が余計なことを言って長引いてしまったのは事実だが、優輔はそれなりに楽しかったし、よかったと思っている。

「それで?次の試合はいつぐらいになるんだ?」

「多分・・・東京の方になるな。」

「そいつは大変だな・・・。」

「まあ別にそれくらいの会場移動は昔からあるしな。」

「俺が応援に行けないじゃん。俺の応援無しで大丈夫かよ?」

「そっちか!お前の応援とか毎回うるさいだけじゃねえか!」

とは言っても、敏之が応援に来たときは負けたこと無いのだが。


「それと、沙依ちゃんとはどーすんだ?」

ぶはっ!と、思わず優輔は吹いてしまう。

「ちょ、ちょっとなんだよそれ!?

今更そんなんも何も…!」

「今だからだろう?

卒業したら、会う機会も無くなるぜ?」

「ぬぐっ…。」

「最後のチャンスだぜ~?

どうすんだよ~??」

「うるせいなぁ。

あいつは最高の友達だけど、告白して迷惑かけたかないの。

…大好きなのは事実だけどな。」

「なぁ、優輔…。」

「どうしたいきなり?」

敏弘は急に改まった。

「今まで、ありがとな。

オレみてーなバカを相手してくれてよ。」

「ちょっと待てよ!

おれもバカは相変わらずなんなだし、何も改まること…!」

敏弘に、慌てる優輔。

「と、言ったら沙依ちゃんも落ちるんじゃねーの?」

「お前!!」

そしておどける敏弘に殴りかかる優輔だが、あっさりと敏弘にかわされた。

「じゃ、オレこっちだから~!」

「ちょ、ちょっとおい!!」

敏弘は全力疾走で逃亡していった。

「…ったく…。」

優輔は笑いながら呟いた。

敏弘の言葉は本心じゃないかと、優輔は内心わかっていた。

(面と向かって言うのは恥ずかしいから、照れ隠しだろうな。)

優輔はそう考えて、家に向かった。


3

PM5:07

「ぷはぁ~!やっぱバナナオレ最高ーっ!!」

凛がバナナオレを一気に飲み干した。

二人が居るのは、天崎海浜公園。

海が一望できる場所に位置しており、サイクリングコース、ウォーキングコース等に適していた。

しかもベンチや喫茶店が揃っており、この地域の人々が遊ぶとなると、真っ先にここにくるのだ。

沙依と凛は午前中で卒業式の予行練習が終わる為、午後は天崎海浜公園でのんびりしていた、という訳だ。

雪子も誘ったのだが、彼女は何か用事があるらしく来なかった。

「しかし、色々あったねぇ…。」

凛が感慨深く言った。

「最初にうちらが会ったのも、ここだったよね~。」

沙依がのんびりと語る。

「そうそう。

うちがここでトランペットの練習してたら、沙依が注意してくれたのよね。」

「凛はこの公園が好き過ぎなんだよ。金属は海風に晒したら錆びちゃうじゃない?」

あはは、と凛が笑う。

「あの時は、ほんとにバカだったからねぇ。」

二人とも吹奏楽部に入って間も無いことだった。

パーカッションに所属したものの、音階がさっぱりな沙依はいきなり音階のある楽器を任されたので、公園で譜読みしていたのだ。

そこに、トランペットに所属していてリズムが苦手な凛と会ったのだ。

「私もこんな所で譜読みするから、譜面がどっかいっちゃうねよね~。」

「でも、助かったよ。

おかげでリズムもわかりやすかったし。」

「それを言うならうちもだよ?

凛が教えてくれなかったら、絶対音階できないまんまだったもん。」

「「ありがと!」」

ふたりはハイタッチを交わし、笑いあった。

「高校でも頼りにしてるからね!」

「うん、ありがと!」

凛は沙依に礼を言うと、残り一本のバナナオレも一気飲みした。

「でも、沙依の場合は高校に行く前にやらなきゃいけないことがあるけど~。」

「へ?」沙依は気の抜けた声を出す。

「なーにとぼけてるのよ!

桜井への告白よ!!」

「はぁぁ!?」

沙依は声を上げた。

「だって、桜井のこと好きなんでしょ?

だったらいいじゃない!」

凛は興奮気味に沙依に言う。

「だーかーらー、うちにアイツを好きになる資格は無いの!」

沙依は顔を軽く赤らめて言った。

「なんでよ!?

吹奏楽部部長にしてその可愛さと優しさがあるのよ!?

なんでそんなこと言うのよ!?」

凛はさらに興奮して言った。

「だから部長だからとか、可愛さとか表面的なことじゃなくて…!」

沙依は冷静に言った。

「アイツには"プロ"って夢がある!

確かにアイツはバカ見たいな事ばっかりしてるかもしれないけど、それでもアイツには叶えたい"夢"がある!!

そんな夢も目標も無いうちじゃ、夢の足枷にしかならない!!

だからー!!」

ここで、沙依は言葉を切った。

「…うちはアイツの夢を邪魔したく無い。うちが夢を持てばお互いの夢があるからがんばれるけど、私はそれが無い。

だから、好きになる資格は無いと思うんだ。」

沙依は言い切った。

「…やっぱりすごいや、沙依は。」

凛は少し申し訳なさそうに言った。

「でもそんだけ考えてるってことは、それだけ桜井のこと考えてたんでしょ?」

「凛…。」

「ごめん。沙依がそんなに考えてたなんて、知らなかったから…。」

「い、いやいいよ!!謝らないでよ!!」

沙依は慌てて凛に言った。

「それじゃ、もう帰るね。」

凛は沙依に背を向ける。

「ま、待ってよ凛!」

思わず沙依は凛を呼び止めてしまう。

「何?」

「桜が咲いたら…また、ここ来よう。」

「もちろん!」

凛は笑って頷いた。

そして、歩いて帰っていく。

「凛…。」

振り向き、笑った凛は無理している様に沙依は見えた。


4 PM5:20

パンパン!と雪子は目を閉じ合掌する。

目の前には、お墓が立っている。

(もう、私も中学校卒業ですよ?信じられます??)

雪子は微笑しながら昔の自分を思い出す。


『いいかい?人間下向いてばかりじゃ壁があってもぶつかるだけだよ?

胸張って歩いてれば、必ず壁があっても乗り越えられる。そう思わない?』

出会ってすぐの雪子に厚かましくも温かい言葉をくれた人。

『そんな怯えないでよ。―必ず帰ってくるから。』

そう言って炎の中に消えていった、自分を変えてくれた人。


その人を失い、辛くてどうしようも無いときもあった。

でも今思えば、それも今の自分を作ってる。

雪子は、そんなことを考えていた。


また別れがやってくるとは知らずに。


5

PM5:21

(からっぽになっちまったな…。)

敏弘は自宅のベッドで仰向けになり、考えていた。

見上げた先には電灯が光っている。

だが、今やその光も霞んで見えた。

今までは優輔と一緒にいたから、「優輔の親友」ということができた。

でも高校になったらどうだろう?

優輔にはテニスっていう"武器"があった。

だがー。

(おれには何も無い。部活もそうだ。

趣味もそうだ。人間性もそうだ。

結局、優輔を盾に逃げてただけなんじゃないのか??)

敏弘は自己嫌悪になっていく。

わからない。


からっぽ。


その言葉が、敏弘の胸に突き刺さった。


凛もまた、寂しい足音を響かせていた。

海から吹く風はまだ少し冷たく、それがより一層さびしさを出していた。

(ごめん、沙依…。)

彼女は改めて心の中で詫びた。

気まずくなってしまいたくはなかったのだ。

(なんでだろ。)

でも、凛はイライラしてしまっていた。

(資格なんか無い、か…。)

凛は先程の沙依の言葉を思い返した。

(あそこまで、桜井のことを考えてるんだな…。)

自分の主張しか見えなかった自分と、相手のことを考え続けた沙依。

その差はわかってた。

沙依との差は沙依のことを知れば知る程ハッキリしてくる。

だからこそ、イライラしてしまっていた。

(沙依は私の目標なんだ。その目標が低くなられたら、嫌なんだよ。)

確かに、優輔のテニスの腕はプロ並みらしい。

そんな才能と夢を持つ優輔の邪魔したくないという沙依の考えも納得出来ない訳じゃない。

それでも、と凛は願う。

(やっぱり、恋ぐらい我慢して欲しくない。親友に笑って欲しいのは当たり前じゃない。)

凛は顔を上げる。

それは結論がついたからでもあるし、考えただけでは駄目だと割り切ったからだ。

「せんぱぁぁぁぁああああい!!!」

ドン!と前から誰かに抱きつかれたせいで、凛は転びかかった。

「とととっ・・・。なんだ、里佳子かぁ。追試は終わったの?」

「終わったから来たんじゃないですかぁ!」

吹奏楽部の後輩、西崎 里佳子は三つ編みの髪を揺らしながら反論する。

「古文とか覚えて何になるんですか!だったらネットのプログラミングを覚えたほうがよっぽどためになります!」

「あーはいはいわかった・・・。」

暴走しだす里佳子を凛は何とかなだめる。

里佳子は少し暴走癖があり、ひとつのことに没頭しすぎてしまう。

そのせいでパソコン技術は天才ハッカー並みにあるものの、他のことがおろそかになってしまい、ついさっきまで追試を受けていたところなのだ。

「あ、それはそうとして・・・。」

抱きつく手を離し、里佳子はバッグの中から一枚の紙切れを手渡した。

「何これ?」

それは何かの地図のようで、学校からどこかへの道筋が記されてあった。

「そこに卒業式が終わったら来て下さいね!

・・・あれ?沙依先輩は一緒じゃないんですか?」

「沙依ならまだ噴水の辺りにいるはずだけど・・・。」

少し憂鬱になりつつ、凛は言った。

里佳子と一緒に沙依のところへ行こうと思ったが、

「わかりましたぁ!!」

と、里佳子は返事を聞かず一気に駆け出して行った。

「全く・・・。」

飽きれ、笑いながら里佳子の背中を見送った。

今の凛には、里佳子の真っ直ぐさが羨ましかった。


三人の頭上には、夕陽が沈みかけた橙色と夜の藍色が混ざった色の空が広がっていた。


6

PM23:18

『ゲームセット!ウォンバイ桜井優輔、7―6!!』

全国大会で優勝した瞬間を、優輔は思い出す。

優輔は普段ならもう眠っている時間だが、目が冴えて眠れなかった。

あの試合は敏之も仁も、沙依もその友達も、みんな応援に来てくれた。


だけど、心残りはあった。そして何よりー

「…沙依。」

優輔はボソリとつぶやく。

沙依とは色々なことがあった。

ふざけしたし、励まし合ったり、笑い合ったり、相談し合ったり。

このまま別れたくは無かった。

(でも告ったところで…。)

優輔は思わず考えてしまう。

これから会う機会があるだろうか?

違う高校になってお互いに忙しくなるし、沙依の行く高校はかなりの進学校らしい。

それにー。

(沙依は可愛いし、頭もいい。優しいし、吹奏楽部で部長をやってるくらいだ。

何もテニスしか出来ないおれと付き合わなくてもいいだろうしなぁ。)

優輔は仰向けになる。

カーテンの隙間から三日月が見えた。

(あーあ、いったいどうすりゃいいんだか。)

優輔はぼんやりと考える。

そんな内に、睡魔が襲ってきた。



優輔と同じ様に、沙依も眠れないでいた。

明日が最後になってしまうだろう。

"優輔のクラスメイト"であること。

"優輔の席の隣の人"であること。

"優輔と一番近い人"であること。

それぐらいわかってた。

当たり前の話だった。


それでも。


優輔とは一緒にいたかった。


彼女はベッドから起き上がり、窓から景色を見渡す。

優輔と帰った帰り道。

優輔と遊んだ公園。

そして優輔と出会い、笑って、泣いて、また笑った学校。


それら全てが一望できた。


さらに彼女は充電していたケータイを拾いあげ、それに張ってあるプリクラを見た。

部活のメンバーと撮ったものがほとんどだが、その中に優輔と撮ったプリクラがあった。


沙依自身と凛、雪子、そして敏弘と仁、優輔が笑って写っている。


これからはこのプリクラだけが優輔と繫がりを持てる証になる。

(…うちにアイツの夢を邪魔できない。

この写真とテニスが、うちと優輔を繋いでくれる。

だから、大丈夫。)

沙依はそう思った。

そう思いたかった。


けれど、その頬には雫が流れた。

雫は、卒業式前夜の三日月を映す。


7

3月21日

AM8:00

(やばっ。)

朝、着替える優輔は時計を見るなりひったくる様にブレザーを羽織る。

そして階段を駆け下りた…

と、いうか転げ落ちた。

「あああぁぁぁ…。」

ドンガンドン!!と音が起こる。

「ちょっと、どうしたの優輔??」

母:桜井 静代がリビングのドアをゆっくり開け、心配そうに尋ねた。

つってー、と優輔が顔を歪める。

「大丈夫…。

つーか時間がヤバイんだって!!」

優輔はすぐ起き上がった。

集合時間は8時20分。

今は8時だから、かなりギリギリなのだ。

(やっぱ昨日すぐ寝なきゃいけなかったのに…。)

優輔は昨日眠れなかったことをとにかく後悔した。

優輔は更に玄関先に置いておいたバックを拾い上げる。

そして、玄関のドアに手を掛けた。

「いってきまー…。」

「優輔っ!」

静代は栄養ゼリーを投げつける。

優輔はかろうじて右手でキャッチした。

「朝飯代わり。ちゃんと飲みなさいよ?」

ニッ、と静代は笑った。

「わかったよ。」

優輔も笑い返す。

そのまま玄関から飛び出す。

(全く…中学校生活最後の朝飯がこいつかよ。)

優輔は自分に呆れ、走りながらゼリーを飲み始めた。


AM7:51

「…父さん、一つ聞いていい?」

「なんだ?沙依??」

沙依の父、藤長 和樹が笑って答えた。

「…私、7時に起こしてって言ったよね?」

「うん、言った。」

「今、何時?」

「えーっと、7時50分。」

「……。」

「……。」

二人は笑顔で硬直する。

「ちょっと!?なんで50分も遅れるのよ!」

沙依は怒鳴り散らして抗議する。

「テニスコーチは忙しいっていつも言ってるじゃないか!!今日は生徒がものすごく多いの!」

「そんなの知らないって!」

いやぁぁぁ、と沙依は悲鳴と共に準備を開始した。

和樹も気まずさを感じたのか、1階に避難した様だ。

全くもう、と半ば呆れながら沙依は考える。

和樹がぼけているのもあるが、やはりテニス選手は忙しいのかもしれない。

和樹はそこそこ名の売れたテニスコーチだ。

知る人ぞ知る、といった表現がピッタリな感じの。

しかしその程度でもこれほど忙しいと言っている以上、テニス選手となる優輔もやはりこれぐらい忙しくなるのかもしれない。学生なら尚更だ。


今日が最後だな、と沙依は覚悟する。


準備を終え、沙依はバックを担いだ。

トントントンと、階段をゆっくりと降りていく。

「沙依、朝飯は?」

出て行こうとする沙依に、和樹は声をかける。

「食べてたら間に合わないわよ。どっかの誰かさんが忘れたせいでね。」

皮肉をいい、沙依は玄関のドアに手を掛けるが、

「沙依!」

和樹が珍しく真剣に声を上げた。

「後悔はするなよ。」

「…ッ」

沙依は暫く硬直してしまう。


まるで、全部知ってるみたいなこといいやがって。


どうなろうと、後悔するに決まってんだろ。


父に対する怒りの言葉が次々と浮かんでしまうが、やはり最後はー。


やっぱ、父さんには敵わない。


この結論に行き着いた。

そして同時に、やっぱり朝飯を食べようと思ったのだ。

なんとなく、朝飯を食べないと後悔が一つ増える。そんな気がしたのだ。


AM8:13

優輔はとにかく走った。

何しろ、集合まであと7分しか無いのだ。

(目覚ましをなぜ忘れるおれのバカ。そしてなぜ今日寝坊するおれのバカ!)

自分を激しく詰りつつも、優輔は頭の中で単純計算する。

(学校まであと500メートル。やっぱギリギリだな。)

そうして考えていると、いつのまにか十字路に辿り着く。

ここを歩道を渡れば学校まであと少し、そんな場所だった。

そこには人らしい人は自分と同じ学校の制服を着た少女ただ一人がいるだけだ。

(ああ〜時間が無い!信号も赤だし!)

車が少なければ、赤でも渡れそうだが、今日は通勤ラッシュなのか車が多かった。

(ちきしょう、なんで赤なんだよ。)

呪ってもしょうが無いとわかってはいるが、どうしても信号を呪ってしまう。

前の方で信号待ちをしている少女もギリギリの様で、右足をせわしなく動かしている。

(ってあれ?あれ沙依か??)

沙依は髪型はいつものポニーテールからロングヘアーに変わっていて気がつきにくかった。

普段なら声をかける優輔だが、なぜだか顔を背けてしまった。

(クソッ、敏弘の奴…。)

敏弘がやれ最終日だやれ告白だとやたら強調するせいで、余計な緊張をしてしまっている。自分でもわかっていた。

そして背けた目線の先に、変な人を見つけた。

(なんだあの変人は?)

なんだか全身真っ黒で、やたら体を屈めて走っている人間を見つけた。

その人間は、横断歩道の半分を渡りかけているところだった。


ここで優輔がその人間に注目しなければ、その事実には気がつかなかったのかもしれない。


優輔はその人間の手に刃物が握られているのを反射した朝日の光で気がついてしまった。


そしてこの時、優輔が沙依だとわかっていなかったら、走って沙依を庇うことも無かったかもしれない。


「沙依!!」

優輔はバッグを放り投げ、沙依の元へ全力疾走する。

そして呆然とする沙依の右手を引き、その人間と沙依の間に優輔は強引に割って入った。


そして。

8

沙依は全てが信じられなかった。

さっき声と共に飛び込んだのは間違いなく優輔だった。

そして、いま赤黒く染まっていく人間も優輔で、右手から離れていき、冷たくなっていくのも優輔だ。


頭じゃわかってるが、理性がついてこない。

沙依は足を動かして逃げようとするが、足がくすんで動けない。

「あ、あ…。」

沙依は刃物を持った人を見上げる。

刃物は裏手に持ち替わり、血走った目は確実に沙依を狙っていた。

刃物から血がー

ー優輔の血が沙依の頬に落ちる。

まだ熱かった。

沙依は思わず目を瞑る。

無駄なのは分かってた。

暗闇の中でも、優輔が隣にいる気がした。




「また来ちまったか。」

小さく青年が呟いた。

彼は朝焼けの空を見る。


決して明けることも暮れることも無い青空を。


OverOurSky第1話「卒業」 end


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ