邂逅
9.
松明掲げて、蔵人達は洞穴を奥へと進んで行った。
途中で、二手に別れた所に来ると、闇の声が¨右じゃ¨¨左じゃ¨と誘う。
やがて、半刻程進んだ時、今までと違う広い空間に辿り着いた。
そこには、通常よりも小ぶりな社殿が建っており、その前に1人の神官姿の老人が居た。
老人は、蔵人達を見やると驚いた樣に言った。
「そなた達、どうやって此処に参った?」
「この洞穴の入り口で、声に呼ばれたのだ。」
「何!?山神様の声に案内されたと!そなた名は何と申す?」
「俺は、坂田蔵人、この2人は、石蕗と虎杖と申す。」
「それでは、そなた達は、顕国玉と十六夜、晴明じゃという事か?」
「そういう事らしい。」
「よもや、そなた達が巡り逢う事になろうとはの…これも運命か。」
老人は、1人ごちた。
「あんたは、何者なんだ?」
蔵人が問う。
「見ての通り、この社の宮司じゃ。此処は船通の山神を奉っておる。」
「では、宮司殿に尋ねるが、俺達とこの地に、何の因果があるのだ?」
「そなた達は、此処で生まれたのじゃよ。」
「何!?」
「此処に来たという事は、出穂の宮司の話しは聞いたのだな?」
「聞いた。」
「そなたの父の事も?」
「ああ。」
「今から30年程前じゃ。そなたの父、洲我蹴速は須佐郷のたたら場で働いておった。蹴速が洲我の末裔である事は、わしと出穂の尊仁、そして当時、出穂守として赴任していた坂田金時殿だけじゃった。」
「じい様が?」
「金時殿は、蹴速に好意的であった。洲我の末裔である事は、吾等が秘密じゃった。既に、夢蔦を娶っておったしの。じゃが何時の世でも、何処にでも、欲に駆られる下賎な者は居るものじゃ。どう嗅ぎ付けたかは知らぬが、秘密を知り朝廷に訴え出た者が居ったのじゃ。」
「それで?」
「梶原は、余程に洲我の血が恐ろしいのであろう。半ば強引に帝より勅を賜り、軍勢を以て蹴速を捕らえに参った。
金時殿も憤りを感じておられたが、どうする事も出来なんだ。そして、己の最後を悟った蹴速は、身重であった夢蔦を、金時殿に託したのじゃ。金時殿は、夢蔦を此処に連れて参った。それをわしが匿うたのじゃよ。」
「そして、俺は此処で生まれたのだな?」
「そうじゃ。そなたを取り上げたは金時殿じゃ。」
「それから、どうなったのだ?」
「夢蔦は、騒ぎが収まった後も出穂に戻る事無く、この地でわしの手伝いをしておったのだが、今から17年前に、この山に1人の修験者がやって参った。それらが、その双子の父である賀茂英昇であったのだ。」
「成る程な。」
「英昇殿は、暫くこの山で修行をしておったが、そのうちに夢蔦と結ばれ、この2人が生まれたのじゃよ。」
「その後、英昇はどうしたのだ?」
「都に戻った。この子等が五つの時じゃ。夢蔦が都に赴く訳にもいかず、英昇殿は、晴明を連れて行きたかったのだろうが、夢蔦が断固として許さなんだ。」
「石蕗…いや、十六夜はどうしたのだ?」
「夢蔦の目を盗んで、英昇殿の後を追ってそのままじゃった。」
「聞いた話しでは、大道芸の一座に居った樣だ。」
「父には、逢えたのかな?」
宮司の言葉に、石蕗は首を振る。
「そうか…しかし、こうして無事に兄弟に逢えたを慶びとせねばな。」
石蕗が、コクりと頷く。
「じい様は、俺を取り上げて父の子としたのか?」
「そうじゃ。夢蔦に請われてな。」
「洲我の子として生きるは忍びないと?」
「そうじゃ。」
宮司はそう言うと、踵を返し、
「暫し待っておれ。」
と、言い残し社殿の中に入って行った。
暫くして戻った宮司は、手に小箱を持っていた。
蔵人達の元まで来ると、箱の蓋を取り言った。
「これを、そなた達に授けよう。夢蔦が、死の間際にわしに託した物じゃ。」
見ると、紅い玉と白と黒の勾玉が納まっていた。
「この紅い玉を顕に、白い勾玉を十六夜に、黒い勾玉は晴明じゃ。いつの日か、そなた達が此処に現れたなら渡して欲しいとな。」
宮司は、それぞれに手渡した。
紅い玉を手にした蔵人は、今まで感じた事が無い程の力が身の内に膨れ上がるのを感じた。
「宮司殿の名は、何と申される?」
「奈取と申す。」
「では、奈取殿、俺はどうすればいいのだ?」
「何も。」
「何と?」
「そなたが、何かをせねばならぬ事など無い。何をしても良い。」
「何をしても?」
「そなたが、何をするかは、そなたが決めれば良いのだ。」
奈取は、石蕗達を見やり、
「そなた達もな。」
と、ニッコリして言った。
山神の社殿を辞した蔵人達は、朔夜達の元に戻った。
「如何がでしたか?」
「何があった?」
朔夜と、与鷹が矢継ぎ早に尋ねる。
蔵人は、奈取との邂逅の内容を伝えた。
「それで、どうする?」
与鷹が問う。
「俺はな、伊佐にて気ままに暮らせれば良いと思うておった。が、そうも行かなくなった樣だ。」
「だから、どうする?」
「与鷹、お前は朔夜と石蕗を伊佐に連れ帰ってくれ。」
「お前は?」
「俺は、虎杖と都に行く。済まんが鼬を貸してくれ。」
「俺は、伊佐に戻って何をすれば良いのだ?」
「船を、瀬戸内側に廻してくれ。」
「何処に着ける?」
「そうよなあ、苅磨では、朝廷の目もあろうし…杞ノ国の黒浜辺りが良かろう。」
「お待ち下さい!」
朔夜が、割って入った。
「私も一緒に…」
「成らぬ、そなたと石蕗を都に連れては行けぬ。必ず戻る故、待っていてくれ。」
「しかし…」
「都へ行ったれば、経清殿に会おうと思う。」
「父に?」
「そなたを娶る許しを請わねば成らぬからな。」
蔵人は、ニッコリとして言った。
摂政、梶原氏時は西宮に昂禰王を尋ねた。
氏時の突然の来訪に、昂禰王は驚きを隠せなかった。
「何用じゃ?」
昂禰王の声は、震えを含んでいた。
「昂禰王様、ご機嫌麗しゅう。みどもも安心致しました。」
涼しい声で氏時が答える。
「何用かと聞いておる。」
「哉椰様は何処に?」
「母上は、南殿離宮に赴いておる。」
「中宮様をお尋ねとは、何故で?」
「中宮様が厚遇している僧の封海が、篳奥から傀瀰伺の娘を連れ帰ったそうな。」
「傀瀰伺の娘を?」
「その娘、何やら降霊などをする樣じゃ。ほれ、そなたも知っておろう?中宮様が、先年来、禿姿の童女の妖しに悩まされておるのを。」
「聞き及んでおります。」
「それで、その娘に降霊の儀式を行わせ、妖しの正体を探ろうと言うのじゃ。それを見物に参っておる。物好きなものじゃ。」
「成る程。」
「それより、そなたの用向きは何じゃ?」
「ご相談したき儀がごさりましてな。」
「相談?何じゃ?」
「父、実時を失脚させる相談にござりまする。」
「何とな!?」
昂禰王は、氏時の言葉に驚いた。
暦734年3月の半ば、
兼時敗れるの報は都を震撼させた。
皇帝、麟興は太政大臣、梶原実時、摂政、梶原氏時、左大臣、大伴経清、右大臣、紀貴之を御所に呼び出した。
「実時、どうした事なのだ。兼時に任せておけば良かったのではなかったか?」
「それは…」
「経清、そなたも申したな?兼時に任せておけば安心じゃと。」
「…はあ…」
実時も、経清も言葉が無い。
「それが、どうした事じゃ。吾が国第一と謳われる男が率いた軍が、何故、狗那ごときに遅れを取るのだ。」
誰も返答出来ずにいる。
「どうするのかと聞いておるのじゃ!」
怒気を含んだ麟興の声に、紀貴之が答える。
「狗那侵攻を、暫し時を置かねば成りますまい。」
「何故じゃ!」
「何故と申されても、まず兵が足りませぬ。今度の6000の内、残ったは僅か500余り、都の守りを考えれば新たに集めるにも時が掛かりまする。それに、兵が集まったとて、誰に指揮をさせまする?兼時殿は腕を折られたばかりか、左目も失われておりまする。復帰出来るかどうか、また出来るにしても時が必要かと。」
貴之の言葉に、麟興も二の句が継げずにいる。
「長嶋猛麻呂は如何がであろう?」
経清が言う。
「傀瀰伺じゃぞ!傀瀰伺如きに任せられぬ。」
実時が反対する。
「その他となれば、師叉介、設楽晁門ぐらいになりますな。」
貴之の言葉に、麟興を始め他の2人もギクリとする。
「あの跳ねっ返りが、素直に従うとは思えぬ。」
実時が、またもや否定的に言う。
「なれば何となさる?」
貴之の問いに、実時は押し黙る。
「褒美を与えては如何がか?」
氏時の言葉に、他の一同が、顔を見合わせる。
「しかし、氏時よ。褒美と言うても何を?」
「何でも。望みのものを」
「何でもとは、あやつにその樣な条件を出せば、どの樣な事を吹っ掛けてくるか分からぬぞ!」
「ですから、叶えられるものならば何でもという事でございまする。」
「叶えられるものか…」
「余りに、無理難題を言うのであれば、別の方策を練れば良いだけの事、まずは晁門に打診するが先決かと。」
氏時の言葉に、皆が頷いた。




