兼時無惨
8.
兼時は、河之江の柵を墜された事により退路を絶たれるのを恐れ、西郷の柵を築くのを途中で諦め、東に向かった。
ところが、後方から大松から600の兵を率いた八頭に急襲され、これに対応し追ったところを、今度は寒河峠を下って来た夷那と久遠が率いる750の兵に軍の横腹を突かれ分断された。
さらには、河之江から西走して来た、鬼丸の軍にも襲われ、兼時は、身動きの取れない状態に陥った。
西郷より大松方向に分断された兵は、八頭と夷那に拠って壊滅された。
兼時を含んだ西郷より東側の兵は、久遠の400の兵と鬼丸の200に会わせ、軽亀、地蔵寺で散り散りになっていた150の兵、都合350の兵との挟み撃ちに逢い1600余りの兵は、南の山側と北の瀬戸内側とにさらに分断された。
兼時の兵達は、皆戦意を失い総崩れとなった。
瀬戸内側に逃れた兼時は、10人余りの供周りの者達と、徐々に追い詰められて行った。
戸居の仏崎まで逃れたところで、狗那の軍勢に取り囲まれた。
居並ぶ狗那軍の中から、一際大きな男が歩み出て来た。
鬼丸である。
兼時軍の崩壊の一因は、この男にある。
五尺余りの長剣を振るい、一振り毎に4、5人の兵が薙ぎ倒されたのだ。
「朝廷の者に申す!吾等は決して皆殺しを望んではおらぬ!命が惜しくば早々に立ち去れ!」
鬼丸の声に、ばらばらと兵達が散って行く。
兼時の元に残ったのは、源新と兼時が名も知らぬ雑兵と2人のみであった。
兼時は、その雑兵に声を掛けた。
「そなたも逃げよ。あたら命を捨てるものでは無い。」
「嫌だ!俺が殿様を守る!」
雑兵は、震える声で答えた。
「その気持ちだけ貰っておく。そなた名は何と申す?」
「弯賀の生まれで、吉次と申します。」
「その名、決して忘れぬ。新殿、この吉次を連れて、そこもともお逃げ下され。」
この言葉には、新が驚いた。
「兼時殿、何を申される!某は共に最後まで…」
「新殿、あの者の目的は、みどものみであろう。生きて下され。生きて今度のみどもの失策を取り戻して下され。」
「兼時殿…」
「さあ、行かれよ。」
新は、吉次を伴い、その場を離れて行った。
その後ろ姿を見送った兼時は、鬼丸に向き直る。
「そなたが、鬼丸か?」
鬼丸は、少しだけ驚きの表情をした。
「ほう、俺の事を知っておるのか?」
「蔵人より伝え聞いた。」
「蔵人?おう!あの出穂にて仕合うた、あの者か。」
「今度は、俺の不明であったが、次はこうは行かぬぞ!」
「次か…お主を除いて、それに比肩する武人が居るのか?確かに、あの蔵人という男は強い。強いが軍勢を率いる性ではあるまい。その他で、俺が懸念するは坂東の設楽晁門、都に於いては、長嶋猛麻呂ぐらいであろう。いずれにしても、朝廷を快く思うておらぬ者ばかりであろう?ひょっとして傀瀰伺の地位を確約すれば、猛麻呂は動くやも知れぬ。だが、そう容易く信用すまいよ。」
鬼丸の言葉に、兼時は言い返せない。
その時、後ろで騒ぎが起こった。
見ると、新が狗那の兵を掻き分け飛び込んで来た。
「新殿!何故戻られた!」
「兼時殿を見捨てて、どの面を提げて都に戻れましょう、父にも兄にも顔向けが出来ませぬ。」
そう言うと、新は兼時と鬼丸の間に割って入った。
「吾は、近衛中将、源頼政が一子、新と申す。いざ!」
新は太刀を抜き払い、鬼丸と対峙した。
「お主、先程の兼時の言葉を聞いておらなんだか?あたら命を捨てるものでは無いとな。」
「黙れ!某とて武門の子、そう遅れは取らぬ。」
「大した自信だな。」
「確かに、その背の長剣を操るお前は、恐ろしい程に強かろう。が、背の鞘に納まっておっては、如何にお前が達人とて抜き放つは容易くあるまい。お前が剣を抜く間に、こちらの太刀がお前の肉を断つ!」
「試してみるか?」
新は太刀を中段に構え、鬼丸は剣の柄に手を掛けて睨み合った。
「新殿!引かれよ!」
兼時の声に反応したかの樣に、新は¨えいや!¨の裂帛と共に上段に振りかぶり斬り掛かった。
新の太刀が、鬼丸の頭を割るかと思われた刹那、ギィン!と刃音が響き、新の太刀は鬼丸の剣に止められていた。
「なっ!?馬鹿な!?」
新の驚く樣子に、鬼丸はニヤリとして言った。
「残念だったな。確かに、お主の言う通り背の剣を鞘から抜くは俺とて出来ぬ。抜けねばどうする?」
「何!?」
「容易き事だ。抜けねば外すせば良いのだ。この鞘はな、柄を持ち捻ると二つに割れる樣、細工がしてあるのよ。」
「おのれ!小細工を…」
新は、顔を紅潮させて怒鳴った。
「小細工では無い。この長剣を自在に操る為の工夫と言うてくれ。」
「黙れ!」
新が、無造作に太刀を振るう。
それを鬼丸が横に払った。
身体が泳いだ新を、鬼丸が切り返した剣が襲う。
新の右の肩口に打ち下ろされた剣は、そのまま新を斜めに斬り裂いた。
「新殿!」
倒れ伏した新に、兼時が駆け寄る。
しかし、新は既に事切れていた。
「おのれ!」
兼時は、太刀を抜くと鬼丸に斬り掛かった。
兼時の太刀を、鬼丸が剣で受け止める。
しかも、左腕だけでだ。
鬼丸の握られた右拳が、兼時の左手首に撃ち込まれた。
「ぐっ!」
その一撃で、兼時の左手首は折れていた。
右手に残った太刀を剣で弾き飛ばされた。
兼時は、折られた手首を押さえ、呻きながらも鬼丸を睨みつけた。
「俺の負けだ!この首、取るが良い!」
兼時の言葉に、鬼丸はニヤリとして言った。
「お主は殺さぬ。」
「何!?」
「お主には生きて貰う。生きて都に戻り、狗那の強さ、恐ろしさを、都の者共に伝えよ。他の誰よりも総大将のお主の言葉は重かろう。」
「生き恥じを晒せと申すか!」
「捕らえよ。舌を噛まぬ樣に、轡を噛ませるのだ。手足も縛って置け。」
鬼丸の言葉に、数人の兵が、兼時に飛び掛かる。
あっという間に、兼時は身動きがとれなくなった。
「そろそろ、大古気の方に向かった、お主の兵も戻って来よう。それまで此処で待っておれ。それと命は取らぬが、五体満足で帰す訳にも行かぬ。そうだな…お主の左目一つ貰うておこうか。」
そう言うと、鬼丸は小刀を取り出し、兼時の左目に突き刺しくり抜いた。
「ぐわあ!」
「懲りずに向かって来るなら、いつでも受けて立つ。では、皆の者!帰ろうぞ、凱旋じゃ!」
鬼丸の言葉に、兵達が歓声を上げる。
狗那の軍勢が引き上げた後、兼時は血の涙を流して嗚咽した。
蔵人達一行は、船通山に辿り着いていた。
山神の洞穴を前にした蔵人は、不思議な感覚を覚えた。
懐かしい樣な、くすぐったい樣な、更には畏れにも似た樣な感覚だった。
「別に、どういう事も無い、ただの洞穴じゃねえか?」
与鷹が呑気に言う。
「与鷹、煩い!」
言ったのは、虎杖だ。
「この餓鬼、何で俺は呼び捨てなんだ!?」
「煩いと言うに!」
その時、洞穴からブツブツと何やら聞こえて来た。
¨誰ぞ¨
¨誰ぞ¨
¨誰ぞ¨
その声は、1人の樣にも、多数の樣にも聞こえた。
¨誰ぞ¨
¨誰ぞ¨
「吾は、坂田蔵人と申す。」
闇の声に、蔵人が答える。
¨蔵人?¨
¨蔵人?¨
¨知らぬ¨
¨知らぬ¨
¨帰れ¨
¨帰れ¨
「蔵人様、お待ち下さい。」
朔夜が前に出て言った。
そして、洞穴に向かって言った。
「この方は、出穂の夢蔦様の御子で顕国玉様とおっしゃりまする。」
¨顕?¨
¨顕じゃと¨
¨おう¨
¨おう¨
¨顕じゃ¨
¨顕じゃ¨
「そして、こちらに控える2人が、双子の石蕗と虎杖でございます。」
¨石蕗?¨
¨虎杖?¨
¨知らぬ¨
¨違う¨
¨それらが名は、出穂の宮司が双子に授けた名じゃ¨
¨それでは¨
¨そうじゃ¨
¨十六夜と、晴明か?¨
¨そうじゃ¨
¨十六夜じゃ¨
¨晴明じゃ¨
¨大きゅうなったの¨
¨大きゅうなったの¨
¨そなたは誰ぞ¨
¨誰ぞ¨
¨誰ぞ¨
これは、朔夜に向けられた言葉だ。
「私は、左大臣、大伴経清が娘、朔夜と申します。こちらは、与鷹と鼬と申す者です。」
¨知らぬ¨
¨知らぬ¨
¨顕と双子のみぞ¨
¨顕と双子のみじゃ¨
¨他の者は許さぬ¨
¨他の者は罷り成らぬ¨
¨来よ¨
¨顕よ、来よ¨
¨来よ¨
¨十六夜よ、来よ¨
¨来よ¨
¨晴明よ、来よ¨
闇の声が、3人を呼ぶ。
「朔夜、そなたは此処に残れ。」
「しかし…」
「山神とやらは、そなた達を入れぬと言うておる。無理に入って障りがあっては成らぬ。」
蔵人の言葉に、朔夜は押し黙る。
「与鷹、朔夜を頼む。」
「おう。」
「では、行って来る。」
蔵人は、石蕗と虎杖を伴い洞穴へと入って行った。




