血筋
7.
蔵人は、朔夜、石蕗、虎杖、与鷹、鼬の5人を伴い、葛西の港より南に向かい船通山を目指していた。
船通山は、その昔、須佐之男が降臨したとされる場所である。
出穂大社の宮司、千家尊仁の書き付けには、石蕗と虎杖を伴い船通山にある山神の洞穴に行けとあった。
蔵人としては、その樣な事に従う謂われも無いつもりだったが、石蕗の必死の表情と、
「兄上は、行かねばなりませぬ。」
という、虎杖の真剣な言葉にほだされての旅路であった。
正直、石蕗や虎杖に兄と慕われるのは、篤胤の子として兄弟も無く育った蔵人には、少々、面映ゆい思いであった。
そして、一つ気になる事を、隣りを歩く虎杖に問うた。
「虎杖よ。その何だ、夢蔦というのがそなた達の母親だと言うのであれば、俺の母親でもある訳だな?」
「そうですね。」
「では、父親は誰だ。」
「それは…」
虎杖は、口ごもり石蕗を見やった。
石蕗は、虎杖を見つめコクりと頷いた。
「兄上の父と、吾等の父は別です。吾等の父は、尊仁様の縁戚で賀茂英昇と申します。」
「賀茂?陰陽師か?」
「その通りです。」
「して、俺の父は?」
「兄上のお父上は…洲我蹴速様と申されます。」
「洲我だと!?…それはもしや…」
「そうです。天化改新のおり、立司の変で楯大兄皇子と梶原氏の祖である、酒臣宗足によって滅ぼされた洲我本宗家の生き残りの末裔です。」
「では俺は生まれながらに、反逆者の血を受け継いでいる訳か?」
「違います。洲我氏は反逆者ではありません。」
「違う?何がだ。帝以上の権勢を振るって政を私した為に討たれたのであろう?」
「兄上のその言は、何を元に申されているのですか?」
「何をとて、歴史に記されているではないか。」
「その歴史とは、蓬莱書記の記述に拠るのでしょう?その書記を編纂したのは誰です?」
「それは…」
「発案したのは、他ならぬ宗足であり、編纂し完成させたは、息子の梶原不等羅にございます。歴史とは、その時の為政者の正当性を強調する為の物です。
書記が、梶原の編纂したものならば、それは梶原の正当性を主張しているのです。ならばその梶原に敵対していた洲我氏は何となりましょう?悪としか記せ無いのですよ。」
「確かに、がしかし…」
「如何に、為政者に歴史の改竄が可能とはいえ、自ずと限りがございます。万民の知る事実を改竄するとなれば、それを知る全ての者の口を塞がねばならなくなります。ですから、消せぬ事実は、そのまま事実として記すしか無かったのです。故に書記は多くの矛盾を含んだ物となったのでしょう。」
「矛盾?」
「そう、例えば屯倉制です。」
「屯倉制?」
「改新に拠って、この国に律令制が設けられる以前の政は、豪族の代表者が集まり話し合いをし、その結果を帝にお伺いを立てる合議制に拠って行われていました。しかし、この体制では周りの豪族が力を蓄えるばかりで、皇家が絶対の権力者とは言えませんでした。その為、皇家に豪族と同じ樣に力を蓄えさせる皇家の直轄領を設けた、それが屯倉制です。」
「それが何だと言うのだ?」
「その屯倉制を立案、実行したのは洲我畝目です。」
「何!?」
「さらには、洲我本宗家の棟梁であった洲我處鹿が、立司の変で暗殺されるに至ったのは、その前年に處鹿に拠って皇族の矩脊大王皇子一族が斑鳩の地で討ち滅ぼされる事件が起こりました。書記に拠れば、矩脊に対し處鹿が、皇太子、於媽皇子の暗殺を企んだという濡れ衣を着せて討ったとされています。そして、豪族が皇族を討つなどとんでもない事として、楯大兄と宗足に拠って暗殺されたのです。」
「だから、反逆者なのであろう?」
「そう書記に記されているだけでしょう?一豪族が皇族を討つという事を、兄上はどう思われますか?」
「それは、とんでもない事だ。」
「そうでしょう。では、洲我處鹿という人はそんな事も理解出来ない人だったのでしょうか?仮にも洲我本宗家の棟梁ですよ。政の中枢を担う立場の人物が、その樣な後先を考えない人でしょうか?」
「それは…」
虎杖の言葉に、蔵人は難しい顔をする。
「むしろ逆なのではないでしょうか?處鹿は相当、優秀な人だったのでしょう。そうでなければ何故、暗殺という手段を取ったのでしょう?帝の面前で帯刀していない者に後ろから斬り掛かるという方法で…處鹿には分かっていた筈です。豪族が皇族を討つ事の意味を…分かった上で尚、行動に移したのならば、その行為に及んでも理は自分にあると判断したからではないでしょうか?」
「理だと!?理など何処にあると言うのだ?」
「矩脊の企みが、事実だったとしたら?」
「何!?」
「矩脊は、元々は皇位後継者の1人でした。しかも、父親は律令を発案した国戸皇子、つまり鳳徳太子です。その妻は、廼自古郎女です。その父は洲我布馬子、兄は洲我巳衛仔、甥は處鹿です。つまり、矩脊は洲我の血族たる皇位後継者だったのです。書記に記されている樣に、洲我氏が皇家以上の権力を持ち、政を私して皇家に成り代わろうと画策していたならば何故、矩脊は即位出来なかったのでしょう?その方が洲我氏にとっても都合が良い筈です。しかし、実際に即位したのは、加村皇子、徐興帝です。そして、徐興帝が崩御された時、皇太子である於媽皇子は生まれたばかりでした。その為、帝の座は妃であった伊膤女が宝極帝として即位したのです。この2人の即位は、後継順序通りに行われました。2人の即位を後押ししたのは、洲我巳衛仔です。何故でしょう?何故、巳衛仔は矩脊を即位させなかったのでしょう?」
「成る程、故に義は洲我にあると言うのか?」
「そうです。」
「虎杖、そなたの言にも一理あるが、それでは書記に記された梶原の言い分と変わらぬぞ。」
「何故でしょう?」
「物事というものは白黒がはっきりと線引きされている訳では無いぞ。表があれば裏があり、陽が射せば影が出来るのだ。義も悪も同じぞ。方やが義で、こなたが悪など決まってはおらぬ。」
「しかし…」
「確かに、そなたの言う事が事実なのやも知れん。が、だからと言うて洲我が義であるとは限らぬ。いや、義はあったやも知れぬ。だが、その義が大いなる悪に包まれておらぬと言い切れるか?」
「それは…」
「誰も己を悪と思うてはおらぬ。義と思うて悪き事を行っておるかも知れぬではないか?何が義で、何が悪かなど当の本人では無く、それを受け取る他の者の心持ち次第で決まるのだ。今の俺やそなたの樣にな。」
2人の様子を、後ろで見ていた与鷹がクスクスと笑う。
「与鷹、何が可笑しいのだ?」
「いやいや、2人共長く離れていたとは思えぬ程の兄弟ぶりではないか。結構な事だ。しかし、蔵人にそれ程の学があるとは、遂ぞ知らなんだわ。」
「煩い!字の読めぬそなたに言われたくは無いわ。」
「お前、やっぱりわざとだったな!」
2人の言い争いに他の者は大笑いした。
源頼政は、朱賢門殿敬子を前に緊張の面持ちだった。
「そなたに来て貰うたは、正月の鬼騒動で、わらわを守らんとして命を落とした、先の近衛中将、安倍盛貞が事です。」
「盛貞殿の?」
敬子の予想外の言葉に、頼政は怪訝な顔をした。
「盛貞の子は、娘の千種1人きりで男子が無い。故に、千種に婿を取らねば安倍の家は絶えてしまう。わらわを守った結果がそれでは、余りに忍びない。そこで、わらわは千種に婿をと幾度か会わせてみたが、どうも上手く行かぬ。誰ぞ居らぬかと思案しておったところ、そなたに頼もうと思うてな。」
「某に?」
「そなたの長子の當は嫁があるが、次子の新は独り身であろう?それでどうかと思うたのです。」
「安倍の家に新を婿にと?」
「そうです。盛貞の父、盛兼も頼政の子なれば願ってもないと乗り気なのですけれど。」
「それは、吾が家としても名家である安倍家と縁が結べるは願ってもない事、ただ新は今、狗那侵攻の兼時殿の軍に、當と共に従軍しておりまする。事に拠れば命を落とすやも知れませぬ。故に、しかとお約束出来かねまするが、狗那より無事に帰りし折りに、改めて伺いまする。」
「それで良い。」
敬子の返答に、頼政はほっとした。




