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北の雄

5.

傀瀰伺けみしに対応する為の篳奥ひちのくに置ける最前線である、把賀城はがじょうに詰める鎮守府将軍、篳奥守ひつのかみ平永衡たいらのながひらは、都よりの客を迎えていた。

永衡に相対しているのは、剃髪した頭の僧形の男である。

封海であった。

「御坊、長旅ご苦労である。聞けば、朱賢門院様の使いと言うではないか。一体、何用かな?」

「手前の用向きは、篳奥守様に非ず、沮治もれはるを治める、沮治抉麻呂もれはるのわざまろ殿に、お会いする為でございます。」

「抉麻呂に何用なのじゃ?」

「さあ?手前は、朱賢門院様より、抉麻呂殿宛ての書状を託されたのみにて、内容は知りませぬ。」

「その書状を見せよ。」

「これは…篳奥守様、手前がこの書状を持ち、抉麻呂殿を尋ねるは帝もご承知の事ですぞ。それを改めると申されるか?」

「あ、いやそれは…」

永衡の慌てぶりを見て、封海は言った。

「慌てる事はごさいませぬ。どうしてもと言われるのならば、この場に抉麻呂殿を呼べば宜しいではごさいませぬか?」

永衡は、封海の言葉にほっとして、下座に控える篳奥介ひつのすけ和気那綱わけのなつなに、抉麻呂の出仕を命じた。

半刻程後、那綱に伴われ、沮治抉麻呂が姿を現した。

五尺半程の身長で、どちらかと言えば、細身の目つきの鋭い男であった。

この抉麻呂こそが、朝廷と傀瀰伺の繋ぎ役である。

それにより、朝廷から従五位下じゅごいのげの官位を賜り、現在は、篳奥員外介ひついんがいのすけの役職を拝命している。

抉麻呂の兄は、長嶋猛麻呂ながしまのたけまろと言い、都に於いて先年の鳳至暘丞ふげのようじょうが自らを法王と名乗り、反乱を起こした謄擢とうてきの乱で、これを見事に鎮圧した功績により、帝自ら長嶋の姓を戴き、正四位上しょうしいのじょうの官位を賜る異例の大出世をした。

しかし、拝命した役職は、近衛府員外中将というものであった。

員外というのは外部の者を指す言葉であり、この場合は近衛府の外の中将という矛盾した存在となる。

これは、傀瀰伺に対する都の人間の差別に他ならない。

抉麻呂も篳奥介でありながらも、やはり員外の文字が付く。

しかしながら都を遠く離れた篳奥の地で、仮にも官位を賜り、役職を得ているのは、猛麻呂の朝廷に対する貢献があったからである。

抉麻呂は38歳であり、傀瀰伺の長の中でも一番若い。

しかしながら、傀瀰伺全体を担う長として見られている。

中には、抉麻呂達兄弟を朝廷に魂を売った犬だと、あからさまに中傷する者も居るが、現在の朝廷と傀瀰伺の均衡が保たれているのは、明らかにこの2人の兄弟の力に依るところが多い。

「沮治抉麻呂、罷り越しましてござります。」

抉麻呂が、永衡に対し平伏する。

「抉麻呂、よう来た。これなるは、都よりそなた宛ての朱賢門院様の書状を届けに参った、封海坊である。」

永衡が、大仰に紹介すると、封海は、抉麻呂に頭を下げた。

「中宮様から某宛てに?如何なる事でございましょう?」

「まずは、この書状に目を通して頂きたい。」

封海が、抉麻呂に書状を手渡す。

抉麻呂が、書状を読む。

「これは如何なる仕儀に相成りましょうや?」

「さて、手前は書状の内容を知りませんので何とも…」

「この書状に依ると、中宮様は吾が妹、鳴無おとなしを都に遣わせとの仰せでございます。」

「どういう事じゃ?」

永衡が、割って入った。

「書状にある樣に、確かに吾が妹は、イタコの真似事を行いまするが、果たして中宮様の御望みを叶えられるかどうか…」

抉麻呂が、不安気に封海を見る。

「書状の内に、その訳は書かれておらぬのですか?」

「鳴無を、中宮様の女房として側に置きたいとしか…恐らくは、兄の猛麻呂から鳴無の話しが中宮様まで伝わったのでございましょうが、わざわざこの篳奥より呼び寄せるは尋常ではありますまい。」

「だからと言うて断る事も出来ぬのでは?」

封海の言葉に、抉麻呂は頭を抱えた。



朔夜達が、伊佐に到着して一月余りが過ぎた。

蔵人は、朔夜の姿に驚きはしたものの、事情を聞き、納得して一同を迎えた。出穂での出来事も伝えたのだが、蔵人の答えは、

「下らぬ、吾が父は坂田篤胤、母は幸乃のみだ。」

と、相手にしなかった。

しかし、与鷹から手渡された天叢雲剣には、子供の樣に目を輝かせ喜んだ。

剣身の厚みが通常の倍以上あるにも関わらず、蔵人は剣を軽々と振った。

「これは良い物を貰うたわ。」

蔵人は、天叢雲剣を居室の神棚に奉っている。

朔夜には、一つ気掛かりな事があった。

「何か、言いたい事でもあるのか?」

蔵人の問いに、朔夜は口を開こうとして俯く。

「兼時の事であろう?」

朔夜は、蔵人の言葉に顔を上げ言った。

「兼時様から、助力を求められたのではごさいませぬか?」

「ああ、そうだな。」

「何故、兼時様の元へ駆け付けられぬのでございまするか?」

「使いの勝秋の方から断ったのだぞ。」

「蔵人様が、そう仕向けたのでございましょう?勝秋様は真っ直ぐな方です。兼時様を誰よりも信頼してらっしゃいます。兼時様の悪口の一つでも言えば、憤慨してお帰りになられるに決まってます。」

「何だ、悪者は俺か?」

「蔵人様が朝廷を良く思っておられぬ事は、この朔夜も存じております。しかしながら兼時様は、朝廷の中に於いて唯一のご友人ではごさいませぬか?」

朔夜の言葉に、蔵人は頭をボリボリと掻きながら答えた。

「確かに、兼時は吾が友だ。それ故に合力はせぬ。」

「何故に?」

「あやつは、これからの朝廷、いや、蓬莱の国を背負う男だ。それ故に強う無くてはならぬ。賢いだけではいかん。今度の狗那への侵攻、恐らく兼時は負ける。」

「何と申されまする?」

「狗那には、鬼の如き男が合力しておる事、勝秋に伝えはしたが果たして、その真意が兼時に伝わっておるのか、その上であやつがいつも通りの慎重な差配をしたとしても、八割方負ける。よもやとは思うが不敗の戦神などと呼ばれておる事に胡座を掻き、少しでも驕りがあれば、確実に負ける。」

「それが分かっておるのでしたら尚更の事…」

「朔夜、俺はな、あやつに負けて欲しいのだ。」

「何を!?何を申されておるのですか!?」

朔夜は、蔵人の言葉に憤りを感じた。

「言うたであろう、あやつには強うあって欲しいのだ。しかし、あやつは未だに負けを知らぬ。負けを知らねば強くはなれぬ。そうであろう?百の敵に千で当たり、千の敵を万で囲む、そんな戦で強うなれるか?ましてや負ける事も無い。兼時には、本当の戦がどういうものであるのかを知って貰いたいのだ。」

「もし命を落とす樣な事あれば、何となさるのですか!?」

「朔夜、事はそう容易くは無い、言うなれば吾等は、朝廷に対し反逆者ぞ。簡単に合力と申して加われる訳が無かろう?」

「しかし…」

「そなたもだ。」

「私が!?」

「そうであろうが、何と言うても帝の意に背き出奔したのだからな。」

「また、その樣な意地の悪い事を…」

朔夜は、拗ねた樣にそっぽを向く。

「お、何だ?痴話喧嘩か?」

と、与鷹がニヤつきながらやって来た。

「何かあったのか?」

蔵人が問う。

「出穂の宮司から預かった荷の中に、書き付けの樣な物があってな。」

「何と?」

「おいおい、蔵人、俺は字が読めねえよ。」

「そうであったな。」

「お前、わざとだろう?」

「いや、本当に失念しておった。」

蔵人は、笑いをこらえながら言った。

朔夜も笑いをこらえている。

「ちぇっ、馬鹿にしやがって。」

今度は、与鷹が拗ねた。



摂政、梶原氏時は家人の藤次とうじを前に思案中であった。

「哉耶様は、相変わらず頻繁に貞任を尋ねておるのだな?」

「はい。仰せの通りで。」

藤次が、畏まって答える。

「昂禰王は、如何がしておる?」

「そちらは、最初に貞任を尋ねて以降、西宮に引きこもっている樣で。」

「もっとこう、明確なる報告を出来ぬものか?」

「向こうも警戒しておるのでございましょう。中々に傍近くまでは…」

「ふむ、まあそちらの方は任せる。ところで、そなたの手下は幾人おる?」

「すぐにと言われまするなら、3人程ですが?」

「3人か、丁度良い。良いか、1人には忠長殿を見張らせよ。あのお人の動きは、把握しておかねばならぬ。今1人は、坂東に送り込み、師叉介かずさのすけ設楽晁門したらのあさかどを見張らせよ。そして、今1人には、父実時を見張らせよ。」

「お父上を!?何故でございまするか?」

「知らぬで良い。知れば命を縮めるぞ。」

藤次は、肝を冷やし平伏した。



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