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神の御子

4.

太陰暦734年2月_。

梶原兼時は6千の兵を率いて依貫の嘉島を攻め落とし、そこを拠点に依貫の平野に攻め入った。

兼時は、そこから西を目指し寒河峠から攻め入るつもりだった。

嘉島に、500の兵を置き、西進した兼時は、河之江ごうのえの地に柵を築いた。

兼時は、勝秋と、源當みなもとのあたるを呼んだ。

源當は、安倍盛貞亡き後の近衛中将、源頼政みなもとのよりまさの長子であり、都一の弓の使い手として知られている。

「源當、罷り越しました。」

「おう、當殿、待っており申した。」

兼時は、にこやかに當を迎えた。

「して、如何なる御用でありましょう?」

「その事なのだが、寒河峠を越え攻め入るは、恐らく狗那側も承知の筈、何らかの策を講じておるだろう。」

「そうでありましょうな。」

當が、頷く。

「それに、嘉島こそ要所の為、それなりに兵が居ったが、軽亀の柵や地蔵寺の柵には殆ど兵は居らなんだ。僅かな兵も吾等を見るや散り散りに逃げ失せた。」

「そうですな。」

「どうやら狗那の者共、狗那山脈より北側は、端から捨てておる樣じゃ。」

「成る程。」

「そこでじゃ、當殿と勝秋に、それぞれ200の兵を与える。そして、これより東に谷沿いに進むと池畑という地に出る。そこに狗那三郎と呼ばれる樫野川が流れておる。川沿いを上流に向かい、大古気おおこけという地に至る。勝秋は兵を率いて東に山越えを致せ。越えれば卑谷渓谷に出る、さらに渓谷を登り行けば、狗那との境の尉柱じょうばしら峠に至る。恐らくは、そこにも何らかの策があろうが、寒河峠程の事はあるまい。無理をする必要は無い。少しでも危険を感じたれば引き返せ。」

「心得ましてござります。」

勝秋が、低頭する。

「某は、如何が致しましょう?」

當が、問う。

「當殿は、そのまま樫野川を登っていただきたい。さすれば、恐らく棚内という地あたりに柵がありましょう。後は、勝秋と同じにござる。くれぐれも無理をなさらぬ樣に頼み申す。」

「心得ました。」



朔夜は、石蕗と乎麿、さらに与鷹と手下のいたち等と共に、出穂大社の鳥居を潜った。

石蕗が、先導する樣に奥へ奥へと進んで行く。

与鷹と鼬は、物珍しそうに辺りを見回している。

石蕗は、一度も立ち止まる事無く、本殿まで進んだ。

「何用ですかな?」

と、突然後ろから声が掛かった。

一行が振り返ると、そこに神官姿の老人が立っていた。

「ん?そこに居るのは石蕗か?…成る程、時が来たか。」

老人は一人ごちた。

「貴方様は?」

朔夜が、問う。

「わしか?わしは、出穂国造いずほのくにのみやつこ千家尊仁せんけそんじんと申す。そなたは?」

「宮司様でございましたか、失礼致しました。私、左大臣大伴経清が娘、朔夜と申します。これらは私の供連れにございます。」

「ほう、左大臣の御息女が何用かな?」

「先程の口ぶりからすると、宮司様は私の持女である石蕗の事をご存知の樣子。私共は、石蕗に連れられ参ったのでございます。」

朔夜の言葉に、尊仁は少し驚いた樣子で石蕗を見た。

暫し石蕗を見つめた尊仁の目が、朔夜に向けられる。

「成る程、神子様のなあ…良かろう、共に参るがよい。虎杖いたどりも待っておる。」

尊仁は、そう言うと一行を先導して歩き始めた。

本殿を通り過ぎ、さらに奥へ進むと、左右に小さな池のある場所に出た。その池と池の間に、真円の玉石が置かれている。

尊仁は、その玉石の前で立ち止まると、さらにその先、ニ十間《約36m》程のところに小さな社があり、その社が青白く光っていた。

「虎杖よ、居るのであろう?石蕗が戻ったぞ。」

尊仁の声に呼応するかの樣に、社の扉が開き、中から一つの影が現れた。

その影の主が一歩一歩近づいて来る。

遠目には分からなかったが、その主は石蕗と歳の変わらぬ少年だった。

さらに近づいた少年を見て、朔夜のみならず尊仁、石蕗を除いた他の者は皆、驚きを隠せなかった。

その少年は、石蕗と全く同じ顔をしていたのだ。

「朔夜殿、この者は石蕗の双子の弟、虎杖と申す。」

「石蕗の弟!?」

朔夜達の驚きを余所に、石蕗は玉石に近づいて行った。

少し遅れて虎杖も、玉石に辿り着く。

「石蕗、お帰り。」

虎杖が、石蕗に声を掛ける。

それに対し、石蕗がにっこりと微笑んだ。

朔夜は、石蕗の笑顔を初めて見た。

石蕗と虎杖は、玉石の左右に分かれ向かい合い、右手を玉石に翳した。

一同が見守る中、玉石が段々と黄金色に輝き出し、やがて目も開けられぬ程の輝きを放った。

「かむいでたまへかむなりたまへあめのつるぎのめいみょうのかむなるみわざなさしめたまへ……」

尊仁が、祝詞を唱えつつ拳大の鐘を打ち鳴らす。

やがて、尊仁の祝詞が終わると、玉石の輝きも収まり、石蕗と虎杖の姿が現れた。

2人の手には、1本の剣が握られていた。

長さ三尺程の両刃の剣で、剣身の厚みが通常の倍以上ある。

「宮司様、これは一体?」

朔夜が、尊仁を見て問う。

天叢雲剣あめのむらくものつるぎじゃ。」

「何と!?」

朔夜のみならず、一同驚きの声を上げる。

「どういう事だ?」

与鷹が、尊仁に詰め寄る。

「お待ちなさい、与鷹殿。」

朔夜が、2人の間に割って入り尊仁と向かい合った。

「宮司様、ご説明頂けますか?」

問われた尊仁は、一同を見渡すと語り始めた。

「あれが玉石はな、櫛名田比売くしなだひめの御霊が眠るとされておるが、のみならず、夢蔦ゆめつたの墓でもある。」

「夢蔦とは?」

「この2人が母じゃ。」

「2人の?」

「そうじゃ。夢蔦は、櫛名田比売の子孫なのだ。」

「ならば、この2人は、神の子だと言うのか?」

与鷹の問いに、尊仁は破顔して答えた。

「話しの上ではな、じゃが実際は違う。櫛名田も、その夫である須佐之男すさのおも、元は人じゃ。それが神格化して神話の中に伝えられておるのじゃよ。」

「櫛名田や須佐之男が人?」

「ほれ、八俣遠呂智やまたのおろちの伝説は知っておろう?あれは、須佐郷のたたら製鉄を仕切っておった、8人の棟梁の事じゃ。この者共が大変な無頼者でな、辺りの若い娘をさらっては、自分達の慰み物にしておったのじゃ。櫛名田の父母、芦名鎚あしなづち手名鎚てなづちには、8人の娘があったが、櫛名田はその8人目の娘で、上の娘達は皆、さらわれたのじゃ。そして、櫛名田もさらわれそうになった時に現れたのが須佐之男じゃった。

須佐之男という名は、櫛名田を救う為に8人の棟梁を倒し、須佐郷を平定した王という意味じゃ。本当の名は知らぬ。大陸から来た者という説もある。天叢雲剣はその時にたたら場から見つかった物よ。」

「では、この2人はその子孫なのですね。」

「そうじゃ。そして、この天叢雲剣の正統な持ち主は、この子等の兄、芦原醜男あしはらしこおの生まれ変わりである、うつしの物じゃ。」

「顕?」

「正確には、顕国玉うつしくにたまと申す。そなた等が、蔵人と呼んでおる者よ。」

「蔵人様が!?」

朔夜の驚きの余り愕然とした。

「芦原醜男とは、つまり…」

朔夜の言葉に、尊仁は、にっこりと微笑んで答えた。

「そう、大国主が事よ。」



兼時は、頭を悩ませていた。

その悩みの原因は、今度の軍に、兼時が断ったにも関わらず、無理に入軍して来た、梶原房長かじわらのふさながの事であった。

房長は、権中納言、梶原忠長の息子であり、兼時の2歳年長で、この時、35の齢を数える。

しかしながら、歳の割に子供じみており、何でも己が思うままにしたがる癖がある。

今回の進軍でも兼時の言に反対し、それでいて何か策があるかと言えば、何も無い。

今も、河之江に陣取って當や勝秋からの伝令を待っているのに、狗那など恐るるに足らず、早急に攻め入るべし。と、相手の手の内も分からぬまま無謀な事を平気で口にし、當の弟、源新みなもとのあらたと今にも掴み合いになりそうなところを仲立ちして来たばかりだ。

源新が、大慌てで兼時の幕舎に駆け込んで来たのはそんな時だった。

「一大事にござります!」

「新殿、如何がなされた?」

「房長殿が、己が力を示すと申され、自軍の250の兵を伴い、寒河峠に出陣したとの由にござります!」

「何と!?早まった事を…いつ頃の事ぞ!」

「半刻程前との事。」

「すぐに早馬を出し、引き返す樣に伝えよ!」

「すぐに。」

新は、踵を返し幕舎を飛び出して行った。

「何と愚かな…」

兼時は、臍を噛む思いだった。

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