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都の鬼

3.

伊佐の島より、都に戻った伊勢勝秋は早速、梶原兼時の館を訪れた。

兼時の居室には、兼時の他に法衣を纏った僧形の男が居た。

「勝秋、よう戻った。」

「兼時様、こちらのお方は?」

「こちらは、佐伯伽魚さえきのかお殿、今は、出家なされて封海と名乗っておられる。この度、篳奥ひちのくへ旅に出られる故、挨拶に参られたのだ。」

篳奥は、都より遥か北に位置し、狗那よりも辺境の地と見做されており、篳奥に住まう傀濔伺けみしの民は、これまた狗那人と等しく、鬼として恐れられている。

「何故に篳奥へ行かれるのでございますか?」

「朱賢門院様の使いです。」

封海が、静かに答える。

朱賢門院敬子しゅけんもんいんのりこは、皇帝麟興の妃であり、太政大臣、梶原実時の娘でもある。

「朱賢門院様が何故、篳奥などに…」

「勝秋!」

兼時が、手を翳して勝秋を制止する。

「詮索するでない。そなたが用向きは他にあろう。」

「申し訳ございませぬ。」

勝秋は、平伏した。

「で、如何がであった?」

「如何がも何もとんでもない事に…」

勝秋は、そこまで言って封海を見た。

「封海殿なら構わぬ。申してみよ。」

「それが、蔵人め彼の流刑地を、己が国の如く変えておりました。」

「何!?国とな?」

「どう、たぶらかしたかは存じませぬが、島守をはじめ役人、島民、罪人に至るまで彼奴に心酔しておる樣で…」

「ほう。」

「のみならず、扁羅や衡宜、果ては渤憊国ぼっぱいこくなどと、勝手に交易をしておる樣にござります。」

憤る勝秋を余所に、封海は破顔し、声に出して笑った。

「いや、如何にもあの方らしい所業ですね。」

「確かにな。」

兼時も、封海に合わせる。

「お二方共、笑い事ではございませぬぞ。」

「勝秋、お前は頭が堅すぎじゃ。蔵人は、大人しく流罪に甘んじる樣な男では無かろう。しかし、流刑地を己が国に変えるとは、さすがに予見出来なんだわ。」

「多分、与鷹あたりが動き回っておるのでしょう。」

封海の言葉に、兼時が頷く。

「与鷹とは?」

勝秋が、問う。

「吾等が幼き頃よりの悪友よ。勝秋、お前が嫌う無頼の徒じゃ。弯賀の方で暴れておる。」

「弯賀で?」

「本拠が弯賀じゃ。目的の為なら何処なりと出張って行くわ。時に野盗であり、時に海賊であり、まあ何でも屋じゃな。」

「その樣な者を、何故、取り締まりませぬので?」

勝秋の問いに、兼時と封海は顔を見合わせニヤニヤしている。

「何でござりますか?」

「彼奴は、雲じゃ。掴み処が無い。海を見張れば山に現れ、山を探れば海で笑うておる。」

「しかし…」

「与鷹の事は良い。肝心の蔵人は如何がであった?」

「それは…吾が断り申した。」

「何?断ったと、そなたがか?」

「はい。」

「何故ぞ、こちらから合力を請う為に、そなたを遣わしたのだぞ。」

「しかしながら、彼の者、合力致すに若多一国寄越せと。」

「何!?若多じゃと!…それは、つまり端から合力するつもりが無いという事ではないか!」

兼時が、憤慨する。

隣りで封海が、声を殺して笑っていた。

「封海殿、何が可笑しい?」

「いや何、先程、伊勢殿に申した割に、兼時殿も坂田蔵人という男が分かっておられぬ樣で。」

「何と!?」

「あの方は、幼き頃より天邪鬼でござりましょう?貴方様が、今度の狗那侵攻を無事終えれば、それで良し、危機とあらば駆け付けてくれましょうぞ。」

「それは、どうかと心得まする。」

勝秋が、反駁する。

「ほう?それはまた、どういう訳ですかな?」

「彼の者は、はっきりと吾に申しました。朝廷などどうなっても良いと。」

「それは何故ですかな?」

「あいや…それは…」

「兼時殿の前では言い難うございますかな?」

封海の言葉に、兼時が怪訝な顔をする。

「みどもの前では不都合とは?」

「蔵人殿は、今の政が気に入らぬのでしょう。国の冠たる天子様以上の権力で持って、全てを動かす梶原の政が。」

「何と申される!?」

「では、何か違うと言われるか?」

封海の反駁に、兼時は言葉を失った。



太陰暦734年正月_。

内裏に於いて、謹賀の宴が大々的に催された。

その夜遅く、未明より降り続けた雪が、南殿離宮の庭を白く変えていた。

朱賢門院敬子は、舞い落ちる雪に、己が情念を燃やしていた。

他ならぬ、夫、麟興の有様に対してである。

昨年より、左大臣、大伴経清の娘、朔夜の探索を命じている。

名目は、坂田蔵人という罪人と契りを結びし事を捨て置けぬという事であるが、何の事は無い、単なる嫉妬である。

別に、夫が側女を持つを咎めるつもりは無いが、側女にした訳でも無く、只、相手に思い人があったというだけの事だ。

¨大人気ない¨と、情けない思いであった。

仮にも、国の冠たる皇帝の行いとは思えない。

しかし、それもまた己が嫉妬である事も分かっている。

敬子は手元の箏に手を置き、竹の爪で奏でるとは無くつまびいている。

てん、と箏が鳴る。

その音に合わせ、雪が僅かな燐光を放つ。

てん、と箏が鳴る。

次々と雪が輝きを増す。

庭の先、落ちる雪の向こうに何者かの気配が有るのを、敬子は感じていた。

「誰ぞ?」

敬子が問う。

そこには、白い装束の禿かむろ姿の童女が立っていた。

この夜更けに、禿姿の童女などおおよそ有り得ぬ事だ。

敬子は、家人を呼ぼうとしたが、何故か声が出ない。

見ると、童女はそろりそろりと、こちらに近づいて来る。

¨来よ¨

童女が、手招く。

敬子は、誘われる樣に立ち上がった。

¨来よ¨

童女の招きに、敬子が一歩、また一歩と童女に近づいて行く。

「女院様!」

敬子に声を掛けると共に、童女との間に割って入った一つの影。

近衛中将、安倍盛貞あべのもりさだであった。

「おのれ!この妖しめが!」

盛貞が、腰の太刀を抜き様に童女を払う。

太刀に裂かれた童女の姿が、一瞬にして掻き消えた。

「大事ございませぬか!?」

振り向いた盛貞が、敬子に尋ねる。

「大丈夫じゃ。」

盛貞に、目を向け答える敬子の顔が、怪訝そうに歪む。

「何じゃ、それは…」

「は?」

敬子が、盛貞の首を指差す。

見ると、盛貞の首筋にぐるりと一本の朱線が走っている。

と、瞬間、盛貞の首筋から血が溢れ出し、首が落ちた。

盛貞の身体が、敬子の足元に、どさりと崩れ落ちた。

盛貞の倒れた後から、身の丈六尺程の大きな影が現れた。

恐ろしく長い太刀を手にしており、その刃から盛貞のものと思われる血が、滴り落ちていた。

「あなや!」

敬子は、叫ぶと共に気を失い、崩れ落ちた。



南殿離宮に於いて、中宮、朱賢門院が何者かに襲われ、近衛中将、安倍盛貞が殺害された事件は、都中の知るところとなった。

その2日後、白昼の孔雀大路にて、皇帝麟興の妹、持門院寧子じもんいんやすこ内親王の興が襲われ、寧子の女房である藤河が殺害されるという事件が起きた。

どちらも、身の丈六尺程の大男の仕業と有り、都の人々は鬼が出たと騒いだ。

中には、朝廷に怨みを晴らすべく、坂田蔵人が伊佐の島より舞い戻ったと、噂する者も居た。

帝より、早急なる下手人の追討を命じられた太政大臣、梶原実時は、兼時を呼び寄せた。

「兼時、お上はいたくご立腹じゃ。何としても今度の下手人を捕らえねばならぬ。狗那侵攻は暫し捨て置け。」

「心得ましてござります。」

「巷では、彼の鬼子が舞い戻ったと噂しておるそうな。」

「父上、その樣な事は決してございませぬ。」

「何故その樣な事が言える?」

「みどもは、蔵人に狗那侵攻の合力を依頼すべく、この勝秋を伊佐に送り申した。」

兼時は、後ろに控える勝秋を見やった。

「何と!?そなた、わしが諌言を無視して、その樣な真似を…」

「しかしながら父上、蔵人は彼の島にて左団扇であった樣で、都の事など気にも留めぬ様子、蔵人の仕業ではございませぬ。」

「しかし、彼の者が怨みを持つは有り得る事であろう?」

「なればこそでござる。蔵人が怨みを持って舞い戻ったなら、何故、朱賢門院様や持門院様を襲いましょうや。まずは、忠長殿の元へ向かうが筋と言うもの。」

兼時の言葉に、実時は黙り込む。

「父上、まずはみどもの話しを聞いて下され。」

「何じゃ?」

「この勝秋が伊佐に赴き、蔵人より聞いた話しにて、蔵人が言うには、狗那が今度の吾が軍の進軍に備え、侠鮮人の傭兵を雇うた由にござります。」

「何!?侠鮮人とな!」

「しかもその者、蔵人より一回り小さき身体なれど、力に於いては五分、業に於いては蔵人以上のものと。」

「何と!?」

「蔵人が、伊佐に流された折り、出穂にて相間見えた由にござります。一刻程打ち合った後、両者倒れ伏し痛み分けに終わった樣で。その者、五尺程の長剣を自在に操るとの事、今度の騒ぎの下手人は、その者と思われまする。」

「しかし、それならばその者は何故、都に現れたのじゃ?狗那に合力するなれば、こちらの進軍に備えるべきであろう?」

「それ故にでござります。」

「何?」

「先程、父上はみどもに申されました。狗那侵攻は捨て置けと。」

「言うた。」

「それこそが彼奴の狙いと存じまする。」

「何じゃと!?」

「恐らく狗那では、こちらの進軍に備え、何らかの策を講じておる筈、しかしながらその策が思う樣に進んでおらぬのでしょう。恐らく時を稼ぐ為かと。」

「成る程のう。しかし、なれば何とする?」

「もちろん今度の下手人の探索はせねばなりますまい。合わせて、みどもは軍の編成を進めまする。」

「成る程、あい分かった。その旨しかと、お上に伝えよう。」

しかしながら、下手人探索に人を割いた上での軍の編成は、当初予定したより少ない数となった。

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