鬼神
22.
兼時と鬼丸が対峙している。
兼時は下段に構え、鬼丸は背の長剣の柄に手を掛けている。2人は暫く動かなかったが、兼時が動かぬと見て、鬼丸は柄を捻り剣を鞘から外し、ダラリと下げた形で立った。
そして、無造作に兼時に向かって歩いて行く。
兼時は動かない。
刹那、唐突に鬼丸が剣を横に払う。
兼時の太刀の届かぬ距離だ。
その時、兼時が動いた。
兼時は下がって避けるのでは無く、前に踏み出し、上体を下げて鬼丸の剣を避けると、逆に鬼丸の膝を狙って太刀を振った。
これを鬼丸は、跳んで避けると、下り様に上から剣を振り下ろす。
兼時は横に転がって避け、再び対峙する。
「ふん、やるな。」
鬼丸が言う。
兼時は答えない。
両者の攻防は、同じ樣な形が繰り返されたが、やがて時と共に体格に勝る鬼丸が少しづつ押し始めた。
兼時の呼吸が荒い。意を決したかの樣に、兼時は上段に構え、息を吸えるだけ吸い込むと、
「えいやっ!」
の掛け声と共に、鬼丸に斬り掛かった。
その兼時の太刀を下から払いのけ、返す刀で振り下ろした鬼丸の剣が、兼時の左腕を肘の先から断ち斬った。
「うぐっ」
呻きながら太刀を取り落としひざまずく兼時に、鬼丸が剣を振り下ろした。
ギィン!と刃音が響き、振り下ろされた鬼丸の剣は、蔵人の剣に止められていた。
「それまでだ!この男を死なせる訳にはゆかぬでな。」
蔵人が言い、鬼丸が剣を引く。
「気が済んだか、兼時?」
「ああ、済んだ。やはり強いな。とても敵わぬ。」
「そうか。」
蔵人はそう言うと、早良を振り返り言った。
「手当てを頼めるか?」
早良が止血をする為に走った。
「兼時、これからどうする?俺と共に成の国に行かぬか?」
「…いや、都に戻る。都に戻り晁門殿と共に後始末をせねばならぬ。その後は…」
「その後は?」
「出家しようと思う。」
「…何ともはや、どいつもこいつも何故、頭を丸めたがるかな。理解出来ぬ。」
「誰もが皆、そなたの樣に楽しんで生きておる訳では無いわ。」
痛みに苦しみながらも兼時は笑っていた。
「蔵人!」
その呼び掛けに振り向くと、鬼丸が剣を携えたまま立っていた。
「吾等の決着を着けようぞ!」
鬼丸の怒気を含んだ言葉に、蔵人は白けた顔で答える。
「その必要が有るか?」
「有る。俺はこの国に来て以来、いや、生まれてよりこれまで負けを知らぬ。」
「…だろうな。」
「だが、勝てなんだは、お前だけだ。」
「良いでは無いか、負けておらぬのだから。」
「いかぬ!俺が勝てぬ相手が居るなど許せぬ!」
「我が儘だな。」
と、蔵人はため溜め息を吐きながら立ち上がると、
「じゃあ、やるかね。」
そう言って鬼丸と対峙した。どちらも構える事無く、睨み合う。
「行くぞ。」
と鬼丸が言う。
「いつでも。」
蔵人が答える。
だが、どちらも動かない。
どれ程の時間が過ぎただろう。
一刻以上の長い時間の樣であり、ほんの数瞬のわずかな時間の樣でもあった。
鬼丸が剣を下段に構える。
合わせる樣に蔵人も下段に構える。
「うおおおぉぉっ!」
鬼丸が雄叫びを上げる。
蔵人は微動だにしない。
そして、封海は、晴明は、石蕗は見た。
蔵人の首から下がる紅い玉が光を放つのを。
そして、朔夜は、丹生は、紫遠は見た。
蔵人が手にした天叢雲剣が蒼い燐光は放つのを。
そして、周りの者達は見た。
蔵人の身体が黄金色に輝き出すのを。
そして、鬼丸は悟った。
己が負ける事を。
「うおおおぉぉ!」
雄叫びを上げながら鬼丸が剣を横に薙ぎ払う。
蔵人は、半歩下がって剣先を避ける。
鬼丸が薙いだ反動を利用して、振りかぶった剣を打ち下ろす。
蔵人は、落ちて来る剣に向かって、己の剣を横に払った。
刃音は無かった。
だが、周りの全ての者が見た。
蔵人の剣が、鬼丸の剣を断ち切り、その勢いのまま剣の刃が鬼丸の首を撥ねるのを。
首を撥ねられた鬼丸の身体が、剣の柄を握ったままひざまずく。
誰も言葉が無かった。
「まあ、こんなものか。」
蔵人が1人、呑気に言う。
最初に、それに気付いたのは石蕗だった。
石蕗が、晴明の袖を引っ張る。
引っ張られて、晴明も気付いた。
「あっ!」
晴明の声をきっかけに、他の者も見た。
今しがた、首を撥ねられた筈の鬼丸が、首を乗せたまま呆けた樣にひざまずく姿を。
「…俺は今、死んだのでは無かったか?」
鬼丸の傍らに立った蔵人が言う。
「お前、俺に負けると思うたであろう?そういう事だ。」
「兄上!どうなっているのですか?」
駆け寄った晴明が問う。
「そなた達は、俺が勝つと思うたであろう?」
言われて晴明が、はっとなる。
「…まさか…」
「そなたの使う呪とは、これを元にしておるのではないか?相手の思い、想念をより強く思い込ませる訳だ。」
「…いや、驚きました。見事に私も騙されました。」
「さあ、これで終いだ。そなたはどうする?俺と共に行くか?」
「いえ、私は残ります。封海様の元にて学びたいと思います。」
「封海の元で?…千種の元では無いのか?」
「何を言うのですか!」
晴明が、顔を赤らめて言う。
晴明は、後に千種の婿となり、安倍晴明を名乗り、父を凌ぐ希代の陰陽師となる。
「封海、そなたは?」
問われた封海が答える。
「俺もいずれは、成に行きたいと思うておるが、今暫くは晁門殿を手伝うとしよう。その後には必ず行く。」
これより3年後、封海は成に渡り、蓬莱に真言密教を持ち帰る事となる。
「何故、俺を殺さぬのだ!」
「惜しいからだ。」
「何!?」
「お前程の男を殺すには惜しいと思うただけだ。どうだ鬼丸、俺と共に来ぬか?」
「何!?」「俺と共に成に行こうと言うておるのだ。俺と同じで、お前にとってもこの国は狭かろう?」
蔵人の言葉に、鬼丸がキョトンとする。
「鬼丸殿、気をつけた方が良い。この男は人垂らしだからな。」
封海が、揶揄する。
鬼丸はニヤリとして言った。
「面白そうだ。」
「決まりだ。」
蔵人もニヤリとする。
2人の鬼が向かい合って笑っていた。
Epilogue
暦735年_。
年明け早々に、設楽晁門は幕府を開いた。
晁門の政権はこの後18年続く事となる。
だが、18年後、晁門が病に没すると、晁門と頼子の間に子が無かった為、頼子の弟、南条氏真が政権を受け継いだ。
しかし、晁門を信奉する者達の中に、氏真の政権を良しとせぬ者が現れ、これ等が具仁親王を担ぎ出し紀ノ国に逃れ、具仁を新皇として擁立し、新たな朝廷¨南朝¨を打ち立てた。
これにより、幕府との間で激しい争いとなる。
この時、18年間、久州平定に勤しみ動かなかった菅原國友が、狗那に対して侵攻を始めた。
幕府はこれにも対応せねばならず苦境に立たされる。
困った氏真は、篳奥の沮治抉麻呂に助力を依頼する。
だが、これに呼応し都に向かい上洛中の長嶋猛麻呂が南朝の者に因って闇討ちされてしまう。
これに怒った抉麻呂が、全勢力を以て参戦した為、世は戦乱の渦に巻き込まれて行く。
この戦乱は永く続き、まず屋台骨の弱かった南朝が滅び、恨みを晴らしたとして傀彌伺の軍が篳奥に戻った。
後は、幕府と菅原勢の争いとなった。
両者の争いは、狗那を主戦場とした為、狗那は否応なしに蹂躙された。
この時、國友は別の軍を編成して中陰陽から都に攻め入り、氏真を討ち取る事に成功する。
菅原勢の都入りと共に、幕府勢は坂東に追いやられた。
國友は新たな幕府を開き蓬莱の頂点に立つ。
のみならず、蓬莱全土の覇権を欲し、坂東、篳奥を攻めた。
その後の菅原幕府の政権は、帝を蔑ろにし、民の生活を省みない、正に好き放題、やり放題の様相を呈した政になって行った。
後に、征東将軍に任ぜられ坂東征伐に当たっていた高階将氏が、幕府に叛旗を翻し、傀彌伺、坂東の者等と共に立ち上がり、幕府を倒し、世に太平を齎すまで、実に110年余りの時を擁する事となる。
了
どうも、陵凌です。
終わりました。
やっとこさ終わりました。
今回のアプローチテーマは¨行き当たりばったり¨でした。
二度とやるもんか!
プロローグとエピローグ、こんな感じで始まって、こんな風に終わる。
それだけで書き始めたのですが、まあー大変!
辻妻合わせに四苦八苦する毎日。
もう一度言う、二度とやるもんか!
馬鹿ですね。
最初に、鬼丸が登場した時点では、鬼丸こそが蔵人であるという設定でした。
しかし、蔵人と兼時を闘わせるのが忍びなく、設定変更。
その為、蔵人と鬼丸が再び対峙する時、蔵人が強くなる為の設定が必要となり、須佐之男に登場して頂く事にしたのですが、これが迷走の始まりでした。
エピローグに繋げる落とし処が見つからず、投げ出しそうになりました。
高知県高知市の一宮というところにある土佐神社の主祭神が一言主神である事は知っていましたが、一言主が事代主神と同一視されている事は、今回初めて知りました。
偶然ってスゲー。
これが無ければ、まだ迷走していたかも知れませんね。
自業自得ですけど…
まあ、色々申しましたが、鬼神、蔵人の物語もこれにて終わりです。
ありがとうございました。
陵凌




