真相
21.
蔵人達を乗せた船は、黒浜を出航して3日後の夕刻、東西に延びる狗那のほぼ中央に位置する舟戸湾に入り、湾の最奥の深島に船を着けた。
与鷹の船は戦船の為、これを見た狗那の者達は色めき立ったが、船縁に立つ早良と紫遠を認め、それも落ち着いた。
この深島から北東に一里程の三宮に一言主神を祭る狗那神社が有る。
深島から真北の山が城蓮寺峠と言い、峠を越えたところに里嶺の集落が有る。
そこから更に、北に登った山こそ金脈の出た富石山である。
この富石山を越え、下った谷間に古護の集落が有り、更に北に富石山を遥かに凌ぐ狗那山脈を登る中腹に恩川が有る。
その北が寒河峠だ。
蔵人達は、まず封海と晴明の希望で狗那神社を参拝した。
その後、城蓮寺峠を登り、里嶺に到着したのは真夜中であった。
まず、早良が丹生に帰国の報告をした。
「都より客を連れ帰った樣だが?」
丹生が問う。
「外に待たせております。」
「入って頂きなさい。」
「はい。」
早良が立ち上がり、暫くして一行を連れて戻って来た。
丹生は、蔵人の姿を見るなり、
「ほう…」
と感嘆の声を上げた。
「丹生殿、お久しぶりでござる。」
蔵人が言うと、丹生は怪訝そうにする。
「18年前は世話になり申した。」
「…おおっ!そなた、あの時の子か!?」
丹生が驚きの声を上げる。
「手前も一緒でした。」
と封海が頭を下げる。
「おお、そなたも…しかし、そのいで立ちは…」
「1年程前に、出家致しました。」
「そうか…して、わざわざ尋ねて参った用向きは何かな?」
「都に政変が有った事は?」
「うむ、聞き及んでおる。さっき早良からも詳しゅう聞いた。そなた達も随分と思い切った事をしたのう。」
「思い切らねば国は変わりませぬ故。」
「それで、吾等が扱いはどうするつもりかな?」
「それなのですが、和議を結ばれてはいかがか?」
「和議をのう…条件は何じゃ?」
「まず、嘉島に鎮守府を置き、依貫守を駐在させて頂きたい。ただし、常駐する都の者は、狗那山脈より南には立ち入らぬ事を条件とします。」
「他には?」
「後は、採掘された金の一部を税として納めて頂きたい。」
「成る程な。まあ、そのあたりが落とし処であろうよ。」
「丹生様!降伏するのですか!」
早良が憤慨する。
「まあ、待ちなさい。一つ尋ねるが良いか?」
「何でしょう?」
「今度、蓬莱の長となる設楽晁門とは、どの樣な御仁かな?」
「どの樣なと申されて、一口には…」
「待てる男だ。」
蔵人が口を挟む。
「待てる?」
「己が納得いくまで、待ち続ける事の出来る男にござる。」
「成る程のう、恐ろしきお方の樣じゃな。その条件で和議を進めてもらうしか有るまい。」
「丹生様!」
「早良、聞きなさい。吾等は元より黄金が惜しゅうて戦をしておるのでは無い。欲しくばくれてやるものを有無を言わさず攻め込まれ国を蹂躙されるを抗っただけじゃ。されど、これより縺れ長引けば、自ずと吾等は負ける。」
「何を言うのです!?皆、頑張っておるではありませぬか!」
「今はな…今は頑張っておられるだろうが、いつまでもとはゆかぬ。吾等とて生きる為には、田畑を耕し、猟にも出ねばならぬ。女子供に全てを任せておく訳にも行くまい。いずれ砦や柵に詰める者も減ろう。攻めて来ぬ敵を待ち、疲れ、やがて油断し隙も生まれよう。設楽晁門はそれを待てる男だと言うのじゃ。とても勝てるものでは無い。」
「しかし…」
「良いのだよ早良。元々、吾等と蓬莱はその樣な間柄だったのじゃからのう。」
丹生がしみじみと言う。
「なれば丹生殿。」
「ああ、一度、全ての酋長を集め話しをしよう。」
「承りました。この事、手前が晁門殿にお伝え申す。」
封海が頭を下げ約束した。
「良い良い、それよりも折角尋ねて来られたのだ、暫し寛ぐが良い。」
「丹生殿。」
それまで黙っていた晴明が声を掛ける。
「そなたは?」
「私は、賀茂晴明と申します。」
「ほう、賀茂氏の者か。」
「こちらの坂田蔵人は、吾が兄にごさいまするが、18年前、丹生殿は兄を神の子と言われたそうですが?」
「確かに言うたな。」
「何故にごさいまするか?確かに兄は、本当の名を顕国玉と言い、須佐之男、櫛名田比売の末裔にて、葦原醜男、大国主の生まれ変わりと言われておりますが、丹生殿には何故、それが分かったのでしょうか?」
晴明の問い掛けるに、丹生はキョトンと不思議そうな顔して、やがて破顔して大笑いした。
「ははは、これはこれは、そなたまことに神の子であったかよ。これは愉快じゃ。」
「丹生殿?」
「わしは、須佐之男や櫛名田の事など知らぬよ。」
「しかし…」
言い抗う晴明を、丹生は手で制した。
「早良、紫遠。2人は外しなさい。」
「しかし…」
「これより先の話しは、まだそなた達に聞かせられぬ。」
「丹生様?」
「良いから下がりなさい。」
早良は納得のいかない顔で、渋々、紫遠を連れて下がった。
「さて、これより話すは狗那に於いても各集落の酋長しか知らぬ事にて他言無用に願う。まあ、そなた達であれば大丈夫であろうが、一応断っておく。」
「承知致しました。」
封海が答える。
「存じておる樣に、狗那の社には一言主神を祭っておる。一言主は事代主神と同一とされており、その為にそなた達は、須佐之男等と結び付けて考えたのやも知れぬが違う。」
「違う?」
「何だ封海、言わずもがなの如く言うておったが、違うておるでは無いか。」
蔵人が揶揄する。
「わしが、この蔵人殿に見たは出穂の神々では無く、洲我の血よ。」
「洲我の!?」
「そなた、洲我の血筋であろう?」
丹生が、蔵人に向いて問う。
「そうだ。」
「やはりのう…」
「丹生殿!どういう事なのです?」
晴明が問う。
「賀茂の者ならば、賀茂氏の成り行きは知っておろう?改新直後の梶原氏と言部氏の仏教導入を巡る争いで、神道を重んじる言部側に加担し、敗れた後、狗那に配流となったと。」
「はい、存じております。」
「以来、狗那の社に賀茂氏の祭神である一言主を祭る樣になった。後に賀茂の者が赦され都に戻った後もな。しかし、それは表向きの事じゃ。」
「表向き?」
「吾等が祭る本当の神は他に有る。狗那の社には、実は奥の院が有るのじゃ。」
「奥の院!?」
「この事を知るは、さっきも言うたが各酋長のみじゃ。他の者は、その存在すら知らぬ。酋長になった者がまず初めに行うのが奥の院詣でなのじゃよ。」
「奥の院に祭る神というのは?」
「吾等が本当に祭っておる神とは、洲我石川宿禰様じゃ。」
「何と!?それは又、何故でごさいまするか!」
封海が驚き問う。
「改新より遥か以前の事じゃ。知っておろうが宿禰様は洲我の祖となられる方じゃ。初代神興帝が飛鳥の地に入り、倭朝廷が打ち立てられて間もない頃、新たな国造りの財源の問題があったのだな。倭政権が目を付けたのが、当時この狗那の山脈で採掘させていた丹生《水銀》じゃった。」
「吾が佐伯家もその恩恵を受けております。」
「当時も今度と同じく、朝廷は力押しで攻めて来た。だが、国自体が今程安定しておらなんだ。因って吾等との間は永く膠着しておった。このまま長引けば、双方共倒れになりかねぬ。お互いに落とし処を模索しておったのよ。それを今度の封海殿と同じく和議の仲立ちをしてくれたが宿禰様じゃったのよ。」
「そうだったのですか…」
「それだけでは無い。その後、朝廷との間で事ある毎に吾等に味方して下された。以来、吾等は宿禰様を神と崇めておるのだよ。」
丹生の言葉に、一同言葉も無い。
「奥の院にはな、宿禰様の姿絵が飾ってある。その宿禰様と面差しがよく似ておる。この者は宿禰様の血筋の者じゃと思うたのじゃよ。」
「そうだったのですか…」
「吾等が、公に洲我を祭っておるとなれば、都とて金や銀とは関係無しに捨て置く事は出来まい。一言主は、その隠れみのに調度良かっのじゃよ。」
丹生が語り終えた時、外から声が掛かった。
「恩川の夷那様、古護の八頭様、あと鬼丸殿もお見えです。」
鬼丸の名を聞き、兼時の顔色が変わる。
手元の太刀を掴み立ち上がるのを、蔵人が制する。
「落ち着け!兼時。」
その言葉に丹生が兼時を見遣り言った。
「そなたが、梶原兼時殿であったか…」
その丹生に、蔵人が言う。
「丹生殿、吾等が来訪の目的が今ひとつござる。」
「何かな?」
「この兼時と鬼丸を立ち合わせたい。」
「それは、鬼丸殿次第じゃ。わしが決める事では無い。」
一同が表に出ると、夷那、八頭、そして鬼丸の3人が立っていた。
鬼丸は、蔵人の姿を認め恐ろしい形相で睨みつける。
「そんなに睨むな。」
鬼丸の表情を見て蔵人が言う。
「お前の相手は俺では無い。この梶原兼時だ。」
兼時を認めた鬼丸は、表情をニヤリとさせ、
「懲りておらんのか?」
と問うた。
「来るなら来いと言うたは、お前であろう。」
「何度でも同じ事よ。」
「鬼丸、この男は今、梶原を背負うてはおらん。朝廷の軍を率いてもおらぬ。ただの兼時という1人の男だ。何も背負わぬとなれば、少々しつこい。気をつけた方が良い。」
蔵人が言う。
「ふん。良いだろう。来い!」
鬼丸が背の長剣に手を掛ける。
兼時は、無言で熊手の太刀を抜き払い、鬼丸と対峙した。




