幕引き
20.
「晁門、その格好は何とした事じゃ!?」
麟興が問う。
「賊を討つ為の戦仕度にござる。」
「素早いの。しかしながら敵は2万を超えると言うぞ。しかも率いるはそなたの養父と猛麻呂の弟じゃ!そなた等の手勢と近衛の者だけで太刀打ち出来るのか!?」
「2万?はてさて、吾等が討つべき賊は、それ程も居りませぬが?」
「何を申す!濃見より都に向かって進軍中との事ぞ!」
「ああ、あれは賊に非ず、援軍でごさりまする。」
「援軍じゃと!?」
「吾等が討つべき輩は、眼前に雁首揃えており申す。」
「何じゃと!?」
「掛かれ!」
晁門の号令で、控えていた兵達が広間になだれ込み、次々と参議の者達を捕縛してゆく。
「晁門!何の真似ぞ!」
麟興が震えながら問う。
「察しの悪い奴だな。そなたの政が気に入らぬは氏時だけでは無いという事だ。」
蔵人が冷ややかに言う。
「では、これは謀反なのか!?」
「他にどう見えるのだ?」
その麟興と蔵人の前に捕らえられた、実時と氏時が引き出された。
「そなた等、一体どうするつもりだ!」
氏時が叫ぶ。
「どうするとは?」
蔵人が受ける。
「吾等親子や参議の公卿達を追いやって、武士だけで政が適うと思うてか!」
「それならば心配には及ばぬ。確かに武士のみで政を行うは難しかろう。依って新しき帝を迎え、経清殿、貴之殿の両名に帝をお支え頂く。その下で晁門を長とした武士の政を行うのだ。」
「新しき帝じゃと!?それならば氏時の行いと変わらぬでは無いか!良いか、具仁はまだ乳飲み児じゃぞ!帝に据えるは早すぎるわ!」
「何の事だ?」
「朕に譲位させた後、具仁を即位させ、そなた等の好き放題にするつもりなのであろう!」
「残念ながら氏時と同じでは無い。そなたは譲位するのでは無く追放されるのだ。」
「つ、追放じゃと!?」
「それにな、新たに帝に成られるは具仁では無く、伊仁王だ。」
「伊仁じゃと!?そなた等、伊仁を担ぎ出したのか!」
「如何にも、何ぞ文句でも有るか?有るならば俺が相手になるぞ。」
蔵人の言葉に麟興はうなだれた。
「わし等は、どうなるのじゃ?」
力無く、実時が問う。
「兼時、どう始末を着ける?」
蔵人が兼時に向かって問う。
「2人を庭に…」
「庭?」
「御前を血で汚す訳にはゆかぬ。」
「随分、思い切りが良いな。」
「ここで、思い切らねば、また繰り返しになるだろう。」
「わし等を殺すのか!」
実時が驚きの声を上げる。
「爺、もう十分生きたであろう?兼時の手に掛かるを幸せと思え。」
蔵人が言い放つ。
「覚えておれ、蔵人!必ずお前に祟ってやるからな!」
「祟るか、氏時、祟りというのはな、祟る者を死に追いやった者の後ろめたさが生み出すものよ。残念ながら、お前達を討つ事に俺は後ろめたさは感じておらん。」
親子2人は、深くうなだれた。
「蔵人、吾等親子だけにしてくれぬか?」
兼時が言う。
「良かろう、皆、下がろう。」
蔵人の言葉に、晁門、猛麻呂を始め兵達も麟興と公卿達を連れ下がった。
「蔵人、そなたこれからどうする?」
晁門が問う。
「俺は、狗那に行こうと思うておる。」
「何だ、やるだけやって放りっぱなしの任せ切りか?」
「何だ、俺に政をせよとでも申すのか?」
「とんでもない!そなたに政など…」
「であろう。その点に於いてだけは、爺は正しかった樣だ。」
「そうだな。」
その時、2人の前に猛麻呂が進み出て、深々と頭を下げた。
「猛麻呂殿、何の真似でござる?」
晁門が問う。
「今度は皆様方のおかげで、鳴無を救う事が出来申した。この通りにござる。」
「その様な真似をする事は無い。今度の事は、あくまで俺達が望んでやった事だ。鳴無の事はついでだ。いや、むしろ良いきっかけだったやも知れぬ。よくぞ都に来てくれたと、こちらが礼を言わねば成るまい。」
蔵人が言う。
「そうだぞ、猛麻呂殿。それにまだ終わりでは無い。そこもとにもまだ頑張って貰わねばならぬ故。」
「終わりでは無いとは?」
猛麻呂が不思議そうに聞く。
「伊仁様を迎えた後、俺は都に幕府を開く。その為の国造りにも暫く掛かろう。全てには手が回らぬ。因って、坂東より以北を篳奥国と定め、そこもとに国主と成って頂きたい。」
「手前が、国主に!?」
「どうでごさろう、引き受けてくれませぬか?」
猛麻呂は、俯き暫し考えると、やがて顔を上げ、毅然と答えた。
「その儀、お断り申す。」
「何と申される!?」
「その儀なれば弟、抉麻呂に任せて下され。」
「抉麻呂殿に?」
「手前は長く故郷を離れ都に有る身、傀彌伺の民の心は抉麻呂を頼りとしておりましょう。手前は、蓬莱と篳奥の仲立ちの立場で勤めとうございまする。」
「成る程、猛麻呂殿がそうしたいならば仕方ありませぬな。」
「それより…」
猛麻呂が不安そうな顔をする。
「何か心配事でも?」
晁門が問う。
「いや、兼時殿の事でござる…その、大丈夫なのでしょうか?親子だけにして…」
「2人を手に掛けて、己も自刃するのでは無いかという事か?」
蔵人が言う。
「はい。」
「大丈夫だ。以前の、不敗の戦神と持ち上げられていた頃とは違う。負けを知って強くなっているからな。自分の求めるものは見えておるだろう。」
「求めるものでござるか…」
「蔵人…」
呼び掛けられ、3人が振り向くと、そこには返り血を浴び、紅く染まった兼時が立っていた。
しかし、見た目の凄惨さに比べ、兼時の表情は穏やかだった。
「済んだのか?」
「ああ、済んだ。」
蔵人の問い掛けに、兼時が答える。
「蔵人。」
「何だ?」
「そなた、狗那へ行くと言うたな。」
「ああ。」
「俺も連れて行け。」
「勿論、端からそのつもりだ。」
蔵人は、後の事を晁門等に任せ、都を出た。
共連れは、封海、兼時、晴明、鼬、そして早良と紫遠である。
向かっているのは、紀ノ国の黒浜である。
蔵人は、一つ気掛かりな事があった。
「なあ、鼬よ。」
「何です?旦那。」
「与鷹の事だ。」
「大将が何か?」
「あやつ、黒浜にはとうの昔に着いておる筈、にもかかわらず都に何故来ないのだ?」
「確かに、都でこれだけ面白い騒ぎがあれば、まず間違い無く、いの一番で駆け付ける筈ですね…何か有ったのでしょうか?」
「あやつの事だ、よっぽどの事で無ければしくじる事は無いと思うが…」
「少し、急ぎますか?」
「そうだな…」
蔵人達は旅を急いだ。
そして、黒浜に辿り着き、与鷹が都に現れなかった理由を目の当たりにしたのだった。
蔵人達が、黒浜に着いた時、与鷹はふて腐れていた。
「お前、何故来なかった?」
蔵人が問うと、与鷹はふて腐れたまま、蔵人の後ろを指差した。
「お待ち申しておりました。」
蔵人が振り向くと、そこに朔夜と石蕗の姿が有った。
「そなた達…」
「西廻りで瀬戸内に入った時に、船倉に隠れておるのを見つけたのだ。仕方なく連れて来た。連れて来たが、俺が都に行けば2人はついて来るだろうし、都に連れて行けば、お前に何と言われるか分かったものでは無い。仕方なくジリジリしながら退屈な釣りをして過ごしておったわ。」
「それは災難だったな。」
「大体お前はいつもそうだ。俺に難儀を押し付けて、自分ばかりが楽しい思いをしおってからに…おっ!?」
文句を言いながら蔵人の後ろに目をやった与鷹の動きが止まった。
「どうした?」
「あの女は何だ?」
「女?ああ、早良か…」
「早良というのか、良い女だなあ…」
言いながら与鷹がフラフラと歩き出す。
「おい!鼬、また与鷹の病が始まったぞ。」
「またですか?」
フラフラ歩く与鷹を見て鼬が呆れた樣に言う。
「病とは何です?」
朔夜が不思議そうに聞く。
「与鷹はな、良い女に目が無いのだ。」
「まあ!」
朔夜は驚きの声を上げ、すぐに俯く。
「どうした?」
「私には、そんなそぶりは見せませんでした。私が良い女では無いからでしょうか?」
朔夜は拗ねた樣に言う。
「あやつも分をわきまえておるのだ。惚れて良い女といかぬ女をな。昔、知らずに敬子殿にちょっかいを出そうとして、兼時に殴られて以来な。」
「まあ!朱賢門院様に!」
周りから笑いが上がる。
見ると、与鷹が早良に突き飛ばされていた。
蔵人達も笑った。
そして、翌日、狗那に向け出航した。
船は順調に進み、出航した翌日には、狗那の袱戸岬近くまで来ていた。
その夜、へ先に立つ蔵人の隣りに兼時が立った。
「父上は、悔やんでおった。そなたを生かした事を…」
「そうか。」
「兄上は、最後まで何故そなたが邪魔するのか分からぬ樣であった。」
「分からぬ?」
「梶原を恨むは分かるが、どの道、国を出る者に関わりは無かろうと…」
「確かにな、あやつの政なれば、黄金の仏像などという浪費はせぬであろう。しかし、あやつのやり方は血生臭さ過ぎる。何より実利だけを求める四角四面の政などつまらぬ。」
「つまらぬ?」
「そうだ、つまらぬ。」
「それだけか?」
「それだけだ。」
「そなたは変わらぬのだなあ。」
「そうか?」
「今も昔も、そなただけは変わらぬ。」
2人は、顔を見合わせニヤリと笑った。




