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策謀の渦

2.

伊勢勝秋は、信じられぬ思いで坂田蔵人を睨みつけた。

「どういう事だ。この国の王とは!」

「そのままの意味だ。」

蔵人は、勝秋の憤りなど気にもとめぬ様子で答えた。

「島守殿!罪人ごときがこのものの言い樣、どういう訳でございますか!?」

勝秋は、矛先を原子忍足に移した。

「どういう訳と申されても、蔵人殿のおっしゃる通りにござる。」

と、こちらも柳に風の風情である。

「何を申される!そこもとは朝廷より、禄を戴いておる身であろう!?それを、この樣な勝手を許すとは…」

「伊勢殿、お言葉ですが、みどもは既に数年来、朝廷より禄は頂戴しておりませぬ。先の帝の命による財政の圧迫の為、吾等だけではごさらんぞ。他の地方に回されておる小役人などは、朝廷から忘れられた有様にござる。」

「だからと言うて罪人を王に据えるなど…」

勝秋は、震える声で訴えた。

「相変わらず、煩い男だな。」

「ふざけるな!これは明らかに、朝廷に対する反逆ぞ!」

蔵人の言葉に、勝秋が言い返す。

「なれば、何とする?」

「俺が、この事を報告致せば、朝廷は直ぐさま鎮圧に乗り出すであろう!」

「ほう、黄金欲しさに罪無き狗那に、大軍を編成し攻め入ろうとするこの時に、朝廷に、その余力が有るのか?」

勝秋に言葉は無い。

「勝秋、何故に俺が捕まり、流罪を甘んじて受けたか分かるか?俺はな、つくづく嫌になったのだ。」

「何がだ!?」

「民の苦しみを考えぬ、人を人とも思わぬ朝廷の政が…いや、梶原氏の欲に塗れた行いがだ。今の政の腐敗の元凶は、全て梶原の欲に因るものだ。都に居っては見るに堪えん事ばかりだ。」

「兼時様は違うぞ!」

「その樣な事は、お前に言われずとも分かっている。兼時が良い男だという事はな。あれ程、清廉な男は他には居らん。されど、勝秋、忘れてはならん。彼の者の清廉さもまた、梶原の趨勢の内に有って成り立っておるのだ。」

「何を申すか!」

「勝秋、吾等は別に朝廷に反逆するつもりは無い。どうでもいい事だ。」

「どうでもいい?」

「朝廷が、どうなろうと構わん!大体、兼時に合力して、俺に何の得が有ると言うのだ?」

「得と言われても…」

「若多一国でもくれるか?」

「若多だと!?馬鹿な!」

若多は、蓬莱国の西の端、久州の要所、成との交易の拠点である。

「無理であろう?合力したとて、俺が得るものは何も無い。」

「そうか、ならば構わぬ。」

「構わぬのか?」

「俺は、最初からお前を呼び戻すなど反対だったのだ!今のお前の言を伝えれば、兼時様も諦めてくれよう。」

「嫌われたものだな。」

「こちらの有様も、朝廷にお伝えする。覚悟して待っておれ!」

勝秋は、そう言い捨てると、座を立とうとした。

「呑気な奴だな。お前、無事に帰れると思うておるのか?」

「何!?」

「冗談だ。だが一つ教えてやろう。」

「何をだ?」

「兼時は、負けるぞ。」

「何を馬鹿な事を…」

「本気で言うておる。狗那には恐るべき鬼が居るからの。」

「鬼だと!?」

「そうだ。体は俺より一回り小さいが力は五分、業は俺より上かも知れん。五尺程の長剣を己が腕の如く自在に操る。」

「その樣な者が、吾が国に居ると言うのか!?」

「倭人では無い。鬼丸と名乗っていたが、本当の名ではあるまい。あやつは、恐らく侠鮮人だ。」

「侠鮮人だと!?」

侠鮮は、成の東から蓬莱国に向けて、大きく張り出した半島に住まう民族で、宝句麗ほうくり衡宜ひらぎ扁羅ふだらの三国が有り、同民族ながら争いの絶えない地域である。

「どの国の者かまでは分からぬがな。」

「何故、お前は知っているのだ!」

「3年前、此処に流される際、出穂にて会うた。腕の立ちそうな者を見つけては、喧嘩を吹っ掛けて回って居った樣でな、俺も相手をさせられた。」

「どうなったのだ?」

「一刻程も打ち合うて、共に倒れて動けなんだ。まあ、痛み分けだな。」

「お前と打ち合うて五分とは…」

「それだけでは無いぞ。そやつと共に女が1人居ったが、あれは恐らく狗那人だ。」

「狗那人だと!?」

「恐らくは、朝廷の侵攻に対し、侠鮮の傭兵を雇うたのであろう。」

「傭兵?」

「あちこちの戦場に赴いて、金で雇われ合力する者の事だ。」

「それは、早急に兼時様に報告せねば。」

「心して掛かれ。脅す訳では無いが、さも無くば本当に負けるぞ。まあ、兼時の奴は、一度負けてみた方が良いのやも知れんがな。」

勝秋は、蔵人の言葉を最後まで聞く事無く立ち去った。



12月半ば、亡き橘惟任の息子、橘貞任たちばなのさだとうの館に、2人の客の姿が有った。

1人は、先帝、頼興の側女であった、哉椰かなやで、今1人は哉椰の息子、現皇帝、麟興の腹違いの弟である、昂禰王こうねおうであった。

「貞任、そなたの父、惟任殿の死に太政大臣が関わっておると言うはまことか?」

「のみならず、摂政様も恐らくは承知の事と思われまする。」

「何!?氏時までもがか!」

哉椰は、貞任の言葉に気色ばんだ。

「策を弄したは、梶原忠長でありましょうが、篤胤殿の館内で殺害するなど、小心者の忠長1人で謀りうる事とは思えませぬ。」

「しかし、確たる証拠は無いのであろう?」

「それが問題です。」

「如何がいたす?」

「伊佐に流されている、坂田蔵人殿を吾等が仲間に何とか引き入れる策を講じております。」

「蔵人を?出来るのか?彼の者は一筋縄ではいかぬぞ。」

「承知しておりまする。しかしながら、蔵人殿も吾と同じく、梶原どもに父の命を奪われたも同然。話しが通じぬ訳はごさいませぬ。」

「分かりました。蔵人の件は、そなたに全て任せます。して、内裏の方は如何なる仕儀になっておるのか?」

「そちらに就きましては、参議の方々にそれと無く働きかけておりまする。」

「決して、気取られぬ樣にの。」

「心得ましてござりまする。」

貞任は、平伏して2人を見送った。



「兼時も、慎重なものよのう。」

実時は、氏時を前に愚痴をこぼした。

「父上、こと戦に関しては、兼時に任せておけば万事安心でござりまする。」

「何としても、今度の狗那攻めは成功させねば、仏像奉納がままならぬ。」

「それもありましょうが、それよりも父上、近頃、哉椰様に不審な動きがあると、吾が密偵より報告がござりました。」

「不審な?」

実時が、怪訝な顔で問う。

「昂禰王様を伴って、橘貞任の館を訪れておったとか。」

「あの女狐め、まだ諦めておらぬのか。」

「その樣で。」

「分かった、探索を続けよ。確たる証拠を掴めば、彼の者共を排除する事も出来よう。」



狗那国では、鬼丸の計画を全力で進めていた。

しかしながら、今年の雪は思いの外深く、計画の進行も思うにまかせぬ状況にあった。

「鬼丸殿、このままで宜しいのであろうか?」

寒河峠に近い集落、恩川の酋長、夷那いなが問う。

「焦ってもしょうがあるまい。やれるだけの事をするしか無いだろう。」

「はあ…」

「丹生殿は来ておるのか?」

「私の家の方に。」

鬼丸は、踵を返して夷那の家に向かった。

丹生は、白湯を飲みながら座っていた。

「おう、鬼丸殿。どうやら事は上手く運んでおらぬ樣だの。」

「ふむ、予想以上に雪が深い。このままでは間に合わぬやも知れん。」

「如何が致す?」

嘉多彦かたひこを貸して下さらぬか?」

「嘉太彦を?」

嘉太彦は、丹生の集落、里嶺に住む若者で、小柄だが身軽で素早い男だ。

「どうなさる?」

「時を稼ぐ。」

「何をするつもりかの?」

「都に出向いて、すぐには侵攻出来ぬ樣な騒ぎを起こす。」

「嘉太彦だけで良いのかな?」

「都には何人か仲間が居る。が、目立たぬ樣に少数の方がいいだろう。」

「分かり申した。嘉太彦が命預けまする。存分に使って下され。」



朔夜は、姉ヶ崎の港より船に乗り、伊佐の島に向かっていた。

船は、与鷹のもので様々な品を載せ伊佐に向かうのが、元々予定されていたらしい。

それを、朔夜達の為に早めてくれたのだ。

朔夜の隣りには、石蕗が寄り添う樣に立っている。

石蕗は、朔夜の身の回りの世話をしているのだが、朔夜がこの娘を重用するのには理由がある。

石蕗には、不思議な能力があった。

石蕗は、生まれながらに口が利けなかった。

しかし、石蕗は相手の目を見れば、己が意思を伝える事が出来たのである。

何故、その樣な力があるのかは分からないのだが、石蕗には、それだけでは無い何かがある樣に、朔夜は感じていた。

石蕗が、幼い頃どの樣に育ったかは分からない。

朔夜の母、古戸邇ことじが、旅の大道芸人の一行の中に居た石蕗を気に入り、連れ帰ったのである。

その時、石蕗が朔夜の袖を引っ張った。

「何?」

と、朔夜は石蕗の目を見た。

「えっ!?時化?時化が来るのですか?」

石蕗が、コクりと頷く。

朔夜は、与鷹の元に赴き、その事を伝えた。

「ほう、よく分かったな。俺も今、伝えに行こうと思うておった。一度、葛西の港に入る。」

葛西の港は、出穂国の東、拇杞国ぼうきのくにの港であるが、出穂との国境に位置している。

中陰道の要所である。

「3.4日、足止めされるやも知れんが堪えてくれ。」

与鷹の言葉に、うなだれる朔夜の袖を、石蕗が再び引っ張る。

「何です?」

朔夜は、石蕗の目を暫し見つめた。

「出穂の大社に?何故です?…蔵人様に渡さねばならぬ物?何ですか、それは?」

「どうした?」

与鷹が、声を掛ける。

「それが、出穂の社に蔵人様に渡す物が有る故、取りに行くと…」

「何だ?それは?」

「それが、行けば分かると…」

「ふん、まあいいだろう。馬を使えば2日もあれば帰って来れよう。」

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