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18/22

仕掛け

18.

梶原実時は思案していた。

蔵人の言葉が事実だとして、その明かしをどう立てるか、哉椰や昂禰王、あるいは橘貞任を問い質したところで、事は己が命に関わる事、素直に白状する訳も無い。

また、何の証拠も無い。

かと言って捨て置く訳にもいかず、実時は考えあぐねていた。

ただ拱いていては、己が身が危うい。

今度の敬子の件にしても、敬子と親しく度々、離宮を尋ねている哉椰なれば、淑子の髪を文机に潜ませる事も出来るであろうが、そこまでして氏時が自分を追い落とそうとする理由が分からない。

既に淑子の子、具仁ともひとを立太子しており、策を用いずとも政の実権は氏時に移る事は明白である。

にも関わらず今度の氏時の行いが、実時には理解出来無かった。

家人の弥九郎がやって来たのは、その時だった。

「殿様、橘貞任様が、お越しにございます。」

「何!?貞任が!」

実時は、ますます分からなくなった。

何故、貞任が今、自分を尋ねて来るのか。

実時は、混乱していた。

「殿様?」

弥九郎の声に、我に返った実時は、取り繕った樣に、

「通せ。」

とだけ言った。



藤次は思案していた。

封海の屋敷を見張っていた彦一が、戻って来るなり、氏時に会わせろと言い出したのだ。

何があったかと尋ねてみても、氏時に会って直接伝えると、頑として譲らない。

仕方なく彦一を伴って氏時の屋敷を訪れたのだが、何やら落ち着かない。

そうこうしている内に、氏時がやって来た。

「そなたが彦一か?私に直接伝えたい事とは何だ?封海の囲いし呪師の正体が分かったのか?」

しかし、彦一は黙ったままだ。

「おい!彦一、返答せぬか!」

藤次が急かす。

「…あの屋敷には、鬼が居りまする…」

「何!?」

「その鬼は、神様でございます。」

「何を言うておるのだ?」

氏時は、彦一の真意が分からず戸惑っている。

それは、藤次も同じ事であった。

すると、聞こえぬ程、小さな声でブツブツ言っていた彦一が突然、顔を上げ目を見開き笑いながら言った。

「ははは、氏時、久しいのう。」

その声は、彦一のものでは無かった。

「何だ!?」

「そなたの悪巧み、しかとお見通しであるぞ。」

「何者ぞ!」

「俺の声を忘れたか?」

言われて氏時は、声の主に思い当たり、目を丸くした。

「も、もしや、そなた蔵人か!?」

氏時が問うたが、彦一はそのまま昏倒してしまった。

「何なのだ、一体!」

「どうやら彦一は、奴らの術に掛かっていた樣です。」

「では、今のは何だ?奴らの裏に蔵人が居ると申すのか?彼奴は伊佐に流されておるのだぞ。よもや都に舞い戻ったか。」

「しかし、それならば己が存在を隠すのでは?自ら明かすは合点がゆきませぬ。」

「確かにな…ともかく、彦一を起こすのだ。話しを聞かねばならぬ。」



蔵人、封海、そして兼時の3人が座を囲んでいる。

「一つ分からぬ事がある。」

兼時が言う。

「何だ?」

蔵人が受ける。

「何故、兄上は今、この時に父上の追い落としを計るのであろう?」

言われた蔵人は、キョトンとして、不思議そうに言った。

「何だ、お前そんな事も分からずにいたのか?」

「そなたは分かるのか?」

「俺も封海も先刻承知だが。」

「何だと言うのだ?」

「麟興だよ。」

「お上?」

「氏時の狙いは、麟興に譲位させる事だ。」

「譲位だと!?」

兼時は驚きを隠せなかった。

「何故、譲位なのだ?」

「お前は、兄弟として氏時の何を見て来たのだ?あれは幼き頃より実利を重んじる性だ。」

「だから何なのだ?」

「分からぬか?あやつは狗那の黄金を欲しておる。だがそれは、己が政の財とするが目的だ。氏時に取って折角、手に入れた黄金で仏像を奉納するなど無駄な事という訳だ。あやつには仏像の変わりに漬物石を置くも同じ事だ。」

「では、何故父上を?」

「実時は、氏時と違って小者よ。麟興に阿って甘い汁を吸うが良いところだ。だが氏時は上を見ているのだ。」

「上?」

「あやつは、麟興に譲位させ、具仁を即位させて己が政を行いたいのだ。いや、ひょっとしたら…」

「ひょっとしたら何なのだ?」

「あやつは、自ら帝を名乗るやも知れぬ。」

「まさか…」

「確かに、氏時なれば有り得る事だな。」

それまで黙っていた封海が言った。

「だが、お上に譲位させるというても、一体どうすると言うのだ。簡単な事では有るまい。」

「兼時、今の麟興の政に因って割を食うておるのは誰だ?」

「それは民であろう。」

「民はもちろんだが、民なればまだ食う事は出来よう。一番、不満を持つは神道の者達よ。」

「神道?」

「黄金の仏像が奉納されるは寺ばかり、ましてや神の子たる皇帝自らが、国を仏教楽土にせんと公言しておるのだ。各地の社は堪ったものでは無かろう。このまま行けば、国の祭事の有様も寺の者共に奪われるやも知れぬ。」

「成る程。」

「これに一つの書状が有る。」

そう言って、蔵人は懐から一通の書状を取り出した。

「それは?」

「これは、出穗の千家尊仁殿から送られて来たものだ。尊仁殿によると先頃、全国各地の社に宣旨が発布されたらしい。」

「宣旨?」

「神の子として国の政を行うべき皇帝が、自らのあるべき姿を忘れ、国を仏教楽土にするなど持っての他である。度重なる戦に加え、手に入れた黄金で仏像を作るなど浪費を重ね、国体を危うくさせたる麟興に譲位を迫るべく蜂起せよ。と、具仁の名でな。」

「何たる事だ…」

「だが、氏時の思い通りには成らぬ。」

「何!?どうこう事だ?」

「出穗は動かぬからな。」

「出穗が?何故だ?」

兼時が問うと、蔵人は再びキョトンとして言った。

「お前は阿呆なのか?」

「何!?」

「出穗の社が祭る神は何だ?」

「それは、大国主や須佐之男、事代主神などの出穗の神々では無いか。」

「では、俺は誰だ?」

「馬鹿にしておるのか!蔵人に決まっておるでは無いか!」

「違うぞ兼時、俺は顕国玉だ。葦原醜男、大国主の生まれ変わりよ。俺が動くなと言うたら出穗は動かぬ。」

「何と不遜な!?」

「不遜も何も尊仁殿が、それを認めておるのだから仕方あるまい。全国の社の長たる出穗が動かぬのだ。他の社も二の足を踏むであろうよ。」

「そなたには、ほとほと呆れるばかりだ。」

兼時は、本当に呆れていた。

その時、

「失礼します。」

と声が掛かった。

「入れ。」

と、蔵人が言うと、音も無く襖が開き、鼬が姿を現した。

「鼬、ご苦労だったな。して、どんな様子だ?」

「それは、奴らの慌てっぷりったら無かったですぜ。特に、旦那の声を聞いた時の氏時の顔は見物でしたな。」

「俺の声?」

「へい、あっしも驚きましたがね。あの彦一という奴、突然、大笑いしたかと思うと旦那の声で喋り出したんですよ。」

「晴明め、余計な事を…それで氏時はどうした?」

「どうしたもこうしたも、疑心暗鬼になってますよ。奴らの裏に都に舞い戻った蔵人が居るのか、いや、それならば己が存在を明かすはおかしいと。」

「ほう。」

「それで、倒れた彦一を起こして話しを聞いても本人は何も覚えていませんので、どうしたものかとあたふたしておりました。」

「そうか、ならば良い。後は早良の方だな。」

「こちらの首尾も上々だ。」

その声に、一同が振り向くと、鼬が入って来た襖の脇に、早良と紫遠の姿があった。

「言われた通り、橘貞任という男を梶原実時の屋敷に送り届けた。今頃、全てを白状しているだろう。」

「ご苦労、これで仕掛けは十分だ。」

蔵人の顔が、いつも以上にニヤニヤしていた。



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